●5 魔術は爆発だ 2






 名前といい、はすっぱな口調といい、一人称の〝ボク〟といい、見た目以外は全て男っぽい奴だが、生物学的には一応、女に分類される。


 青みがかった黒髪に、薄暗い部屋の中でほのかに青白く輝く瞳――黙っていれば美少女と言っても過言ではない容姿。


 まぁ、俺がこいつを〝女〟として意識したことは一度もなかったが――


 まさか、あれからまったく成長していないとは、夢にも思わなかった。


 悪い意味での、これは驚きである。


「魔力の影響さ。どうも魔力を体に溜め込みすぎると、肉体の成長が著しく阻害そがいされるらしい。そうでなくても魔王討伐の際に取り込んだ〝因子〟のおかげで、ボク達はある一定のところまで成長したらもう老化することはないのだけど……まさか、こんなことで肉体の成長が鈍化するなんてね。正直、思いもしなかったよ」


 俺が凝視していたせいだろう。聞いてもないのに、エムリスは自身の肉体の成長が止まっている理由を話してくれた。


「ふーん……そいつは大変なのか?」


 聞いた瞬間は大変そうだなとも思ったが、よく考えれば大変かどうかを決めるのはエムリス自身だ。よって、俺はそのように尋ねてみる。


「いいや、別に?」


 エムリスの返答は簡潔だった。当たり前のように首を横に振り、なんてことのない顔をする。


「あくまで成長が【阻害】されているだけだからね。ゆっくりとではあるが、ボクの肉体は着実に成長しているよ。だから時間はかかろうとも、いずれはアルサル、君と同じぐらいの肉体年齢にまで到達するはずさ」


 単に成長が遅いだけ、とエムリスは割り切っているようだった。


「ほー、そんなもんか。――ああ、そういえば魔族や魔物ってやたらと寿命が長いよな? それってやっぱり魔力の影響なのか?」


 そもそも体のつくりからして違うのだろうが、かつて戦った魔王軍幹部なんぞは数百年生きているのがザラだった。


 中には数千年クラスもいたと記憶している。何度も何度も魔王が復活するたびに仕えては、俺達のような勇者パーティーに野望を打ち砕かれてきたのだ――などと恨み節をぶつけられたこともあったっけな。もう二度と同じ思いをしないように、俺達の代でしっかりあの世に送ってやったが。我ながら慈悲深いことをしてやったと自負している。


「それもあるだろうね。魔力は理力の反対――即ち『世界の法則に抗う力』だ。時間の流れにはんしていたっておかしくはないさ」


「へー、そいつは大したもんだ」


 我ながら他人事みたいに感嘆してしまった。俺も魔術が使えないわけではないが、便利なものとして利用しているだけで、そこまで深く考察したことはなかった。


 はー、とエムリスが大きな溜息を吐いた。やれやれ、と肩をすくめて、


「まったく……今更になってそんな質問をするんだね、君というやつは。このボクと十年以上も付き合っているというのに」


「まぁまぁ、そう言うなって」


 ぶっちゃけ魔王軍と戦っていた時はそんなことを気にする余裕なんてなかったのだ。


 魔の力は敵の力。


 相手がそれを使ってどのような攻撃をしてくるのか。そして俺達はどうすればそれに対抗できるのか。それしか考えてなかった。


 だってそうだろう? 魔王軍の奴らが長生きな理由を知ったところで、俺や仲間の寿命が延びるわけでもなかったのだから。


「他人事のように言っているけれどね、君だってそろそろ成長が止まるはずだよ? いや、もう既にかな? それも、ボクとは違って完全なる停止だ」


 エムリスの長い髪を束ねて作った手の一つが、人差し指をピンと立てて俺を指差す。


「え、俺も?」


 思わず自分で自分を指差すと、うん、とエムリスは頷き、


「だからさっきも言ったろう? 僕達は魔王を討伐するために例の〝因子〟を取り込んだんだ。ボクは〝怠惰〟と〝残虐〟、君は〝傲慢〟と〝強欲〟。これらには宿主の肉体を最盛期のまま維持する副作用がある。ボクは成長が遅延しているからまだまだ先になるけれど、君やニニーヴ、シュラトはそろそろ【いい頃合い】だ。残念ながら、君達が老人になることは永遠にないよ。本当におめでとう」


 口では言祝ことほぎながらも、しかしエムリスはニヒルな笑みを浮かべている。


 本当におめでとう、という言葉が地下空間に虚しく響いた。


 嫌味のつもりか? まったく、いい性格になりやがって。


「……別にめでたくはないだろ。ま、覚悟ならとっくに決めてたしな。それこそ魔王とやり合う前から。別に何とも思わんよ。てか、それはお前もだろ」


 俺はわざとらしく両肩をすくめて、半ばおどけるようにして返した。


 そう、すっかり忘れていたが、全ては十年前から決まっていたことだ。


 いや――俺達四人で【決めたことだ】。


 だから後悔もなければ、文句もない。


 というか、たとえ悔やんで泣きわめいたところで、あの頃に戻れるわけでもなし。


 そう答えると、エムリスは何故か満足そうに頷き、


「結構、それでこそ勇者アルサルだね。ところで……」


 んん、と咳払いを一つ。喉の調子を整え、自らの髪で形作ったソファに腰掛ける魔女は、少女の見た目でありながらもどこか蠱惑的な笑みを浮かべ、


「……この十年間ろくに連絡もとっていなかったのに、急に会いにくるなんて一体全体どうしたんだい? 珍しいじゃないか、君があの国から出てくるなんて。いや、もしかしなくとも初めてなんじゃないかい?」


「あー……」


 そういえば、メッセージには『近々そっちに行くぞ』ぐらいしか書いておらず、詳しい事情は説明していなかった。


 何と言えばよいものか――と思案していると、何を勘違いしたのかエムリスはどこか嬉しそうに、


「……もしかして十年も経って、ようやくさみしくなったのかい? それでボクに会いに来たというのなら、君も随分といじらしい――」


「あ、いや、違うぞ?」


 なんか勘違いしているようだったので、俺は片手を振って否定した。


 ピタ、と凍り付いたようにエムリスの動きが止まる。


「――違う? それは、どういう意味だい?」


 かと思えば、先程とは打って変わって遠雷のような声で問い返された。気のせいか、目付きまで変わっている気がする。


「あー……話せば長くなる……いや、別に長くはないのか?」


 改めてどう説明したものか頭の中を整理していると、


「どうでもいいさ、早く説明しておくれよ」


 不機嫌なのが露わな口調でエムリスが言う。心なしか、唇がとんがっているような。


「……? なに怒ってるんだよ、エムリス?」


「怒ってない。説明。ほら。早く」


 いや、怒ってるよな? 機嫌が悪くなると言葉遣いがぶっきらぼうになるのは昔のままだ。どういう原理か、何もない空中に頬杖ほおづえをつき、目線をあらぬ方向へとらしている。


 どう見たって怒っているようにしか見えないんだが――まぁいいか。


「ま、簡単に言うとだな、いきなり死刑にされそうになったから退職してきた」


「……なるほど。そういうことか」


 めちゃくちゃ端折はしょって説明したのに、意外にもエムリスはすんなり呑み込んでくれた。


「いや、そんな簡単に納得するなし。俺的には大事件だし。少しぐらいは驚けし」


 思わず変な口調で突っ込みを入れると、


「いや、驚いているさ。こう見えてね。君のいた国……セントミリドガル王国だったかな? その首脳陣の愚劣っぷりには、特にね」


 んー、と髪の毛ソファの上で伸びをしながら、エムリスは恬淡てんたんとセントミリドガル王家を批判した。


 それから、はっ、と吐き捨てるように笑う。


「勇者である君を死刑に? そいつは面白い冗談だ。そんなことが可能なら、僕達がいなくても魔王なんて簡単に倒せただろうに。まったく、そんな単純な計算もできないようになったのかい、あのバカ愚王は?」


 仮にも一国の主を指してえらい言い種である。まぁ、俺も他人のことは言えないが。


「けれどまぁ、気持ちはわからないでもないね。君もそうだが、ボク達はすっかり【化物】だ。人類がおそれるのも無理はない。彼らが脅威を排除しようとするのは、ある意味では本能のようなものだよ。かつて魔王を排除しようとした時と同じようにね」


 驚いているというよりは、呆れ果てていると言った方が妥当なエムリスは、自身の髪の毛を操作して体を移動させた。長い髪の毛のたばはたから見ていると、便利で快適なソファベッドにしか見えない。


 しかし、すごいはすごいが、同時にグータラしすぎなのでは? と思わないでもなかった。


 もうすっかり興味も失せたのか、部屋の本棚の前に移動したエムリスは、


「それで? 城でも壊して逃げ出してきたのかい? それとも国外追放されたのかな?」


 一応聞くだけは聞いておくけど、みたいな質問を繰り出してきた。しかし、


「――なんでわかるんだ?」


 正確ではないにせよ大体のことを言い当てているエムリスに、俺は少し驚く。


「簡単な推理さ、アルサルくん」


 髪の毛で作った何本もの手で本を物色しながら、かつて〝蒼闇の魔道士〟と呼ばれた少女は微笑する。こちらに振り向きもせず。


「かつての君であればそこまで暴力的な行為に、そう簡単には及ばなかったんだろうけどね。でも今では体内に〝傲慢〟と〝強欲〟を飼っている状態だ。〝強欲〟は欲望を刺激される場面でもなければ問題ないだろうが、厄介なのは〝傲慢〟だよ。これが君の精神に作用すると、容易に攻撃性を高めてしまう」


「む……」


 まるっきり図星であった。死刑を宣告された俺は体内に秘めた〝傲慢〟がざわつき、まさしくおごたかぶってしまったのだ。


「とはいえ、君にならある程度は制御できると踏んで選んだのが〝傲慢〟と〝強欲〟だ。だから〝傲慢〟にそそのかされるまま人々を虐殺したり、国そのものを滅ぼしたりまではしないだろう。多分」


 髪の手が何冊かの本を取り出し、エムリスに見えるよう開示する。彼女はそれに視線を注ぎながら、まるで思考を分割しているかのごとく、本を読みながら俺の話題を続けた。


「が、しかし。先程はこのボクでも少々苛いらついたほど、君を処刑するという王国の判断は、あまりにも愚劣ぐれつに過ぎる。君だって多少なりとも腹が立つのは当然だろう。よって、君は何かしらの報復を考える可能性が高い。その場合、君が取るであろう可能性が高い行為は、威圧いあつないしは威嚇いかく――まぁ両方だろうね」


「むむ……」


 またしても的中している。こいつの読みが鋭いのか、俺の行動がわかりやすいのか。これも両方かもしれないが。


「なにせ、かつて勇者と呼ばれた君が、人間に対して暴力を振るうとは思えないからね。威嚇する際は近くにあった物を壊したはずだ。でも、そんじょそこらの物を壊したところで、君を処刑しようなんて考える輩が怯えるはずもない。なら、君だったらきっと建物を壊す。そう、王国の象徴である城を壊した……そう推察するのが妥当だ」


「むむむ……」


 多少の違いはあれど、結論だけを見れば正解である。なんで十年間も会ってなかったのに、ここまで正確に俺の行動をトレースできるんだ、こいつは。


「結果として、王国側は君の処刑を諦める。でも、このまま国に置いておくわけにはいかない。色々と示しがつかないからね。面子めんつもあるだろうし。となれば、取れる道は限られている。国外追放だ。君を犯罪者として放逐ほうちくする。これが出来て精々のことだろう。しかし皮肉なことに、これが君には一番いちばん覿面てきめんだったりするわけだ。なにせ元勇者の君だ。嫌われて汚名を着せられて追い出されるなんて、恥ずかしいにも程がある。だから、そのことを誰にも話したくない。でもボクやニニーヴ、シュラトに会ったら事情を説明しなければならない。じゃあどうするか? 簡単さ、こう言えばいい。〝退職してきた〟――ってね」


「おいおいおいおいおい、待て待て待て待て」


 気付けば変な方向にかじを取り始めた話に、慌てて待ったをかける。


「途中までは大体あってたけどな、最後らへんは流石に違うぞ。国外追放されたのは間違いないが、俺は別にそれを恥ずかしく思ってないし、ちゃんと国王に言って退職してきたのは本当だっつうの」


「おや、そうなのかい? じゃあ、退職金はもらえたのかな?」


 揶揄やゆするような問いに、俺は堂々と頷いた。


「もちろんだ。理不尽な雇用側の都合による退職だからな、本来の四倍の退職金をもらってきてやったぞ。あと宝物庫にあった金目の物もな」


 どうだ、と半ば自慢げに言ったところ、エムリスが意外そうにこちらを振り返った。


「え、本当に? あのアルサルが? あの真面目で無欲で時々熱血でバカだったアルサルが、そこまでがめついことをして国を出てきたのかい? こいつは驚いた」


「おいおい突っ込みどころ満載だなどこから突っ込めばいい?」


 真面目で無欲で時々熱血だったのは否定しないが、バカとはなんだ、バカとは。


「おっと失礼、つい本音がね。いや、そうか。それも〝強欲〟の影響か。これはボクも自分をよくかえりみないといけないようだね。自分ではわからない内に、性格が大きく変貌している可能性がある。取り込んだ因子の影響は、予想以上に強かったのかもしれないね」


「安心しろー、俺が来てからお前一歩も動いてないし〝怠惰〟からはかなり影響を受けてるぞ。あと口も明らかに悪くなってるから〝残虐〟の影響もバッチリだ。というかお前の場合、俺が何度か送ったメッセージを既読スルーしてるんだから一目瞭然だろうが」


 俺は真面目で無欲だったから、〝傲慢〟と〝強欲〟を。


 エムリスは努力家で情の深い人間だったので、〝怠惰〟と〝残虐〟を。


 相反するものをぶつければ因子からの影響も少なくなるだろうと考えて、それぞれ違うものを取り込んだのだが――どうやら想定が甘かったらしい。


 俺はいつのまにか、傲慢で強欲な人間に。


 エムリスも自覚がないまま、怠惰で残虐な人間へと変化しているようだ。


 こうなると〝嫉妬〟と〝憤怒〟を取り込んだニニーヴ、〝暴食〟と〝色欲〟を受け取ったシュラトも、昔とは違う性格になっている可能性が高い。


 残る二人にも会いに行く予定なのだが、再会するのが少し怖くなってきた。


「そいつは心外だね、メッセージを受け取った時はちゃんと返事しようと思っていたさ。ただ暇になったら返信しようと思って後回しにしたら、そのまま忘れてしまっていただけで」


「最悪じゃねぇか」


 言い訳にならない理由をさも当然のごとく並べ立てたエムリスに、俺は容赦なく突っ込みをいれた。


 何も言わずに謝った方がはるかにマシだぞ、それは。


 が、エムリスが謝罪の言葉など吐くはずもなく。ふん、と鼻を鳴らし、


「ボクの既読スルーが無礼だというのなら、お土産の一つも持参せずにやって来たアルサルも相当なものだよ。君にだけは礼儀をどうこう言われたくないね」


「わざわざやって来た客人に対して茶も出さない奴がよく言う……って、そうだったそうだった、忘れるところだった」


 お土産というワードで思い出した。そういえば道中のリデルシュバイク村でエムリス用の土産を入手していたのだ。


 俺はストレージの魔術を発動させ、亜空間から竜玉を取り出した。


「おや、それはなんだい?」


 俺の掌に出現した、人間の頭よりもなお大きい漆黒の結晶にエムリスが食い付く。


 案の上だ。


 魔術の研究をするため、アルファドラグーンを拠点に選んだエムリスである。魔力の生成器官である竜玉を前にして、興味を引かれないわけがなかった。


「ミアズマガルムの竜玉だ。こっちに来る途中でちょっとあってな。ちょうどいいからお前への土産にと思って、持ってきた」


 ほれ、と片手で持った竜玉――密度がものすごいので、本来なら人の腕では持ち上がらない重量である――を差し出すと、


「ほほうほうほう」


 エムリスはフクロウみたいな声を出しつつ、長い髪の毛を操作して自身の体を近付けていく。


 よく考えたらこのえらく長い髪の毛、いくら何でも十年でここまで伸びたりしないよな? この地下空間全域に髪の毛が張り巡らされてるようだし。昔もそれなりにロングヘアだったが、きっと魔術によって強制的に成長を促進したに違いない。


 腕を組み、片手で顎を摘まんだエムリスは竜玉をしげしげと眺め、


「……うん、いいね。これはいいものだ。ありがとう、アルサル。素直にお礼を言うよ。とても嬉しい」


 喜色に満ちた声で言って、キラキラと輝く青白い瞳を向けてくる。これは社交辞令ではなく、本当に心の底から喜んでいるな。嬉しそうな笑顔が昔のままだ。


 エムリスの髪が寄り集まり、俺の手から竜玉を受け取る。


「本当にありがとう。これはいい研究素材になりそうだ。黒瘴竜ミアズマガルムと言っていたね? こんなもの一体どこで見つけたんだい? 単独だった? それとも群れ? 群れだったのなら場所を教えておくれ。貴族アリストクラットクラスを乱獲できるチャンスだ」


 水を得た魚でもここまで活き活きとはすまい。そう思うほどエムリスは饒舌になり、情熱的な視線を竜玉に注いでいる。


 名にしう魔術国家アルファドラグーンでさえ、貴族竜を捕獲する機会はそうそうないらしい。まぁ、当然か。下等な魔物ならともかく、知性を有する上位の魔族をしょっちゅう狩猟していたら、えらい騒ぎになるだろうしな。


 だというのに、貴族竜を乱獲するチャンスだ、などと平然とのたまうエムリスに、俺は首を横に振った。


「残念ながら単独だったよ。どうも魔界で失脚してこっそり亡命してきたらしい。国境付近の村で人間を喰いやがったから討伐してきた。そいつはそん時に剥ぎ取ったもんだ」


 俺の説明に、エムリスは熱心に頷きを繰り返す。


「へぇ、へぇ、へぇ……! そんなことがあるのか! ああまったくもう、どうせ逃げるのならボクのところへ来ればよかったものを。アルサルと違って優しく殺してあげたのになぁ……」


 空恐ろしいことをしれっと言う奴である。というか、俺が残酷みたいな言い方はよしてくれ。少なくとも〝残虐〟を宿しているお前ほどじゃないと思うぞ。


「まぁいいや、しばらくはこの一つだけでも充分さ。竜玉は竜の体内や、大気中の成分を吸収して魔力を生成するんだけれど、一体何をどう変化させて魔力にしているのか、それが謎なんだ。それさえ解き明かせば、魔界に近いアルファドラグーン以外でも半永久的に魔力の供給を受けることが出来て、つまり世界のどこにいたって常に大きな魔術を行使することが――」


「あー落ち着け落ち着け、めちゃ早口になってるぞ」


 興奮したエムリスが研究オタクとして暴走し始めかけたところで、俺はすかさず待ったをかける。機先を制された魔道士はピタリと口を閉ざしたかと思うと、そのままリスみたいに頬を膨らませた。


「なんだよ少しぐらい聞いてくれたっていいじゃないか。ボクは他人と話すのがものすごく久しぶりなんだぞ? それに君ぐらいのレベルじゃないとボクの話にはついてこれないんだから、気持ちよく喋らせてくれたっていいじゃないか。それに自分で言うのも何だがボクは〝蒼闇の魔道士〟と呼ばれたほどのすごい魔道士なんだぞ? ありがたく傾聴するのが筋ってものじゃないかと思うんだけどね。ねっ。ねっ!」


「落ち着けって。ねるなよ、子供か」


「ふんだ。そりゃ子供さ、見ての通りにね」


 つーん、とそっぽを向くエムリス。


 確かにエムリスの姿は十年前からまるで変わっていない。当時は俺と同い年だったはずなので、容姿だけなら十四歳のままということになる。言われてみると、駄々をこねる姿があまりにも自然で違和感がまったくない。中身は二十四歳だというのに。


「おいおい……」


 表層的な性格は〝怠惰〟や〝残虐〟の影響でそれなりに変わっているように見えるが、こういうところは昔と変わらない。流石に人格の中核を担う本質的な部分までは変えられないってことか。


 ――ということは、俺もそうなのかね?


「わかったわかった、俺が悪かったよ。話聞いてやるから、へそを曲げるなって。土産を持ってきたのも、お前に喜んでもらいたいからだったんだぞ」


 やれやれ、とぼやきたいのを我慢しつつ、大人の対応として俺から頭を下げた。実際、端から見れば俺の方が年上に見えるわけだしな。ここには俺とエムリスしかいないが、こういうのは普段からの心掛けが大事なのだ。


「……まったく。ああまったく、君って奴は。本当にアルサルはアルサルだね、相変わらずだ」


 エムリスが顔を背けたまま、はぁぁぁ、と憤懣やるかたない様子で溜息を吐く。


 おやおや、こいつは完全に機嫌を損ねてしまったか――と思いきや。


「――いいだろう、そこまで言うなら許してあげよう。そうだね、ボクも貰う物を貰っておきながら怒るというのは、ちょっと褒められたことではないからね」


 おっと? どうやらご立腹なのはポーズだけで、もうお許しはいただいているようだ。


 打って変わって、ふふーん、とドヤ顔で振り返ったエムリスは、俺を見てニヤリと笑い、


「じゃあアルサル、お詫びと言ってはなんだが、ちょっと付き合ってもらおうかな」


「ん? ああ、いいぞ」


 意味ありげな視線を向けてくる旧友に、俺は何のてらいもなく首肯した。


 せっかくの十年振りの再会だ。つまらないいさかいで台無しにするのはもったいない。ちょっと小難しい話を聞くだけでエムリスの機嫌がよくなるのなら、ドンと来いである。


「よろしい、じゃあ外に行こうか」


 そう言ったエムリスは、満面の笑みを浮かべたまま、パチン、と指を鳴らした。


 途端、目の前が暗転する。






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