●10 地獄の戦場 8
「な、な、な……!?」
驚きのあまり、ガルウィンはまともな言葉が紡げなかった。空を見上げたまま、意味もない呼気を繰り返す。
光が――否、【星が落ちてくる】。
まっすぐ、一直線に。
それこそ流星のごとく地上へ落下した星の煌めきは、
白銀の輝きが炸裂する。
「――っ!?」
思わず眼を
「あ、アルサル様……?」
恐る恐る目を開けると、そこには星屑の煌めきを身に纏ったアルサルの背中があった。
刹那、ガルウィンは唐突に理解する。
アルサルは〝銀穹の勇者〟――〝銀穹〟とは
星空の勇者である彼に、星が降り注いだ。それの何が不思議だというのか。
アルデバランとは、おそらく星の名前。
まさに今、アルサルに宿っている力の名前だ。
「――あ、あ、ああ……!?」
無意識の内に、ガルウィンの喉から声が漏れ出た。
落ちてきた時はさほど危険に感じなかった星の光が、時を経るにつれ、徐々に恐ろしくなってきたのだ。
見れば、アルサルが纏った星屑の輝きは明滅を繰り返していて、それがゆっくりながらも間隔を狭めてきている。
その光景は、アルサルの体内で『星の力』が加速と循環を繰り返していることを、見る者に教えているようだった。
出し抜けに、魔物らから悲鳴のような声が上がった。一つ二つではない。地上に広がった魔族軍のあちこちから、恐怖を訴えるような雄叫びが
次いで、魔物の大群の中から空へ飛び立つものが現れた。それは次々に連鎖し、翼を持つもの、飛行器官を持つものが例外なく地上を離れていく。
何故かと首を傾げる必要はなかった。
「――っ……!?」
魔物が逃げ出す理由が、嫌というほど理解できたからだ。
ガルウィンの生存本能が叫んでいる。
早く逃げろ、ここから離れろ――と。
目の前にある背中は、死そのものだ。このまま近くにいては存在そのものが消滅してしまう。理性ではなく本能が警鐘を鳴らし、ガルウィンの身体を突き動かそうとする。
馬鹿な、と理性が反論した。あれはアルサル様だ、忠誠を誓った我が主だ。あの方が自分に害を与えるはずがない――と。
結果、理性と本能の
竜種を含めた飛行型の魔物が、恐れをなして空へ逃げていく。その先には、さらに恐ろしい〝蒼闇の魔道士〟がいると知っていながら。
「よしよし、【それでいい】」
宙へと
「ほっ」
ガルウィンとの手合わせで木剣を振っていたのと同じ気楽さで、銀色の刃が輝線を描く。
何も見えなかった。
少なくとも、ガルウィンの目には。
例えば〈
しかし。
次の瞬間、アルサルが銀剣を振るった方向にいた全ての魔物が、上半身と下半身の二つに分断されていた。
線を引いたようにキッチリと。
「!?」
いっそふざけた光景にしか見えなかった。
何十万もの魔物の体が両断され、その上部がまとめて
嘘としか思えない。
だが、現実だった。
その証拠に、一瞬遅れて切断された魔物の肉体から
ガルウィンが切り倒したビッグワームのそれとは比較にならないほどの、青黒い血の雨が降る。
「…………」
もはや驚愕を通り越し、唖然とする他なかった。どしゃ降りの血雨に打たれながら、ガルウィンは口を半開きにして、ただ目の前の光景を見つめる。
斬った――のだろう、アルサルが。
あの大雑把にすぎる太刀筋で、目の前にいた全ての魔物を。
今アルサルが向いているのは北方向で、ガルウィンは彼の立ち位置から南側にいる。
つまりアルサルは百万もの魔物の軍勢、その中央に落下し、北側にいる全ての魔物をたった一刀で
撫で斬り、根切りとはまさにこのこと。
ほんの一振りで、彼の視界に収まる全てが斬り捨てられた。大軍勢の半分の、端の端までが。
「ようし、これで半分だな。おい、ガルウィン。残り半分はお前の訓練用だぞ。わかってるよな?」
「は、はい……?」
振り向きながら告げられた言葉に、思わず聞き返してしまった。
まったく理解が出来ない。襲いかかってくる情報量が、ガルウィンの頭の許容量を超えてしまっている。
「残り半分を……自分が、ですか……?」
どうにか
「おう、今のお前の実力に、その剣があれば何とかなるだろ。俺でも十三だか十四の時に出来たんだ、お前にも出来るって。多分」
「たぶんっ!?」
そんな適当な! と抗議の声を上げるが、アルサルには通じない。
「ほれ、ゴチャゴチャ言っている場合か? 後ろ後ろ」
と軽い調子でガルウィンの背後を指差す。
途端、頭上から影が差した。
『BBBBBBBRRRRRRROOOOOOOOWWWWW……!』
魔物の気配。それもかなりの
「――――」
こうなれば腹を
「……骨は拾ってください、アルサル様っ!」
意を決して振り返りつつ、勇者の剣を構える。
「おう、まかせとけ」
留守番を頼まれたような気楽さでアルサルが応じるのを耳にしながら、ガルウィンは決死の戦いに
「なんせお前は俺の旅仲間になったんだからな。行き先が地獄でも文句言うんじゃねぇぞ?」
ははは、と朗らかな笑い声には『ま、嫌になったらいつでも辞めてもらっていいんだけどな?』という意思が籠められているように聞こえた。
無論、ガルウィンにそんなつもりは一切ない。
故に――地獄はまだ始まったばかりだった。
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