そろそろコートはいいかな

@huller

3月中旬

「そろそろコートはいいかな」

 3月中旬、肌寒い風が収まっている朝にて、私はそんなことを思った。

 まだ枯れている並木は気づいてないようだが、ようやく暖かくなり、厚着に頼らなくても外を出歩けるようになった。


 だが部屋の中で外出の準備をしている時、なんとなしに今まで通りコートを着てしまった。人の癖とはなかなか怖いものである。

 思い直し、ちょっとコートに手をかけコートを脱ごうとした。


 グッ、ググッ、グググッ。謎だ。コートが脱げない。

 グッ、ググッ、グググッ。引っ掛かっているわけでもない。ただ腕を動かそうとした途端、鉛のように動かない。

 なんだおかしいぞ。コートが脱げない。

 ただ今の時期、コートでもそれほどおかしくないし、そろそろ外に出なければ遅れる。忙しく私は外に出た。


 生暖かい風が吹く。コートを着ていると暑く感じてしまう。若干の後悔とともに、OLとして会社に向かった。

 社内の人たちも厚着はしておらず、黒スーツばかりであった。暖房がやや効いている。ちょっと気恥ずかしさを感じながら、コートを脱ごうとする。


 グッ、ググッ、グググッ。謎だ。コートが脱げない。

 グッ、ググッ、グググッ。ちょっと視線が集まる。私は諦め、コートを着たまま席につき、仕事に向かった。


「暑くないです?」

 同僚に聞かれた。暑いに決まっている。暑さと気恥ずかしさで3対7だ。頬が熱い。

 だが『脱ごうとしたんですけどコートが離してくれないんです』と言うと変な目で見られるのは間違いないので、はぐらかすしかなかった。


 お昼時、近くの喫茶店にて、社内の友人に相談してみた。

「変な話ね。今もコート脱いでないもん」

「そう」

「実際、コートが離してくれないんじゃない?」

「オカルト? そんなの信じてないわよ」

「ほらまだ急に肌寒くなるとかあるじゃない? それをコートくんが察知して脱がしてくれないのよ」

「なーにそれ」

「あとはアンタが無意識に予知能力に目覚めて、肌寒くなるから本能が止めたとか」

「ないない」

「あるわよ! 最近だとね……」


 笑いながら、他の雑談に移っていく。まあ私も友人に真剣に相談しようとは思わかなった。

 昼食を取り終わり、さて午後も頑張るかと外に出た時、ビュウ、と風が吹いた。

 肌寒い風が、まだ3月に取り残されていたのだ。


 クシュン! コートを着ていない友人がクシャミをした。私と友人は顔を見合わせる。なんだかおかしくって、お互いに軽い笑みを零しながら会社に戻っていった。


 良く分からなかったが、帰宅し終わったらコートを脱ぐことが出来た。

 翌日以降は春の暖かさが本格的にやってきて、コートの役目も終わり、コートを着ること自体がなくなっていった。


 あのコートが脱げない現象が一体なんだったのだろうか。

 コートが肌寒くなることを分かって離してくれなかったのか。私が予知なりの本能でコートを手放さなかったのか。

 どれもオカルトじみた話だ。あのコートが脱げない現象が一体なんだったのか、今となっては分からない。


 翌年には分かった。


 翌年、私は予知能力が覚醒し、三連単を当て株とFXで大儲けして億万長者になった。

 同時期に友人は的中率100%パワーが覚醒し、この世の全ての難問を解き明かした。

 天候を予知するが融通が利かないコートはやや売れた。


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