賢者 Lv.14
「先に察知した
マルヴィナは小鬼の頭を荷車に載せてから報告する。
だが、これにはルベリウスが静かに怒った。
「マルヴィナさん。僕、マルヴィナさんも大切な人なんです。絶対に無茶はしないでください。今回みたいに強くない魔物だったとしても絶対に安全ということはないんです。ここで待っている僕らはマルヴィナさんの身に何かあったらと思うと気が気じゃなくなってしまいますから」
「いえ、私はそんなつもりでは……」
「それもわかるんです。それでも、見に行くというから送り出してるんです。戦うなんて聞いてませんし、そうだったら一人では絶対に行かせませんでした」
「それは、なぜでしょう? 私は〝盗賊〟ですから──」
「今の僕にとってマルヴィナさんの命は簡単に失って良いものではありません。マルヴィナさんが僕のために命をかけると言うのなら、生き延びて僕が寿命で死ぬというところまで生き延びていて欲しいんです」
マルヴィナにとって〝盗賊〟の命は捨てるもの──という認識でしかない。
だから、集落の様子を知るためには先に見つけた四体の小鬼を倒すしかなかった。
「わかりました。次からはそのようにいたします」
「ん。でも、ごめんね。僕が至らないばかりに──」
「いいえ。決してそのようなことはございません。私も最初に言えば良かったんです」
ルベリウスとマルヴィナは下を向いて話が進まない。
イリーナはそんなことよりマルヴィナの報告の続きが気になって仕方がなかった。
「まあ、良いじゃない。それより、どうだったの?」
マルヴィナが無事に戻ってきてるから良いじゃないと、イリーナは特に気にしない。
もちろん、ルベリウスがマルヴィナを大事に思う気持ちも理解しているが、無事に帰って来られるとマルヴィナが判断したからこそ、小鬼を始末して偵察まで済ませてきたのだと、一定の理解と信頼を寄せている。
何より状況の確認をイリーナは優先。
マルヴィナは地面に膝をついたまま、顔を上げてイリーナに報告。
「この先の魔物の集落には五十体以上の小鬼が住んでいるようです。集落の中には人間の女性が囚われておりまして──」
「あー。酷いことをされているってわけね」
「はい。男性は彼らの食糧になったようで、遺骨が纏めて捨て置かれておりました」
「男は殺され、女は犯されて苗床に──ってところかしらね」
「そのようでしたが、気になる点がございまして──」
──小鬼の集団は小鬼らしからぬ武装をしていた。
本来、小鬼は洞穴からは滅多に出て活動しないし、それどころか、洞穴の外に集落を築くことがない。
「それって、上位種が存在するということでは?」
ルベリウスが口を開いた。
小鬼の上位種は
中鬼は知能が高く力も強い。オークより戦闘力そのものは劣るが知能が高いため、総合力ではオークを上回り、人間の上級の冒険者であっても遅れをとることが少なくない。
「それは間違いないでしょうね……。でも、ここで、中鬼を叩いておけば私もマルヴィナもシルバーカードホルダー入りは確実だし、私にはそれだけの技量を持ってる自負があるわ」
「私はベルさまに従います」
中鬼はオークより強い。
冒険者ギルドの討伐推奨では中鬼はシルバーカードホルダーの中位程度でオークはシルバーカードホルダーの下位にあたる。
ルベリウスが初めてオークを倒した時にいたオークメイジに至ってはシルバーカードホルダー上位が討伐の推奨とされていた。
イリーナは無詠唱で魔法を使うから、強度さえ落とさなければ上位の魔物との対峙でも引けを取らないだろう。
今のルベリウスでもオークメイジを倒すのは難しいと考えているから、中鬼が居る集落にたった三人で乗り込むのはリスクが大きい。
ルベリウスはそう考えた。だが、イリーナは違う。
「それに、捕らわれていたとしても生きている人が居るのなら見過ごせないもの」
待っている人がいるのだろうから助けたい──というのがイリーナ。
帰ってくる人を待っても帰って来ず、会いに行くにもままならない。
待てども待てども再会を果たせずに涙で濡らした経験があったからイリーナは生きているなら助けてあげるべきだという思いに繋がっている。
「イリーナ姉様は一人でも行くんでしょう? だったら僕も行きます」
「でしたら私も行きます」
イリーナは「なら、決まりね」とこれまで先頭を切って歩いていたルベリウスに変わってルベリウスとマルヴィナを従えて進む。
小鬼の集落は二キロメートルほど歩いた先にあった。
「ここから先に集落がございます。ベルさま、イリーナ様、私から離れないようにお願いします」
集落の警戒網に入ったため、マルヴィナが〝盗賊〟の
そうすることで、しのびあしの効果がパーティー全体に及ぶ。
いくら気配を消すと言っても万能ではない。
それを知るマルヴィナは慎重に道筋を選んで二人を引き連れていく。
しばらく進むと集落を広く見渡せる場所で立ち止まった。
「こちらから集落の様子を見渡せるのですが、ここからだと中鬼が確認できないんです」
マルヴィナは小さな声で奥に行けば中鬼がいることを示唆。
「中鬼を確認できるところまで移動します」
しのびあしを保ったまま、マルヴィナは更に案内を続ける。
ルベリウスとイリーナが中鬼を確認したのはすぐだった。
中鬼が住む家には人間の女が何人もいて中には食い千切られて絶命しているものも視認できる。
「ひどいものね……」
イリーナは凄惨な惨状を嘆いた。
「マルヴィナさん。ここの小鬼は魔法を使います?」
「わかりませんが、魔術師が使うような杖を持った小鬼も見かけました」
ルベリウスはオークがそうだったように魔法を使う小鬼が居るかも知れないと考えて確認。
マルヴィナの答えは魔術師のようなものもいたらしいという点に留まった。
「そうですか。魔術師もいるなら不意打ちより正面から突っ込んでいったほうが正解かもしれないですね」
「私の魔法で一気に殲滅するということね」
「もちろん。僕も準備します。さっきイリーナ姉様が見せてくれた魔法で僕にもできそうなものがあったので、準備時間だけあれば相手が魔術師でも欺けそうです」
「じゃあ、決まりね。マルヴィナは魔法の網をかいくぐって近寄ってきた小鬼の始末をお願いね」
ルベリウスとイリーナで作戦を組み立てる。
「かしこまりました。おまかせください」
マルヴィナの賛同も得られたということで三人で集落の正門に向かった。
息を潜め、姿勢を低く保ち、マルヴィナの〝盗賊〟の
小鬼の砦──そう表現するにふさわしい人の手によって作られた簡素な砦とそう変わらない素晴らしいものだった。
「ストックは氷が四、土が十」
「はあ、あなた、すごいわ。流石、私のベルね」
イリーナは〝賢者〟と明かしたルベリウスの魔力量に呆れ顔。彼女はその半分しか同時に使えない。
それ以上使うと出力過多で威力が落ちる。ルベリウスはまだ余裕を感じさせる涼しげな表情なのでまだ待機させられるんだろう。
維持する魔力、待機させる感知能力。イリーナはルベリウスの才能を間近に見て惚れ惚れとする。
「では、行きましょうか」
ルベリウスが戦闘態勢を取った。
「私は良いわよ」
イリーナもルベリウスに続いて戦闘態勢に入る。
「マルヴィナさん、僕らが一斉に魔法を放つので合図をお願いします」
「わかりました」
ルベリウスは号令をマルヴィナに頼んだ。
イリーナと攻撃のタイミングを合わせて砦の外壁を守る小鬼を一気に潰すために。
マルヴィナはルベリウスとイリーナと目線を順番に合わせて頷き合う。
「では、参ります」
マルヴィナの準備を促す声でルベリウスとイリーナは狙いを定めた。
イリーナは魔法に詠唱を伴わないため、このタイミングで同時にいくつもの魔法を放つための準備を整える。
「行きますッ! 打って──ッ!」
マルヴィナはルベリウスとイリーナの届く程度の大きさで号令は発した。
勢いよく放たれた魔法は土埃を舞い上げて木組みの外壁を一気に破壊。
外壁上で見張っていた小鬼、外壁近くにいた小鬼たちは全て魔法に寄って砕かれた。
「すぐに次の準備ッ!」
イリーナの声でルベリウスは魔法の詠唱を開始。
どれも遅延発動させるための準備だ。
ルベリウスは魔法を待機させると次に魔法攻撃を防ぐ障壁を詠唱を伴って展開。
ルベリウスは〝賢者〟であるため〝僧侶〟が使う回復魔法や防御魔法など様々なものが使える。
ルベリウスとイリーナの攻撃を受けた小鬼たちはルベリウスの予測に違わず、土埃の中から魔法を唱えて火の玉をルベリウスたちに目掛けて放った。
小鬼の魔法はルベリウスの障壁に阻まれる。
「来ますッ!」
土埃の中から武器を持った小鬼が向かってきたことをマルヴィナが察知して注意を喚起。
「僕も行きます」
ルベリウスはスチールソードを抜いてマルヴィナに並び立った。
小鬼たちとの接触の前にルベリウスは圧縮した詠唱を唱えて魔法の発動を待機させる。
「見えないから風で埃と小鬼を飛ばすね」
ルベリウスとマルヴィナの後ろからイリーナが魔法を使う。
勢いよく吹き抜けた風は土埃を一気に飛ばして向かってきた小鬼たちの足を止めた。
「ベルさまッ!」
「わかってる!」
マルヴィナがルベリウスを呼ぶ。
攻撃の合図だ。
イリーナの風魔法で怯んだ小鬼たちをマルヴィナとルベリウスが次々と刈り取っていく。
小鬼の群れが立て直す前にある程度、減らさないと勝てないと、斥候として事前に情報を得ているマルヴィナを始めルベリウスとイリーナは皆、そう感じていた。
少数の小鬼であればルベリウスどころかマルヴィナの敵ですら無い。
だが、ここには数十から百に近い小鬼が棲息して中には中鬼もいる。
統制の取れた小鬼の集団は上級とされるシルバーカードホルダーでも対応は難しい。
それに小鬼はアイアンソードなどの剣を持っているが、ここではそれだけではない。
短槍や弓を持った小鬼がいた。
視界の直線状に短槍を持った小鬼がマルヴィナを目掛けて右手の槍を投げる。
「マルヴィナさんッ!」
ルベリウスはマルヴィナに飛んできた槍を剣で叩いて落としたが、別の方向から飛んできた矢がマルヴィナの左肩に突き刺さった。
「ぐうぅッ!」
マルヴィナは痛みで顔を歪め苦悶の表情。
「ベルッ! 毒矢よ!」
イリーナの声にはっとしたルベリウスはマルヴィナを見ると力を失ってだらりと左腕を垂らす姿が目に入った。
「マルヴィナさんッ!」
ルベリウスは盾で矢を弾きながらマルヴィナに駆け寄ると、今度はイリーナが周囲の小鬼を次々を魔法で薙ぎ払う。
身動きが止まった小鬼はイリーナの追撃で命を奪われた。
そうして生じた少しの隙にルベリウスは魔法で解毒を施す。
マルヴィナの肩からルベリウスが箆を掴んて矢を抜こうとしたが、矢尻が肉にめり込んですっぽ抜けた。
「マルヴィナさんッ! ごめんなさい」
ルベリウスは腰帯からホーリーナイフを抜き取って矢尻がめり込んだ傷口を広げて矢尻を手で取る。
「んぐぅあ──ッ!」
マルヴィナは肩に走った激痛で顔を歪めた。
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