●11 七剣大公と観光名所 1
つまらない奴である。
嵐のような
文字通り『半殺し』状態――半死半生の身となったザコ侯爵は、俺の要求通り魔界の
まさに身も心も誇りさえもボロボロになった状態で解放されたザコは、ふらつく足取りで魔界の中心地へと去って行った。
魔族の肉体には人間とは比べものにならない超再生力があるはずだが、どうやらそれを超えるダメージを与えてしまったらしい。
俺の言えたことではないが、なんとまぁ情けない。あの程度で魔界貴族を名乗るとは。あんなのが一万人集まったところで、魔王の足下にも及ばないぞ。レベルが低すぎる。
まぁいい。ともあれ、これにて目的達成だ。
エムリスの八つ当たりから始まったことだが、これだけ
なにせ、攻め込んできたら俺やエムリスが迎撃するぞ、とたっぷり思い知らせてやったのだ。
魔界貴族の侯爵であるザコがあの程度なのだ。今の魔界に、魔王を倒した〝勇者〟と〝魔道士〟を相手にしようだなんて
ただ
それもまぁ、ゴルドレイジら十二魔天将とザコ侯爵、あと百万の魔物をぶちのめしたという事実がイメージを上書きしてくれるはずだ。
ん? もし期待通りにならなかったらどうする、だって?
その時はまた同じように撃退して、さらに十年ぶりに魔界の央都まで乗り込んでいって暴れてやるだけの話だ。
前にも言ったが、俺は勇者で、人類の守護者で、人界の代表だ。勝手に自負しているだけだが――
だからこそ、人界への手出しは絶対に許さない。
絶対にだ。
これだけは、誰に何と言われようとも
人の営みを守る――それだけはたとえ〝勇者〟でなくなったとしても、今なお俺のやるべきことであり、信念なのだ。
「――アルサル様! ご無事ですか!? お怪我はありませんか!?」
俺がザコの背中を見送り、戦闘中に勢い余って作ってしまったクレーターの
俺は片手を緩く上げ、
「見ての通り無傷だ。服は汚れちまったけどな」
体どころか、衣服にすらたいして
「申し訳ありません! 自分がこの剣をお借りしていたばかりに……!」
「ん? 何の話だ?」
いきなりガルウィンが頭を下げて謝ってくるので、俺は少々面食らってしまう。
ガルウィンは、ばっ、と面を上げ、
「ですから、自分がこの剣をお借りしていなければ、アルサル様は本来の力で戦えたのですよね!? あのように脅しのような計略を使わずとも魔族を撃退できたのではありませんか!? それなのに、自分がアルサル様の剣をお借りしていたがためにあのような……くっ! せっかく眷属にして
「いやいや、落ち着け?」
一人で盛り上がって一人で落ち込んで今にも泣きそうなガルウィンに、どうどう、と俺は待ったをかける。
よくわからないが、何やらえらい勘違いをされているらしい。
「別にその剣をお前に貸していたことは全然関係ないぞ? 最初から基本、素手でボコるつもりだったしな。あのザコにも言った通り、あいつには俺達の情報を持って帰ってもらうつもりだったんだ。そうじゃないと、色々と面倒なことになるかもしれないだろ?」
「し、しかし……!」
違うと否定しているのに、なおも食い下がるガルウィンに、俺は決定的な一言を送る。
「っていうかソレ、嘘だからな。俺の愛剣だっていうの」
「……えっ?」
面白いほど綺麗にガルウィンの表情が固まる。
俺が何を言っているのかわからない、といった反応だ。
「すまん、お前を安心させるためについた
そう、ガルウィンに貸したのは俺の愛剣でも何でもない。手に入れたばかりの、使ったこともない剣だったのである。
「でも結構な切れ味だったろ? どういう経緯で宝物庫にあったのかは知らんが、見た感じそこそこランクは高かったからな。役に立っただろう?」
ガルウィンに尋ねるが、唖然としたまま返事をしない。俺の
念のため、もう一度謝っておこう。
「悪いな。俺の剣だって言っておけば、お前も安心すると思ったんだよ。実際そうだっただろ? それに、俺の見る限りそのレベルの剣はそうそう手に入らないぞ。普通に考えて、人間が使うには最高ランクの逸品だ。お前もそう思うだろ?」
ポンポン、と肩を叩いて同意を求めると、はたとガルウィンは我に返った。
「……た、確かにすごい切れ味でしたが……今見ても刃こぼれ一つしていませんし……」
ゆっくりと剣を持ち上げ、刀身を検分するガルウィン。俺から見ても結構な勢いで振り回していたが、剣――おそらく王族だけが持つことを許されている特別製――は今もなお鏡面のような煌めきを見せている。何かしらの加護が働いているのだろう。魔物の血糊が自動的に浄化されているようで、見ている間にも綺麗になっていく。
「〝宝剣セントミリドガル〟、ってところか? その剣の名前。意外な掘り出し物だったな。せっかくだ、お前にやるよ。大事にしろよ?」
「――!! ありがとうございますっっっ!!!」
正直、適当なところで売り払うつもりでいたが、思わぬところで役に立ったものだ。当初はガルウィンが旅の仲間に加わるなど想定していなかったのである。俺には無用の長物だが、人間であるガルウィンが使うのなら、これ以上の武器はそうそうあるまい。
「しかしアルサル様、これがあなた様の愛剣でないとすれば、一体……」
ガルウィンが疑問を途中で切ったのは、答えを聞くのが恐ろしかったからだろうか。まぁ、宝剣セントミリドガルの切れ味に
「俺の――〝勇者の愛剣〟がどんなものなのか、ってか?」
混ぜっ返すような俺の聞き返しに、ガルウィンは神妙に頷いた。
しかし俺は苦笑しながら、
「そんなもの、お前に持たせられるわけないだろ。俺以外の奴が持ったらそれだけで死んじまうし、何より――」
握った右拳で、トン、と胸を叩く。
「俺自身が剣みたいなものだからな。そもそも他人には貸せないんだよ」
「は、はぁ……?」
適当なことを言ってガルウィンを
「アルサル様、お兄様、お疲れ様です」
見上げると、空からイゾリテとエムリスが降りてくるところだった。
でかい本に腰掛けている――いや、髪のベッドに寝そべっている?――エムリスはともかく、スカートの前後を手で押さえながら降下してくるイゾリテの姿は、なんというか乙女という感じである。
「やぁやぁ、お疲れ様だねー」
ぐでー、と空中に寝っ転がったエムリスが、ぞんざいに手を振る。なんだこいつ、〝怠惰〟の因子が活性化しているのか?
「エムリス、お前……なんだよ、その格好は」
「んー? 見ての通りさぁ、なんだか
「まったく……目的の竜玉はどうなったんだよ」
「そちらはつつがなく回収が完了しております。ご安心ください」
愚痴っぽく呟くと、イゾリテが答えてくれた。
「そうか。イゾリテもご苦労だったな。エムリスのお守りは面倒だっただろ?」
「いえ、大変勉強になりました。魔術には本日初めて触れたのですが、やはり奥が深いですね。理術とあわせて、これからも
「それよりも、ガルウィンお兄様はご迷惑をおかけしませんでしたか? もしご無礼があったのであれば、私からもお詫び申し上げます」
思わぬ謝罪に、目を丸くしたのは俺ではなくガルウィンである。
「い、イゾリテ!? なぜ謝るんだ!? じ、自分はちゃんと頑張ったぞ!?」
抗議の声に、しかしイゾリテは瞼を伏せ、
「お兄様は追い詰められると
冷静沈着にそう聞き返した。ガルウィンは必死になって、
「だ、大丈夫だとも! 自分もアルサル様の眷属として、全身全霊をもって奮闘したのだからな! ねっ!? そうですよね!? アルサル様っ!?」
いやいや、俺に話を振るな。どう答えていいかわからないだろ。
「アルサル様、お兄様をあまり甘やかさないようお願いします。こう見えて女性の前ではよく虚勢を張る見栄っ張りなのです。下手に褒めるとつけあがりますので、厳しい目を向けてくださいますよう」
「イ、イゾリテ……!?」
仲がいいのか、悪いのか。いや、これはいいのだろうな。
しかし厳しい目を向けてくれと言われてもな。もう既に妹からの目が非常に厳しいのだから、充分な気もするんだが。
まぁ前にも言った通り、ガルウィンは落ち着いてさえいれば『ザ・爽やか』な好青年だ。本人に虚勢を張っているつもりがなくとも、
しかし――それをイゾリテが
俺は自然とイゾリテの頭に手を伸ばし、ポンポン、と軽く叩く。
「大丈夫だ、ガルウィンはよく頑張ってたぞ。それにお前もよくやっていたな、イゾリテ。見てたぞ、雷撃の魔術。ほとんど初陣だったのに、あれだけの数の魔物を倒したんだ。充分以上の戦果だ。やっぱり俺の目に狂いはなかったな。お前には才能があるよ、いろんな意味で」
イゾリテの琥珀色の髪は手触りがいい。思わず、そのまま掌で頭を撫で撫でしてしまう。
「……………………はい、恐縮です」
ん? なんか随分と間があったような気がするが、まぁイゾリテもまんざらではない様子だ。褒め言葉を喜んでくれているものと解釈しよう。
俺は、ふぅ、と吐息を一つ。改めて辺りを見回しつつ、
「竜玉が回収できたんなら、ひとまず目的は達成できたって感じか。もう魔物もほとんど残ってないようだからな、そろそろ【あっち】に戻るか」
言っちゃあ何だが、
周辺一帯は魔物の死体だらけ。大地は青黒い血を吸って毒沼のような色に染まっている。
俺とエムリスが殺したのが大半で、何パーセントかがガルウィンとイゾリテといったところか。
残っていた軍勢も俺とザコとの戦いの
これにて『果ての山脈』破壊の犯人が〝蒼闇の魔道士〟エムリスであったこと、なおかつ〝銀穹の勇者〟アルサルが健在であり、
これでまた、しばらくは人界と魔界の間では
そして、エムリスが喉から手が出るほど熱望していた竜玉も手に入った。なにせ百万の魔族軍だ。中には
十個から百個もあればきっと
まぁいい。それもこれも、いったん人界側に戻ってからだ。
俺は『果ての山脈』に視線を向け、
「よっし、ここからは歩いてテントのところまで戻るぞ。これも鍛錬の一種だ。文句は聞かないからな」
「はいっ! もちろんですとも!」
「かしこまりました」
ガルウィンからは元気いっぱい、イゾリテからは
「うぇーい」
足から力が抜けてしまうほど適当な応答があった。
思わず頭を
「まったく……」
威厳も何もあったものじゃない。俺は自分のことを棚に上げつつ嘆息すると、青黒い血だまりの中、『果ての山脈』へ向けて歩き出したのだった。
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