●2 ちょっとした昔話と、大きな鱗 1









 十年前のことを軽く話そう。




 ――エイザソース。


 〝天災の魔王〟の異名を持つ怪物。


 いにしえからの言い伝え通り、千年ぶりに復活した魔王である。


 長い眠りから覚醒した魔王は、即座に人界の東に広がる『魔の領域』を掌握した。そこに棲まう魔族、魔物の全てを己が手足とし、人界を侵略する為の準備を始めたのだ。


 その頃、やはり古い予言に従って四人の少年少女がセントミリドガル城に召喚された。


 ――〝銀穹ぎんきゅう勇者ゆうしゃ〟。


 ――〝蒼闇そうあん魔道士まどうし〟。


 ――〝白聖びゃくせい姫巫女ひめみこ〟。


 ――〝金剛こんごう闘戦士とうせんし〟。


 二人の少年と、二人の少女。


 計四人の、まだ年端もいかぬ子供らが城に呼び出され、それぞれの称号を与えられた。


 そして、たった四人だけで魔王討伐の旅に出発したのである。




 そこからは――まぁ、細かいことを省けば、大体はテンプレート通りだ。


 なんやかんやあって、俺達四人は魔王を倒した。


 本当に色々あったんだけどな。まぁ、そのへんは長くなるから割愛かつあいだ。


 とはいえ、一応は弁明しておかねばなるまい。


 何故、俺達が【たった四人】で旅に出なければならなかったのか――を。


 実はこれ、慣習や伝統がどうのこうのではなく、れっきとした理由がある。


 意外だろ?


 気持ちはわかる。普通に考えれば、魔物ひしめく『魔の領域』に子供だけを行かせるなんて、遠回しな殺人だとしか思えない。


 俺も、他の仲間達も、当初はよく愚痴っていたものだ。大人達は頭がおかしい、何を考えているんだ――とな。


 そりゃそうだろうさ。未成年の子供がいきなり国の外にほっぽり出されたんだ。怖いし不安だし、泣きたくなったり小便チビりしそうになったって、何ら不思議ではない。


 しかしそれも、俺達が成長し、超人的な戦闘力を手に入れるまでのことだった。


 その時になってようやく、俺達は理解した。


 俺達四人は、あまりにも【強くなりすぎる存在】だったのだ――と。


 いや、そうなることは最初からわかってはいた。


 勇者、魔道士、姫巫女、闘戦士――この四人でなければ〝天災の魔王〟は打倒し得ないと、そう言い伝えが残っていたのだから。


 だというのに、魔王とその配下の魔王軍は、あまりにも強大で膨大。


 百万を超える軍勢に、たった四人で立ち向かえ――


 この理不尽に過ぎる矛盾に、俺達はすぐに気が付くべきだったのだ。


 今ならよく理解わかる。


 俺達に秘められた可能性は、あまりに大きすぎた。


 オグカーバ国王やジオコーザ王子の前で語った『俺も仲間も、万単位の魔物なんざ片手で吹き飛ばすぐらいじゃなきゃ、勝ち残るどころか、生き残ることすら不可能だった』という言葉は、嘘でも誇張でもない。


 今でも俺は、その気になれば片手で数万の魔物の群れを葬れる。それだけの力がある。かつての仲間達もきっと同様だ。


 だが、そんな俺達に、素質のない人間が同行していたらどうなっていたと思う?


 はっきり言おう。


 足手まといでしかない。


 というか、俺達の力の巻き添えを食らって、魔族や魔物ともども吹き飛んでいたはずだ。


 跡形も残らず。


 成長した俺達四人の力は、それはもう容易に他者の命を奪うものだった。


 だから俺達に必要なのは、【俺達の力で死なない味方】だったのだ。


 そして、そんな人間など俺達以外の他にはどこにもいなかった。


 よって俺達は、最初から最後まで、ずっと四人だけだった。


 四人だけで、魔王軍を突破し、天災の魔王エイザソースを倒したのである。




 ■




 そんなこんなで地獄のような苦しみを乗り越え、俺達四人はどうにか魔王を討ち滅ぼした。


 その後のことは、大体は想像つくだろう。


 指導者を失った結果、生き残った魔族も侵略行為を断念した。


 人界に平和が戻ったのだ。


「ところがどっこい、ってな」


 ま、世の中はそう単純ではない。


 外的脅威が去ったのなら、次は内的脅威への対処である。


 魔王が滅びた喜びも束の間、人界はかつて魔王が復活する前の状態にあっさりと戻ってしまった。


 内乱――というと、いささか語弊があるだろうか。


 なにせ人の世界は、未だ一度も統一されたことがないのだから。


 人間の棲まう大陸中央には、代表的な大国が五つに、他小さな国々が無数に存在する。


 いわゆる『五大国』と呼ばれる国家の一つが、俺のいたセントミリドガル王国だ。


 実を言うと、五大国の中で一番大きかったりする。


 そんなセントミリドガル王国の四方を囲むように存在するのが、他の四大国だ。


 ――北の大国『ニルヴァンアイゼン』。


 ――南の大国『ムスペラルバード』。


 ――東の大国『アルファドラグーン』。


 ――西の大国『ヴァナルライガー』。


 これら四国は潜在的に、それぞれがそれぞれに敵対している。


 だが現在は、五大国の中でもセントミリドガル王国だけが頭一つ分飛び出ているが故、四国は不本意ながらもパワーバランスを保つために同盟を結んでいる状態にあった。


 よって今のところ、世界は平和的な状態にある。


 あくまで、表面的には。


 あくまで、見せかけだけは。


 だが所詮は、紙切れみたいに薄っぺらな平和である。


 いつ破れてもおかしくはない。


 それが今の人界――即ち、世界情勢だった。




 さて、そんなわけで。


 セントミリドガル城を後にした俺が、今のところ足を向けている方角は、東。


 そう、目指すは東の大国『アルファドラグーン』――魔族や魔物の棲息する『魔の領域』と隣接する魔術国家である。


 既に俺は都市部を抜け、国境近辺の山へと差し掛かっていた。


 現在は風景を楽しみつつ、ハイキング気分で登山中である。


「まったく、道を外れて、正解、だったな。人っ子、一人、いないから、気軽に、登れる、ぜっと」


 背の高い木々の間を縫うようにして、道なき道を上に向かって進んでいく。大きく足を動かしながらだと、ふとこぼした独り言も途切れ途切れになりがちだ。


 いい汗がかけそうだ――と思いつつも、今となっては俺の体力はほぼ無尽蔵。残念ながら、疲労はまったくと言っていいほど感じていない。


 俺が東に向かって進んでいるのは、単にセントミリドガル城から一番近い他国が『アルファドラグーン』だからである。


 セントミリドガル城は別段、国の中心地にあるわけではない。むしろ、どちらかと言えば『魔の領域』に対抗するため、やや東寄りの土地に建っている。


 それ故、ひとまず国外に出るためには東のアルファドラグーンを目指すのが一番手っ取り早かったのだ。


「エムリスのやつ、元気にしてるかな?」


 道なき道を進み、不意に木々が途切れて視界が広がったところで、俺は足を止めて呟いた。


 まだ山の中腹あたりだろうが、周囲には絶景が広がっている。実にいい目の保養になる。


 先述の通り、アルファドラグーンは魔術の研究が盛んな国だ。かつて〝蒼闇そうあんの魔道士〟として魔王と戦ったエムリスには、これ以上なく住み心地のいい土地だったはずだ。


「そういや、あいつだけだな……理術でメッセージ送っても既読スルーしてやがんの」


 なんとも〝怠惰〟な奴だ、と俺は苦笑いする。


 おっと、そういえばさっきから説明不足ですまない。


 あまり気にしていないかもしれないが、『魔術』と『理術』は違うものだ。


 魔術とはその名の通り『魔の術』――つまり魔族の中で生まれた術を指す。


 同様に、理術は『ことわりの術』――名前からはわかりにくいが、人界で生まれた術だ。


 それぞれ魔術は魔力を、理術は理力を源として発動するのだが、残念ながら細かいことは俺もよく知らない。


 これから会う予定のエムリスであれば、魔術や理術だけでなく様々な術式に詳しいので、聞けば教えてくれるかもだが。


 そういえばエムリスによると、この世界には『魔術』だけでなく『魔法』もあるのだそうだ。魔術と魔法、どう違うのかと言えば――魔術は『魔の術』だが、魔法は『魔の法則』だそうで。レベル的には魔法が遙かに上で、制御も段違いに難しいらしい。これも、細かいことはエムリスに聞かないとわからないんだが。


「んー……こりゃ今日は頂上で野宿だな」


 太陽の傾きを確認して、俺は脳内で予定を立てる。


 一応、都市部を出る際には見つからないようコッソリと移動したせいか、そこそこ時間がかかってしまった。まぁ、無駄に徒歩で移動すると決めた俺が悪いのだが。


 ともあれ今日中にアルファドラグーンに入るには、この国境の山脈に辿り着くのが少々遅すぎた。このままでは――反則技を使わない前提だが――山を下りる前に日が暮れてしまう。別にそうなっても問題はないのだが、かといって夜通し歩くほど切羽詰まっているわけでもない。


 幸か不幸か、野営キャンプには慣れているし、むしろそういうのは大好きな方だ。


「よっし、じゃあいい場所探してみるか」


 内心で舌なめずりをして、俺は山登りを再開した。


 魔王討伐の時はもちろんのこと、戦技指南役として兵士達と共に野営訓練に出たことなら何度もある。


 故にこそ、野営キャンプの楽しさはそれなりに知っているつもりだ。


 山の頂上で飲むコーヒー、これがまたうまいんだ。


 焚き火もいいよな。揺れる炎を見ていると、なんだか妙にほっこりする。


 ――ああ、なんだ……自由って最高だな……!


 ウキウキしながら、俺は山頂を目指した。






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