●8 果ての山脈にて 2



 思い起こせば、ガルウィンとイゾリテの二人と出会ったのは五年ほど前のことだ。


 俺がセントミリドガル王国お抱えの〝戦技指南役〟――王国史上初の特別階級にいて、ちょうど五年が経過した頃。


 天下りと言っても過言ではない流れで、そこそこいい身分になったオレは、それはもうのんびりと暮らしていた。


 何故なら、戦争のない世界における軍隊というのは、実に暇なものだからである。


 いやまぁ、やるべきことはいくらでもあるのだが、喫緊きっきんの事態というのはまずない。


 特に、俺のような特別待遇の人間が率いる訓練部隊ともなれば、たとえ緊急事態が起こってもおはちが回ってこないのが通例つうれいである。


 でもって、いくら魔王を討伐した勇者だからと言って、何の下積みもないぽっとやからに大切な新人教育が任されるはずもなく。


 戦う技を指南する役――そんな役職名とは名ばかりに俺の訓練部隊のメンバーには、戦場に出ないことが前提の王族や貴族の息子、もしくは使えそうにない【もやしっ子】があてがわれるのが常だったのだ。


 もちろん心の中では、なにくそ、と思っていたし。


 勇者を舐めんじゃねぇぞ、ともいきどおっていた。


 だから、俺はただ手をこまねいて粛々しゅくしゅくと従っていたわけではない。


 俺はのんびりと――しかしガッツリと、訓練部隊の奴らに【地獄を見せていた】のだ。


 勇将ゆうしょうの下に弱卒じゃくそつなし。


 一頭の獅子に率いられた百頭のひつじは、一頭の羊に率いられた百頭の獅子の群れに勝つという。


 そう、部隊の強さはひきいる者によって決まるのだ。


 ゆえにこそ魔王を倒した勇者である俺の部下が、そんじょそこらの兵士なんぞに負けてたまるものかという話なわけで。


 哀れ俺の訓練部隊に配属されたお偉いさんの息子、そして肩書きだけが欲しい軟弱者は、もれなく俺が経験した地獄の百分の一にも満たない小地獄を味わうことになっていたのだが――


 その頃、部隊にいた一人が、誰あろうガルウィン・ペルシヴァルである。


 見ての通り『爽やか』という文字をそのまま擬人化したような明るい性格をしていて、俺が与える地獄にも嬉々ききとして飛び込んで行くような人間だったので、よく覚えている。


 そう、ガルウィンは随分と見所のある奴だった。


 人間にしては、肉体も精神もなかなかの強度を兼ね備えていた。


 俺はもう人間をやめてしまっているので、新たに『人間の勇者』が選ばれるのなら、ガルウィンのような奴がいいだろうな――と思っていたほどである。


 そんなガルウィンも出会った当初は、そこらの有象無象と一緒くたになって訓練を受けていたのだが、ある時ちょっとした事件があった。


 城の訓練場に、小さな女の子が紛れ込んだのである。


 それがイゾリテだった。


 広い城の敷地内で、迷子になってしまったのだ。


 半泣きで訓練場の片隅を歩いているイゾリテを見つけたのは、俺だった。


 その頃のイゾリテはまだ十歳になるかならないかで、ひどく不安そうな顔をしていたのを、まるで昨日のことのように憶えている。


 イゾリテはガルウィンの付き添いで城の敷地内にある兵舎に住んでいたのだが、他に年の近い子供もおらず、退屈しのぎに辺りを散策していたら、帰り道がわからなくなってしまったという。


 流石に放っておくわけにもいかず、俺はイゾリテを拾って面倒を見ることにした。


『次から、暇な時はここに遊びに来い。見学させてやる』


 泣き止んだイゾリテは途端に能面のような無表情をよそおっていたが、俺は彼女に訓練を見学してもいいとの許可を出した。


 本音を言えば、またぞろ変なところに迷い込んでトラブルを起こさないように、と気を使っただけなのだが。


 イゾリテは素直に頷き、翌日から訓練場に入り浸るようになった。


 その内、見学だけでは暇だし飽きも来るだろうと思い、俺はガルウィン達をしごくかたわら、イゾリテに理術を手解てほどきするようになった。


 なんせ無言、無表情で俺が隊員に与える小地獄を眺めているのだ。いくら何でも気を使う他なかった。


 しかしながらガルウィンの血縁ということもあってか、イゾリテは理術の筋が良かった。


 さながらスポンジが水を吸うかのごとく、理術を習得していったのだ。


 正直、女の子でなければ俺の隊に入れてやりたいぐらいの才能だった。


 兄妹揃って天才の血筋だったわけである。


 そんな風にガルウィンとイゾリテの二人と過ごしたのは、約一年ほどだっただろうか。


 やがてペルシヴァル騎士爵家、ディンドラン騎士爵家に呼び戻された二人は、楽しかった日々を名残惜しみながらも、それぞれ地元へ帰っていったのである。




 さて、ここで重大な話を一つ。




 ぶっちゃけよう。


 実を言うと、ガルウィンとイゾリテは、オグカーバ国王の隠し子だったりする。


 いやまぁ、公然の秘密だった存在を『隠し子』としょうするのは微妙なところなのだが。


 実際、こんな俺でも知っているわけで。


 とはいえ、対外的には一応『隠し子』ということになっているので、以降は隠し子であったことを念頭に話を聞いて欲しい。


 そう、ガルウィンもイゾリテも、あのジオコーザの腹違いの兄妹なのだ。


 年齢的にはガルウィン、ジオコーザ、イゾリテの順になると思われる。あるいは、ジオコーザとイゾリテは同い年かもしれないが。


 ガルウィンの方が先に生まれたのに、何故第一王子として扱われなかったのかと言えば、それは母親の身分に起因する。


 いわゆるめかけの子なのだ。


 故にガルウィンには王位継承権が与えられなかった。


 かてて加えてガルウィンとイゾリテは、同じ母親から生まれた兄妹ではない。


 二人ともよく似ているので、これは言われないとわからない事実だ。


 実際には、二人は【いとこ】同士にあたる。


 二人の母親は、双子の姉妹だったのだ。


 これで父親が同じなのだから、ガルウィンとイゾリテの二人が実の兄妹のように似ているのも、当然といえば当然である。


 しかしあのバカ愚王、今ではあんなジジイではあるが、若い頃はかなりの女好きだったとうかがえる。


 まさか双子の美女を見初みそめて、そのどちらも愛妾あいしょうにしてしまうとは。


 ともあれ、これがガルウィンとイゾリテの姓がそれぞれ違う理由である。


 一時いっとき、オグカーバ国王のめかけとして王都で過ごした二人の母親は、やがてペルシヴァル騎士爵とディンドラン騎士爵に、それぞれ下賜かしされる形でとついでいった。


 権力者が後宮ハーレムかこていった女を臣下に与えて結婚させるというのは、ままよくある話だ。俺が前にいた世界でも、昔はそんなしきたりがあったように記憶している。


 これが故、ガルウィンは国王の血を引きながらもペルシヴァル騎士爵家の嫡男となり。


 イゾリテはディンドラン騎士爵家の令嬢となった。


 これによって二人が離ればなれになったかと言えば、違う。


 ペルシヴァル騎士爵領とディンドラン騎士爵領は隣り合っており、双子の姉妹である領主夫人らの仲が良いのもあって、両家は同じ屋敷で共に生活していたそうなのだ。


 だから二人は双子の母親のもと、兄妹同然に育った。


 実際、分別がつく年頃になるまでは、お互いを本物の兄妹だと信じていたらしい。


 訓練後、仲良く手を繋いで兵舎へと帰って行くガルウィンとイゾリテの後ろ姿が、今でもまぶたの裏に焼き付いている――


 とまぁ、俺はここまで回想して、


「あれから四年ぐらいか……どっちも大きくなったなぁ……」


 などと、昔のことを思い出して感慨深くなったりするのだが――しかし。


 そんなことを言っている場合ではない。


「――って、おいコラ」





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