●9 破滅への暴走と眷属化 5







「イゾリテがお前の眷属になった、だ? それでどうしてイゾリテから魔力が出ることになるんだ」


「それも説明しないとわからないのかい……」


 はぁ、と呆れの溜息を吐いたエムリスは、気を取り直したように大きく息を吸い、


「いいよわかった、詳しく説明してあげようじゃあないか。ほら、そこのガルウィン君。君もこっちに来てようく聞いておくれ。多分、君にもこれから関係することだろうからね」


「はい、わかりました!」


 ついでとばかりに蚊帳かやそとだったガルウィンを、エムリスが手招きして呼び寄せる。ご主人様に呼ばれた忠犬よろしく、ガルウィンが近寄ってきた。


 宙に浮く大判の本に腰掛けたエムリスは、教師然とした姿勢で片手の人差し指をピンと立て、


「いいかい? 魔王を倒すために選ばれたボク達には、特別な輝紋きもんが与えられている。アルサルは〝銀穹の勇者〟としてのもの、ボクには〝蒼闇の魔道士〟としてのもの」


 そう言ってエムリスは自らの輝紋を励起れいきさせた。


 服に覆われていない顔や首筋、手首から先の皮膚上に、深い群青色ぐんじょういろに輝く幾何学模様が浮かび上がる。


「輝紋の色は人それぞれだけれど、その模様もようについては基本的に一緒だ。けれど、見ての通りボクやアルサルのはちょっとおもむきが違う。ほらね?」


 オーバーサイズのスタンドカラーシャツの袖をまくり上げ、細っこい腕をあらわにするエムリス。


 通常、人体の表皮に浮かぶ輝紋は直線ちょくせん直角ちょっかく鋭角えいかくで構成された回路図であるのがほとんどだ。個々人で多少の違いはあれ、根本的は変わらない。


 だが、エムリスの腕に走っている幾何学模様は、そのほとんどが曲線だけで構成されている。明らかに常人のそれとは違い、どこか花にも似た、優雅なラインが描かれていた。


「ほら、アルサルのも見せてあげなよ」


 そう言われて、俺も輝紋を励起させる。あまり気乗りはしなかったが、ここで固辞するのも大人げないように思えたのだ。


 エムリスにならって俺も服の袖をまくると、そこに展開するのは星空を模したような幾何学模様。天体の動きや、流星や銀河を思わせるようなアクセントがあって、あまり法則性を感じさせないデザインの模様が、銀色に輝いている。


「おお……!」


 と声を上げたのはガルウィンで、イゾリテは言葉もなく息を呑んでいるようだった。


「――アルサル様の輝紋を初めて拝見しました。エムリス様の仰る通り、私達のものとは全く違うのですね……」


 声を抑えて、イゾリテが感嘆の息を吐く。


 あまりまじまじと見られても恥ずかしいので、俺はそれとなく腕を引き、袖を戻した。俺の輝紋は〝銀穹の勇者〟らしく、星空を模したものらしいが――少年の頃ならともかく、いい年した大人となった今では、なかなかに痛々しくてたまらない。


「ここにはいないから見せてあげられないけれど、〝白聖の姫巫女〟ニニーヴや、〝金剛の闘戦士〟シュラトの輝紋もそれぞれ独特の形をしているよ。いつか会うことがあったら見せてもらうといい」


 このまま四人で旅を続け、ニニーヴやシュラトに再会すればきっと訪れるであろう未来を予言しつつ、エムリスは本題に入る。


「さて、肝心な〝眷属化〟についてだけれど。理屈は単純さ。君やボクの持つ〝〟を任意の対象に流し込めばいい。〝氣〟が相手の肉体に馴染めば、〝眷属化〟は完了だ。まぁ当然、そこに至るまでには色々なハードルがあるのだけどね」


 輝紋を励起させたままのエムリスの右手に、淡いダークブルーの輝きがともった。ゆらゆらと揺らめく炎のような光こそが、〝氣〟と呼んでいるものだろう。


「当たり前だけど〝眷属化〟は拒絶している相手にはほどこせない。気を失っている相手にも効果がない。お互いに納得した上で契約を交わして〝眷属化〟する、これが基本にして絶対のルールだ。ねぇ、イゾリテ君?」


「はい、エムリス様」


 わざわざイゾリテに話を振ったのは、既に成されたという〝眷属化〟が双方合意のもとで行われたものだというアピールなのだろう。


「逆に言えば、条件さえクリアしていれば誰が相手でも〝眷属化〟は可能だ。何人でもね。まぁ、あまり多用しない方が世のためだとは思うけれど」


 十人でも百人でも、その気になれば千人でも一万人でも――とエムリスは語る。


「〝眷属化〟のメリットは、ボク達の眷属になった人間の能力をいちじるしく向上させること。今のイゾリテ君のようにね。潜在能力を解放する、とでも言うのかな。そう、まさに『才能の鍵を開ける』とでも言うべき効果だよ」


 エムリスの言葉を聞いて俺の中でイメージされたのは、とあるゲームの一場面だった。


 レベル一のキャラクターに対して、一気に大量の経験値を投入する。これによって最弱だったキャラクターが、一瞬にしてレベル最大まで到達し、限界まで強化される。まるで別人のようになった各種ステータスに、適正レベルによって修得するスキルやアビリティ、魔法や必殺技――場合によってはジョブチェンジしたり、クラスアップしたり、すごい時は種族まで変わったりと……


 さして長くないゲーマー人生でも、そんなことはざらにあった気がする。


「……ってことは、何か? イゾリテの魔力は、元々こいつが持っていた才能が開花しただけで、お前が特に改造したとかそういうわけじゃないってことか……?」


「だからそう言っただろう? イゾリテ君は魔術の天才さ。彼女が内包している魔力は、この周囲に漂っている魔力を自然に吸収した結果だよ。今はまだこの程度だけれど、この山脈の向こう側に行けばもっと吸収して、より多くの魔力を溜め込むことができるはずさ。ボクが見るに、かなりの許容量キャパシティを持っているからね」


「恐縮です」


 事実を羅列しているだけのように見えるエムリスだったが、イゾリテは褒め言葉として受け取ったらしい。


「さっきも言ったけれど、イゾリテ君は才能の塊だよ。お世辞抜きで、大魔術師になる素養がある。もちろん、才能が開花したからといって、切磋琢磨しなければ今ぐらいのレベルで終わってしまうのだけどね。でも大丈夫、ボクが指導するからには、君を必ず人類最強の魔術師にしてあげるとも。まぁ残念ながら、大魔道士であるボクには遠く及ばないのだけれどね」


 察するに、イゾリテがエムリスに師事することは、既に二人の間で決まった話らしい。俺はそのあたりについては無視して、


「で、〝眷属化〟のデメリットは?」


 先程エムリスは『〝眷属化〟のメリットは』と言った。メリットがあるのならデメリットもあるはずだ。


「少なくとも〝眷属化〟する側にはないね。力を与える、眷属が増える、味方が増える、家族が増える。うん、いいこと尽くめだ。けれど、〝眷属化〟【される】側には一つ、決定的なデメリットが生まれる。ああ、もちろんコレについてもイゾリテ君は了承済みさ」


 そう断りを入れてから、エムリスは語った。


「ボク達の眷属になった人間は、ボク達に逆らうことが出来なくなる。当たり前だね、眷属になるということは、その支配下に置かれるということ。いわば従属じゅうぞくするに等しいことだからね」


 やはりか、という感想しかない。〝眷属化〟という言葉からそれとなく想像はしていた。例に挙げた『使い魔』だってそうなのだ。基本的に主人の言うことには絶対服従。それぐらいの上下関係がなければ『使役する』なんて言葉は使えない。






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