●7 次なる目的地と暗躍する影と突然の告白 4








 一晩ひとばんつと、アルファドラグーン全土はすっかり大騒ぎになっていた。


 さもありなん。


 やにわに事件が起こったアルファドラグーン王城。城から少し離れた空き地にて竜玉の大爆発。色めき立つ兵士達。


 その直後、魔界との境目であり、観光名所の一つでもある『果ての山脈』の一部が大きく吹き飛ぶという大珍事が勃発ぼっぱつ


 かと思いきや、直後にアルファドラグーン国王ドレイクから発された布告は、これよりセントミリドガル王国と戦争状態に入る、という前代未聞の宣言だった。


 これで国民に混乱するなというのは、あまりにも無茶な注文である。


「大変なことになったね、いやはやまったく」


 朝のコーヒーを飲みつつ、他人事のようにエムリスはのたまった。


 宿屋の一階にあるレストランで、朝食をいただきながらのコメントだ。当たり前のように長い髪の毛を魔力で操作して、先刻届いたばかりの新聞を顔の横に広げている。


 ちなみに人前でこんなことをしても注目されないのは、エムリス曰く「大丈夫さ、認識阻害の魔術を使っているからね」とのことで、周囲の人間にはこいつがどれだけおかしな真似をしてもわからないようになっているらしい。


 それ、昨日も使っておいて欲しかったよな。


「まさか戦争になるとはな。いやスピード感がすごくないか。昨日の今日だぞ?」


 野菜やらベーコンやらを挟んだサンドイッチを咀嚼しつつ、俺も驚きのコメントを添える。


 昨日きのう、人目を避けて王都の中心部を離れた俺達は、ひとまず郊外の宿屋に部屋を取った。


 これからのことをゆっくり考えるためである。


 何も急ぐ旅ではない。


 特に俺については、魔王討伐の一年から始まり、十年間も真面目に働いた挙げ句、あらぬ嫌疑けんぎをかけられたことにブチ切れ、スローライフの旅に出ることを決意したのである。


 もとより貴族竜を退治したり、竜玉を爆発させたり、王家と魔道士とのいざこざに巻き込まれたりする予定などなかったのだ。


「まぁ、ちゃんと考えれば状況的におかしなことは何もないさ。君というワイルドカードが、セントミリドガルから離反りはんしたという大ニュースが舞い込んだんだ。しかも、君自身がこの国に訪れて陛下と面会することによって、その情報の裏が取れてしまった。そりゃあアルファドラグーンとしては侵攻一択、待ったなしだよ。君だって同じ立場ならそうしていただろう?」


 大気中の魔力を吸収するから食事は必要ない、と豪語したエムリスは、たっぷりの砂糖とミルクを注ぎ込んだ甘いコーヒーだけを飲んでいる。甘い物は別腹らしい。


 今更だが、こいつ本気でついてくる気か。


「まぁ、確かにな。敵国の戦力の中枢が抜けたってんなら、攻める好機こうき以外の何物でもないわな。しかし、俺を国外追放したってことを他の国にも知らせるって話、半分冗談として聞き流してたんだが……まさか本当にやるとはな。アホとしか言い様がないんだが」


 ザコ王子のあの勢いならやりかねないとは思っていたが、まさかこれほどまでに馬鹿だったとは。というか、誰も止める奴はいなかったのか? まぁ、バカ愚王も賛成していたのなら、どんな重臣が諫言かんげんしても止まらなかったかもしれないが。


「しかし戦争になるというのなら、この国に長居はできないね。観光どころじゃあないよ。本当にどうするんだい、アルサル?」


 髪の毛で新聞をペラリとめくりつつ、エムリスはもう何度目かわからない問いを口にする。


 昨晩、宿に入ってから幾度となく繰り返された質問だ。次はどこへ向かうのか――と。


「んー……どうしたもんかなぁ……」


 俺はサンドイッチの次に、木のスプーンでスクランブルエッグを口に放り込みながら思案する。


 ちなみに宿屋は一緒でも、俺とエムリスは別々の部屋に泊まった。もうお互い大人だ。流石に昔みたいにはいかない。四人で一部屋に泊まっていた時とは違うのだ。


 さらに余談だが、基本は野営でもしながらの『まったり旅行』のつもりなのだが、街中にいる時ぐらいは宿に泊まることにしている。というか、当たり前のことだがテントを設営する場所がないのだ。なので、このあたりはケース・バイ・ケースである。


「なんだ、まだ決めてなかったのかい?」


「だって仕方ないだろ。昨日も言ったけど、お前の顔を見た後に観光でもしながら適当に決めようと思ってたんだよ。まさか来て早々、別のところへ行く羽目になるなんて思わなかったしな……」


「またそれを言うのかい? まったく……こうなったからにはもう仕方ないじゃないか。昔みたいに即断即決しておくれよ、勇者だろう?」


「元な、元。今やただの無職だぞ、俺は」


 実際問題、勇者っていうのは魔王がいてなんぼの生業なりわいだ。世界を乱す魔王を倒す勇者にこそ価値があるのであって、魔王がいなくなった後は、制御できない武力を持った腫れ物となりさがる。


 だからこそ当時のオグカーバ国王は『戦技指南役』などという新しい役職を作って、俺をそこに据えたのだ。――多分。


 しかしその『戦技指南役』も退職した今、俺は純然たる『無職』であった。


 職無し、ジョブレス――うむ、改めてなかなか悪くない響きだ。


 無論、ごろつき、日陰者、フーテンなどといった呼称もあるが、俺に関しては適用されない。


 なにせ金ならあるのだ。


 であれば、隠者いんじゃ、世捨て人、自由人といった呼び方の方が相応ふさわしいはずだ。


「自由人アルサル、ねぇ。勇者を辞めたのなら、いっそ〝反逆者〟の方が君らしくていいと思うのだけど、ボクは」


「そっくりそのまま返してやるよ。流石に俺も山一つをぶっ飛ばすまではやらなかったぞ。やりすぎだろ、あれは」


「ふん、当然の報いさ。ボクの愛蔵書をことごとく燃やし尽くしてくれたんだからね。正直言うと、まだちょっと足りないぐらいだよ」


 コーヒーカップをテーブルに置いたエムリスは、憤懣やるかたない様子で、ふん、と鼻息を鳴らす。


「まぁいいさ、その話は堂々巡りになる。ボクとしては城を真っ二つにしたのもどうかと思うからね。さて、話を戻そう。君が旧友に会って回るのがさしあたっての目的もくてきなら、次はニニーヴかシュラトってことになるだろう?」


「別に優先事項でもないけどな。適当に世界を見て回るついでに、会えそうなら会えるってなぐらいで……」


 一番はやはり、のんびりと生きることだ。自由気ままに、行きたいところに行って、見たいものを見て、食べたいものを食べる。それが基本なのだ。


「ええー? そんな意味のない行動つまらないじゃないか。もっと、こう……何かあるだろう?」


「文句があるならついてくるなよ……別に一人旅でも俺は構わないんだし」


「冷たいことを言わないでおくれよ。ボクだって今となっては家なき子なんだ。次の定住地が見つかるまで同行させてくれてもいいじゃないか」


「というかお前、金はあるのか? まさか俺にたかるつもりじゃないだろうな?」


「失礼な。ボクにだってたくわえぐらいあるさ。回復薬を作っては軍に納品して稼いでいたんだからね。何事にもお金は必要だ。この十年で大分貯まっているよ。見てみるかい?」


「いや、いい。旅費があるってことだけわかれば充分だ」


 俺も愛用しているストレージの魔術で貯金を見せようとしたエムリスを、俺は片手で制する。


 いやいや、場所を考えて欲しい。このレストランには他にも朝食をとっている客が大勢いるのだ。いくら認識阻害の魔術を使っているとはいえ、限度というものがある。


「なぁ、エムリス。お前もしかして……」


「なんだい、急にかしこまって? あ、支度についても問題ないよ。生活に必要なものは全てストレージに格納してあったからね。そっちは無事さ」


 俺の心配しているところでは『そこ』ではないのだが、


「――ああ、いや、そうか。それならいい」


 適当に話を合わせておいた。


 俺も十年間、セントミリドガル城の敷地内からほとんど出ないプチ引きこもりだったが、こいつはガチで自分の工房から出なかった真正の引きこもりだ。もしかしなくとも、世間の常識から教えていかねばならないかもだ。


「じゃあもう二択にしようじゃあないか。面倒臭いし。ニニーヴとシュラト、どっちに先に会いに行く?」


 俺の考えていることなど知る由もないエムリスは、強引にこれからの行き先を二つに絞ってしまった。こいつ、勝手についてくるくせにやたらと仕切りたがるな。まぁ、このあたりは昔と一緒なのでちょっと懐かしいぐらいだが。


「んー……確かニニーヴは『ヴァナルライガー』の聖神教会にいて、シュラトは『ムスペラルバード』にいるんだっけか?」


 セントミリドガルから見て、ヴァナルライガーは西方、ムスペラルバードは南方に位置する国だ。


 俺達が今いるアルファドラグーンはセントミリドガルの東方に位置しているので、単純に考えれば近いのは南のムスペラルバードということになる。


 が、しかし。


「でもムスペラとニルヴァンはそれぞれ内乱で治安がメチャクチャらしいからなぁ……」


 ムスペラは『ムスペラルバード』の略で、ニルヴァンはセントミリドガルの北方に位置する『ニルヴァンアイゼン』の略だ。


 しくも、五大国筆頭であるセントミリドガルの〝頭〟と〝足〟に噛み付いている二大国が、それぞれ内乱でごった返しになっているという。確か、数ヶ月前からのことだ。


「おや、そうなのかい? それじゃあ、今回の戦争はアルファの一人勝ちになるのかな?」


「いや、流石に今回ばかりはセントミリドガルが絶好の餌すぎる。内乱中でも一時休戦して、ムスペラもニルヴァンも侵攻するんじゃないか? 領地が広がれば、それだけ内乱も収まりやすいだろうしな」


 戦争ってものは原則、利益のためにするものだ。お互いの利益になるのなら敵同士で手を組むなんてことはザラにある。


「じゃあヴァナルはどうなんだい?」


「ヴァナルライガーはなぁ……一応、ニニーヴのいる聖神教会がそこそこ手綱を引くとは思うが、やっぱり俺のいないセントミリドガルはハリボテ丸出しだからなぁ……」


「ヴァナル王家が耳を貸さない、かな?」


「まぁ、教会の戦力を抜きにして、王国軍だけで攻めるってのはアリだろうな。というかアルファが動いているんだから、思想的に敵対するヴァナルはそっちの意味でも静観はできないだろ?」


 東方のアルファドラグーンは魔界に隣接りんせつし、魔術の研究が盛んだ。一方、西方のヴァナルライガーは『神界』――聖神と呼ばれる存在が暮らすという聖域に隣接し、聖力を用いた聖術の文化が発達している。


 聖と魔の力。反発する力にともない、国家の思想も衝突するのは自明の理。大昔からアルファドラグーンとヴァナルライガーは、セントミリドガルをあいだに挟んでいがみ合っているのである。


「じゃあ、もう人界全体が戦争状態じゃないか。困るなぁ、どこに行けばいいのかわからないよ」


 お手上げだ、とエムリスが肩をすくめる。


 何と言うか――この状況は、もしかしなくても俺がセントミリドガルを出奔したせいなので、どうにもコメントしづらい。


 前々からそんな気はしていたが、まさか本当に俺が抜けただけで世界情勢がここまで変わるなんてな。自分でも思っていた以上に『世界のくさび』になっていたらしい、俺という存在は。


「――ま、だから昨日から悩んでいるわけだ。俺がそう簡単に行き先を決められない理由、わかってくれたか?」


 別に決定を先送りにしていたわけではなく、歴とした理由があったのだ――と表明する俺に、しかしエムリスは、


「でも、言っちゃあ悪いけど、ボク達にはあまり関係ないんじゃあないかい? 別にどこの誰が襲ってきても負けるわけもなし。たとえ戦場のど真ん中に行っても、【ボク達だけは安全だろう?】」


 実に無邪気な顔で身も蓋もないことを言いやがった。


「いや、そりゃそうだが……」


 それを言っちゃあおしめえよ、ってな話である。









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