●8 果ての山脈にて 4
ぅおっほん、とエムリスがわざとらしい咳払いをした。
「えーと……いいよ、許すから。ボクそんなに怒ってないし。だから、そんなにかしこまらなくてもいいから、今からはアルサルと接しているように、ボクにも接してくれると嬉しいな……?」
俺がアドバイスした通りにエムリスが言うと、
「「はっ!」」
間髪入れずにガルウィンとイゾリテの声が重なった。
二人は同時に、すっくと立ち上がり、
「誠に申し訳ありません。あなた様がエムリス様と知っていれば、先程はあのような挨拶などしなかったのですが……」
「重ねて、深くお詫び申し上げます」
改めて深く腰を折り、頭を下げた。
「い、いやいや、大丈夫さ。君達はさっきもちゃんと自己紹介してくれたし、あれで充分だったんだよ。というか無礼でも何でもなかったのだし、気にしないでおくれ。むしろ、そこまで堅苦しい態度を取られるとボクが困る。うん、普通に困る」
畳み掛けられる謝罪に、エムリスは両手を振りながら、やや引き攣った笑顔で応じる。あれは内心、かなり引いてるな。
「はっ、寛大なお心に感謝いたします」
「ありがとうございます」
「いや、だからね……」
堅苦しい態度を崩さないガルウィンとイゾリテに、エムリスが
というか、だ。驚かせたり、褒めてもらいたくてイキったくせに、想定以上のことをされると逆に圧倒されるとか、随分なヘタレではないか。ええ、エムリス様よ?
「……なにこっち見て笑っているのかなぁ、アルサル様は?」
俺の視線に気付いたエムリスが、眉根を寄せてこっちを
「――というわけで、つつがなくお互いの自己紹介が終わったな。よしよし」
俺はわざとらしく両手をパンパンと叩き鳴らし、話題を切り替える。
「んで? どういうつもりだ、エムリス。転移するとは思ったが、こんなところに連れて来られるとは思ってなかったぞ」
俺は改めて周囲を見回し、理術で気配を探る。
「確かに静かに話はできそうだが……ゆっくりは出来ないだろ。あっち側から魔物とか来たらどーすんだ」
「どーすんだ、と言われてもね。それもまた
「俺とお前の二人だけなら、な。今はガルウィンとイゾリテ、二人も普通の人間がいるんだぞ。話をする場所を選ぶって意味じゃ、大いに間違ってるだろ」
「……ふむ。まぁ、確かに。【のんびり】と話をする、という意味では間違いだろうね。それは認めよう」
エムリスは肩をすくめながら、意外にも素直に自らの非を認めた。
しかし。
「けれども聞いておくれよ。これでも考えた上での選択なんだ」
悪びれた様子もなく、そう続けた。
「ほら、ボクは昨日この『果ての山脈』の一部を派手にぶっ飛ばしただろう?」
「はい?」
「えっ?」
しれっと
おっとそうだった、とエムリスが小さな声で呟き、
「そういえば君達は知らないのだったね。そう、昨日のアレはボクの仕業だ。新聞には何故かセントミリドガル王国がどうたらと書かれていたけれど、あれは嘘だよ。言っちゃあ悪いが、あの国にこんな真似の出来る魔術師なんていないはずだからね」
「「…………」」
ふふん、とやはりドヤ顔をするエムリスを、一般人の感性を持つ兄妹が
あまりのことに絶句している――のではなく。
「――流石ですエムリス様! 素晴らしいお力ですね!」
「ぅえっ?」
ガルウィンが両手の拳を握り、ものすごい大声でエムリスを
「流石は魔王を倒した英雄のお一人……
「え、あ、うん……あ、ありがとう……?」
イゾリテが淡々と、しかし心を込めて褒め言葉を並べ立てる。一切の曇りもない純粋なエメラルドグリーンの瞳に見つめられ、むしろエムリスの方が圧倒される。
なにがすごいかって、この二人の場合は
「いやー、確かに私もおかしいと思っていたのですよ。朝刊を読んだ時、セントミリドガルとアルファドラグーンが戦争状態に入ったことにはもちろん驚きましたが、まさかその原因がセントミリドガル側が『果ての山脈』の一部を破壊したからだなんて。そんなこと有り得ませんよね。アルサル様ならともかく、そのような
はははは、とガルウィンが朗らかに笑う。非常にフレンドリーな態度だが、言葉の端々にセントミリドガル王国に対する
「そしてその情報を元に、アルサル様がこちらにいらっしゃるのでは……と考え、お兄様と共に推参した次第です。まさか『果ての山脈』を破壊したのが、あの〝蒼闇の魔道士〟エムリス様だったとは夢にも思いませんでしたが。本当に、お会いできて光栄です」
イゾリテが片手を胸に当て、どこか物憂げな溜息を吐く。悪い意味の吐息ではない。表情にはあまり変化がないが、こう見えてもイゾリテはかなり喜んでいる。
二人とも、俺だけに限らず、魔王討伐の英雄全員に心酔しているのだ。
と、ここでエムリスから念話が届いた。
『アルサル、アルサル。なんだかよくわからないんだけど、この二人は一体どういう人間なんだい? ボクとても微妙にやりにくいのだけど』
頭の中に直接響く声は、詰まる所テレパシーの一種だ。これもエムリス得意の魔術の一つである。
『あーわかるわかる、俺も最初の頃は面食らったし。いや、今もだけど。まぁ後でちゃんと説明してやっから、とりあえずさっきの話の続きを話せって。なんでこんな所に転移してきたのか、その理由をな』
このやりとりはガルウィンとイゾリテの二人には聞こえていない。というか、かなりの思考速度で一瞬だけの交信だったので、気付かれようもない。俺達はその気になれば、常人の何倍もの速度で思考を加速させることができるのだ。
「んんっ……というわけでボクがド派手にぶっ飛ばしてしまった『果ての山脈』なわけだけど、しかし昨晩、ボクはちょっとした問題に気が付いてしまった」
「問題?」
咳払いをして折れた話の腰を戻したエムリスに、俺はオウム返しにする。
こいつほどの奴が『問題』というからには、相当なものである可能性が高い。
俺と同じことを悟ってか、ガルウィンもイゾリテも揃って顔色を変えた。
「そう、昨日ボクがぶっ飛ばした経緯については、世間的には『国同士の
「そりゃそうだな」
あの国王も、まさか『BANG☆』一つで自慢の観光名所がぶっ飛ばされるとは思っていなかっただろうに。というか、俺もエムリスがあそこまでやるとは予想できなかったのだが。
「でも、それはあくまで【人界側】の話だ」
ふよふよと宙に浮かぶ魔道士は、視線をアルファドラグーン王城とは逆方向――即ち、魔界側へと向けた。
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