賢者 Lv.18

 リットーレ男爵領──。

 海岸に沿った領地で領都は人口二万人に届かないオラム市。

 オラム市の西には海が、南には汽水湖のオラム湖が広がっている。

 オラム湖は対岸が見えないほど広く海岸と湖を隔てる砂浜もまた地平線より遠くに伸びていた。

 デュサウ峠の頂上から見下ろすリットーレ領は美しく、ここで立ち止まって景色を楽しむ旅行者がちらほらいるほど。

 短いバカンスを楽しみたいプリスティア侯爵家御一行様はデュサウ峠を下りながらその景色を楽しんだ。

 今夏は皇族一家をお迎えする準備で賑わっていたが急遽中止の報せを受けた。

 男爵領は皇族を迎える予定だった宿屋や料亭などで大きな損失を出すところだったが、隣領のプリスティア侯爵家から予約の問い合わせが伝書鳩を通じて舞い込んだ。

 その問い合わせによると、皇族が提示した予算とほぼ変わらず。

 そうした背景からプリスティア家とルベリウスはリットーレ男爵と市民による厚い歓迎を受けていた。

 男爵が平伏してクレフに挨拶をして、豪華な食事を振る舞う。

 宿はこの日のために改修してゆったりと入れる大浴場や部屋ごとに浴室を設けたほど。

 人口は少ないが観光都市として栄えており、税収も高い。

 リットーレの男爵はそれらをつぎ込んでより多くの観光客を招くための投資を怠らなかった。

 皇帝を歓待できず昇爵を逃した体ではあったが、それに落胆すること無くクレフの歓待に務める男爵の姿は見事なものだとクレフは思う。

 バレットが提示した予算とクレフが提示した予算はほぼ同額だったが、格が落ちる侯爵だからと手を抜かず、誠心誠意の対応を見せてくれた。


 そして、バカンスである。

 海と汽水湖を眺める好立地の高層宿。

 バルコニーからの眺めは非常に良く、天気も良い。

 久し振りに一人で眠ったルベリウスは着替えを済ませて部屋を出ると廊下に出ていた女中に声をかけられた。


「お待ちしておりました。朝食の準備は出来ておりますので、ご案内いたします」


 丁寧に腰を折り、頭を下げる女中にルベリウスは挨拶する。


「おはようございます。朝食でしたか」

「はい。お客様には今回、貴賓室に招かさせていただいておりますので、そちらに案内するよう仰せつかっておりました」

「そうだったんですね。それではよろしくおねがいします」


 ルベリウスは女中の後ろについて朝食が振る舞われる貴賓室とやらへと連れて行かれた。

 貴賓室に入り、ルベリウスはマルヴィナを見つけると彼女の隣の席に腰を下ろす。


「ベルさま。おはようございます。お迎えにあがろうとしたのですが、こちらに案内されてしまいました」

「おはよう。マルヴィナさん。僕もびっくりした。迎えが来るなんて聞いてなかったから」


 ルベリウスとマルヴィナはこの中では末席のため席は端に追いやられていた。

 しかし、出入り口から最も近かったのでルベリウスは食事を終えるとすぐに貴賓室から出て部屋へと戻る。


「僕は、浜辺を見たいので先に行ってますね」


 と、そう言い残して──。

 マルヴィナはウルリーケと約束があったのでルベリウスについていくことができず、彼の背中を見送った。


 ルベリウスは部屋に戻り装備を整える。

 冒険に出る服装。宿から出る時に武器を返してもらうとそのまま海岸へと向かった。


 海岸には海水浴を楽しむ男女や浜辺で貝類などの採取に勤しむ冒険者の姿がちらほら。

 まだ朝だということもあり、人はまばらだった。


 ルベリウスは人気が少ないとこまで歩き、周囲に人がいないことを確認すると〝くちぶえ〟を吹いた。

 好奇心には抗えない男である。

 〝遊び人〟だったときは遊び心で、〝賢者〟になってからは好奇心で、である。

 初めて見る海と海岸で、どんな魔物が出るのか興味しかない。


 ルベリウスが〝賢者〟になっても失われなかった〝遊び人〟の特技スキルの数々。

 魔物を呼び寄せる〝くちぶえ〟はその一つ。

 ルベリウスが吹いたくちぶえに誘われて現れたのはアーミー・クラブの群れだった。

 一個体は普通のカニよりずっと大きい。中型犬くらいの大きさだ。


「おお! これ、食べられるのかな」


 ルベリウスは魔物の群れに挑んだ。


 二時間ほど、ルベリウスはアーミー・クラブやイカ型のジャイアント・スキッドなどを討伐。

 台車に載せて宿に戻ろうとしたらウルリーケとマルヴィナ、それとアリスと出会した。


「ベル。カニを獲ってくるなんて随分と気が利いてるわね。使用人に調理してもらうようにしましょうか」


 ウルリーケがルベリウスが引っ張ってきたアーミー・クラブやジャイアント・スキッドを見て目が爛々とする。

 カニもイカも海岸で調理をして食べるのは貴族の間でも最大の贅沢とされていた。

 特にアーミー・クラブは海岸の都市部では人気のある高級食材として取引される。

 ルベリウスはそんなことよりも、素肌が露わな三人の女性に目が釘付けだった。

 豊満な肉体を持つウルリーケとアリスは水着の際どさが相まって立ち上る色気が半端ない。

 逆に控えめながらスラッと伸びる背丈に抜群の均整を誇る手足と凹凸の持ち主のマルヴィナ。

 決して小さいわけではないのだ。逆に大きい方でさえある。

 だが、それ以上に卑猥な大きさを誇るのがウルリーケとアリスという女性。


「ベルさま。そんなに見られると──」


 マルヴィナは顔を真っ赤にして両手で胸を覆って隠した。

 ルベリウスがマルヴィナに見惚れていたのは胸の大きさを比べるのではなく彼女のスタイルの美しさに酔い痴れてのこと。


「マルヴィナ、ベルはマルヴィナに見惚れてたのよ。若いしスタイルがとっても良いからね」


 マルヴィナは胸が大きいウルリーケやアリスを羨んで慎ましやかに見える自分のそれを貧相だと嘆いた。

 マルヴィナの若さと瑞々しい素肌、それに、大きすぎず、そして、決して小さくない乳房と、細くくびれた腰つきからしなやかな曲線を描いて臀部を経て太ももからスラリと伸びる脚に女性の美しさの真髄のなんたるかを見るものに訴える。

 ウルリーケとアリスという同性ですら、マルヴィナの造形美に見惚れるほどである。

 とはいえ──


「海に行きましょうよ」


 というアリスの声で三人の女性たちが海辺に向かって歩き始めると、ルベリウスは三人の後ろ姿に昂りを覚えた。

 一歩、また一歩と歩く度に右に左に揺れてタプンタプンと揺れる肉付きの良いウルリーケとアリスの尻。

 ウルリーケは五十歳にも届くという年齢だと言うのに弛みながらも形を維持する大きな尻肉は水着に収まりきらずにはち切れんばかりに揺れて弾んだ。

 アリスの後ろ姿もウルリーケに負けず劣らずである。

 そして、マルヴィナである。

 丸くツンと上がる臀部は筋肉質であることを伺わせる。

 一歩踏み出すごとに尻がキュッキュッと跳ね上がって足が地面につく度にプルンプルンと小さく揺れる。

 脚の動きは非常になめらかで足音すらさせないほどに、それでいて、見る者の視線を捕らえて離さない訴求力が凄まじい。

 使いたい──マルヴィナの水着姿にはそう思わせる魅力があった。


(こんな際どい水着が神殿で清められて販売されているのか──)


 肌を見せないのが高貴な女性の矜持だったはずなのに──ルベリウスはそう思うが、そもそも、処女性に拘らない社会だからパートナーがいなければ存分にアピールをするし、パートナーが居ればパートナーに対するアピールとして水着を纏う。


 浜辺につくとプリスティア一家が既に海水浴を楽しんでいた。


「お父様、ベルがカニとイカを獲ってきたの」


 ウルリーケが孫と砂で城を作っているクレフを確認すると、クレフからルベリウスとルベリウスが引く台車を見せる。


「おお! こんなに! ん。でかしたな。家人に調理させよう」


 クレフが家人を呼んでルベリウスが引く台車を引き取った。

 これで身軽になったルベリウス。

 しかし装備は冒険者仕様。

 ルベリウスは一旦宿に戻ってから水着に着替えて浜辺に戻ってきた。


 着替えて海岸に戻ったルベリウスは何故か今、ファミルに手を引かれて海に入っている──というところまでは良いのだが、祖母のミレアとファミルの母親のキャスリィと遊んでいる。

 ミレアとファミルもウルリーケやアリス、マルヴィナと同じ際どい水着を着けていた。

 ミレアは流石に上に薄い衣を羽織り、加齢によって崩れた体型を表に出さないようにしていたが、キャスリィは細やかな双丘ながらルベリウスとくっついてそれを押し付けるという何やらわけのわからない密着具合である。


「お母様! お兄様はファミルのなの!」


 ファミルは肩から太ももを覆う濃紺の水着に身を包んでいる。

 非常にタイトなため脱ぎ着しやすいようにセパレートタイプという女児向けの水着だ。

 これもダルム神殿が清めて販売しているいう神聖な水着である。

 波がルベリウスを襲う度にキャスリィがルベリウスの前だ後ろだと抱きついて、娘の反応を楽しんでいるようだ。


「ベルくん。ちょっと見ないうちにたくましくなっちゃってー。身体が固くてお姉さん、欲情しちゃいそう」

「やめてくださいよ。チャッド叔父様に殺されちゃいますよ」

「どうかなぁー。私の旦那様は性癖が歪んでそうだからベルくんだったら興奮してくれるんじゃないかしら」


 幼気な少年をキャスリィは揶揄かった。

 細やかながら柔らかいものが背中や胸を刺激するが、キャスリィは〝パラディン〟という上級職のせいか筋肉質で全体的に固く引き締まっている。

 マルヴィナほどのしなやかさがないからか女性らしさはどことなく希薄。

 そんなだからか、チャッドはキャスリィのルベリウスを見る眼差しが女としての熱気を帯びているものだと気がついていて、それに興奮を覚えるという具合で、そのせいでその時宜での子作りに励むと言った限定的な活動に収まっていた。

 なお、キャスリィはルベリウスが五歳の時が初対面。初等部に入学する前の冬を最後に六年ほどルベリウスを見なかった。

 キャスリィはその間のルベリウスの成長を見届けられなかったことを悲しんでいる。

 そして、キャスリィがルベリウスにくっついてイチャイチャしている様子をチャッドは遠くから見詰めている。


「まあ、キャスもそれくらいにしておやり。理解できなくはないけれどやりすぎははしたないわ」


 と、ミレアが注意するまでそれは続いた。

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