●7 次なる目的地と暗躍する影と突然の告白 3








 十年前、たった四人で魔王を倒したという恐るべき怪物――


 蒼闇の魔導士エムリス。そして、そのかたわらに立っていた銀穹の勇者アルサル。


 その二人が立ち去り、急ぎ呼び出した宮廷医師に気絶したモルガナ王妃を預けると、アルファドラグーン国王ドレイクは、近衛兵にも人払いの指示を出し、謁見の間にてひとりとなった。


「…………」


 玉座に腰を下ろし、そっと息を吐く。


 静寂。


 人のいなくなった謁見の間は、先程までの喧騒けんそうが嘘だったかのように静かだ。しかし、今日一日で起きたことは決して嘘でも夢でもない。


 東の大窓に目を向けると、そこには記憶とはまったく違う姿をした『果ての山脈』がある。


 風光ふうこう明媚めいびと名高かった景色は、恐ろしい魔道士の手によって激変してしまった。中央部が大きくえぐれ、山頂の一つが消し飛び、もはやかつての見る影もない。


「……いつまで隠れているつもりだ、ボルガン」


 変わり果てた世界遺産の一つを眺めながら、ドレイクは誰もいない虚空に語り掛けた。


 次の瞬間、窓から差し込む陽光によって生まれたドレイクの影から、凝り固まった闇が盛り上がり、やがて人の形を取る。


 現れたのは、漆黒の外套がいとうを頭からすっぽり被った人物。


「んっふふふ……隠れている、とは心外でございますね、陛下。このボルガン、決して逃げも隠れもいたしませぬよ」


 ねっとりとした口調で、ボルガンと呼ばれた人物は笑った。低い声は男性のそれ。だが、外套のフードの奥に隠れた目鼻立めはなだちはようとして知れない。


「よく言うものだ。魔道士殿と勇者殿がいる間、まったく姿を現さなかったというのに。一体どの口で抜かしているのだ?」


 ふん、とドレイクは鼻で笑おうとしたが、上手く行かなかった。気の抜けたそれは、どこか冷笑に見せかけただけの虚無的ニヒルな笑みとなった。


「いえいえ、わたくしはずっとあなた様のおそばにおりましたものですから。そう、私が隠れていたのではなく、あの勇者めと魔道士めが私を見つけられなかっただけのこと……ええ、何も恥じることはございませぬとも」


 平然とうそぶくボルガンに、ドレイクのまなじりが吊り上がる。


「いけしゃあしゃあと……何が傍におった、だ。私とモルガナを監視するのが、貴様の目的だったのだろうに」


「おやおや、監視とは、これはまた随分な言い方をされますね。このボルガン、こう見えて国王陛下と王妃殿下のことを心配しておったのですよ? いざとなればこの身に代えてでもお守りしよう、と。ええ、心からそう思っていたのでございます」


 魔道士エムリスがあれほどの威嚇行動を取った時でさえ姿を現さなかったというのに、どの口でほざくか――とは、ドレイクは言わなかった。もはや何を言っても無為であることを理解したのだ。


「――しかし、しかしですよ陛下。いけませんね、いけませんよ、あれは……ええ、ええ、本当にいただけません。どうして、あのようなことを言ったのですか?」


 真っ黒な外套を被った人影は、どうやら小首を傾げたようだった。あまりのわざとらしさに、いっそドレイクは失笑してしまいそうになる。


「――あのようなこと、とは何だ」


 敢えてそう聞き返すと、ボルガンはくつくつと肩を揺らして笑った。


「陛下は意地がお悪い……わかっていらっしゃるでしょうに。あの『出来ることと出来ないことがある』というお言葉についてでございますよ」


「…………」


 やはりそれか、とドレイクの表情が語っていた。


「……貴様が提示したルールに、ああ言ってはならないという項目はなかったはずだが?」


「ええ、ええ、そうでしょうとも。よもや、あのような【輪郭をなぞるような言い方】で私めのことをほのめかすとは、夢にも思わなかったものでございますから……ええ、陛下はとてもかしこい御方でございますね」


 へりくだったような言い方をしてはいるが、特に最後の一言については、不敬罪として即座に首をねられても文句の言えないほどの暴言ぼうげんであった。


 だがドレイクは、そこになおれ、とは言わない。否、言えない理由がある。


「……どうあれ、約束は守っているだろう。貴様のことと、モルガナにつけられた耳飾りについては何も語っておらん。黙秘を貫いた。何が不服か」


「いえいえ、不服などとは、滅相めっそうもございません。ええ、わかっておりますとも、ええ、ええ、王妃殿下を【人質に取られた】陛下が知恵を絞り、アルサルめとエムリスめにあのような言い方をしたことは……はい。ただ、私はこう申し上げたいだけでございます。次からは、あのような言い方であっても【条件が満たされますよ】――と」


 含み笑いと共に刺された釘に、ドレイクは一瞬、舌打ちを我慢しようとして――


「チッ……」


 しかし、結局は音高く放ってしまった。玉座の肘掛の一部を強く握り込み、怒気がそれ以上漏れないよう自制する。


「――そうやって、何があろうとも陰に隠れて暗躍を続けるつもりか。そのようなやり方で世界を裏から操り、牛耳ぎゅうじろうなどとは……烏滸おこがましいことだとは思わんのか」


 ドレイクの非難に対し、ボルガンはどこ吹く風だ。


「いえいえ、世界を牛耳ぎゅうじろうなどとは、そのようなことはとてもとても……ええ、この聖術士ボルガン、ただ願うは世界の平和のみでございます」


 漆黒の人影は、深くこうべれたようだった。だが、ドレイクはそのような態度にすら――否、そのような態度【だからこそ】、欺瞞ぎまんを感じざるを得ない。


「……セントミリドガルの勇者殿に引き続き、我が国から魔道士殿を追放しようとしたことが、貴様の言う『平和』のためだと?」


「ええ、ええ、その通りでございます。あのアルサルめ、エムリスめこそは世界を破滅へと追い込む悪魔でありますれば。あのような者達を国の御膝元おひざもとへ置いておくなど言語道断。野に放ち、野垂れ死にさせるのがもってさいわいかと。いえ、出来ることなら、今すぐにでも兵に追わせて即刻、抹殺まっさつすべきかとも存じますが」


 ドレイクが皮肉のつもりでした質問に、顔の見えない自称『聖術士』は、この時ばかりは口調を改めて答えた。


 これまではどこかふざけたような態度を取っていた男が、勇者と魔道士の抹殺について語る時のみ、やけに熱のこもった言葉を吐く。


 そこにあるのは憎しみか、それとも――


「……馬鹿を言うな。あれを見ろ、指先一つ、掛け声一つであの結果だ」


 ドレイクは再び、東の空へと視線を向ける。大きく欠けた『果ての山脈』――壮大な景観が損なわれたのは痛手ではあるが、あの〝蒼闇の魔導士〟の怒りを買ってこの程度で済んだのあれば、僥倖ぎょうこうとさえ言っていい。


「魔王を討伐した四英雄は、もはや【魔王以上の存在】なのだ。只人ただびとがどれだけ束になろうとも、勝てる相手ではない。貴様は、我が国に滅べとでも言うつもりか」


 下手をすれば、今頃はアルファドラグーン全土が火の海になっていたかもしれない――誇張抜きでドレイクはそう考えている。


 緊迫した国王の声を聞いたボルガンは、今度は明るく笑ってみせた。


「いえいえ、まさかまさか。そのようなことは、僅かも思っておりませぬとも。ただ、そうですね――」


 そこで不意に笑いを潜め、囁くように告げる。


わたくしの記憶が確かならば……セントミリドガル王国からは、逆賊ぎゃくぞくちゅうすべし、と連絡が届いていたのではありませんか? 聞けばかつての勇者アルサルは、いまやセントミリドガル王国における反逆の徒。そう、大恩ある故国を裏切った大逆人。あの者をかくまう行為は、かの国への宣戦布告と見なす――と」


「記憶が確かならば、などと見え透いた言い方をするな。どうせ隠れて聞いていたのだろうが」


 持って回った言い方をするボルガンに腹を立てつつ、しかしドレイクには慎重な返答が要された。


 まつりごとの話だ。迂闊なことは言えない。


 咳払いを一つ。


「……そのことならば問題ない。我が国が勇者殿をかくまった事実などないのだからな。ましてや貴様のおかげで、長年我が国に滞在して貴重な薬をおろしてくださっていた魔道士殿まで一緒に出て行ってしまったではないか。数日もすれば、もうこの国のどこにもおられまいよ」


 つまり、セントミリドガル王国が主張するところの『宣戦布告』にはあたらない――ドレイクはそう主張した。


 しかし。


「おやおや? いいえ、いいえ、違いますとも陛下。それは解釈違いというものです」


 外套を被った男は、大仰な動きで首を横に振った。まるで道化か何かのように。


「解釈違い?」


「ええ、ええ、そうですとも。よいですか、セントミリドガル王国はこのように通告してきたのです。『アルサルは国家転覆を目論んだ大逆人』であると」


「それは知っている。詳しい内情も聞いた。だがそれは、かの国が勇者殿を処刑するなどと言い出したからであろう? 言っては何だが、当然の結果だ」


「ですが、それでも反逆者アルサルがセントミリドガル王国に損害を与え、出奔したのは事実でございます」


 わざとらしいまでの緩慢な動作で、ボルガンは首を傾げて見せた。


「――どうして、あの者を逮捕しようとすら、しなかったのでございますか?」


 この時、ドレイクは不意に確信した。


 顔の見えないこの男は今、こちらを見て笑っている――と。


 勇者アルサルと魔道士エムリスが訪れている際、一切姿を現さずに静観していたのは、このためだったのか――とも。


咎人とがびとがのこのこと現れたのです。これを捕縛し、かの国に引き渡すのが正道なのではありませぬか? どうしてそうなさらなかったので?」


 無邪気に問うようなていを取りながら、その実ドレイクの判断を責めている。お前は選ぶべき道を間違ったのだ、と。


 ドレイクは奥歯を強く噛み締めながら答える。


「……勇者殿は我が国における咎人ではない。よって我が国においては反逆罪には問えず、身柄を拘束する大義もなかった」


「ですが、同じく反逆の徒であるエムリスめと行動を共にしていたではありませぬか。セントミリドガル王国は『アルサルがかつての仲間を集め、世界征服を目論んでいる』ともおっしゃっていたはずですが?」


「魔道士殿は反逆などしておらぬ。あれは王妃の妄言だ」


「いいえ、いいえ、あれをご覧なさい、陛下」


 すっ、と外套の裾を持ち上げ、ボルガンは東側の窓を示した。奇しくも、先程ドレイクが『あれを見ろ』と言った光景を。


「あのエムリスめは国の名所たる『果ての山脈』を、あのような姿へと変えてしまったのです。これが反逆でなくて何と呼ぶのですか」


「あれは……【報復】だ。我らが受けるべき当然の【報い】だ。勝手な思い込みから無辜むこの魔導士殿を糾弾きゅうだんし、問答するよりも先に工房を襲撃してしまったのだからな」


 それもこれも、貴様がモルガナにつけたピアスが元凶だがな、という意思を込めてボルガンを睨みつける。


 だが、漆黒の聖術士は間髪入れずにこう言い返した。


「ですが、民衆はそうは思いますまい?」


 それが全てであるかのように。


「一体どう説明なさるおつもりですか? よもや、全てをつまびらかにするとでも?」


「…………」


 モルガナ王妃の暴走によって、魔王討伐の英雄の一人である〝蒼闇の魔道士〟が城から出奔してしまった――これはまがうことなき不祥事ふしょうじである。


「いえいえ、有り得ないことでしたね。このような不道ふどう、説明のしようがございませんから」


 そう、説明などできるはずもない。


 むしろ、王家の恥を敢えて喧伝けんでんする必要がどこにあろうか。


「ですが、沈黙を貫くわけにもいかないでしょう。これだけ派手なことをしでかされたのです。嘘でもいいので、民衆が納得する〝言い訳〟が必要なのではないでしょうか?」


 幸いなことに〝蒼闇の魔道士〟はこの十年、城の敷地内にある工房に引き籠ったまま人前に姿を見せることはなかった。城に仕えている人間ですら、その存在を記憶している者はほとんどおるまい。


 実際ドレイク自身も、五年前に先代の国王である父が病に倒れた際『この城の一角に魔王を倒した英雄の一人がいる』と聞くまで、ろくに意識していなかったのだから。


 当時、王位を継承するにあたって、先王からはしつこいほど『魔道士エムリス殿を大切に。優遇しろとは言わないが、今の状態を何があっても維持しろ。絶対に冷遇してはならない。下手を打つとこの国が一晩で滅ぶことになる』と念押しされたものだ。


 その父が神々のもとに召された後も、ドレイクは写真でしか顔を知らない〝蒼闇の魔道士〟を腫れ物のように扱い、今日こんにちまで良好な関係を維持してきた。


 何故なら、魔王を倒した伝説の魔道士が作る傷薬やポーションは、どこのものよりも効能が高く、そして安価だったからだ。


 そう、魔道士エムリスから供給される回復薬類は、縁の下の力持ちとしてアルファドラグーン軍の戦力を底支えしていたのだ。


 しかしながら、薬と金の取引については魔道士の魔術によってほぼ自動化されており、じかに会う機会はこれまでなかった。


 実を言うと、魔道士エムリスと直接顔を合わせたのは、先程が初めてだったのだ。


 その中身がよくわからないだけに誠心誠意、可能な限りの配慮をしたつもりだ。


 しかし――まさか、半ば冗談だと思っていた『下手を打つとこの国が一晩で滅ぶことになる』という父の言葉がまぎれもない事実であり、魔道士エムリスの性格があれほどまでに破天荒だとは、さすがに予想だにしなかった。


 先程ボルガンにも言ったことだが、まさか指先一つ動かすだけで、あの巨大な『果ての山脈』の形が変わるほどの魔術を行使できるとは。


 底の見えない強大さにおそおののくと同時に、何てことをしてくれたのだ、という思いがある。


 あんなことをされてしまっては、此度こたびの事件を国民に隠蔽いんぺいすることが不可能になってしまうではないか――と。


「ええ、ええ、隠しきることなど到底不可能です。この国の最大の観光名所である『果ての山脈』が一部とはいえ、あのように吹き飛ばされてしまったのですから。今頃は王都の民衆が大騒ぎしておりますよ。一体何事かと。すわ魔族の再侵攻ではないかと。こればかりはいかに国王陛下とて、止められるものではありますまい」


 そう、もはや国民に何の発表もせず沈黙するという選択肢はなくなった。


 大きく欠けた『果ての山脈』そのものが、厳然たる証拠となってしまったのだから。


「いかがいたします? 何か妙案みょうあんがおありで?」


 下卑げびた笑みを噛み殺すように、ボルガンは答えのわかっている質問をしてくる。


 妙案などあろうはずがない。魔界との国境である『果ての山脈』がこのようなことになろうとは、夢にも思わなかったのだから。


「であれば、このボルガンに秘策がございますよ、陛下」


 満を持して、と言わんばかりにボルガンは持ちかけてきた。これまでの話は、どうやらその前座であったらしい。


「秘策だと……?」


 いかにも怪しげなことを言い出したな、としかめっ面をするドレイクに、ボルガンは囁くように告げた。


「ええ、つまり――アルサルめがエムリスめを【誘拐した】と発表するのですよ」


「勇者殿が、魔導士殿を【誘拐した】、だと……?」


 思いもよらぬ提案に、ドレイクは思わずオウム返しにしてしまった。


 即座に頭を横に振り、


「なにを馬鹿な、貴様も見ていただろう。魔道士殿は自ら出て行ったのだ。あれのどこが誘拐に見えると……」


「ですから、【民衆がどう思うか】なのですよ、陛下」


 噛んで含めるようにボルガンは言う。


「民衆はその場を見ておりません。わかっているのは、何者かの手によって『果ての山脈』が破壊された――それのみです。この城での騒動については感付いてはいるでしょうが、何が起こったかまでは知りません。知りようがありません。そこが肝要なのです」


 ボルガンはさりげなく玉座に近付き、毒液を少しずつそそぐようにして言葉を紡いでいく。


「ならば、全てアルサルめの責任とすればよいのではありませんか。陛下が恐れているのは、エムリスめの怒りを買うことでございましょう? わたくしといたしましてはエムリスめも変わらず悪鬼と呼ぶ他ありませんが、だからといって陛下のご意志をないがしろにするわけではありません。反逆者アルサルがエムリスをかどわかした――そのように発表すれば、王家の威信に傷がつくことなく、またエムリスめの機嫌を損なうこともありますまい」


 それは、甘い献言けんげんだった。これを採用すれば、ドレイクにとっては相当に都合のよい展開となる。


 ドレイクの心は大いに揺れた。


 しかし、


「だ、だが……そう、勇者殿は魔道士殿に付き添っていただけだ。何もしていない。そんな勇者殿に濡れ衣を着せるなど……有り得ないことだ」


 為政者としてではなく、個人としての矜持が許さなかった。ドレイクは首を横に振る。


「それに、魔道士殿の怒りのかわりに勇者殿の不興ふきょうを買っては、結末は同じだ。〝銀穹の勇者〟アルサル殿は、魔王を討伐したパーティーのリーダーだったのだ。つまり〝蒼闇の魔道士〟エムリス殿に、勝るとも劣らない実力の持ち主なのだ。根も葉もないことを捏造して、かつて人界を守った英雄とほこまじえるなど御免ごめんこうむる」


 力強く断言したドレイクに、ほう、とボルガンは感嘆の息を吐いたようだった。


「しかしそれでは、場合によってはセントミリドガル王国といくさになる可能性がございますが……よろしいのです?」


 試すような問い掛けに、ドレイクは玉座から立ち上がりながら答えた。


「構うものか。むしろ望むところだ。私はこの目で勇者殿の姿を見た。つまり、セントミリドガルが勇者殿を国外追放に処したというのは、紛れもない事実だということ。つまり――【あの国の戦力が大いに削がれた】ということに他ならない」


 そう言って、アルファドラグーン国王は不敵に笑う。


 魔王を打倒した勇者と魔道士の二人と比べて、今のセントミリドガル軍の矮小わいしょうさたるや。


 これまでは『生きた最終兵器』ともくされる〝銀穹の勇者〟アルサルがいたため手出し無用となっていたが、セントミリドガルが自らその切り札を手放したというのなら、話は大きく変わってくる。


 かてて加えて、セントミリドガル王国からの通告の勢いを考えるに、アルファドラグーンだけでなく、他の大国にも同じ情報を回していること疑い得ない。


 つまり、他国――セントミリドガルの北に位置する『ニルヴァンアイゼン』、南の『ムスペラルバード』、そして西の『ヴァナルライガー』もまた、かの軍の実質的な戦力低下のしらせを受けているはずだ。


 であれば――まず間違いなく、どの国も侵攻をくわだてるに違いない。


 こうなっては、アルファドラグーンだけがおくれを取るわけにはいかなかった。


 ひとまず他国の侵攻行動に気を配りつつも、本命の戦力をセントミリドガル王国へ送り込む――


 いかな五大国筆頭のセントミリドガルといえど、東西南北の四方から同時に侵攻を受けては、ひとたまりもあるまい。


 細かいことは後だ。ともかく攻める。おかす。奪う。支配する。


 まず間違いなく、セントミリドガル王国はこの地上から消失するだろう。四大国が四方から進軍することによって、またたく間に食い尽くされるのだ。


 そこからは四大国だけの問題となる。旧セントミリドガル領をどのように分割するのかを話し合うか。あるいは、全てを賭けて全面戦争へと突入するか――それはその時次第だ。


「そうだな、ボルガン。貴様の案を少し応用して使ってやろう。少々無理があるが……なに、これからは久々の戦争になるなのだ。国民に余計なことを考える余裕などあるまい。気にする必要はないだろう」


 もはやドレイクは余裕の態度でもって、漆黒の外套姿にうそぶく。足を執務室へと向けるドレイクに、聖術士を名乗る男は問い掛けた。


「私めの案を応用、ですと?」


「ああ、そうだ。『果ての山脈』を破壊したのは【セントミリドガル王国の手によるものだ】と発表する。それでこちらから打って出る大義には充分だ」


 はは、とドレイクは声に出して笑った。そもそも『こちらの指示に従わないなら宣戦布告と見なす』という宣言そのものが、こちらを侮辱ぶじょくする宣戦布告に等しい。


 そう、先に殴りつけてきたのはあちらだ。こちらは、その倍以上の勢いで殴り返してやればいい。


 魔王を討伐した怪物を相手にするよりは、よっぽど楽なものである。


「……なるほど。このボルガン、陛下の叡智えいちに感服いたしました。私などとは比べものにならない壮大な気宇きう、まことにお見逸みそれいたしました。差し出口を叩いたこと、心よりお詫び申し上げます」


 いっそ素直なほどあっさり、ボルガンはドレイクに頭を垂れて、その方針を全肯定した。


 だが、そのような薄っぺらい追従ついしょうとするドレイクではない。いったん足を止め、肩越しに振り返り、鋭い視線を漆黒の人影に射込む。


「見え透いたことを抜かすな、痴れ者め。貴様の魂胆などわかっている。今はまだ我が王妃の命が惜しいが故、貴様の意に沿っているが――わかっているだろうな」


 これから起こる戦いの先触れか、これまで抑えてきた殺気が、ドレイクの全身からにじみ出るようにして立ちのぼる。


「もし貴様の要求が度を超した場合――そう、【たとえ王妃を失ってでも貴様を排除するべきだ】と判断した際は、私は愛を捨てて貴様を殺す。全身全霊をかけて貴様の存在を抹消する。よく覚えておくがいい」


 生粋きっすい憎悪ぞうおを籠めた目でボルガンを一睨いちげいすると、ドレイクは視線を切り、今度こそ振り返ることないまま謁見の間を後にした。


 広く豪奢ごうしゃな空間に、漆黒の外套を纏った影だけが残される。


 ぽつん、と玉座に側に立ち尽くす謎の男は、しばし無言をたもち――




 ふひっ、と肩を揺らして笑った。




 まるで、計画通り、とでも言うかのごとく。










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