●8 果ての山脈にて 9







 俺を将軍なんぞにすれば、周辺諸国が黙っていない。どこの国だって滅ぼされるのは嫌だ。俺みたいな『最終兵器』が戦場に出てくると知れば、どんな手段をもってしてもセントミリドガル王国を潰そうと考えただろう。


 だが、『戦技指南役』――こいつは絶妙な落としどころだった。将軍ほど偉いわけでも、かといって世界を救った英雄の名を汚すほど落ちぶれた地位でもない。


 ものにならないであろう王族や貴族の息子、どれだけ時間をかけても半人前が精々せいぜいの『もやしっ子』をあてがい、教育させる――まるで意味のない仕事。それでいて給料はいいし、城内に住まわせれば王の手元に置いてあるという安心感もある。


 今更だが、よく考えたものだ、とつくづく思う。


 しかも、それは魔王を倒した後『人界では影響が大き過ぎるから力を封印しよう』と仲間達と約束していた俺にとって、実におあつらえ向きの仕事だった。


 だからこそ俺は甘んじて閑職かんしょくである戦技指南役を続け、十年もの間、城の外に出ない生活を続けてきたのである。


 ポン、とエムリスが右拳みぎこぶし左掌ひだりてを叩く。


「ああ、そうか。少しおかしいなとは思っていたんだよ。国王の愛人と隠し子なのに、どうして君達が下級貴族のところに預けられたのだろう、ってね。でも、そういうことなら納得だ。確かに上級貴族に預けていたら、あわよくば君達に王位を継がせようとするやからが現れて、血で血を洗う相続そうぞくあらそいが起こっていたかもしれないからね。でも騎士爵ぐらい弱い立場ならそれもなく、なおかつ、いざという時には保険にもなる――うん、よく考えられた采配さいはいだ」


 俺もエムリスも小難しい政治の話などよくわからないが、この程度の計らいであれば理解もできる。


「――ん? しかし不思議だね? どうやらボクが思っていた以上にオグカーバ国王とは、頭の切れる傑物けつぶつだったようだ。細かい気遣いもできる。なのに、どうしてアルサルを処刑しようだなんて考えたんだろうね?」


 昨日、俺が抱いた疑問をエムリスも抱いたようだった。腕を組み、首を傾げて考え込む。


 俺は肩をすくめるしかない。


「さぁな。ジオコーザの奴は例のピアスで操られているようだったが、国王は特にこれといっておかしなものは身につけていなかった。どう見てもジオコーザの暴走に付き合っているようにしか見えなかったが……なんでそんな馬鹿な真似をしたのか、さっぱりわからん。普通、ジオコーザを止めてしかるべき立場だろうにな」


 いっそのこと、オグカーバの耳にも例のピアスがついていれば、話もわかりやすかったのだが。


 とはいえ、未だに黒幕の正体が毛ほども掴めていないので、何の解決にもならないことには変わりないか。


 ガルウィンが熱心に首を縦に振る。


「はい、まったくその通りです。自分も国王陛下は聡明な方だと思っていました。大きな国を担うにふさわしい御仁ごじんであると。それだけに、残念でなりません……! どうしてアルサル様を追放するような、そんな愚かな判断に加担してしまったのか……!」


 両拳をグッと握り込み、精悍なガルウィンの体が小刻みに震える。その身を駆け巡るのは怒りか、悲しみか。あるいは、その両方か。


 イゾリテが首を横に振り、


「陛下のお考えはわかりません。ですが、問題なのは現在の情勢です。ご存じとは思いますが、既にセントミリドガル王国はジオコーザ王太子の名のもと、各国に宣戦布告にも等しい警告を突きつけました。これに応じて、早くもアルファドラグーン王国が正式に宣戦布告したのが今朝のことです」


 その速報なら宿の朝刊で見た。朝一の新聞に掲載されていたということは、宣戦布告をする決定を下したのは昨日のことだと逆算できる。おそらく、俺とエムリスがその場を辞した後、ドレイク王はすぐに戦争の決意を固めたのだろう。


「それにじょうじて、今頃は他の国も動き出していることでしょう。そして、変動は国の外だけではありません。セントミリドガル王国の内部においても、大きな動きがあります」


「内部? ――まさか、五大貴族の奴らか?」


 当たり前のことだが、五大国筆頭のセントミリドガル王国は一枚岩ではない。むしろ五大国の筆頭だからこそ、その内側では様々な思惑が入り乱れているのだ。


「はい。現王権に否定的な五大貴族が、これまでにない反乱の兆しを見せております。弱小のペルシヴァルやディンドランにまで檄文げきぶんが届くほどです。アルサル様がいない今こそが最大の好機と見たのでしょう。見境なく味方と兵力を掻き集めようとしています」


 反乱――つまりは『下剋上』。王に次ぐ権力を持つ上級貴族どもが、この機に乗じて王位を簒奪さんだつせんと企んでいるのだ。


「イゾリテの言う通りです、アルサル様。これまではアルサル様が王城に常駐していたがために、五大貴族は手出しができなかったのです! しかし、今やセントミリドガル城の警備は紙も同然。このままでは他国と本格的な戦争に入る前に、内乱が起こってしまうのです……!」


 ガルウィンが悔しそうに歯噛みする。基本、爽やか青年であるこいつは、意外と義理人情に厚いところがある。五大貴族が自国の危機に際して、手をたずさえるどころか、後ろから背中を刺すような真似をすることにいきどおっているのだ。


「まー、うん。そうなるわな」


 しかし、俺としてはその程度の感想しか抱けない。


 心の水面がまったくと言っていいほど波立たないのだ。


 実際問題、俺が城にいることで方々ほうぼうに睨みをきかせていたのは事実だし、その自覚もある。


 だから俺がいなくなることで、セントミリドガルの軍事力が低下し、色々とよくない影響が出るだろうことは想像にかたくなかった。


 だが、それがどうしたというのか。


 俺が勝手に国を出てきたわけではないのだ。


 結果として色々と悪さを働いてはしまったが、そもそもの発端は、あのバカ愚王とザコ王子にこそある。


 まったく理解できない理不尽な理由で俺を処刑せんとし、反抗したら国外追放にしたのは、あいつらの方なのだ。


 主犯は例のピアスに操られているであろうジオコーザだろうが、その行動をとがめず制止しなかったのはオグカーバ国王だ。


 言ってしまえば、あの国に何があろうとすべて自業自得なのである。


 同情の余地などこれっぽっちもない。


「内乱に戦争……それらは決してセントミリドガル王国だけのものとは限りません。他の四大国にも多くの内憂ないゆう外患がいかんがあります。もはや世界中が混乱におちいるのは明白です」


 それについても、朝食時にエムリスと話していた通りだ。


 これからはあちこちで戦争、内乱が勃発し、どこが敵で誰が味方なのかもよくわからない情勢になっていくことだろう。


 だが、それらはすべて〝人のいとなみ〟だ。


 人間ではない第三者――魔王や聖神の手によってではなく、あくまでも人類が主体となっておこなうことなのだ。


 多くの犠牲が出るだろう。大量の血が流れることになるだろう。


 だが、それはあくまで『内側』での話。


 別段、人類が絶滅の危機に瀕しているわけではない。


 たくさんの人間が死ぬだろうが、戦争そのものは政治における手段の一つ。落とし所が見つかれば終息し、また平和が戻ってくる。


 そして、人界そのものは変わらず続いていく。


 俺は人界の守護者ではあるが、だからといって平和の使者でも、秩序の番人でも、ましてや世界の調停者でもない。


 それが外敵による危急ききゅう存亡そんぼうときでもない限り、俺――すなわち〝勇者〟の出番ではないのだ。






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