賢者 Lv.15
ルベリウスは短い詠唱で回復魔法を唱える。
傷跡を残さないようにと、階位の高い回復魔法で──。
「ベルさま……」
肩の痛みが消えたマルヴィナは肩の違和感に意識が向いて思うように身体が動かない。
右手で左肩を確認すると傷はすっかりと消失している。
回復魔法は傷や体力を癒やすことはできるが精神までは回復しない。
マルヴィナは毒で酷い激痛に襲われ、更に、ルベリウスに切られた肩の痛みも尋常じゃなかった。
なのに、今は痛みは全く無く、違和感だけが肩に残る。
マルヴィナが顔を上げるとルベリウスとイリーナが魔法で次々と小鬼を倒していく様相を目にした。
「凄い……」
二人に見惚れていたが、身体を起こしたマルヴィナにイリーナが気が付くと、
「動けるなら早く──ベルはもう行くわ。ついていくよ」
と、マルヴィナに動けと煽る。
ルベリウスはストックした遅延魔法がなくなったので、剣を両手に構えて瓦礫を越えて砦の中心部に入った。
ルベリウスは三体の中鬼と向き合う形を取り、後ろについたイリーナは周囲を確認して小鬼に標的として脳裏に描く。
マルヴィナはまだ肩の違和感で戦闘態勢を取れていない。
「小鬼は私がヤるから、中鬼はベルに任せた」
「承知しました。イリーナ姉様」
ルベリウスは中鬼とやり合うことを想定して威力の高い魔法を待機させている。
成人男性より若干大きく筋肉質な中鬼たちはルベリウスたちを見ながらルベリウスの出方を待った。
強さに余程の自信があるのだろう──が、そんなことは構わずに、ルベリウスは中央の中鬼に向かって走った。
その合図と共にイリーナは標的にした小鬼たちに次々と氷塊や土塊で襲って命を摘む。
イリーナが魔法を放ち終えると、その一瞬の隙をついて中鬼の一体がイリーナに向かって突進した。
「させるかッ!」
中鬼の動きに気がついたルベリウスはストックしている遅延魔法のいくつかで中鬼の頭を撃つ。
一体が片付いた。
ルベリウスはそのまま目標としていた中鬼に向かって踏み込みを強めて、一気に距離を縮め、スチールソードの間合いに入る。
中鬼は盾でルベリウスの剣を受け止め、その力を受け流すとルベリウスがバランスを崩して転んだ。
もう一体の中鬼はマルヴィナに襲いかかり剣を振るったが、マルヴィナが難なく躱している。
マルヴィナは〝盗賊〟らしいすばやさを生かした戦闘を演じる。
「イリーナ様、今のうちに生きてる人たちを助けて」
マルヴィナは中鬼との一対一でようやっと余裕が出てきた。
先程まで感じていた左肩の違和感も、動いていれば気にならない。
戦闘に集中できればマルヴィナは実力相応の能力を発揮する。
転んだルベリウスは〝遊ぶ〟を使い石を投げる。
ルベリウスが投げた石が二体の中鬼にダメージを与えた。
ルベリウスの投石でマルヴィナと戦っている中鬼が怯むとマルヴィナはその隙を逃さず、中鬼の脇腹に短刀を突き立てる。
そのまま刃に力を込めて切り裂いた。
「うぐがががああああぁぁぁぁぁーーーッ!!」
マルヴィナの会心の一撃で中鬼は深い傷を負う。
かたや、転んで起き上がっていないルベリウスは、まさに、中鬼が剣を振り下ろそうと力を入れた瞬間のことだった。
《氷槍、発動》
ルベリウスが短い詠唱で待機させていた魔法を発動。
周囲の魔素が渦を巻き周辺の気温が一気に下る。
パキパキと音を立てて中鬼の両脇の地面近くに氷の塊が二つ形成されると中鬼の脇に目掛けて乾いた音を立てながらあっという間に伸びた。
伸びた氷槍は中鬼の脇に突き刺さって貫き、血液ごと凍らせて、血を滴らせること無く、中鬼の息の根を止める。
ルベリウスに続いてマルヴィナは瀕死の中鬼にとどめを刺した。
マルヴィナは倒した中鬼の首を刈り取り、ルベリウスが凍らせた中鬼の首に刃を立てたら、刃が入らない。
「ベルさま。中鬼の首に刃が入りません」
中鬼はそれほどまでに冷たく凍りついていた。
三体いた中鬼のうち、首を落とせたのは一体のみ。もう一体はルベリウスが頭を魔法で潰してしまったので討伐証明として取ることができない。
「マルヴィナさんが倒した中鬼だけで良いと思います」
「承知しました」
頭がなくなったものや、刃が入らないものは仕方ないとマルヴィナは潔く諦めた。
イリーナはすぐに戻ってきた。
イリーナの後ろには数十人の女たち。その後ろや影にも女たちが続いているがルベリウスの視界では確認しきれなかった。
中にはお腹が大きくなったものもいる。
そして、誰一人として衣類や下着を身に着けた女はいない。
「連れてきたけど、女性は皆、五体満足。ケガをしている子もいるけど、健康状態は悪くないわね」
イリーナがルベリウスとマルヴィナの前で立ち止まった。
「ケガは僕が回復します」
「下着は仕方ありませんが、衣類は小鬼が着ていたものを使いましょう」
ルベリウスは全裸の女性たちをひとりひとり見回ってケガをしていたら回復魔法をかけていく。
マルヴィナが死んでいる小鬼から汚れてない衣を切って集めると、ルベリウスが無事を確認した女性から胸と股が隠れるように身体に布を巻き付けた。
捕らえられた彼女たちの大半は冒険者。
若くて体力があるため小鬼たちの苗床としてたいへん好まれた。
中にはパーティーメンバーだった男性が無事なのかを聞いてくる女性もいたが、イリーナは──
「あなたたちが捕らえられた時、その男の子も捕らえたんじゃないの?」
と、返した。
女性だけのパーティーというのは考えにくいので当然男性もいたはず。
同じパーティーにいて女性だけが捕らえられたということも考えられないので逃げたということがなければ既に小鬼の餌になっているだろう。
イリーナは察してくれと心の中で思っていた。
「ああ、あなたは最年少シルバーカードホルダーのルベリウスじゃないですか!」
ルベリウスが回復魔法を施した女の一人がルベリウスを知っていた。
すると、他からもルベリウスの名前が上がる。
「オークスレイヤーとも呼ばれてたあのルベリウス?」
「ああ、アタシのパーティーの男ども、胸の大きい美人を常に連れていて羨ましがってやっかんでた……」
それからがまた大変だった。
「私、小鬼に身体を汚されて──何人も産まされたんです」
泣き出す女性や──。
「ルベリウス様に全て見られてしまいました……責任、取ってくれますか?」
「もう、私、誰の嫁にもなれませんから、ルベリウス様のお情けをくださいませんか?」
どうやら貴族の家の女性らしいが、今、肌を見られているからという理由でルベリウスに取り入ろうとする女性もいる。
小鬼に犯されたが子をまだ産んでいない女性も──。
ルベリウスは二百人近い女性の状態を確認して、そのうちの半数に魔法による治療を施した。
捕らわれた女性たちの身を覆う布が行き渡ると、それからはまっすぐ帝都を目指した。
先頭はマルヴィナとイリーナ。最後尾にルベリウスがついていく。
魔物に犯されて暗い顔をする女性たちが多いが中にはルベリウスを揶揄うものもいる。
元〝遊び人〟のルベリウスはこういうときのために〝遊ぶ〟を使う。
ルベリウスは帝都までの道のりでは美麗な女性を侍らす王様のように尊大に振る舞った。
それに乗せられて気が紛れたものも少なくない。
そして、女性たちを救助したことも、中鬼や小鬼の集落を制圧したことも全て、ルベリウスはイリーナに押し付けた。
名前を広めたくないルベリウスとマルヴィナ、名を挙げてシルバーカードホルダーになりたいイリーナの利害が一致した結果である。
捕らわれていた女性たちはしばらく隔離施設に保護されて帝国の監視下に置かれた。
お腹に小鬼の子を孕んでいるものは出産後に子を処分し、月のものが来るまでの間、外に出されることはない。
他の女性も同じで帝国の隔離施設に軟禁され、月のものが来た者から帰された。
話は戻り、ルベリウスは彼女たちを城の近くまで送り届けると、そこで立ち止まった。
「ルベリウスさん、どうされたんですか?」
送り届けている女性の一人が立ち止まったルベリウスを気遣う。
「大丈夫です。あとから行きますから先に行っててください。ここまで来たらもう安全ですから」
「はい。わかりました。じゃあ、誰かに聞かれたらここにいると言っておきますね」
ルベリウスは女性を見送ってしばらく時間を潰す。
ここまでの道のりで獲った獲物なんかは捌いて食料にしてしまったので既に身軽なルベリウス。
このままプリスティアに向かおうか──。
最後に休憩を挟んだ時にルベリウスはマルヴィナに伝えている。
ルベリウスが立ち止まって数十分。
帝都の方向から一人の女性が駆け足でルベリウスの下にたどり着く。
「ベルさま。遅れて申し訳ございません」
マルヴィナは頭を下げて謝罪する。
「いや、大丈夫。それよりもイリーナ姉様には説明できました?」
「はい。少し怒ってらっしゃいましたけど──」
「少しなら大丈夫。もしかしたら追いかけてきたりしてね」
「まさか──。だって、イリーナ様はウィンスティ男爵家のご令嬢でしたよね?」
「そうだけど、見知った仲だし、いつでもおいでとイリーナ姉様も言われていますから──」
「そういうことなら追いかけてくるかも知れませんね」
ルベリウスはイリーナがプリスティアに来ると予想したのだが、イリーナはプリスティアに来ることはなかった。
イリーナがほぼ単独で小鬼の集落を制圧し、多くの女性を救助したことで、夏の間は冒険どころではなく──。
とはいえ、イリーナが望んだシルバーカードは無事に入手して、念願のシルバーカードホルダーとなった。
救助した女性の中に貴族の娘が何人か居たことから、バレット皇帝がイリーナを呼び出して報奨金と貴族街の屋敷を下賜。さらに騎士爵が叙爵され、イリーナは独立を許された。
イリーナはルベリウスが住む第一学校の寮の近くという念願の住居を得た。
夏の間はオフィーリアと引っ越し作業でどこにも行けず、ルベリウスに付いていく予定だったプリスティア領に行く暇がなかったとか──。
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