●1 処刑からの制圧、制圧からの退職、退職からの旅立ち 2








 謁見の間から城の一階にある出納室すいとうしつへと直行し、そこにいた係員に軽く事情を説明して、普通に二十億エルロの退職金を受け取った。


 え? 普通そんな簡単にくれるわけないだろ、だって? ああ、大丈夫。さっきの地震は俺のせいだよって言って、また軽く威圧したらすぐに金庫を開放してくれたから。問題なし。


 で、そのまま城を出て行こうかとも思ったんだが、またぞろ俺の中の〝強欲〟がざわついたので、国外追放の手土産に宝物庫にも寄っておいた。めぼしい金品を見繕って、ありがたく頂戴しておく。


 なんせ、ただの退職じゃないからな。


 なんと『国外追放』のおまけ付きだ。


 まったく、ジオコーザの奴も余計なことを言わなければいいものを。


 こちとら、今日までずっと平穏な日々を過ごしていただけなのだ。


 だというのに、いきなり反逆者だの穀潰しだの処刑だの言われて、三行半みくだりはんを叩きつけて仕事を辞めてやろうかって時に国外追放だのなんだの言われたら、そりゃもう根性ひん曲がるってものである。


 ――そうかいそうかい、そんなに俺が悪いのかい。別に何かしたつもりもないんだけどな。でも俺が悪いっていうのなら、もう実際に悪いことやってやろうじゃねぇか、ええ? これで満足だろ?


 第一、もう帰ってくることもないかと思えば、手加減や慈悲の心など持ちようもなくなるというものだ。


 ん? 二十億エルロに加えて金目のものを持っていくのはいいが、そんなにたくさん持ち切れるのか――だって?


 そっちは問題ない。金も財宝もどれだけあろうと、魔王討伐の際に使っていた亜空間――まぁ、いわゆる『アイテムボックス』だな。それに収納すれば持ち運びなど簡単なものだ。昔から愛用しているが、こいつは実に便利な魔術である。開発者には深い感謝の意を表したい。いや、教えてくれたのは魔王討伐の時に一緒だった魔道士なので、そいつに感謝するのが筋かもしれんが。


 城を出た後は自宅へ直帰し、引っ越しの作業である。


 と言っても先程も使った亜空間収納の魔術で、家具だの日用品だのを丸ごとそっちへポイするだけの簡単なお仕事だったのだが。


「――よし。荷造り完了、ってな」


 瞬く間に空っぽになった我が家を見回し、俺はひとちる。こうして見ると、割と広い家だったんだな、としみじみ思う。ま、王城の敷地内にある兵舎の一つだったんだが。というかよく考えなくても世界を救った英雄に対し、他とそう変わらない大きさの兵舎を割り当てるとか、ちょっとおかしくないか? まぁ、それで文句なく過ごしてきた俺も俺なんだが。


「さて、と。どうしたもんかな……」


 後は関係者の皆に挨拶して回りたいところだが、なにせ国外追放の身だ。あの場では国王も反省したような素振りを見せていたが、結果として、俺のしでかしたことは本当に反逆罪に問われても仕方のないレベルになった。


「変に挨拶回りすると、迷惑かけるかもしれないしな……やめとくか」


 世話になった相手はたくさんいるが、事情が事情だ。黙って出ていくのが最善だろう。一部の人間には怒られるかもしれないが、ほとんどは状況から察してくれるはずだ。


 自宅として割り当てられていた兵舎を後にした俺は、王城の出入り口へと向かった。ご多分に漏れず、このセントミリドガル城にも立派な城門がある。天を突くような巨大な門扉もんぴを抜ければ、俺は晴れて自由の身だ。


「まずはどこへ向かうかな……?」


 悠々と歩きながら、俺はこれからのことを考える。


 ジオコーザに言ったのは負け惜しみではない。なんやかんやあって、俺はこの十年間まったく旅行へ行っていないのだ。いい加減、長期休暇を取って遠出でもしようかと前々から考えていたのである。


 え? なんで十年間も旅行に行ってなかったのか、って?


 いや考えてもみて欲しい。戦技指南役として王城に就職する前、俺は勇者として魔王討伐の旅に出ていたのだ。しかも、一年間も。


 まぁよく考えれば、たった一年程度で魔王を倒せたのは結構なことだったんだけどな。


 とはいえ、一年間も家に帰らずあちらこちらを飛び回るような生活をしていると、その反動で十年間ぐらいは引きこもるようになってしまうものなのだ。


 安住の地ってのはいいぞ。毎日、屋根と壁のある場所で眠れるなんて最高だぞ。これでフカフカのベッドがあればまさに天国だ。


 しかし、流石に十年も経つとそろそろ飽きてきた。もちろん、戦技指南の一環でキャンプ訓練などを実施することはあったが、それはあくまで国内でのこと。


 最近は、昔のように国外に出てあちこちを観光して回りたい欲が湧いてきて、色々と画策していたのである。


「とりあえず、むかし馴染なじみでもたずねてみるか」


 そういえば一緒に魔王討伐の旅に出た仲間達とは、長らく顔を合わせていない。旅がてら、奴らに会いに行くのも悪くないだろう。


 では、最初に行くのはどいつの所にしようか――と考えている内、それはもう立派な城門が近付いてきた。


 反逆者だの穀潰しだの、散々言われたが、それでも――いな、だからこそ俺は堂々とここから出て行ってやるつもりだ。当然ながら王城には通用口や裏門などもあって、そこから出た方が色々と手っ取り早いし楽なのだが、敢えてそれらは使わない。


 誰が何と言おうと、俺は円満退職したのだ。


 ゆえにこそ正々堂々と、正門から出て行ってやるのである。


 豪勢な前庭を抜けた俺は、巨大な門の傍らにある詰め所へと歩み寄る。


「戦技指南役のアルサルだ。仕事を辞めることになった。門を開けてくれ」


 これだけ大きな城門となると、基本的に手動では動かせない。詰め所にある装置を操作して、開けてもらわなければならないのだ。


 しかし詰め所の門番は、


「――お断りいたします」


 やや引き攣った表情で、しかしはっきりと拒絶した。


 俺を見る目には若干の敵意と、かなりのおそれが垣間見える。どうやら俺の所業は早くも伝わっているらしい。


「何故だ? 俺が反逆者と呼ばれているからか?」


 門番は、しかし首を横に振る。


「いいえ。ですが、ヴァルトル将軍から命令を受けました。今日は何があろうと、絶対に門を開けてはならない――と」


 なるほど、俺と同じようなことを考えた奴が他にもいたらしい。


 ヴァルトル将軍。あまり顔を合わせたことはないが、昔から将軍の地位についている重鎮だ。それこそ、俺が魔王討伐に行く前からいる古株である。


 言っちゃ何だが、俺はヴァルトル将軍から嫌われている。


 それはもう、明確に、確実に、絶対的に。


 いや、気持ちはわかるのだ。なにせ、十年前の俺は十四歳。そんな子供が、いくら魔王を討伐した勇者とは言え、戦技指南役という『兵士の教育係』として着任したのである。


 普通に考えればわかる。


 この人事、絶対におかしいだろ――と。


 というわけで、伝統を重んじるジジイとしては、俺のようなガキは可愛くないこと限りなしだったに違いない。


 その点については、たまに顔を突き合わせた時に見せるヴァルトル将軍の態度からも明らかだった。


 さて。今回の反逆容疑の件、国王や王子からヴァルトル将軍にも話が通っていないわけもなく。


 でもって、あのジジイは腐っても将軍だ。勇者である俺の力もよくわかっているはず。


 だからこそ、命令したのだ。


 城門をひらくべからず――つまり、反逆者アルサルを正門から出すべからず、と。


 だが、しかし。


「あっそ。じゃあ自分で開けて出て行くわ」


「……えっ?」


 俺が何気なく言い放った言葉に、門番の反応は一拍遅れた。


 開かぬなら、開けてしまえ、なんとやら。


 なにせ俺は勇者である。人間の手で開けられない重量の扉だろうが、そんなことは知ったことではないのだ。


 唖然とする門番を捨て置き、俺は城門へと向かう。


 漆黒の金属製の扉。高さは三十メルトルぐらいだろうか。ちょっとした高層建築ぐらいの大きさだ。


 巨大な扉の表面にはびっしりと細かい模様が刻まれている。大半は装飾だが、一部は城門を動かすための理術りじゅつ回路かいろだ。詰め所の装置から、模様に紛れ込ませてある回路に理力りりょくを流すことによって、この超重量の扉を開閉させることが出来るのである。


 しかし。


「ほっ、と」


 俺は片足を上げ、無造作に扉の中央を蹴っ飛ばした。


 次の瞬間、砲弾でも撃ち込まれたかのような勢いで城門が開く。


 ドガン、と耳をつんざく轟音が鳴り響いた。


 まぁ、巨大な鉄板みたいなものだしな。それを勢いよく蹴り開ければ、こんな音も鳴るだろう。


 でもちょいと強く蹴りすぎたか? 鐘を突いたような音が国中に響き渡ったかもしれない。


「じゃ、そういうことで」


「…………」


 俺は片手を上げて、門番に別れの挨拶をする。さっきの扉を蹴っ飛ばした際の衝撃でか、いつの間にか尻餅をついて目を丸くしていた門番は、口をぽかんと開けたまま微動だにしない。


 ま、普通は人間が蹴っただけで、こんなデカイ扉が開くとは思わんわな。


 放心状態の門番を放置して、城門をくぐり抜け、俺の足はほりにかかった橋を渡っていく。石造りの丈夫な橋梁きょうりょうだ。馬に乗った大軍が駆け抜けても、決して崩れはしないだろう。


 橋の半ばまで来て、一度振り返る。


 こうして外から見る機会はあまりなかったが、改めて見るに、やっぱり立派な城である。


 大きく、重厚感のある、白亜のセントミリドガル城。


 先程も言った通り、ほりにかかった橋は頑強。城門も閉じていれば鉄壁となり、外敵の侵入などまず許さないだろう。まさに城塞だ。


 ――さらば、長く過ごした我が城よ。もう二度と戻ることもあるまい。


 心の中でそう挨拶して、再び前を向こうとした瞬間――


「待ぁぁぁぁぁてぇぇぇぇえええええええ――――――――っっっ!!!」


 耳にザラつく胴間声どうまごえが城門の向こうから飛んできた。


 何事かと思って再度振り返ると、そこには馬に乗った騎兵の大軍が。


「おっ?」


 遅れて、ズドドドド、と地面をどよもす音が響いてくる。騎馬の群れは素晴らしいスピードで城門を抜け、石橋を駆けてこちらへと迫る。


 先頭の馬に乗る恰幅のいい男こそ、ちょうど先刻話していたヴァルトル将軍その人であった。


「待ていっ、反逆者アルサルっ!!」


 俺の直前で馬を制動させたヴァルトルが、随分な高みから怒鳴りつけてくる。


 やれやれ、また『反逆者』か。この流れ、早くもウンザリなのだが。


 俺は溜息を堪えつつ、半目で馬上のヴァルトルを見上げる。


 藍色の鎧に身を包んだ、中年太りの男。が、ただのオヤジと侮るなかれ。全体のシルエットこそ引き締まっていないが、このジジイ、こう見えて結構鍛えているのだ。たるんだ贅肉の奥には、力士のように、意外と硬い筋肉が隠れているのである。


 しかしながら、俺は退職した身。もはや以前のように、かしこまった口調で話す必要などない。


 よって、俺はぞんざいな態度で言い返した。


「何か用かい、将軍さん?」


「む……」


 俺の無遠慮な口の利き方に、ヴァルトルが眉をひそめた。続けて、その背後に控える兵士達が少々ざわつく。


 俺の態度がそんなに意外か? この十年は大人しくしていただけで、元々こういう奴なんだけどな、俺って奴は。


「……勇者から反逆者へとした割には、随分と落ち着いているな、アルサル」


 茶色の口髭の隙間から低い声を出すヴァルトルに、俺は大仰に肩をすくめて見せた。


「ま、濡れ衣なんでね。開き直るしかないっていうか、何と言うか。――んで、随分と物騒な格好してるようだけど、まさか俺の首でも獲って来いとでも言われたのかな、ヴァルトルさん?」


 もはや互いに上下関係はなく、場合によっては即座に血の雨が降る間柄あいだがらだ。年上相手にちょいと失礼かもしれないが、俺は飄々とした態度を崩さなかった。


 ヴァルトルは重々しく頷く。


「無論のこと。つい先刻、貴様には抹殺命令が出た。ジオコーザ殿下から直々にな」


 オグカーバ国王の勅令ちょくれいではなく、ジオコーザ王子の命令か。つくづく、しつこいガキである。あれだけ脅してやったというのに。


「殿下は貴様を国外追放すると言ったようだが、あれは言葉の綾に過ぎん。逆賊には死を――それはいつの世も変わらぬ鉄の掟である」


 おっと、目がマジだ。将軍は腰に佩いた剣に手をかけ、一気に引き抜いた。


 次いで、背後の軍勢も次々に抜刀していく。


「はぁぁぁぁ……」


 再び、俺の口から溜息が出た。それはもう重い溜息が。


 またか。またなのか。


 というか、アレだけ脅したのにまだ俺を殺せると思っているのか。本当に頭おかしい。信じられん。


 ジオコーザ、お前がここまで阿呆だったとは。俺は教育係として心底情けないよ。


「反逆者アルサル」


 天上に君臨する太陽の光を刀身に反射させ、ヴァルトル将軍が告げる。


「我が国の誇りにかけて、貴様を逃しはせん。最後に言い残す言葉はあるか?」


 俺よりも国王に近い年齢の将軍、その全身から膨大な殺気が迸る。流石は王国軍の頂点に立つ男、と言ったところか。謁見の間に詰めていた近衛兵よりも数段強い。


 ま、俺にとっては目くそか鼻くそかって話なんだが。


「ああ、もう、やってらんねーなぁ……」


「何だと?」


 思わず口に出た独り言に、ヴァルトルが律儀に反応する。


 が、構うことはない。


「いや、俺が悪かったよ。さっきの脅しは中途半端だったかもしれないしさ。なんせ誰も殺してないし、怪我もさせてないもんな。そりゃ舐めた行動も取っちゃうよな。そうだよな、そうなるよな」


 片手で額を押さえて、ブツブツと呟く。


 そうだ、すんなりと国を出て行けると思っていた俺が悪い。


 もっと明確に、あるいは徹底的に、俺を敵に回すことの恐ろしさを、知らしめてやらなければいけなかったのだ。


「オーケー、よくわかった。そっちがそのつもりなら、こっちも遠慮なくやってやる」


「アルサル、貴様は何を言って――」


 俺の様子を訝しんだヴァルトル将軍が、そう問うた時。


 俺の堪忍袋の緒が、静かに切れた。




「死ぬほど後悔しやがれ」




 再び、体内に押し込めていた『力』を解放した。


 しかも、今度は遠慮なしに。


「ぐぉ――!?」


 ヴァルトル将軍の呻き声。


 直後、俺を中心として突風が吹き荒れた。


『うおおおお――!?』『な、なにぃいいいいい!?』『うわぁああああああああ――!?』


 ごう、と巻き起こった旋風にヴァルトル将軍以下の騎兵達が大きく吹っ飛ぶ。一斉に悲鳴が上がり、そこに馬のいななきも加わった。


 俺の解放された『力』の波動、および〝威圧〟によって身も心も怯んだ結果だ。驚いた馬の動きに、ほとんどの騎兵が落馬していく。


 何だ、やっぱり弱いじゃないか。この程度で崩れるなんて。


 俺の『力』の余波を受けて、濠に満たされた水も激しく波立ち、嵐の海のごとく荒れる。そんな中、


「まったく、どいつもこいつも……」


 改めて、沸々ふつふつと怒りが込み上げてきた。


 これは一体どういうことだ? 俺が元勇者で、十年前に魔王を倒したってことをみんな知らないのか? いや、そんなはずはないだろうに。


 だったら、どうしてここまで俺をあなどれるんだ?


 なんで、ただの人間のくせに俺を殺せると思えるんだ?


 本気で意味がわからない。


「――ああ、そうか、そういうことか」


 ふと脳裏に閃いた可能性に、俺は独りで納得した。


 忘れているのだ、きっと。


 なにせ十年だ。決して長いとは言えないが、それでも魔王や魔族、魔物の脅威を忘れるには充分過ぎる時間が流れている。


 喉元過ぎればなんとやらだ。小康状態とは言え、世界が平和になったおかげでみんなボケてしまったに違いない。


 歴戦の勇士であるヴァルトル将軍ですら、俺の実力を見誤っていた。


 ましてや俺に魔王討伐を命じた国王でさえ、あんな有様だ。


 何をか言わんやだった。


「ようし、だったら思い出させてやるよ」


 俺は軽く片手を上げ、人差し指をピンと立てた。


 さっきオグカーバ国王の前でしたように、指先に銀色の輝きを灯す。


 キィィィン、と澄んだ音を鳴らして銀光が煌めきを強くしていく。


「――ア、アルサル貴様ぁっ!! 一体何をした!? この期に及んで抵抗するつもりか! 余計な手間を取らせるな! 貴様も王国に仕えた者ならば、いさぎよっ首を差し出せいっ!」


 馬の背から落ちて倒れ伏していたヴァルトルが、顔を上げてバカみたいなことを喚いた。


「何言ってんだ、アンタ? 俺が首を差し出す理由がどこにある……ん?」


 落馬の衝撃でヴァルトルの兜が脱げているのだが、その片耳に違和感。よく見ると、ピアスをつけている。それも、若者ぶった片ピアスだ。


 ――なんだ? さっきも見た気がするが……


 まぁ、どうでもいいか。


「一応、殺さないように加減するつもりだけどな。まぁ、もしものことがあっても……そん時はそん時ってことで」


 指先に力を溜めながら、意識下で理術を発動。俺を中心とした周辺数キロを大雑把に走査スキャン、生体反応の位置情報を感覚で把握した。


「よし」


 俺は視線をヴァルトルの上、そして遙か後方にある王城へと向ける。


 天を突いてそびえる白亜の巨城。


 俺は人差し指を立てたまま、大きく腕を振り上げた。


 直後、指先から銀光が迸り、一直線に伸び上がる。


 かくして糸のように細い、しかし天の果てまで伸長する【光の刃】――即ち〝銀剣〟が生まれた。


 それをそのまま、


「真っ二つだ」


 すっ、と振り下ろした。


 瞬断。


 俺の銀光は〝切断〟の概念そのもの。


 断てぬものなどこの世に存在しない。


 が、切れ味があまりに鋭利すぎるので、実はただ斬っただけではあまり効果がなかったりする。場合によっちゃ生物だって、自分が斬られたことにすら気付かず、しばらく生き続けるほどだ。


 だから、


「よっ、と」


 俺は片足を上げ、ブーツの靴底にも銀色の光を宿した。微かに甲高い音を立てるそれを、足元の石畳へと軽く叩き付ける。


 鳴動。


「おお、おおおおおお……!?」


 ヴァルトルの悲鳴。さもありなん。奴の鈍重な体が上下に跳ねるほど、橋梁が激震しているのだから。


 他の騎兵達の悲鳴があまり聞こえないのは、先程から俺の放った威圧によって気を失っているからだろう。


「な、何をしたぁぁあああああああアルサルぅぅうううううう!?」


 見ての通りだよ。


 足裏から直接、俺の銀光を受けた巨大な橋は大地震のごとく揺れ震え、重厚にして堅固だった威容にベキベキと大きなひびを走らせていく。


 次いで、全方位に走った衝撃によって煽りを喰らった王城は、既に真っ二つになっていたことを思い出し、左右の繋がりが【ズレた】。


「なぁ――!?」


 ヴァルトルが後方を振り返り、息を呑む。そして、


「な、なにごとだぁぁああああああああ!?」


 右側が上に、左側が下にと、縦にずれた王城に目を剥いて絶叫した。


 おっと、横に開くのではなく、縦にずれたか。勢い余って地面の基部まで〝銀剣〟で裂いてしまったらしい。真っ二つにされた林檎みたいに左右に倒れていかないのは、流石の設計といったところか。


「じゃあな、将軍さん」


 俺は予告した。これから訪れるであろう、ヴァルトルとの別れを。


「き、貴様なにを――」


 言っている、とでも言いたかったのだろう。


 それより早く、橋の崩壊が起こった。


「お――」


 という呼気のような声をその場に残して、ヴァルトルの鎧姿が真下へ落ちる。


 畢竟ひっきょう、俺が与えた衝撃を受け止めきれなかった橋梁が、臨界を迎えて崩落したのだ。


 轟音を立てて巨大な石橋が崩れ落ちる。その上にいた、ヴァルトル将軍率いる騎兵隊も容赦なく巻き込まれた。既に気を失っている兵士も馬も、まとめて落下していく。


 俺? 俺は大丈夫。とっくに足の裏に理術を発動させて、宙に立っているからな。重力に引かれてほりに落ちることはない。


 ま、ほどほどの高さだ。鍛えていれば死ぬことはないだろう。今の時期なら水深もさほど深くなく、人も馬も足がつくはずだ。気を失っている奴らも、水を浴びて意識を取り戻すに違いない。目が覚めなかった奴は知らん。そもそもからして、全員が俺を殺そうとやって来た連中なのだから同情の余地など始めからないのだ。


「まったく……本当にまったくだ」


 橋梁の崩れ行く音と、落ちた破片で濠の水が乱れる響きに耳を傾けつつ、俺は中央から歪にズレた王城を見上げて、息を吐いた。


 ざまあみろ、とは思う。


 しかし、それ以上に気疲れした。


 やってやった感も多少あれど、むなしさの割合の方がかなり高い。


「やれやれ……」


 とりあえず再度、理術で周辺の生体反応を走査スキャンして数が変わっていないことを確認する。


 とりあえずコレでチャラにしてやろう。


 まぁ、いくら考えても最初の言い掛かりからこっち、展開があまりにも理不尽過ぎて意味がわからんのだが。


 国王にせよ王子にせよ、どうしてあんな稚拙ちせつで矛盾した理屈でもって俺を処刑しようと思ったのか、さっぱり理解できない。


 だがまぁしかし、順序こそ逆だが、結果としては相応のことをしでかしてしまった。何も理由がなく、俺がこうして王城を真っ二つにし、市街へと繋がる橋梁を破壊したとあれば、反逆者だの死刑だのといった沙汰はむしろ納得だったのだが。


 しかしつくづく、その因果が逆ベクトルだったのが本当に納得いかない。どうしてこうなった?


「――ま、いいか。どうせ全部終わりだ。こうなったら余計なことは考えず、気を取り直して出発するに限るな」


 足元でヴァルトルと騎兵達がバシャバシャと暴れ、こっちに向かって大声を張り上げているようだが、よく聞こえない。俺は気にせず華麗にスルーして、そのまま空中に足を進めた。


 その気になれば向こう岸に転移も出来るのだが、こうして橋のない濠の上を歩いて渡るのも一興だろう。そう考えてみると、空中歩行、これもなかなか悪くない。


 城の周辺だけあって景色もいいし、人気ひとけもない。そんな風景の中を一人で歩くのは、結構いい気分だった。


「――お、じゃあ次の目的地までは歩きで行ってみるか」


 ふとそんなことを思いつき、自由の身となった俺はそのまま即決即断した。


「となると、この国から一番近いところにいるのは……【アイツ】だな」


 古馴染みの一人の顔を思い出して、俺は口元を緩める。


 会えるなら、十年ぶりの顔合わせだ。楽しみでしょうがない。


 目的地までの道程も含めて心沸き立った俺は、嫌な記憶など躊躇ちゅうちょなく投げ捨て、その場を後にしたのだった。






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