●10 地獄の戦場 3






 ネコ科の動物にも似た目を見開き、肉体を二つに分かたれたゴルドレイジが呟く。その顔は、何が起こっているのかわからないと言いたげだ。


「馬鹿はお前だ。敵を前に余計なことを言ったり、何の策もなく突っ込んできた時点で負けは決まってたんだよ」


 ましてや、俺の〝威圧〟やエムリスの〝魔圧〟で足を止めてしまった時点で、勝敗は決したも同然だった。


 俺は銀剣を大上段に振りかぶり、


「勇者を舐めるなよ?」


 振り下ろした。


 真っ二つ。


 頭の天辺から入った銀剣で切り裂かれたゴルドレイジの肉体が、転瞬、猛烈な輝きを放つ。


 上級魔族の体内で循環していた魔力が暴発する兆候だ。俺は素早く距離を取り、安全圏へと逃れる。


 爆散した。


 金色の輝きが四方八方へ飛び散り、盛大な花火と化す。


 魔族に限らず、体内の魔力を活性化させている相手は、上手く斬らないとこのように爆発するのが基本だ。ミアズマガルムを斬ったときはそうならないよう配慮したが――竜玉を回収したいのもあって――、今回は気にする必要はない。


 むしろ、この爆発が他の奴らへの目くらましとなる。


『ゴルドレイジ殿どの――!?』『なんとぉ……!?』『おのれ! おのれおのれおのれぇっ!』


 残った魔天将どもが口々に驚愕と怨嗟を叫ぶ。


「 炎の矢 」


 そこに、エムリスの超短文詠唱。否、魔術というより、ちょっとした魔力操作に近い形で指先に五つの炎がともる。アルファドラグーン城で、ドレイク王やモルガナ妃に見せたのと同じやつだ。


 すっと前に突き出したエムリスの右手、その五指から文字通り炎の矢が発射された。


 超高速の火箭かせん


 五発同時に放たれた火炎の矢はあやまたず、五人の魔天将を貫いた。


『ぐぁあぁっ!?』『ガァ――!?』『うおおおっ!?』『なん――だと!?』『まさか――!?』


 規模は小さいながらも、いや、小さいからこその大威力を受け、上級魔族が撃墜げきついされていく。エムリスほどの魔力の持ち主が放つ魔術ともなれば、ほんの初級のものでさえ尋常ではない破壊力を持つ。


 なにせ『BANG☆』だけで『果ての山脈』を吹っ飛ばしたのだ。今の『炎の矢』にはそれ以上の威力が凝縮されているに決まっていた。


 立て続けに、五つの魔力爆発が空に生じた。エムリスの放った『炎の矢』すべてが致命傷を与え、上級魔族の肉体が爆裂したのである。


「す、すごい……! すごすぎますよ、アルサル様、エムリス様!」


「これがお二人の、本当の力……!」


 後ろの方に下げられたガルウィンとイゾリテが、宙に浮いた状態で呟きを漏らす。随分と恐れおののいてくれているようだが、残念なことに本当の力なんて全然出していない。


 正直、小手調べにすら至っていないレベルだ。


「おやおや? どうしたのかな、君達? ゴルドなんとやら君と同じ気持ちだったのだろう? ほら、どんどんかかってきたまえよ。時間がもったいない」


 早くも半数を失った十二魔天将に対し、余裕を見せつけて挑発するエムリス。味方ながら、なんと残酷な奴なのかと思わないでもない。まぁ、端から見れば俺も同類なのだろうが。


『くっ……!』『おのれ、言わせておけばッ!』『調子に乗るな、人間風情がっ!』


 貴族竜であるミアズマガルムもそうだったが、上級魔族も揃って気位が高い。


 というか、傲慢だ。


 奴らは基本的に人間を見下しているし、劣等種族だと思い込んでいる。


 確かに基本性能としてはそうだがな。様々な面で人間は魔族にはかなわないのだから、物理的にあちらの方が強者なのは間違いない。


 俺達のような例外を除いて、の話だが。


『それじゃ、俺は地上の奴らを駆逐していくぞ。ドラゴンは基本、空を飛ぶからな。竜玉が欲しいなら自分でやってくれ』


『もちろんだとも。彼らだってアルサルよりボクに殺された方がよほど幸せだからね。喜んで請け負うとも』


 念話を飛ばすと、意気揚々とした返事があった。


 気のせいだろうか? エムリスの奴〝残虐〟の影響かもしれないが、少しサイコパスなところが出てきてないか? 元々は真面目で優しいから〝怠惰〟と〝残虐〟を宿すことになったのだが――それだけになかなか残念な変化である。


「俺は下に降りる。ガルウィン、お前はこっちだ。せっかくだからな、俺の眷属になって得た力を存分に振るってみろ」


「――はいっ!」


 俺が声をかけると、ガルウィンは首が引っこ抜けそうな勢いで頷いた。


「エムリス」


「ああ、頑張ってくれたまえ。イゾリテ君、君はこっちだよ」


「了解しました、師匠。ご武運を、アルサル様、お兄様」


 名前を呼んだだけで意図が伝わったらしく、エムリスは俺とガルウィンにかけてある飛行魔術を解除した。


 途端、俺とガルウィンの体が重力に引かれ、落ちる。


「ぅわ――わぁあああああああああっ!?」


 誰かと思えば、ガルウィンの悲鳴である。そうか、今のやりとりでは『落とされる』とは思わないわな。


 俺は理術で何もない空間を蹴って、バタバタと手足を振りながら落下中のガルウィンに近寄る。


「ビビんな、ガルウィン。今のお前なら余裕で着地できる」


「そ、そうなんですか!?」


「俺を信じろ。そんなことより、足に理力を集中しろ。空気を蹴って前に出るぞ。このままじゃ山の中に落ちるからな」


「アルサル様! 山の中に落ちないのであれば、一体どこに――!?」


 落ちるというのですか、と言いたかったのだろう。しかし、俺が答える前に察したらしい。すぅっ、とガルウィンの顔が青ざめる。


「んなこと決まってるだろ?」


 だから俺はニヤリと笑ってやった。


「――敵のど真ん中にだよ!」


 手を伸ばし、ガルウィンの腕を掴む。同時、靴の裏に理力を集め、空気蹴りの理術を発動。


 見えない壁を蹴っ飛ばすように、跳躍。


 弾丸のように前へ飛ぶ。


「あ、ああ、ああああああ、アルサル様ァアァアアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!?」


 ガルウィンの上擦った悲鳴が空にとどろく。


 悪かったな、ガルウィン。いつも俺が用意した小地獄に嬉々として飛び込んで行っていたお前がこんなに叫ぶんだ、なるほど確かに、百万もの魔物の軍勢の中に飛び込んでいくのは洒落しゃれでは済まないことなのだろう。


 本当に悪かった。


 こんなことなら、もっとちゃんと『マジの地獄』をお前に見せてあげておくべきだったな。


 そうすれば、この程度で悲鳴を上げるような男にはなっていなかっただろうに。


「心配するな! 俺の剣を貸してやるぞ! 十年前に俺が使ってた愛剣だ! これさえあれば絶対に大丈夫だからな!」


「わ、わかりましたぁあぁあぁあぁあぁ――!」


 半ばヤケクソじみたガルウィンの返事を聞きながら、俺達は勢いよく魔族軍の只中ただなかへと墜落したのだった。






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