●9 破滅への暴走と眷属化 4
「それはつまり、いつでもかかってこい、って意味か?」
何やらゴチャゴチャと言ってやがるのを、怒り心頭に発している俺は、わかりやすくまとめてやる。
我ながら好戦的な気分なだけに、
「好きなように取ってもらって結構だよ。ボクはいつでも挑戦を受けるから。その時は、勇者よりも強い魔道士が存在するってことを教えてあげるよ」
不敵な笑みを浮かべたエムリスが、青白く輝く瞳を
「――――」
そのいかにも小馬鹿にしたような態度に、俺の中の〝傲慢〟が激しく反応しようとした瞬間。
「お待ちください、お二人とも」
静かに、しかし強い声がイゾリテから放たれた。
まるで仮面のような無表情が、じっと俺とエムリスとを見据えている。
「私を無視したまま話を進めないでください。アルサル様はもちろんのこと、エムリス様も悪ノリが過ぎます。どちらも頭をお冷やしください」
イゾリテの言葉は丁寧ながらも、遠慮というか容赦が一切なく、まるでナイフのように心に突き刺さった。
しっかりしているように見えるが、イゾリテはまだ十代半ばの少女である。そんな子供から非難されるような目で見詰められて、傷つかない大人はそうそういないのではなかろうか。
「……悪い、ちょっと頭に血が
俺が手を引きつつ謝ると、
「……ボクこそ、悪い癖が出てしまったみたいだ。ごめんよ」
どうやらエムリスはエムリスで〝残虐〟の影響を受けていたらしい。全身から迸っていた不敵な――否、
俺達の間の
「まず、ご心配をおかけして申し訳ありません、アルサル様。
「おや、そうやって責任を全て背負い込むのは感心しないね、イゾリテ君。それだとボクの
自分を
「では、お言葉に甘えまして。責任の三割はこのイゾリテにあります。ですので、あまりエムリス様を責めないであげてください」
「――うん、出会って間もないけど、君って結構【イイ】性格しているよね、イゾリテ君」
「そうは言っても、お前……」
何度も言うが、魔力とは本来人間が持つ力ではない。
毒耐性を鍛えるように徐々に魔力を吸収するのならともかく、さっきの今で膨大な量を注入されたのなら、そんなもの肉体に異常が出て当然だ。
「ご心配には及びません。どうやら私には才能があったようですので」
「才能?」
淡々と、しかし自信満々に告げるイゾリテに、俺は思わずオウム返しにしてしまった。
「そこからはボクが説明しよう」
おっほん、とエムリスがわざとらしい咳払いをして、割り込んできた。
「というかだよ、アルサル。ボクはびっくりしたよ。このイゾリテ君、ものすごい才能の塊じゃないか!」
かと思えば、いきなりエムリスの語調が変化する。えらく楽しげな表情を浮かべ、声量も大きくなった。
「なんだいなんだい、そういうことならもっと早く言っておいてくれよ! 危うく未来の大魔術師を見逃すところだったじゃないか。というか君、昔この子に理術を教えていたのだろう? どうしてそれを早く言ってくれなかったんだ。君ならイゾリテ君の才能に、とっくに気付いていたはずだろう?」
「は? いや、何の話だ……?」
未来の大魔術師? いやいや、持ち上げるにも程があるだろう。随分と大げさなことを言いやがるではないか。
というか、アレだ。
エムリスの奴、【スイッチがオンになってるな】。
「イゾリテ君の才能は理術だけに収まらない、なんと魔術にも適性があるんだ。王族の血を引いているのを差し置いても、とにかく輝紋の質がいい。とてもいい。ボクが見たところ魔力の馴染みもいいし、循環経路や神経配列も素晴らしい! 人間としては最上級の逸材だよ!」
出たぞ、テンション高めのマシンガントーク。どこか言い方がイゾリテを『素材』だか『実験動物』だか扱いしているところが気に食わないが、エムリスほどの人間が褒めるのだから、それほどのものなのだろう。
確かにイゾリテは理術の覚えがよかった。それは先述の通りだ。
しかしまさか、魔術にまで適性があったとは。
「いやぁ正直、ボクも軽く
「鍵を開けた……?」
エムリスの
外部から魔力を注入して溜め込ませたのではないのか――?
と疑問に思っていると、勢いそのままエムリスが答えを口にした。
「そう、ボク達だけが持つ特殊能力の一つ、〝眷属化〟だよ」
自信満々に告げられたその特殊能力とやらに、しかし俺はまったく聞き覚えがなかった。
「
あえて『ボク達』と言うからには、俺も含まれているのだろうと思うのだが、さっぱり心当たりがない。
すると、
「……マジか、アルサル……本当にマジか……まったく
さっきまでのハイテンションが嘘だったかのように、エムリスの声から力が抜ける。キラキラと輝いていた瞳から光が失せ、すん、となった。
まるで焚き火にバケツの水をぶっかけたみたいな鎮火であった。
「……はぁ……そうだね、君は目の前の戦闘に役立たない知識はすぐに忘れてしまうタイプだったね。というか、ろくに耳を貸さないタイプだったと言うべきかな。説明するのが馬鹿らしくなってくるよ」
「おいおい失礼だな。その言い方じゃ、まるで俺が脳みそまで筋肉で出来ている奴みたいじゃねぇか」
「まるでじゃなくてそう言ったんだけど? もしそう聞こえなかったのならボクの言い方が悪かったんだね、ごめんよ?」
「あ?」
「ぁあ?」
ビリッと再び空気が帯電した。改めて俺とエムリスの間に、気化したガソリンがごとき一触即発の雰囲気が漂い出す。
「アルサル様、エムリス様、
半ギレ状態の俺達に、すかさずイゾリテが突っ込みを入れる。
「はっ」
「ふんっ」
俺とエムリスは同時にお互いの視線を切り、そっぽを向き合った。
「――んで、〝眷属化〟ってのは?」
「憶えてないようだから簡単に説明するけど、ボクや君、ニニーヴやシュラトみたいな存在にだけ使える特殊能力の一つさ。その名前の通り、任意の対象を自分の
俺の問いに、つっけんどんな態度でエムリスが答える。
そういえば魔術師が使役する『使い魔』なんぞも、その眷属に含まれると聞いたことがある。
「あくまで伝説の勇者、魔道士、姫巫女、闘戦士だけが使える特別な力だ。魔力に由来するものじゃない。だから君の心配は杞憂だよ、アルサル。イゾリテ君はボクの眷属になっただけで、別に無理に魔術師にするための改造を施したわけじゃあない。これで安心したかい?」
「……いや、まったく。というか聞き捨てならんことが増えたんだが」
というか、その〝眷属化〟の特殊能力がなかった場合は『無理な改造』とやらをやっていたように聞こえたんだが……? 怖すぎるぞ、お前。
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