●10 地獄の戦場 7







「うぉおぉおおおおおおおおおおおおお――――――――っっ!!」


 ガルウィンの戦いぶりは、まさに獅子奮迅であった。〝眷属化〟によって解放された能力は、まさに人類として至高の領域。


 自分でも信じられない速度で体が動き、剣が走る。だというのに、その全てが自らの意思で見事に制御できるのだ。


「――〈牙裂斬がれつざん〉っ!」


 剣理術の基本技を放っただけなのに、大木がごとき魔物の胴を真っ二つに切り裂く。抵抗らしき抵抗がまるでない。勇者の剣の切れ味たるや、もはや別次元だった。


「――〈牙裂連斬がれつれんざん〉っ!!」


 さらに応用の剣理術を発動。山吹色の輝紋を皮膚に浮かび上がらせたガルウィンは、疾風迅雷の速度で魔物と魔物の間を縫うように駆け抜け、剣を振るう。


 巨大な怪物の牙がごとき斬撃が、バイコーンの角を切り落とし、キマイラの首をね飛ばし、マンティコアの腹を両断した。


 青黒い血煙ちけむりがもうもうと舞う中、ガルウィンは襲い来る敵を次々に切り倒していく。


『UUUUUUURRRRRRRYYYYYYYYYY――!!』


 目の前に現れたのは、三階建ての建物がごとき巨大な蠕虫ぜんちゅう――ビッグワーム。


 天を仰ぐように鎌首をもたげただけで、ガルウィンの周囲が影に覆われた。


 しかし。


「――〈烈風れっぷう波斬はざん〉っ!!」


 ガルウィンは新たな剣理術を発動。サンライトイエローの輝きが勇者の剣に伝播し、刀身が光り輝く。


 剣理術〈烈風波斬〉はその名の通り、剣撃を風刃に変えて敵を切り裂く技である。言わば『飛翔する斬撃』だ。


 かつてのガルウィンがこれを発動させた際は、せいぜいが大人の身長程度の斬撃波が飛ぶぐらいであった。


 しかし、いまやガルウィンは〝銀穹の勇者〟アルサルの眷属。その超越的な力の影響を受けた現在、その威力はどうなるかと言うと――


「――ぉおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 ベースボールのバッターよろしく、光り輝く剣を横薙ぎに払った。斜め上に向かって。


 果たして、生まれた風刃はかつての十倍以上のサイズとなっていた。


 上に乗って空を飛べそうな大きさの、三日月型の斬撃波。


『UUUURRRRYYYY――!?』


 巨大な蛆虫うじむしの太い体が、一息に切断された。青黒い血飛沫が迸り、雨のように降り注ぐ。


 切り離されたビッグワームの上部が宙を舞い、そのままガルウィンめがけて落下した。素早く飛び退き、回避する。


 結果、ガルウィンはビッグワームの上部と下部の間に挟まれるような形となった。


 他の魔物らの視線から身が隠れている――そう咄嗟に判断して、ガルウィンは大技を敢行した。


「うぉおおおおおおおおっ!!」


 腰を落とし、力を溜め、必殺の一撃を放つ。


「――〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉ッッッ!!!」


 山吹色の輝光が炸裂した。


 今のガルウィンの放つ〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉は山をも穿つ威力。無論のこと、アルサルがいるであろう方角とは逆に向かって膨大なエネルギーを解放する。


 生まれるのは、光の龍がごとき熱閃の波濤はとう


 光がえ、はしる。


 扇状に疾走した〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉は、射程内に存在した魔物をことごとく消滅させた。


「――……!」


 光が収まった時、誰よりもガルウィン自身が己の所業に驚いていた。


 視界を埋め尽くすほど、周囲にひしめいていた魔物の大群。


 それが消え失せ、目の前に広がったひらけた荒野に戦慄する。


 ――まさか、自分にここまでのことが出来るなんて……!


 アルサルが〝眷属化〟の前に釘を刺してきた理由を、今更のように痛感する。


 この力はまぼろしだと思わなければならない。偽物にせものだと認識しなければならない。


 さもなければ、自分の心はどこまでも増長し、傲慢になってしまうに決まっている。


 それほどの力だった。


 我知らず、ぶるり、と体が震えた。


「おーおー、いい調子じゃないか、ガルウィン」


「っ!? アルサル様!?」


 いきなり背後から声をかけられたので振り向くと、声音から察していた通りの人物がすぐ後ろにいた。


「い、いつの間に……!? まったく気配を感じませんでしたがっ!?」


「おいおい、お前に察知されるほど耄碌もうろくしてるわけないだろ。俺をいくつだと思ってんだ」


 遠回しに、お前のようなヒヨっ子に気取られるような間抜けではない、と言い放ったアルサルが、はは、と軽く笑う。


「ここに集まっている魔物は、まぁそこそこの強さの奴らだ。魔王のいた中心部に行くほど魔物の質は上がっていくんだけどな、それでも魔界と人界の境界であるここには、相応の奴らが配置されている。そいつらを相手に一歩も引かず、むしろ一方的にぶちのめしてるんだから、まったく大したもんだぜ」


「お褒めにあずかり光栄です! ですが、これもアルサル様からお預かりした剣のおかげです!」


 手放しで褒めそやしてくれるアルサルに、ガルウィンは背筋を伸ばして頭を下げた。


 実際、勇者の剣の異次元的な切れ味に相当そうとうたすけられている――ガルウィンにはその自覚があった。もちろん〝眷属化〟による実力の底上げも多分にあったが。


 ――どちらもなければ、今頃は絶対に死んでいる……絶対に……


 そういった思考が脳裏の端をよぎり、背筋が冷たくなる。


 アルサルはうんうんと頷き、


「――さて、そろそろ俺の出番だな。見てろ、まず半分をぶった斬ってやる」


 そう言って、こちらに背を向けた。


 適当としか思えない動作で右腕を横に振り、そこに銀色の輝きが集束する。


 銀剣。


 それがアルサルの〝氣〟を寄り集めて形成した剣であることが、今のガルウィンにはわかる。


「ん、よし。じゃ、まずはエムリスの奴に文句言われないよう、飛べる奴を追い出すか」


「――?」


 アルサルの言葉の意味がすぐには理解できず、ガルウィンは首を傾げた。


 ――飛べる奴を、追い出す……?


『BBBBBBRRRRRRRRRROOOOOOOOOWWWWWWWw――!!』『GGGGGGGOOOOOOOOOAAAAAAAAAAWWWWWW――!!』『SSSSSSSHHHHHHHAAAAAAA――!!』『VVVVVVVVRRRRRRRRRAAAAAAAAAA――!!』『ZZZZZZZZZGGGGGGGGGGYYYYYYYYY――!!』


 今なお、魔物の軍勢はあちこちで雄叫びを上げ続けている。手に触れそうな殺意と憎悪が四方八方から押し寄せ、アルサルやガルウィンを押し潰さんとしている。


 そんな敵意の渦の中、悠々と立っていたアルサルの背中が突如とつじょりんと際立った。


 と、その時。


 頭上で凄まじい閃光がほとばしった。


「な……っ!?」


 一瞬、目の前が真っ白になるほど強烈な光に、ガルウィンは身体をビクッとさせて驚く。弾かれたように顔を上空に向け、目を見張った。


「お、エムリスの奴が魔術を使ったな? あーあ、全員消えちまったな、十二魔天なんちゃらも」


 同じように空を仰いだアルサルが、暢気に言う。口で言うほどには残念がっていないのが、声の響きだけでわかった。


「しっかし上手く手加減したもんだ。俺も久々なんだが……何というか、上手く手加減できるかどうかが心配なんだよなぁ」


 はぁ、と愚痴るように言ってから、一転して鋭く息を吸い、


「――来い、〝アルデバラン〟」


 次の瞬間、またしても空が輝いた。


 だが、先程の光とは質が違う。先刻の白熱するような光とは違い、今度はまたたくような、ともすれば見落としてしまいそうなほど小さな輝きだ。


 チカッ、と蒼穹で煌めいた光は、しかしそのまま消えることなく――【落ちてくる】。






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