●9 破滅への暴走と眷属化 6






「無論、この〝眷属化〟はお互いの合意をもって解除することも出来る。まぁ、ボク達から一方的に破棄することも可能だけどね。その時はもちろん〝眷属化〟によって向上した能力、その他も封印されてしまう。あくまでボク達の〝氣〟によって受けられる恩恵おんけいだからね。繋がりが断たれれば消えてしまうのも当然のことさ」


 恩恵おんけい――その言葉は妙にしっくりと来た。思うに〝眷属化〟というのは少々大げさな表現に思える。眷属は主に逆らうことはできないとは言っても、別段、使い魔のように完全に服従するような関係ではないのだから。


「てことはアレか。魔王が思念だけで魔族を洗脳して支配していたのとは違うわけだな?」


 そのレベルの上下関係になると、下の方には拒否権など一切ない。繋がりを解除することも、逃げることも出来ず、それどころか【拒絶しようと考えることすらできなくなる】のだ。


 エムリスは頷き、


「そうだね、その気になればある程度の強制力は出せるだろうけれど……基本的には眷属側の意思が尊重されるよ。まぁ、気に食わなかったら関係を解除すればいいだけの話だからね。それだけで眷属は力を失うし、おかしな真似は出来なくなる。そもそも恩恵が残っていたとしても、ボク達と眷属とじゃあ天と地ほどの力の差があるからね、反逆なんてどのみちできっこないのだけど」


 だから基本的にはメリットだけを見ていればいいと思うよ、とエムリスは結んだ。


 俺は小さく息を吐き、


「なるほど、な。そういうことなら少しは安心だな。精神支配系の契約だったら速攻で解除させてたところだが、まぁ少しばかりの恩恵がある上にイゾリテ自身が納得しているなら……俺からは文句なしだ」


 エムリスの〝氣〟によって目覚めた能力で、今のイゾリテの魔力量だというなら、おそらく体への負担はあるまい。元々持っていた才能を、少しばかり特殊な方法で覚醒させたというだけのことなのだから。


 さらに、いつでも解除可能ということであれば、もはや文句のつけどころがない。


 俺は片手を後頭部にやって、妙にむず痒くなってきたそこを掻きつつ、


「……あー、さっきは悪かったな。少しばかり大人げない真似をした。すまん」


 流石に面と向かっては無理だったが、一応は謝罪の言葉を口にした。冷静になってみると、いきなり手を出そうとしたのは明らかに失敗だった。


「……へぇ?」


 意外そうな、興味深そうなエムリスの声。


 思わずそっちを見ると、


「……なんだよ、ジロジロ見るな。ちゃんと謝ったんだからいいだろ」


 目をパチクリと開いてエムリスが俺を凝視しているものだから、ついそんなことを言ってしまう。何ともバツが悪い。


「――おっと、ごめんよ。いや、驚いたな。ああでも、そうか。そうだね、君も大人になったんだね。アルサルがあまりにも素直に謝るものだから、思わず別人による成りすましかと疑ってしまったのだけど、よく考えなくても無理な話だったね。ボクにみだりに触れようとして無事でいられる人間なんて、君かニニーヴかシュラトぐらいのものなんだから」


「……めてんのか? けなしてんのか?」


「さてね? 好きな方に取ってくれたまえよ」


 俺の追求をサラリとかわしたエムリスは、すっ、と宙を滑るようにして移動する。何故かガルウィンのかたわらに寄り添い――ガルウィンは体格がいいので、そうやって並ぶとそれこそ兄と妹みたいなサイズ感に見える――、こちらへ意味ありげな流し目を送ってきた。


「――で、君はしてあげないのかい? 〝眷属化〟」


「あ? 誰を?」


 出し抜けの問いに、俺は反射的にそう聞き返した。


 すると、はっ、とエムリスは嘲弄するように笑う。


「ガルウィン君に決まっているじゃあないか。妹のイゾリテ君がボクの眷属になって才能を開花させたんだ。兄であるガルウィン君だけそのままというのは、いささか以上に不公平だろう?」


 ちら、とこれ見よがしな視線をガルウィンに送る。


「――っ!? ……!」


 いやガルウィン、お前もうんうんと大きく首を縦に振るな。期待に満ちた目で俺を見るな。


「なんで俺が? お前が〝眷属化〟すればいいだろうが。イゾリテを眷属にしたんだから」


「アルサル様、そんな……!?」


 ガーン、と頭を殴られたみたいなリアクションを取るガルウィン。いや、なんで俺がひどいこと言ったみたいになってんだ。


 エムリスは大仰に肩をすくめて、


「いやぁ、ボクが好むのは魔術のできる子だからね。出来れば自分の眷属は、魔術ないしはそれに類する力を持った子で固めたいんだ。残念ながらガルウィン君の才能は【こっち側】じゃあないだろう? なら君の眷属になった方がいいと思うのだけどね、ボク個人としては。ほら、かつては君の教え子だったわけだし」


「個人の意見のふりして押しつけてるだけだろ、それ……」


 それっぽいことを言ってはいるが、要は『好みではない』とはね除けているだけではないか。


 とはいえ、だ。


「アルサル様……!」


 ガルウィンが俺に熱い視線をそそいでくる。


 確かに、いまやイゾリテはゲームで言うところの最大レベル。人間の身で至れる、究極の境地にまで達している。


 今のガルウィンのレベルに関係なく、こいつが妹にかなり水を開けられたのは紛れもない事実だ。


「大したデメリットもないのだから、してあげればいいじゃないか、〝眷属化〟。言ってはなんだけど、下手に訓練を積ませるよりも楽な上、確実に強くなれると思うのだけどね」


「ぐぬ……」


 全くその通りなだけに、俺はぐうの音も出ない。


 というか、そんな便利なものがあったのなら、これまで地獄のシゴキに付き合わせていた隊員達も、より簡単に強くしてやれたわけで。


 わざわざ時間と労力を使って鍛える必要など、どこにも――


「……あー、いや、それは違うか」


 心の中で膨らみかけた悔恨かいこんの念だったが、それはすぐにしぼんだ。


 気を取り直し、


「――ガルウィン、お前、俺の眷属になりたいか?」


「はいっ! なりたいっ! ですっ!」


 俺の問いかけに、やや被り気味でガルウィンが即答した。いやいや、来るな迫るな近づくな、ちょっと暑苦しいぞ。


「それは、俺の眷属になったら強くなれるからか?」


 だったら断ってやろう、と思いながらの質問に、


「いいえっ! 自分はアルサル様とのより強固な絆があれば嬉しいと思っただけです!」


 一切の躊躇ちゅうちょなくガルウィンは言い切った。


 おいおい、えらいずかしいことを大声で断言してくれるではないか。


 なんと断りにくい奴なのだ。


 俺は、はぁ、と溜息を吐く。


「――よし。じゃあ、その前によく聞け」


 俺は右の人差し指を立て、ガルウィンに向ける。


「はい!」


 元気よく頷いた、世が世であればセントミリドガルの王子だったかもしれない男に、俺は告げる。


「俺がお前を眷属にしたとして、それで得られる力はまぼろしだと思え」


「幻……?」


 首を傾げるガルウィンに、俺は首肯した。


「そうだ。力ってのは本来、自分自身を鍛えて積み重ねて、その結果として手に入れるものだ。それが『本当の実力』ってもんだ」


 ガルウィンに向けていた指を引き、こぶしを作って胸を叩く。


「だがこれから俺が与えるちからは、いわば反則技、偽物、チートと言っても過言じゃない力だ。ひどく強力な分、俺がその気になればいつだって奪うことの出来るちからでもある」


 ガルウィンの緑の瞳をまっすぐ見詰め、俺は言うべきことを言う。


「そんなものは『本物』じゃない。誰かの気分で勝手に奪われるような力が、お前の『本当の実力』であるわけがない。そうだろ?」


「――はい」


 俺の表情、目線から真面目な話をしていることを察したのだろう。ガルウィンもまた顔つきを改め、神妙に頷いた。


「だから、今から俺が与えるちからまぼろしだ。決して自分の力だとは思うな。そして、その力を持ったことでおごるな、増長ぞうちょうするな、慢心まんしんするな、調子に乗るな。借り物の力で自惚うぬぼれることは絶対に俺が許さん。いいな?」


 そう、俺が訓練部隊の奴らを鍛え上げたのは、決して無駄ではない。〝眷属化〟などというインスタントな方法で手に入れた力など、所詮は仮初かりそめのものだ。俺がその気になっただけで奪えてしまうものなど、真に価値ある力ではない。


 だから、さっきの後悔こうかいはなしだ。


 さっきのエムリスの『言ってはなんだけど、下手に訓練を積ませるよりも楽な上、確実に強くなれると思うのだけどね』という言葉にも、強い否定を返そう。


 楽で簡単な方法で手に入れたものなど、ある日突然、あっさりと消えてしまっても不思議ではないものなのだ。


 本当の意味で手元に残るのは、しかるべき努力の果てに会得した力のみ。


 それだけは、俺が何をしようとも奪えやしない、本当に価値あるものなのだ。


「はい! このガルウィン、アルサル様の眷属としての力を無闇に振るわぬことを誓います! その力が己のものでないことを強く自覚します! おごらず、増長せず、慢心せず、調子に乗らないことを心に刻みます!」


 背中に定規を入れたみたいに背筋を伸ばし、ガルウィンが誓約する。大気がビリビリと震動するほどの声量だったので、近くにいたエムリスが両手で耳を押さえているた。


 俺は頷きを一つ。


「いいだろう。じゃあ、お前を俺の眷属にしてやる」




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