●10 地獄の戦場 9



 空の彼方かなたから星が飛来した次の瞬間、地上の魔族軍の大半が死滅した。


「――!? っ!? !?」


 上空からその様子を見ていたイゾリテは、途端に恐慌きょうこううずへと叩き落とされた。


 まるで嘘のような光景だったのだ。


 突如として出現した流星が、地上のアルサルに直撃するのをこの目で見た。エムリスによる〝眷属化〟は、イゾリテにそれだけの視力を与えてくれていた。


 忽然こつぜんと現れ、急転直下した流星は、しかしアルサルの肉体に吸収されたようだった。激突音はなく、故に衝撃は生まれず、土煙なども立たなかった。


 ただ、流星の輝きをまとったアルサルが、そのまま片手に握った銀色の光の剣を無造作に振るった。


 それだけで、地上に展開していた数十万もの魔物の大半が果物くだものか何かのように切断され、絶命したのだ。


 因果の繋がりがまったく理解できなかった。時間の一部が吹き飛び、自分の感知し得ない何かが省略されたのか? と錯覚するほどだった。


「ふぅん、相変わらずの切れ味だね。アルサルにしては大人しいやり方だけれど……ああ、そうか。大人になったからだね。だから『大人しい』ということか」


 イゾリテのすぐ近くに浮遊しているエムリスが、どこか懐かしげに、しかし退屈そうに呟く。


「まぁでも、期待していた役割はちゃんと果たしてくれたようだ。ほら、イゾリテ君、今度は君の出番だよ?」


「――承知しております」


 エムリスがあごで示す方向を見据え、イゾリテは頷く。


 アルサルが銀剣を振るう直前、地上にいた飛行型の魔物がこぞって飛び上がっていた。おそらく恐怖によってであろう。イゾリテでさえ、アルサルが流星を吸収した際には体の奥底から畏怖いふの衝動がつきき上がり、思わず遠くまで逃げ出したい気持ちにとらわれてしまったほどだ。


「ドラゴンはボクが相手をするからね。君はそれ以外の魔物を頼むよ」


「かしこまりました」


 師匠エムリスからの指示オーダーいつつ、イゾリテは素早く戦場を見渡し、魔物の位置と種別を確認。


 繰り返しになるが、エムリスによる〝眷属化〟によってイゾリテの心身はまるで別物と化した。故に、もとより有していた五感以外に新たな感覚が芽生え、それによって世界を再認識している。


 ――感じる。空に上がってくる無数の気配……これは魔力のかたまり? これが魔力を感知しているということ? まるで手で触れているかのよう。視界に映ってないものの存在さえわかってしまう。これなら背後から近づかれてもすぐに気付いてしまいそう……


 さながら全身の毛穴が開き、体全体を使って魔力を呼吸しているような感覚。


 別次元にまで拡張した超感覚に、それと対応した意識領域。


 目や耳、肌感覚が世界の隅々にまで広がったのかと錯覚するほどの万能感。


 何万とある気配の中で、とりわけ大きく、強く、硬いもの――これがきっと、エムリスの言っているドラゴンだろう。


 体内で魔力を生み出す心臓しんぞう炉臓ろぞうの他に、もう一つ生成器官があるのがわかる。あれこそが〝竜玉りゅうぎょく〟と呼ばれるものに違いない。


 イゾリテはつとめて意識の照準からドラゴンを外す。エムリスの目的は竜玉だと言うので、おそらくそれを持たないドラゴンはこちらで引き受けても問題なしだと判断した。


 すぅ、と息を吸い、




「 天に漂ういかずちよ 我が声を聞け 」




 イゾリテは〝眷属化〟に際し、エムリスからいくつもの魔術を伝授されていた。


 初歩の〈爆炎流メルト・ストリーム〉に続き、中級にして広範囲を攻撃する魔術を詠唱する。




「 魔の力によりて 目を覚ませ 」




 数万もの飛行型の魔物がいるが、今のイゾリテが一度に照準できるのは多くて三千といったところ。


 意識を集中――ではなく【分散】させ、こちらへ近づいてくる魔物を中心に魔術の対象とする。




「 たけき力もて 天と地と我を結び 破滅の輝光ひかり穿うがて 」




 両手を大きく上げ、魔力を圧縮する。


 瞬間、天にかかげげた掌から膨大な稲妻がほとばしった。


 魔術発動。




「 〈天轟招雷サンダー・ハウリング〉 」




 ごう、と空がえた。


 刹那、イゾリテの全身から魔力の奔流ほんりゅうあふし、全方位に放射された。


 炸裂するは幾千の稲妻。


 蒼穹そうきゅうひびらせるかのごとく雷光が駆け抜け、稲光いなびかりが天を覆うあみとなった。


 爆音がとどろき、大気を震わせる。


 次の瞬間、天空から雷閃の雨が降り注いだ。


『UUUUUUURRRRRRRRRYYYYYYYYY――!?』『BBBBBBRRRRRRRRRROOOOOOOOOWWWWWWWw――!?』『SSSSSSSHHHHHHHAAAAAAA――!?』『VVVVVVVVRRRRRRRRRAAAAAAAAAA――!?』『GGGGGGGOOOOOOOOOAAAAAAAAAAWWWWWW――!?』『ZZZZZZZZZGGGGGGGGGGYYYYYYYYY――!?』


 天から地へと落ちる稲妻の豪雨。


 矢よりも銃弾よりも速くはしる、いかずちあらし


 光の槍が飛行型の魔物を次々に串刺しにし、焼き焦がす。


 まさに電光石火。


 雷鳴が無数に重なり、逆説的に世界から音を消す。


 イゾリテの雷撃は空飛ぶ魔物の群れをあやまたず穿うがち、大地へと叩き落とした。


「――くっ……!」


 千を超える雷閃はしかし、その全てが数瞬すうしゅんの間に放たれた。目をく閃光がほとばしった直後、イゾリテの喉から呻きが漏れる。


 今のはエムリス直伝の〈天轟招雷サンダー・ハウリング〉――見ての通り、稲妻の雨を降り注がせる広範囲殲滅型の中級攻撃魔術だ。


 だが流石に範囲が広く、数が多すぎた。今のイゾリテが有する魔力量の三分の一が、ほんの数瞬で持って行かれてしまった。


 しかも。


「……うん、いい出来できだね。撃墜率は九割ってところかな? 残り一割は殺しきれず、まだ浮いているね。まぁ、撃ち漏らしたのはどれも図体やら魔力やらが大きい相手だからね、耐性が強かったんだろう」


 エムリスが淡々と状況を確認する。ひとまず褒めてくれてはいるが、全弾命中かつ撃墜率十割とはいかなかった。それがイゾリテには悔しい。


「お目汚し申し訳ありません、師匠マスター。お恥ずかしい限りです」


「いやいや、何を言っているんだい。初めての発動にしては上々の結果じゃあないか。磨きはこれからかければいいのさ。大丈夫、同じ年頃のボクよりは上手くやれているよ、君は」


 宙に浮きながらも背筋を伸ばし、頭を下げると、エムリスは軽く笑って手を振った。


「じゃあ、今度もお手本を見せようか。君が敢えて残してくれたドラゴンと、その他も狙いに入れて――」


 そのままてのひらを、先刻イゾリテの〈天轟招雷サンダー・ハウリング〉によって轟雷の雨が降った空域へと向け、




「 天に漂ういかずちよ 我が声を聞け 魔の力によりて 目を覚ませ たけき力もて 天と地と我を結び 破滅の輝光ひかり穿うがて 」




 この場に忽然こつぜんと海が現れたかのような、もしくは海の中へ転移したかのような、膨大にして濃密な魔力。


 イゾリテどころか、辺り一帯の空間そのものがエムリスの魔力に【呑まれる】。


 だというのに、信じられないほどの速さと精密さで魔力を制御し、術式を組み立て、エムリスは魔術を発動させた。




「 〈天轟招雷サンダー・ハウリング〉 」




 先程イゾリテが放ったのと全く同じ魔術。


 しかし、やはり別物――否、別次元のものへと変貌へんぼうしていた。


 イゾリテの〈天轟招雷サンダー・ハウリング〉は千を超える雷鳴が幾重にもつらなって響いていたが、エムリスのそれは音だけならば、たった一度しかとどろかなかった。


 ならば雷光も一条だけか? と問われれば、違う。


 強化されたイゾリテの視力でもまったく数えられなかったが、おそらくは数万もの稲妻が、一斉に空間をつんざいていた。


 イゾリテの感覚では、目の前がまばゆく輝いたようにしか感じられなかった。


 何故なら――全ての稲妻が全く同時に生まれ、全く同時に落ち、全く同時に炸裂したからだ。


 おそらく雷閃の生まれる位置と、飛翔するドラゴンらの現在の高度を計算し、全てのタイミングを調整したのだ。


 しんがたいことに。






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