●7 次なる目的地と暗躍する影と突然の告白 2
「さて、これからどこに行くんだい?」
「やっぱりついてくる気満々か、お前」
アルファドラグーン城を出てすぐ問うてきたエムリスに、俺は溜息を禁じ得ない。
いや、何となく予想はついていたんだけどな。
「え? じゃあボク一人で旅をしろって? そいつは無理な話だよ。だって、やる気がないんだから。どこへ行きたいって願望もないし、今も出来ればどこか落ち着くところでダラダラしたいまである」
「怠惰か」
「
そう言って、ふふふ、とエムリスは笑う。お互い、既に足は城の敷地を出るため城門へと向かっている。城門を抜けた後に別れるか、そのまま一緒に行くかはその時次第だとも思うが――
「……ま、望む望まざるに
共通の目的――それは、あの謎のピアスに関して調査することである。
結果論として、俺とエムリスはあのピアスのおかげで国や城を追い出されたに等しい。大した被害ではないとはいえ、客観的に見れば、なかなかの嫌がらせを受けている状態だ。
「そうだね。ボクも、魔力も理力もなしにあれだけ人の意志をねじ曲げる手法や技術にとても関心がある。あと、ボクのことを〝魔女〟だと
随分と軽い口調で言ってはいるが、この場合の『落とし前』というのは、手足をねじって粉砕しては治癒するのを繰り返す拷問よりもなお、非道な【何か】であることを忘れてはいけない。
「……お前が王妃に拷問をやり出さないで心底よかったと思うよ、俺は」
「はぁ? 拷問? 何を言っているんだ、ボクがそんな酷いことするはずないじゃないか」
「いやどっから出てきたその自信?」
間髪入れずにツッコミを入れながら、俺は東の空を見やる。
そこには、真新しく
かつては八大竜公の遺骸が変化したものとまで
城門が近付いてきた。今更だがアルファドラグーン城の城門も、セントミリドガル城のそれと比べて遜色ない。来る時にもくぐった巨大な門を抜け、敷地の外へ出る。
まぁ、ここに来るまで俺も
「さて、もう一度聞くけれど。これからどこに行くんだい、〝銀穹の勇者〟様?」
からかうように古い称号を口にするエムリスに、俺は顔をしかめる。
「その呼び方はやめろって。お前だって今更〝蒼闇の魔道士〟なんて呼ばれても困るだろ」
「ボクは別に? 〝魔女〟と呼ばれるのは腹が立つけれど、それ以外は気にならないかな。特に、〝魔道士〟は昔から自称しているものだしね」
「はー、魔道士はいいよなぁ……それに比べて勇者て。勇気ある者て。それしかアピールするところないのかよ感がすごくてなぁ……」
他にも〝姫巫女〟やら〝闘戦士〟やら、今の俺なら間違いなく〝勇者〟よりもそっちの称号を選ぶだろう。当時の〝勇者〟の称号が誇らしかった俺は、本当に若いというか、ただただ幼かったのだ。
「まぁまぁ、確かに〝勇者〟だけならそうかもしれないけれど、ボクは〝
「神秘的で素敵、ねぇ……」
そりゃ女性というか乙女というか、そっちの属性の人間ならそうも思えるのだろうが。
個人的には『星の王子さま』というか『白馬の王子さま』というか、そういうキラキラした感じがしてどうにもアレである。
それはさておき。
「……しかし、次の目的地か。とりあえずお前の所に寄ってから、何日かこの国を観光して回ろうかと思っていたんだが……」
「なんだ、特に考えてなかったのかい?」
「ゆっくり考えて後で決めようと思ってたんだよ。まさか来て初日にこんなトラブルに巻き込まれるなんて、普通は予想つかないだろ」
そういう意味では、俺と同じパターンでエムリスが国外追放にならなくてよかったと心底思う。もしそうなっていたとしたら、考えるのもそこそこに、ひとまずアルファドラグーンを出て行くことしか頭になかっただろうから。
「……じゃあ、するかい?」
「あ? 何を?」
いきなり主語を省いて聞かれたので、俺は首を傾げながら問い返した。
「だから、
「…………」
チラ、と『果ての山脈』を一瞥して微妙に申し訳なさそうにするエムリスに、俺はしばしの間、言葉を失ってしまう。
いや何だその態度。どうしてそんな殊勝な雰囲気を出す。宙に浮いた本の上で、微妙に腰をモジモジとさせるんじゃない。なんでだかこっちまで妙に照れ臭くなってくるだろうが。
仕切り直しのため、俺は咳払いを一つ。
「――んんっ……おう、いいぞ。何て言うか、その……十年振りだよな、お前と行動を共にするのって」
あ、いかん。自然な感じで言おうとしたのに、なんか口調がぎこちなくなってしまった。
案の定、エムリスも何かに勘付いたように顔色を変え、
「な……ちょ、ちょっと、なんだよ、アルサルのバカ。変な言い方しないでくれよ。そんな反応されたら……ま、まるでボクが君をで、で、で……」
いやいや噛みまくるなし。そこで言い淀むなし。マジで勘弁してくれ。
「デ、デートに誘っているみたいじゃないか……! や、やめてくれよ、ほんとに……!」
それこそ、やめてくれ、とは俺のセリフである。いまやエムリスは耳まで真っ赤になっている。見た目が昔のままだけに、その姿は恥じ入る女子中学生そのものだ。両手で頬を挟んで照れている様子はむしろ、あざといの一言である。
「わ、わかってるっつうの。デートなわけないだろ。今も昔も、俺とお前はただの同行者だっつうの。お前こそ変な勘違いするなよ? 俺の旅行にお前が引っ付いてくるんであって、別に俺がお前についていくわけじゃないんだからな」
ああ、ダメだ。普通にしたいのに、何か変になる。頭の中では理屈に沿っていて正論でしかないはずなのに、口に出すとどうしてこう、意地っ張りみたいな言葉になってしまうのか。
「な、なんだよその言い方……! ボ、ボクだって別に好き好んで君についていくんじゃあないんだぞ! 元はと言えば、君がボクの所に来たのがケチのつき始め――」
と、エムリスが喚き返そうとした直後、尻すぼみに声を小さくしていく。
それで俺も気付いた。
当たり前だが城門は大通りに面している。よって、人通りも格段に多い。
しかも、エムリスが『果ての山脈』の一部を吹き飛ばした後だ。見物人がたくさん集まってきている。
そんなこんなで城門近くを歩いていた大勢の人々の目線が、何故か俺達に集中していたのだ。
どうやら少々、声が大き過ぎたらしい。
「……この件は後にして、とりあえず落ち着ける場所に行こうじゃあないか、アルサル……」
「おう、もちろん同感だ……」
合意を得た俺達は、そそくさと背中を丸めてその場を後にした。
こんな情けない後ろ姿――片方は宙に浮いているが――を見て、俺達がかつて世界を救った英雄の二人だと、一体どこの誰が気付くだろうか。
ましてや、そこに見える山々を吹き飛ばしたなどとは、誰も思うまい。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます