●11 七剣大公と観光名所 3
世界が激動する。
数々の
後に『第一次人界大戦』と呼ばれる、歴史的に大きな意義を持つ戦いの立ち上がりは、意外に淡々としたものだった。
国の上層はともかく、
故に、各国の軍隊が気炎を吐きながら戦争の準備をする中、一般の人々はこれまで通りの生活を送っていた。
だが、ある日突然、その平穏が破られる。
アルファドラグーン軍、侵攻開始――
第一陣、三万の軍勢が国境を越え、セントミリドガル王国の領内へと踏み入った。
宣戦布告からわずか一週間後のことである。
これを皮切りに、北のニルヴァンアイゼン、南のムスペラルバード、西のヴァナルライガーも進軍を開始した。
次いで、大国と比べれば非力という他ない中小勢力も動き出す。
寄らば大樹の陰、とばかりに大国に擦り寄り、おこぼれを狙うもの。力なきもの同士で手を組み、大国ほどではないがそれなりの勢力を結集するもの。セントミリドガル軍と他の勢力が戦っている場へ横槍を入れ、漁夫の利を狙うもの。敵の敵はやはり敵と、セントミリドガルへ侵攻する大国の軍に罠をしかけるもの――
無秩序にして無統制、まさに混沌の時代が訪れていた。
攻める四大国も種々様々な騒動に巻き込まれていたが、攻められるセントミリドガル王国の内側も混迷の極みにあった。
五大貴族の
四方向から同時に攻められたことで、ジオコーザ王太子の命を受けた将軍ヴァルトルは、国中の貴族に対して王国軍に兵を送るよう要請した。
しかし五大貴族はこれを拒否。それどころか、現状の責任は全てオグカーバ国王およびジオコーザ王太子にあるとし、退位と王位継承権の破棄を訴えたのである。
つまりは『現国王と王子に国を担う資格なし。兵を出してほしくば、我らに国を譲れ』と迫ったのだ。
これにジオコーザ王太子が激怒。
『王家に楯突くなど愚劣の極み。誰のおかげで貴族を名乗っていられると思うのか。恩知らずにも程がある。愚か者には罰を与えよう。我が名をもって
以上の通達を出し、実際にオグカーバ国王とジオコーザ王太子の名をもって、正式に五大貴族の全員から爵位を剥奪した。
これにより五大貴族は五大〝賊〟となったが、当然ながら他の貴族も含めて猛反発が起きた。
『あまりにも横暴すぎる。国は王家だけのものではない。我らの働きあっての王家ではないか。誰に支えられて頂点に立っていられたのかを忘れるとは。真に恩知らずなのはどちらなのか。爵位を剥奪された今となっては、もはや王家に従う理由もない。今こそ革命の時である』
結果として、セントミリドガルの貴族の大半が手を結び、ここに『自由貴族同盟』が生まれた。
徹底抗戦の構えである。
ジオコーザ王太子とヴァルトル将軍は四方の敵国だけでなく、自国の内側にも気を払い、兵を動かす必要が生まれてしまった。これにより、事前の構想では充分以上に持ちこたえるはずの前線に兵が行き渡らず、国境付近の戦いでは苦戦を強いられることになった。
まさに身から出た
その秘策とは、宮廷聖術士ボルガンから献上されたもので、なんと暗殺を用いるという王家の誇りを汚す下策であった。
しかし、恐れを知らぬジオコーザ王太子はこれを
などというような
そう。
本当にまったく関係なく俺達四人は、実にのんびりとした旅を続けていた。
「昨夜未明、五大貴族の一人、アンブロジオ公爵が暗殺されたとのことです。ジオコーザ王太子、もしくはヴァルトル将軍の指示によるものという見方が濃厚ですね」
朝、とある街の宿屋にて。
誰よりも早く朝食を食べ終えたイゾリテが、新聞の見出しを滑舌よく読み上げてくれた。
「はー……やっちまったか。完全に暴走状態だな、こりゃ」
俺はよく焼けたトーストにバターを塗りながら、
ジオコーザのせいで国を追い出された俺ではあるが、かつての教え子が道を外れ、どんどん堕ちていくのだ。やはり気分がいいものではない。
「でも、あくまで〝見方が濃厚〟なのであって、そのジオなんとか君が本当に指示したかどうかはわからないんだろう? 決めつけるのはよくないよ」
砂糖とミルクをたっぷり注いだコーヒーを
「しかし、セントミリドガルの大貴族が暗殺されたというニュースを、アルファドラグーン発行の新聞で知るというのは、なんとも複雑な気分ですね……」
ベーコンエッグを行儀よくナイフとフォークを使って食していたガルウィンが、琥珀色の眉を八の字にした。
「確かにな。情報規制が出来なくなってきている、ってことだからな……」
あれからもう十日が経過している。
百万の魔族軍をぶっ飛ばし、大量の竜玉を手に入れ、ザコ男爵だか子爵だかに釘を刺し、野営地に戻って一泊。
翌日には『果ての山脈』を徒歩で下りて、そこからはアルファドラグーン国内の観光名所を巡り歩き。
「以前から各国の諜報員がセントミリドガル内で動いているようでしたが、今ではその数も増えているのでしょう。中枢以外の情報は、ほぼ筒抜け状態だと思われます」
早くも新聞を読み終えたイゾリテが、紙面から顔を上げる。
再会したときには動きにくそうな
「へー、諜報員とか工作員とか、本当にいるんだねぇ」
その手のことに
「セントミリドガルからも各国に潜り込ませているはずですよ。もちろん任務上、そうとはわからないように活動しているでしょうから、隣の席にいても気付きようがありませんけどね」
ガルウィンがそのようなことを言うので、思わず隣のテーブルに目を向けてしまいそうになる。
無論、そんな偶然などあるわけがない。よしんばあったとしても、今の俺達はただの旅人だ。この会話とて、朝刊をネタに話しているだけで大した内容ではない。聞かれたところでどうということはないのだ。
「いまや、人界の
「ふぅん……四方を敵に囲まれて、身内には反抗されて、それでも総崩れにならないなんて……セントミリドガルって結構すごい国だったんだね」
イゾリテの言葉にエムリスが感心するのも無理はない。正直、俺も少し驚いているほどだ。
いくらセントミリドガルの軍が精強とはいえ、四大国から同時に攻められてはひとたまりもない――そう思っていた。
しかし意外や意外、ヴァルトル将軍率いる正規軍は
はっきり言おう。俺はあの将軍のおっさんを舐めていたようだ。まさか、ここまで素晴らしい統率力を見せてくれるとは。
誰が呼んだか、〝セントミリドガルの軍神〟とはまさしくの異名である。
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