●8 果ての山脈にて 3
「おや? それはもしかしてボクに言っているのかな、アルサル? おいコラとはまた、随分と乱暴な物言いじゃあないか。君らしくもない」
俺の低い声に、エムリスが小首を傾げながら返事をする。
こいつめ、俺が何を言いたいのかわかっているくせに、とぼけやがって。
「もしかしなくてもお前だ、エムリス。お前以外に文句をつける相手がいるか。なんだこれは。どういうことだ」
「どういうことって? 具体的に言ってくれないとわからないよ、アルサル様?」
この野郎。ニヤニヤして可愛らしく猫なで声まで出して上目遣いにこっちを見るな。お前、今年で二四の大人だろうが。
「つうか〝様〟って言うな。見りゃわかるだろ」
俺は、ズビシッ、と指で〝あるもの〟を示し、声を高めた。
「――ここどこだよ!」
俺が指差す先には、どことなく見覚えのある王城がある。
いや、ついさっきまでアレに見下ろされる街の中で朝食をとっていたのだ。
アレはどう見ても、アルファドラグーン城だ。
「なんだあれ! なんでアルファドラグーン城があそこに見える!? でもって俺達の周りには背の高い木々! てか視点も高い! なんかもう聞くまでもなく答えがわかってきたけど、ここどこだよ!?」
「あ、アルサル様、どうか落ち着いてください!」
どうどう、とガルウィンが俺をなだめにかかる。
「……山の中、ですか? ここは」
イゾリテが周囲を観察しながら、抑揚の薄い口調で推察する。
プカプカと宙に浮く大判の本に腰掛けた魔道士は、あっけらかんと問いに答えた。
「そう、君達の察している通りさ。ここはアルファドラグーンの名所も名所――その名も『果ての山脈』、だよ♪」
あは、と笑う。
「いや笑いごとか!」
「なんだよー、魔界に行くのがダメだと言うから次善の案として『果ての山脈』にしたんじゃないかー。直接あっちに転移したわけじゃあないんだから、文句つけないでおくれよー」
俺の強めの突っ込みに、エムリスが笑顔から一転して唇を尖らせる。子供かお前は。
そう、エムリスの言う通り、ここは人界と魔界の境界線――『果ての山脈』だった。
背の高い木々の隙間から遠く彼方に、しかしはっきりとアルファドラグーン王城が見える。昨日はあの中に押し入り、謁見の間からこの『果ての山脈』を目にしたのだ。ちょうど立っている位置を逆転させたようなものである。
不幸中の幸いか、エムリスが『BANG☆』で吹き飛ばした場所からはそこそこ離れているようだが。
「と、言いますか……あの、アルサル様? もしかして自分達は、その……空間転移、したのでしょうか?」
俺をなだめつつも、未だ事態を飲み込めていない風のガルウィンが、困惑を露わにする。
「いえ、ガルウィンお兄様、詠唱も魔法陣もなかったのですから、その可能性はまず――」
と、理術を得意とするイゾリテが兄の予想を否定しようとしたところ、
「ああ、その通りだよ、ガルウィン君。そしてイゾリテ君。ボクほどの大魔道士にもなれば空間転移なんて魔術は、無詠唱でも発動できるものなのさ。だから、君が予想している幻術の類ではないよ、とだけは言っておこう」
エムリスが遮り、自信満々のドヤ顔を炸裂させた。
流石のイゾリテも、これには顔色を変える。
「む、無詠唱で空間転移、ですか……!? そ、そのようなことが現実に可能なのですか……!?」
感情の起伏があまり顔に出ないイゾリテが、ここまで愕然とした表情をするのは珍しい。まぁ、会っていない四年間で色々と変わったところもあるだろうが。
「――あの、先程からアルサル様がお名前を呼んでいるところから察するに……あなた様はもしや、あの〝蒼闇の魔道士〟エムリス様、なのでしょうか……?」
おずおずとガルウィンがそう聞いたところ、エムリスは唇の端を釣り上げ、くす、と笑った。
「そうだよ、ボクが〝蒼闇の魔道士〟エムリスだ。どうぞよろしく」
満足げな声で答えると、エムリスはガルウィンとイゾリテに片手を差し出した。握手をしようというのだ。
しかし。
「――し、失礼いたしました!」
「も、申し訳ありません!」
なんとガルウィンとイゾリテは、鋭く息を呑んだかと思うと、その場でしゃがみ込んで片膝をついたではないか。
両手を組み、
「し、知らぬこととは言え、かつてアルサル様と共に魔王討伐の偉業を果たしたエムリス様と気付かなかった無礼、そして正式な挨拶をしなかった失礼をお詫び申し上げます!」
二人がとるのは最上級の臣下の礼――それこそ国王の前でやるような格式張った挨拶であった。
そういえば、俺も出会った間もない頃に同じ対応をされたことがある。ガルウィンもイゾリテも、俺が〝銀穹の勇者〟アルサルだとわかった瞬間、今のように地に伏したのだ。両親の教育がよっぽど行き届いていたのだろう。まぁ、すぐにやめさせて、俺の前では二度としないようにと言いつけたが。
「お、おやおや? どうしたんだい、君達?」
流石のエムリスも面食らっている。
どうやら自分が〝蒼闇の魔道士〟であることをバラしてドヤりたかったようだが、反応が想像以上だったのだろう。明らかにキョドっている。
「大変申し訳ありません! どうかお許しを……!」
エムリスから許しを得られないガルウィンはさらに大声で詫び、その斜め後ろに控えるイゾリテと一緒に深く頭を下げる。
「い、いや、なんというか、別にボクは怒ってないし……ね、ねぇアルサル?」
どんどん身を低くしていくガルウィンとイゾリテに困り果てたエムリスが、助けを求めるようにこっちを見た。
俺は小さく頷きを返し、
「許す、次からはアルサルと同じように接して欲しい――そうお前の口から言わないと、多分ずっとそのままだぞ」
「ええー……?」
なんだいそれー、と言いたげな声を出すエムリス。こういったガルウィンやイゾリテみたいなタイプと面と向かって話すのは、初めての経験なのだろう。
エムリスはまだ気付いていないだろうが、魔王を討伐した俺達のことは、この十年ですっかり世間から忘れ去られてしまっている。
が、何事にも例外はあるもので。
世の中には、勇者様は世界を救った英雄で国王よりも偉いのよ――なんてトンチキなことを、子供に吹き込んだりする母親がいたりするのだ。
そう、ガルウィンとイゾリテの母親らである。
二人から聞いた話を要約するに、どうやら双子の母親達は、当時の俺達の大ファンだったらしいのだ。
俺も後になって知ったことだが、幼い子供ら四人が魔王を倒すため苦難の旅に出るという悲劇的なストーリーが世間ではバカ受けし、俺達は偉業を果たす前から世界的な有名人になっていたという。
世界は広い。熱狂的なファンが生まれることもある。だから探せば勇者パーティーを応援する酔狂な御仁だって、たくさん見つかるものなのだ。
ガルウィンとイゾリテの母親二人は、その数少ない〝物好き〟に該当した。
結果、世界を救った勇者パーティーは世界中のどの王よりも偉いのだから、彼らの言うことには絶対服従すべし――といった子供が育つことにもなったりする。
目の前の二人のように。
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