●9 破滅への暴走と眷属化 8







 結論から言うと、ガルウィンの〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉は先程の十倍以上の破壊力を見せつけた。


 もはや小型や中型の貴族竜であれば単独でほふれる程の力である。


 思った以上に〝眷属化〟の効果は強大だった。


 無論、一つの技の破壊力の度合いが、そのまま能力の上昇具合に正比例するとは限らないが――


 どうあれ、ガルウィンの全能力が人類として到達できる最高の境地に達しているのは、紛れもない事実だった。


 一方、イゾリテはと言うと。




「 火炎よ ぜよ 逆巻さかまけ すべてを焼き尽くす 地獄の奔流ほんりゅうと化せ 」




 魔力の籠もった声で唱えられる詠唱。


 ガルウィンと同じく、皮膚上に浮かび上がる山吹色の輝紋。心なしか、ダークブルーの燐光をもまとっている。


 イゾリテの体内の魔力が爆発的に高まり、周囲に重圧――エムリスも放っていた〝魔圧〟を放射した。


 刹那。




「 〈爆炎流メルト・ストリーム〉 」




 魔術が発動。


 その名の通り、爆炎の奔流がイゾリテの前方に生まれた。


 爆発。劫火。荒れ狂う。


 さながら炎の龍だ。


 そう、〝ドラゴン〟ではなく〝リュウ〟。手足と羽を持つ〝ドラゴン〟とは違う、巨大にして長大な〝リュウ〟がごとき火炎の爆流。


 それは瞬く間に山地を駆け抜け、木々を焼きながら吹き飛ばしていく。


 魔術による火炎は知っての通り、通常は燃えないものであろうとも燃え上がらせる。さらに言えば、魔力から生じた猛火は【質量を持つ】。それが故に、【火炎によって押し潰す】などという芸当も可能なのだ。


「――よし、そこでいったん終了。火を消してごらん」


「はい、師匠マスター


 巨大な炎の舌が思うさま山地をなめ回した頃、エムリスが指示を出す。それを受けたイゾリテが魔力を制御し、のたうつ大蛇がごとき劫火ごうかを一瞬にして鎮火させた。


 上空の開いた不可視の穴に吸い込まれるように、荒れ狂っていた火炎流が姿を消す。不思議なことに、木々を燃え上がらせていた炎すらもが一瞬にして消失した。


 不意の山火事は、一瞬にして、もはやこれ以上は延焼しない状態になっていた。


「うんうん、いいね。威力も制御もバッチリだ。お見事だよ、イゾリテ君」


「恐縮です」


 エムリスの褒め言葉を、イゾリテは控えめに受け入れる。


 俺も同意の頷きをしつつ、


「二人とも、まだ攻撃の出の速さに課題は残るが、威力だけなら本当に大したもんだ。これなら楽勝とは言わないまでも、普通の魔物なら一万体でも倒せるだろうな。ああ、もちろんペース配分には気をつけろよ?」


 と、そこまで言ってから自分で『ん? これだとまるで、これから魔物一万体と戦う予定があるみたいな言い方だな?』と気付く。


 何でこんなこと言ったんだっけか? と考える前に、


「はいっ! ありがとうございます!」


「心得ました」


 ガルウィンとイゾリテから返事があって、俺の雑念は頭の隅っこに追いやられた。


 さらには、


「――ん?」


 グウゥゥウウウウゥゥゥ、という獣のうめき声にも似た音が、辺りに響き渡った。


 音の発信源は、ガルウィンの腹部である。


 しばしの沈黙。


 ガルウィンは腹鳴ふくめいを終えた腹を手で押さえ、少々はにかみながら、


「……大変、申し訳ありません。大技を連発したせいか、一気に空腹感が増してしまいました」


 俺もエムリスもイゾリテも、どっ、と笑う。


 そういえば、設営を終えてからそこそこ時間が経過している。陽も高くなってきたことだし、そろそろ頃合いだろう。


「じゃ、そろそろ昼飯にするか」


 そう言うと、ガルウィンが申し訳なさそうに笑った。






 とはいえ、さほど豪勢なものが作れるわけでもない。


 相変わらずアイテムボックスに置いといた携帯食料を駆使して、俺はホットサンドを作った。


 ストレージの魔術で亜空間から取りいだしたるは、鉄製のホットサンドメーカー、食パン、薄切りベーコン、ソーセージ、卵。


 作り方は超簡単。二枚の食パンの間に具材を挟み、それをホットサンドメーカーの中に閉じ込めて、焚き火にくべる。


 卵は生のままでかまわない。密封されたホットサンドメーカーの中で熱されて、いい感じに半熟になるのだ。もちろん挟み込む際には、こぼれないよう注意が必要だが。


「相変わらず手際がいいね、アルサルは。昔も料理の腕はニニーブの方が上だったけれど、準備や小回りのよさでは君が一番だったし」


 十年前を懐かしみながらのエムリスの言葉に、俺は火加減とホットサンドメーカーの焼き加減を見つつ、首肯する。


「ま、唯一の趣味らしい趣味だからな、キャンピングは。実戦に出ることはなかったが、部隊の野外訓練の時にも役立ったし、我ながら結構なことだと思うぜ」


 あまり憶えていないが、勇者になる前の俺も、よく遠出してはキャンプをするのが好きだった気がする。その時の記憶はまるで濃い霧の向こう側にあるようで、ようとして知れないが。


「野営訓練の時が一番楽しそうでしたからね、アルサル様は」


 はははは、とガルウィンが爽やかに笑う。テンションが高い時はなんとも暑苦しい奴だが、普段はこのように爽やか青年なのが基本デフォルトである。


「そうだったか? あ、そろそろ湯が沸くぞ。イゾリテ、コーヒー頼めるか?」


「承知いたしました」


 俺はホットサンドを作るのに手一杯――なにせメーカーを二つ同時に焼いているのだ――なので、昼のコーヒーはイゾリテに一任する。朝は俺が淹れたので、昼は別の人間が淹れた方が微妙に味も違って楽しめるだろう。


「んー、いい匂いだね。ねぇアルサル、それってボクの分もあるのかな?」


 パチパチと音を立てる焚き火にあぶられ、ホットサンドメーカーから芳ばしい香りが立ち上る。鼻をクンクンと鳴らしたエムリスが、期待に満ちた青白あおじろの目を俺に向けた。


「おう、そう言うと思ったから四人分、用意してるぞ」


 今朝は大気中の魔力だけで十分だからと、甘ったるいコーヒーだけで済ませていたというのに、いい匂いがしたらコレだ。現金な奴である。


「イゾリテ君もガルウィン君もよく食べておくんだよ。この後、ちょっと体を動かさないといけないからね。ああでも、主に動くのボクとアルサルだけになるのかな?」


「どういうことだ?」


 そろそろ頃合いか、と二つのホットサンドメーカーを火から上げつつ、俺は意味深なことを言うエムリスに聞き返した。


 相変わらず宙に浮く本に座っているエムリスは、くるり、と体ごとあらぬ方向へ振り返る。


 魔道士が目線を向けるのは――東。


「――うん、もうじきだよ。結界に阻まれていても、少しだけ魔力の動きが伝わってくる。もう大分、あっち側に集まっているみたいだね。この感じからすると……多分、百万? ぐらいかな?」


「意外と少ないな」


 ホットサンドメーカーをそれぞれ開き、できたてアツアツのホットサンドを紙皿に移す。うん、我ながら絶妙な焼き加減だ。食パンについた子狐こぎつねいろが実にいい塩梅あんばいである。


「いや、思ったより行動が早いから数はそんなもんか。デカブツは?」


 まずはガルウィンとイゾリテに一つずつホットサンドを渡し、次のを仕込んでいく。こっちは俺とエムリスのだ。


「んー……大きい反応が十個ぐらいかな? ぼやけていて正確なサイズはわからないけど、そこそこ大きめだね」


「司令クラスか? それとも魔烈将?」


 十年前に戦った狂武きょうぶ六司令ろくしれい十二じゅうに魔烈将まれつしょうを例に出して、大体の脅威度を確認する。


 魔界には魔王以外にも、強力な魔族が無数に存在する。いま挙げた二つもそうで、他にも八大はちだい竜公りゅうこう四天してん元帥げんすい冥府めいふ邪道じゃどう十六傑じゅうろっけつ――等々がいた。全部俺達がぶっ倒してやったが。


 強さのランクもそれぞれだったので、どのあたりかを聞けば大体の脅威度がわかると思ったのだが――


 エムリスは肩をすくめ、


「うーん……残念だけど、そこまで細かいところはわからないね。流石は〝龍脈結界〟といったところかな。まぁ、十年前は結界に邪魔されてろくに気配察知も出来なかったんだから、ボクも成長したものだと思っておこう」






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