賢者 Lv.12
「おおおー! 男子寮ってこうなってるのねー」
イリーナは興味津々にルベリウスの部屋を見回った。
「男子寮と女子寮って違いがあるんです?」
ルベリウスとマルヴィナは部屋に持ち込んだストロング・ホーンとランページ・バイソンの肉を氷室に収まるサイズに切り分けながら、氷室に仕舞っていく作業を繰り返している。
イリーナが男子寮についての評価を女子寮との対比で言葉にしたら、マルヴィナがイリーナに聞いていた。
「ん。洗面所や浴室は女子寮のほうが広いけど、氷室は男子寮のほうが広いのよね。従者の部屋も男子寮のほうが広いのは、男子寮に入る子が女性の従者を連れ込むからなのかな」
女子寮のほうは女生徒が美容を学ぶため、美容関連の施設が充実しているのだと、イリーナは説明する。
男子寮の従者の部屋が広いのは、男子につける従者が女性であることが多いため。
帝国貴族は女性の純潔にそれほど拘らないが、そのかわり不貞においては非常に厳しい対応を取る。
婚姻後の不貞は叛意ありとして扱われ謀反と同様に処されるために時には家が滅ぶことすらあったほど。
そして、在学中は他家の異性と性的な交渉で子を成した場合に無用な縁を避けるために、特に男子には子を成しても取るべき責任が軽微で問題ないとされる平民に近い女性の従者や、子が出来ても問題ないという女性を公募して側仕えとしてつける風習があった。
なお、ルベリウスの最初の従者のターニャも、今の従者のマルヴィナも、ルベリウスの母親のウルリーケが公募していた際に応募している。
子を孕んでも良いという条件はもちろん含まれていて、ターニャの場合はルベリウスが当時六歳、七歳になろうという状態だったから、そういうことはないだろうと考えて応募したし、マルヴィナにおいては犯罪奴隷で主のジェシカ皇女の命令だから拒否権がない。
ともあれ、こうしてイリーナと再会を果たしたルベリウスは、マルヴィナと一緒にイリーナを饗した。
「ねえ、ベル。あなた、こんなに美味しいものを毎日食べてるの? ズルい。私も毎日食べたい」
今日獲ってきたストロング・ホーンの肉を使った料理を振る舞ったら、イリーナは気に入った。
ダイス領ではランページ・バイソンとラバイト・エルクは獲れるがストロング・ホーンは現れないのでストロング・ホーンの肉は滅多に食べられない。
ストロング・ホーンの肉はイリーナの好みに合ったようで、美味しそうに頬張った。
食事が落ち着いたところで、ルベリウスは気になったことをがあり、それをイリーナに聞く。
「ところで、イリーナ姉様はどうして冒険者ギルドにいらっしゃったんです?」
「ああ、それ。私も冒険者なの。ほら」
ルベリウスはイリーナが冒険者ギルドで声をかけてきたことを不思議に思っていたが、イリーナは何の抵抗もなく、冒険者カードを差し出した。
イリーナはブロンズカードホルダー。
「あともう少しで、シルバーカードに昇格するんだけど、オークとか出てこないから上がれないの。ベルも冒険者でしょ? カード見せてよ」
イリーナの言葉に従ってルベリウスは胸のポケットから冒険者カードを差し出した。
ルベリウスはシルバーカードホルダー。オークやオーガなどの強敵を一定数倒した証である。
「ベル! あなた、シルバーカードだったの? どこでオークと戦ったの?」
イリーナは驚きの余りその場で立ち上がってルベリウスに詰め寄った。
「そんな強い魔物と戦わなくたって──お姉ちゃんがベルを守ってあげたのに」
「や、そうでもしないと学費が払えなかったので……」
イリーナはルベリウスに抱きつくが、ルベリウスはイリーナを押して遠ざける。
彼女の過剰なスキンシップは今に始まったことではないが、成長したルベリウスは姉として自重してくれと心の中で切に願った。
今のルベリウスの職分は〝賢者〟だが元は〝遊び人〟である。
ルベリウスに戦いを挑むイリーナにルベリウスは〝遊ぶ〟を使った。
この場にはマルヴィナもいたが自重しない姉への応戦を已む無しとルベリウスは判断。
しかし、この姉のイリーナが何枚も上手だったのは言うまでもない。
それから──。
「私もベルと冒険に行くわ」
イリーナは宣言した。
ルベリウスに有無を問わず、イリーナとマルヴィナの三人でパーティーを組むことが決まってしまう。
「だから、冒険のついでにね。お母様に会ってもらえる? ベルのこと心配してたんだから」
「わかりました。僕らのほうは来週にはここを離れてプリスティアに行くので、それまでだったらいつもで大丈夫です」
イリーナはオフィーリアがルベリウスに会いたがっていることを伝えると、今日のこれからの冒険についてを話し始める。
「ベルはどこでオークをやっつけたの?」
「南東の森です。冒険者を始めたばかりの頃に少し奥に入ってしまって、その時にオークの群れに遭遇しました」
「そっか。ねえ、ベル。私をそのオークが出る場所に連れて行ってくれない? オークの肉は美味しいし高く売れるのよね?」
イリーナはシルバーカード昇格のためにオークを倒したい。
傍らのベルはシルバーカードホルダー。
ルベリウスならオークの居場所を知っているとイリーナは考えている。
「オークですか……。イリーナ姉様がいらっしゃるなら良いかも知れませんね。マルヴィナさんは良いですか?」
オークは討伐難度の高い魔物。
ブロンズカードになりたてのマルヴィナでは荷が重い。
当のルベリウスも初めてオークを討伐したときは熟練の冒険者が助けてくれたからだ。
それ以降、強度の高い魔物と遭遇した時は〝踊り子〟のターニャが一緒だった。
ターニャは〝踊り子〟としてルベリウスの支援に徹していたからルベリウスはいくらかの無茶が出来たがマルヴィナは支援系の
それにルベリウスは未だに〝賢者〟としての自分をどこまで出せば良いのか分からずにいる。〝遊び人〟としての気構えは〝賢者〟になった今でもルベリウスに根付いている。
マルヴィナはルベリウスが慎重になっていることに気がついていた。だけど──マルヴィナは自分の力はまだまだこんなものではないと確信がある。
「ベルさまが問題なければ、私も同行させてください」
マルヴィナはオークの討伐に同行することを選んだ。
そうと決まれば準備は早い。
もともと冒険をした帰りの三人。すぐに出発した。
目的地はルベリウスが初めての冒険で潜った帝都の南東にある森林の奥地。
今回は荷車を引いての移動。
道中では魔物に遭うことがほぼなかった。
時折、マルヴィナが、
「ベルさま。あちらに小型の魔物が数体確認できました」
と、報告をしてから、石を投げて牽制する。
そうして襲いかかってきたものだけをマルヴィナが討伐した。
そんなマルヴィナを見てイリーナはルベリウスの従者を少し見直したのか、
「ヤるじゃない。ただの〝盗賊〟だと思ってたけど索敵が出来て簡単な対処なら一人で完結できちゃうなんて素敵な子ね」
マルヴィナが魔物を片付ける姿を見たイリーナは評価する。
「ベルさまのお姉様のお褒めに与り光栄です」
マルヴィナはイリーナの言葉を軽く聞いてから倒した魔物の頭部を切断するために腕をまくってクビに刃を立てていく。
それを見てイリーナは気がついた。
「ねえ。〝盗賊〟の職分を賜った方は犯罪奴隷にされちゃうはずよね? 奴隷の紋章がないのはダッカダル男爵家の温情かしら?」
イリーナは疑問に思ったことを素直に言葉にする。
〝盗賊〟は犯罪奴隷に落とされるというのは暗黙の了解で決して強制ではない。
もし〝盗賊〟の職分が分かっても誰にも言わなければ、誰にも明かさなければ、子どもが可愛かった──それで済む。
とはいえ、暗黙の了解であるから、犯罪奴隷にしなかったことを咎める貴族は当然存在する。
ダッカダルは男爵領。寄り親から切り離されれば立ち行かなくかもしれないと考えるはず。
だから、大抵の貴族は子どもが可愛くても犯罪奴隷として奴隷商人に売り渡すのだ。
だと言うのに、奴隷の紋章がない。
「そ、それは──」
マルヴィナが言い訳を考えていたが、ルベリウスがマルヴィナを遮る。
「僕が説明しようと思いますが、イリーナ姉様、口外しないと約束していただけますか?」
「そんな怖い顔しないでよ。私は、気になっただけで、それでどうこうしようというわけじゃないから」
「じゃあ、口外しないということで良いですね?」
「ええ、良いわ。約束する」
「なら、お話しましょう。マルヴィナさんの奴隷の紋章を消したのは僕ですから──」
ルベリウスはイリーナに説明をした。
マルヴィナがある時、奴隷魔法によって死にそうになったところ、ルベリウスが〝遊び人〟の唯一の魔法でマルヴィナにかかっていた魔法効果を全て解除したことをイリーナに伝える。
「〝遊び人〟に魔法があったなんて──」
「何が起きるのか効果がよくわからない魔法なんですけど、それがたまたまマルヴィナさんにかかっていた魔法を全て解いてしまったんです」
「そうだったの……」
〝遊び人〟は魔法を使えない──というのは常識。なのにルベリウスは〝遊び人〟の魔法と言ったのだ。
「〝遊び人〟って最下級職なんじゃなかったの?」
「間違いなく最下級職だと思うけど、それでも、僕が中等部に上がる頃にはこの魔法を覚えていたんです」
「それは興味深いわね。ついでにもう一つ気になったんだけど、ベルは前みたいに身も心も引き込まれそうになる魅力的な雰囲気がしなくなったのはどうして?」
「それは──。それも口外しないと誓ってもらえますか?」
「さっきも言ったけど、知ったところでどうこうしようと思わないし、ベルに嫌われたら本末転倒だもの」
「わかりました。マルヴィナさんも良いですか?」
ルベリウスはマルヴィナにも釘を刺す。
真剣な表情のルベリウスを見てマルヴィナは言葉を返した。
「私はベルさまに命を救っていただいた身です。ベルさまが口外するなということであればもちろん誰にも言いません。たとえそれが皇帝陛下やジェシカ殿下であったとしても」
「わかりました。では、お見せしましょう──」
マルヴィナはルベリウスに向かって片膝をついて頭を深く下げる。
まるでマルヴィナにとっての皇帝はルベリウスだとでも言わんばかりに。
ルベリウスはそんなマルヴィナを見て、もう明かしても良いんだ──と、そう思って魔法の詠唱──詠唱式を圧縮した呪文を唱えた。
《小さき火よ》
ルベリウスは右手の人差し指と立てると、そこに小さな火が灯る。
「火の魔法──それも詠唱圧縮で。ベルって魔法使えたの?」
イリーナはルベリウスが顕現させた小さな火に顔を近付けて右に左と顔を動かしてじっくりと観察をする。
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