●7 次なる目的地と暗躍する影と突然の告白 1
めちゃくちゃ軽めの、それも詠唱すらない魔術――規模から言えば大魔術でも足りず、もはや〝超魔術〟とでも呼ぶべきか――の行使によって、巨大な山脈にあってはいけない大きさの穴が
砂場で作った大山脈に、大人が本気の蹴りの一発をくれてやれば、ちょうどあんな感じになるだろうか。
大災害としか言い様がない絵面である。
敢えて一般人の感覚で言うが、指先一つの『BANG☆』で起きていい被害ではなかった。
「あー、スッキリした♪」
いまだ窓の外からドドドドド……と爆音が叩き付け、クリスタルガラスがビリビリと震える中、エムリスは両腕を上げて伸びをしながら、気持ちよさそうに言った。
ふぅ、と言葉通り
「――観光名所を吹っ飛ばして経済的に打撃を与えてやろうと思ったのだけど、この様子だと新しい観光名所として栄えそうだね。まぁ、結果オーライということでいいよね?」
いや、よくねぇ。まったくもって、全然よくねぇ。でも俺もセントミリドガルを出る際に王城を真っ二つに斬ったり橋を壊したりしているから何も言えねぇ。
いや、やっていることの規模で言えば、段違いではあるのだが。
爽やかな笑顔を浮かべたエムリスが、パン、と両手を叩き合わせた。
「ということで、これでボク達は失礼するよ。話はもう終わり。双方やることをやったんだから、お互い様ってことで恨みっこはなしで頼むよ。ああ、工房の再建の件についてはもういいよ。いらない。ボク、この国を出て行こうと思うから」
「は?」
聞き返したのは俺である。
話が飛躍しすぎて普通に意味がわからなかった。
「いや出て行くよ? だってしょうがないじゃないか。あの様子だとモルガナ王妃はずっとボクのことを敵視するだろうし、そんなんじゃいくら工房を作り直しても
と細い指先が示すのは、エムリスの魔力にあてられて気絶しているモルガナ王妃である。幸い、椅子に腰を落として失神しているので、頭を打ったりしている可能性は低いだろう。
「明らかに洗脳されているようだけど、あのピアスを外すのはどうもよくないらしいし?」
魔道士の青白い瞳が、王妃を自ら介抱するドレイク国王に向けられる。国王も視線に気付いたようだが、何とも微妙な表情を浮かべるだけで何も言わない――いや、言えないのか。
「裏に【何か】いるのは確実だけど……少なくともこの場にはいないようだね。魔力も理力も感じられないし。なら、ここは戦略的に一時撤退が望ましい。そうだろ、アルサル?」
「……まぁ、そうなる、か……?」
確かにあのピアスをどうにかしない限り、解決には至るまい。そういう意味では、セントミリドガルもそうだ。もしジオコーザやヴァルトル将軍がピアスに洗脳されているのだとしたら、あの時のことは改めて考え直さねばなるまい。
「ま、十年も工房に引きこもってて流石に飽きが来ていたし、このままだと〝怠惰〟の因子に引っ張られ過ぎちゃうだろうからね。ここらで一度、外を出歩くのも悪くないさ」
ずっと空飛ぶ本に腰掛けて自分の足で歩いていない奴が何を言う。そこまで言うなら、後で目一杯歩かせてやるぞ。主に野営の薪集めとかで。
「そういうわけで、お世話になったね。それじゃ」
国王や近衛兵らにヒラヒラと手を振ると、腰掛けている本が反転し、エムリスが玉座に背を向けた。
すると、
「――ま、またのお帰りをお待ちしております!」
慌ててドレイク国王が立ち上がり、礼儀正しく背筋を伸ばして頭を下げた。今度は、周囲の近衛兵も国王に
「へぇ……」
俺は思わず唸ってしまった。
あの国王は賢い。状況をよくわかっている。というか、エムリスの存在価値を過不足なく理解している、と言った方が正確か。
先刻エムリスが実演したように、指先一つで山を吹き飛ばすような怪物――それが〝蒼闇の魔道士〟だ。
そんな
出来れば味方に、もし味方になってくれずとも手元に置き、それさえ無理ならせめて敵には回さない――そう考えるのが為政者として正しい選択だろう。
だから彼は言ったのだ。お帰りをお待ちしています――と。
あなたの帰る場所はここだ。ここはあなたのいるべき場所だ。つまり、あなたが攻撃する場所ではない――と。
王妃を失神させた相手に情けない――などと国王を批判する奴は阿呆だ。ちょっとは考えてもみて欲しい。もし熱核兵器に人格があれば、誰だって国王と同じ選択をするはずだ。
詰まる所エムリスもまた、俺と同じ『生きた最終兵器』なのである。
というか、そう考えるとピアスをつけていなかったオグカーバ国王なんかもドレイク国王と同じような態度をとっていてもおかしくないと思うのだが、あれは一体何だったのだろうか? ほぼジオコーザと協調して俺を追い出すことに加担してくれていたが。
まぁ、一人息子を溺愛するボケ老人だった、と考えれば理解もできるか。いや、あんな理不尽な行動に理解もクソもあったもんじゃないが。
ともあれ『国外追放だー!』『どこぞで野垂れ死ぬがいいー!』などと言われながら王城を後にした俺とは違い、エムリスは国王を筆頭に頭を下げられながら、悠然と立ち去っていったのだった。
ちょっとだけ――ちょっとだけ、納得がいかない俺である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます