賢者 Lv.13
「魔法、使えるようになったんです。僕、ダルムットのダルム神殿に行ったら〝賢者〟になってました」
ルベリウスは最大の秘密をイリーナとマルヴィナに打ち明けた。
だが──。
「〝賢者〟って何?」
「初めて聞きました……」
二人揃って〝賢者〟というものが伝わらない。
それもそのはずで〝賢者〟は〝勇者〟に比肩する最上級職とされており、皇家門外不出の最重要機密事項となっていた。
「はい。どこにも記録のないものでした。ダルムット図書館にも僅かな情報しかなかったのでどういうものかはわかりませんでしたが、どの魔法も覚えられるらしいのでいろいろ試したら魔法は万遍なく使えるようでして──」
ルベリウスは〝賢者〟のことを説明するが、イリーナもマルヴィナもよく分かっていない。
「ということは〝僧侶〟の魔法も使えるってこと?」
イリーナは疑問をぶつけた。
「はい。この通り」
ルベリウスは《かの者に癒やしを》と唱えるとイリーナに回復魔法がかかる。
「本当だわ……」
自分にかかったから信じざるを得ない。
イリーナはこれまで不遇だった可愛いルベリウスが魔法を使えることに感極まって目には涙が浮かんでいた。
「ベルさま。もしかして私の身体の傷もそれで……?」
「はい。あの時は僕も焦ったので第八階位の回復魔法を使わせてもらいました」
「八階位の──ですか……」
いくら高位の〝僧侶〟でも扱うことのない最高階位の回復魔法。
消費魔力量の多さを推察したマルヴィナは形振り構わず救ってくれたという一点のみに心が震える。
「
マルヴィナは泣いた。
呪い続けた神に、マルヴィナは感謝する。
ルベリウスが救われたからマルヴィナは救われた。
マルヴィナにとってルベリウスは神の使い。
そう思ったら、マルヴィナに二心はない。
神の使いであるルベリウスに生涯の忠愛を更に深く誓う。
ルベリウスへの愛故に心の振れ幅が大きくなりすぎたマルヴィナは嗚咽を漏らしながら下を向いて泣いた。
マルヴィナの涙にイリーナも釣られて大粒の涙をポタポタと地面に落とす。
「ベル! ベルッ! 良かったね! 良かったよぉ……」
イリーナは極まった感情が限界を超えてルベリウスに抱きついた。
顔中に頬ずりをして小さな胸元に抱きしめて頭を大事に抱える。
「あああ、良かった。本当に──」
イリーナとマルヴィナの感情が落ち着くまでかなりの時間を要した。
それから、少しして──。
涙が落ち着いたイリーナはルベリウスを抱いたまま言う。
「私も秘密があるの──聞いてくれる?」
「はい。もちろん」
「その代わり、誰にも言わないでね」
「言いませんよ。言う相手もいませんから」
「ユーリ母様にも言わないでね」
「わかりました」
イリーナはルベリウスから離れると、マルヴィナにも確認する。
「マルヴィナも今から見たものは誰にも言わないでもらえるかしら?」
「はい。かしこまりました。ベルさまのお姉様ですから」
「ん。よろしい──では、お見せいたしましょう」
マルヴィナの言質を取ったイリーナは右手を前に出して手のひらを上に向けた。
「良く見ててね……」
イリーナは可愛らしい声でルベリウスとマルヴィナの意識を集めると──。
何の前触れも無く手のひらの上に火の玉が発生した。
「わかった?」
イリーナはルベリウスとマルヴィナに問いかける。
「詠唱……」
「魔法ですか?」
イリーナはこの時点で帝国でただ一人の無詠唱魔法使い。
ルベリウスとマルヴィナは驚き、そして、恐れた。
「私、詠唱をしなくても魔法を使えるの──と言っても、ベルが私に教えてくれた詠唱式の圧縮と短縮の応用で詠唱を省略できるようになっただけだけどね」
「ということは、僕も──」
「そうね。ベルならきっと、すぐにできるようになるわ。おかげでこういうこともできるのよ」
イリーナはそう言って自身の周囲に水玉と浮かべ、土塊を浮かべ、氷塊を浮かべる。
「これも、ベルが教えてくれた詠唱式の理論を応用して魔法の発動を待機させている状態なの。これも全て詠唱しなくてもできるわ」
「もしかして、イリーナ姉様は大魔術師マーリン様の生まれ変わりです?」
「そんなことがあるわけないでしょ。私は私、イリーナ・ヴァン・ウィンスティよ」
ルベリウスの素っ頓狂な問いだったが、ダイス家の開祖とされる時の大魔法使いである。
彼女は多くの魔法を詠唱無く使用し帝国史に名を刻む魔術師となった。
その功績が称えられてダイス領を叙爵して封地させられている。
そういう大魔術師の血を引く家系だからルベリウスが〝遊び人〟だということが許せなかったし、魔術師として成長できなかったシグナールを廃嫡した。
「バレたら大問題になるから絶対に言わないでね」
イリーナがそう釘を刺すのもルベリウスは理解する。
ルベリウスとイリーナの父親でダイス家の当主、アウル・ヴァン・ダイスに知られれば、イリーナの実力を隠してウィンスティに取り込んだとして戦が起きる。
もしくは、帝国との調停でウィンスティが亡ぶことになるだろう。
「もちろん。言いません」
「私はベルさまに仕えるのみですので、口外しようがありません」
ルベリウスとマルヴィナがイリーナとの約束に応じた。
イリーナは二人の返事を確認すると再び口を開くのだが──
「マルヴィナは魔法が使えないけど、ベルには詠唱せずに魔法を使うコツを教えるね。ベルならすぐに覚えると思うから」
詠唱を省略する方法を教えるという。
イリーナはルベリウスが教えた詠唱の圧縮を応用したと言っていた。
詠唱の圧縮にはある程度の魔力の操作を自身で制御する。魔力を乗せた声に重ねて魔力を体内で練ることで魔法を素早く発現させるというだけのこと。
イリーナはルベリウスから教わった魔法の圧縮は自身の魔力操作を伴うものだから魔術師として早くに覚醒している彼女は魔法を使い続けるうちに魔力の感応性が高まり、魔力の流れを感知できるようになった。
詠唱を省略できたのはその直後。詠唱が代行していた体外の魔素の制御に体内の魔力が干渉していたことを感じたイリーナは、魔法の圧縮の応用で魔力の練り方を工夫してみたら詠唱をせずに魔法の発現に成功。
イリーナは道すがら、詠唱の省略に至った経緯をルベリウスに説明。
「体外の魔素……ですか」
「そう。先ずは魔力への感応性を高めて感知できるようになるまで魔法を使えばベルならすぐにできるんじゃないかな」
ルベリウスは考え込んだ。
魔素というものをまだ感じたことがないルベリウスは、詠唱を圧縮して使用する過程で魔力を練っているが──使う時に意識を向けてみたら良いのかも知れないとそう考える。
イリーナは体内の魔力を感じられるなら体外で魔力がどう流れてどう働くのか分かるはず。ルベリウスなら難なくできるだろうと確信している。
ルベリウスは幼少期からの英才教育で魔法の理論を熟知しており、それをイリーナに教えた。
魔力が体内を流れているというのも魔法理論には含まれていてルベリウスは詠唱式のルールに則り体内の魔力を調整するべき詠唱式は短い単語で代用できると身近な人たちに伝えたことが始まり。
〝賢者〟になったルベリウスをイリーナは元から彼には才能があったのだと──そうでなければ詠唱式を圧縮するなんてわからない。
元から魔力を感じ取る土台があったんじゃないかと──〝遊び人〟に唯一の魔法があることをルベリウスから知らされて、小さいながらも魔力は元からあったのだと──〝遊び人〟であっても魔力は持てるものなんだとイリーナは物思いに耽るルベリウスを見つめながら考えた。
(さすが、私のベルね)
イリーナのルベリウスへの好感度はルベリウスが〝遊び人〟だったときよりも爆上がり状態である。
今までなら腹違いの弟だからと諦めていられたのに〝賢者〟としてのルベリウスはイリーナには直球でど真ん中に突き刺さった。
(冒険者としてならベルと一緒にいられるね。なら、このまま──)
イリーナは禁断の道へと足を踏み入れる覚悟を決める。
彼女は実母の離婚劇で子爵家から男爵家へと移った。いわば出戻りの女の娘である。ルベリウスが卒業して独り立ちしたらルベリウスの下にオフィーリアを連れて潜り込むつもりだったイリーナ。
オフィーリアにルベリウスの身の回りの世話をさせて、イリーナは冒険者としてルベリウスに付き従う。
一緒に行動をしていれば過ちの一つでも犯してくれるだろう。ルベリウスは〝遊び人〟だった男なんだからとイリーナは虎視眈々と野望の達成を狙った。
しばらく、森の奥へと目指していたらルベリウスとイリーナの三歩前を歩くマルヴィナが右手を横に伸ばして制止。
「中型の魔物が四体、さらに先に行ったところに塒のような──集落のような状態で何体もの魔物がいるようです」
マルヴィナはその後、少し集中して周囲の様子を探る。
「小さい集落です」
「魔物の村ってこと?」
「そのようです」
マルヴィナは〝盗賊〟の
「近くに魔物の村があるならここで大きな音を立てるわけにはいかないわね」
「そうですね。ですが、まず、四体をどうにかしなければなりません。調べてまいります」
イリーナが警戒を促すと、マルヴィナは偵察に行くと
「
イリーナはマルヴィナの働きを認めていた。
ここまで狩った魔物も全てマルヴィナが特技で察知して、マルヴィナの投擲やイリーナの詠唱魔法で仕留めたものばかりである。
「マルヴィナさんは凄いんです。マルヴィナさんには本当に助けられてるんですよ」
「彼女はとても有用ね。大事にしなさいよ?」
「はい。分かってます」
その直ぐ後に、マルヴィナが
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