●9 破滅への暴走と眷属化 3






「しかし、随分な大技を編み出したな? オリジナルだろう?」


 俺は周囲の惨状を見回しながら、ガルウィンに問う。


「それはもう! 頑張りました!」


 満面の笑みを浮かべたガルウィンは拳を握り、誇らしげに首肯する。


「従来の剣理術にも同じぐらいの威力を出せるものがあるのですが、どうにもしっくり来なくて……なので、自分流にアレンジしてみたのがこの〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉になります」


 剣理術――その名の通り、剣を媒体とした理術の総称である。


 いわゆる『必殺技』とでも言えば、わかりやすいだろうか。


 何も難しく考える必要はない。要は剣技けんぎと理術の合わせ技である。


 ガルウィンが最初に使った〈牙裂斬〉はその基本の一つ。いわば初級、ないしは下級とでも言うべき剣理術だ。


 さらに中級、上級とランク付けがあって、先程の〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉などはもはや、〝最上級〟と称してもよいぐらいの破壊力だった。


 まぁ詳しく言うと、剣理術一つとっても様々な流派があり、いろいろな派生技があったりするのだが――説明が細かくなりすぎるので、そのへんは割愛かつあいする。


 やはり基本的には『必殺技』だと思ってもらった方が、一番わかりやすい。


 俺は頷きを一つ。


「そいつはいいことだ。技に自分を合わせるのも大切だが、自分に合わせて技を磨くのも重要なことだ。両方の観点から上手く調節して、ちょうどいい妥協点を見つけるのが『強くなる』ってことだからな」


 どんな流派のどんな技にも、どうしたって生み出した創始者のくせが残っているものだ。


 もちろん世代を重ねるごとに無駄はぎ落とされ、鋭く研ぎ澄まされていくものだが――それでも残るものは残る。故に、その部分が自分の肌に合わないと感じた時は、いっそ大胆にアレンジを加えてみるのも一つの手なのだ。


「はい! さらに精進いたします!」


 元気よく返事した後、さらにガルウィンは声を大きくする。


「それにしてもアルサル様、今のを無傷で受け流してしまわれるとは……! 正直なところ、自分としてもかなり成長したつもりでいたので、一矢報いるぐらいは出来ると思ったのですが……残念です!」


 くぅ~っ、と悔しそうに顔をしかめるガルウィン。


 俺は、はは、と軽く笑って、


「気にすんな。自分で言うのも何だが、俺が特殊すぎるってだけの話だ。お前はちゃんと成長しているし、しっかり強くなってるよ。というか、俺じゃなきゃ死んでたぞ、今の。普通に」


 後半ばかりは冗談抜きに、真剣な口調で言った。


 さっきも言ったが、ガルウィンの〈新星裂光斬ガルス・ノヴァ〉は貴族竜のブレスにも匹敵する威力だった。


 ということは、通常のドラゴン程度であれば軽くほふることも可能だということだ。


 人間の身でそれだけの破壊力が出せるのなら、文句のつけようがない強さだと言っていい。


「――なんだい、なんだい? 何だかすごい音がしたから来てみたけど、魔族でも出現したのかな?」


 出し抜けに横合いから声が聞こえてきたかと思えば、それはエムリスだった。


 ふよふよと宙を飛ぶ本に乗って現れ、後ろにはイゾリテを引き連れている。


「あ、これは申し訳ありません! お騒がせしました!」


 途端、ガルウィンが全身を一本の棒のように伸ばし、頭を下げる。


 おっとしまった、とエムリスは掌で口元を押さえた。


「いや、別に文句をつけたくて言ったわけじゃあないよ。そうかい、君がやったんだね、これ。うん、すごいじゃないか」


 エムリスは幼い顔に微笑を浮かべ、ガルウィンを褒めそやす。


「恐縮です!」


 ガルウィンが下げた頭を上げ、また下げるのを脇目しつつ、


「そっちはどうだった、エムリ……」


 と訪ねかけた俺の口が、思わず停止した。


 エムリスの背後にひっそりと立つイゾリテ。その全身から溢れる【濃密な魔力】を目にしてしまったばかりに。


「――おい」


 我知らず、ドスのきいた声が喉奥から漏れ出た。


「ん? どうしたんだい、アルサル?」


 にっこり、と音が聞こえてきそうな勢いで笑うエムリスに、俺は大股で歩み寄った。


 ドスドスと足音を鳴らして近寄っていく俺に、しかしエムリスは一切後じさることなく相対する。


 次の瞬間、俺はエムリスの頭をむんずと掴むために手を伸ばし――


 バジィッ! と不可視の障壁に遮られ、火花が散った。


 だが手を引く気はない。俺はなおも奴の頭を掴み取るため、力尽くでてのひらを強く押し出していく。


 だがエムリスの展開する障壁バリアもまた厚くなり、俺の接近を拒絶する。


 その結果、バヂバヂバヂバシッ、電撃が迸るような凄まじい音が響き渡った。


「――おやおや、一体全体どうしたのかな、アルサル様? その手で何をするつもりなのかなぁ?」


 指一本動かすことなく魔力だけで障壁を張るエムリスは、拮抗する俺の掌を見ながら、クスクスと笑う。


 俺はなおも押し出す力を緩めないまま、


「てめぇ、イゾリテに何しやがった?」


 余裕を見せるエムリスとは正反対に、遊びなど全くない声音で問うた。


「なんでイゾリテから魔力が出てる? こいつは理術が得意だったが、魔術には疎かったはずだ。よしんば俺のいないところで勉強していたにしても、その体から出てる魔力の量は何だ? さっきと全然違うじゃねぇか」


 何度でも言うが、俺とて魔術に詳しいわけではない。


 だが、魔力の感知については鋭い自信がある。魔族まぞく魔物まものの攻撃には、ほぼ確実に魔力の連動がともなう。つまり魔力を感知することが出来れば、敵の攻撃の【起こり】を察知することに繋がる。だからこそ、俺は感知能力だけは限りなく鋭敏えいびんに研ぎ澄ましたのだ。


 その俺が見るに、今のイゾリテの体から溢れている魔力は尋常じんじょうではない。もちろんエムリスほどではないが、それでも並の人間が垂れ流していい量ではなかった。


「うんうん、流石は〝銀穹の勇者〟と言ったところかな? 昔から、魔力の感知についてはボクよりも鋭いところがあったからね。すぐに気付くと思ったよ」


 ふっふーん、とエムリスは嬉しそうに笑う。その態度が余計に俺の神経を逆撫でにした。


「笑い事じゃねぇぞ……ただの人間に濃い魔力は毒だろうが。どういうつもりかは知らねぇが、イゾリテに何かあったらテメェ、ただで済むと思うなよ……!」


 俺の手に更なる力が籠もる。エムリスの展開した障壁とのせめぎ合いが激化し、放電にも似た音が一層大きくなった。


 エムリスが連れて行く前、イゾリテからはまったく魔力を感じなかった。当たり前だ。特殊な訓練や儀式を経て耐性を得ない限り、人間は魔力をまとえない。


 人間が生来持つ力は、理力のみ。それが常識だ。


 エムリスを始め、本来持てるはずのない魔力を持ち、魔術を行使する人間こそが異常なイレギュラーなのである。


 俺の恫喝どうかつめいた言葉に、しかしエムリスが気圧けおされるはずもなく。


 逆に、やたらと楽しそうに笑いやがった。


「へぇ、そいつは面白そうだ。実を言うと、君に限らずニニーヴやシュラトとも、一度はやり合ってみたいと思っていたんだよ。ほら、ボク達は魔王討伐という目的があって、そのための仲間だっただろう? いつだって四人一組で語られてさ。でも、何て言うのかな、名称的に〝勇者〟である君が一番強い? みたいなイメージが世間にはあったというか。ボクは〝魔道士〟だから少し下に見られていたというか。それって結構不満だったんだよね。だってそうだろ? ボク達は仲間割れしたことがなかった。だから、四人の中で誰が一番強いのか、本当のところは誰にもわからない。ねぇ、アルサル? 実際問題、ボクと君が戦ったらどっちが勝つと思う?」





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