賢者 Lv.11
ルベリウスはマルヴィナに〝盗賊〟の
ロンダル台地の麓にやってきた。
帝都の南門から出て東を目指し、深い森を抜けた先がロンダル台地である。
ここまで少し大きめの荷車を引いてやってきた。
その理由は、ストロング・ホーン。
「さて、ひと稼ぎしましょうか」
ルベリウスはマルヴィナの目の前でくちぶえを吹く。
ストロング・ホーンの群れが現れた。
「え? うそ……」
ルベリウスのくちぶえで魔物の群れを呼び寄せられたことにマルヴィナは驚く。
〝遊び人〟の
幼い頃からくちぶえで呼び寄せた魔物を倒してルベリウスは育っている。
ほんの数ヶ月前のルベリウスなら魔物を叩こうとすると転んだり滑ったりするし、〝遊び人〟の気質が疼いて、つい、地面を掘って石を投げたり、魔物の真似をして仲間を呼ぼうとすることがあった。
しかし〝賢者〟である今は、そう言った気分にならない。
ルベリウスはスチールソードを構えて、ストロング・ホーンに次々と斬りかかる。
「ベルさま………す、すごい」
マルヴィナはルベリウスの戦いぶりに慄いた。
ストロング・ホーンが次々と狩られ、最後の一体も難なくやっつける。
目標だったストロング・ホーンを四匹、確保できた。
血抜きするための作業を終えるとルベリウスは、待っている間に魔物を狩ろうとマルヴィナを誘うことにする。
「もう少し今の戦い方に慣れたいので、ここで少し戦ってます。マルヴィナさんもどうです?」
「私、多少の訓練はしてきましたが、実戦は一度もないんです。それに、武器もありませんし……」
マルヴィナはルベリウスにそう伝えた。
彼女は犯罪奴隷として転々としたり、ジェシカに買われてからは雑務や行儀作法と多少の訓練のみ行っているが、戦闘訓練では実戦形式はなく、魔物とは一度も戦ったことがない。
「武器は僕のこれをお貸しします」
ルベリウスがそう言って差し出したのはホーリーナイフ。
彼の祖父から戴いた大事なものだった。
「宜しいんですか?」
「ん。もちろん。マルヴィナさんが不慣れなのはわかりましたので僕が後ろでサポートしますし」
ルベリウスの言葉にマルヴィナは決意を固めてルベリウスからホーリーナイフを受け取った。
「承知いたしました。では、私も戦ってみます」
マルヴィナがホーリーナイフを構えると、ルベリウスはくちぶえを吹いて魔物の群れを誘い出す。
すると、バンディット・ドッグという犬型の魔物の群れが現れた。
四匹のバンディット・ドッグは威嚇の遠吠えを契機に一斉に攻撃を開始。
「先ずは一対一で戦いましょうか」
ルベリウスはマルヴィナに声をかけたが、マルヴィナは恐れ慄いていて、身動きが出来ない。
マルヴィナの様子を視認したルベリウスは、一気に三匹のバンディット・ドッグをスチールソードで叩き切る。
残る一匹はマルヴィナの実戦のために薙ぎ払って、魔物の攻撃をいなした。
ハッと我に返ったマルヴィナは、
「申し訳ございません」
と、声を出してホーリーナイフを構え直す。
「残りは一匹ですから、危なくなりそうだったら手助けしますので、慣れていきましょう」
マルヴィナの前に立つルベリウスの声にマルヴィナ「はい。かしこまりました」と返した。
バンディット・ドッグはルベリウスに攻撃する。
ルベリウスはバンディット・ドッグの攻撃を躱して、マルヴィナ対バンディット・ドッグの一対一の状況を作り出した。
マルヴィナは心臓が高鳴って言葉を発せないほど緊張している。
バンディット・ドッグは素早くマルヴィナに向かって突進する。
緊張で反応が鈍くなっているが、ギリギリでマルヴィナはバンディット・ドッグの攻撃を躱した。
マルヴィナは躱した足で蹴り出してバンディット・ドッグに斬りかかる。
マルヴィナの攻撃はバンディット・ドッグが後ろに飛び退いて空を切った。
バンディット・ドッグはマルヴィナにたいあたりする。
たいあたりがヒットしたマルヴィナは後ろに飛ばされて地べたを這い蹲った。
──ダメかもしれない。
マルヴィナはそう思った瞬間に、耳に飛び込んできたルベリウスの声。
「まだ! まだヤれます!」
ルベリウスの声でマルヴィナは気を取り直した。
「ベルさま……」
私のベルさまへの想いはこんなものじゃないはずだとマルヴィナは自分に言い聞かせて地べたに転がる大小の石をいくつか握り、飛び掛かってきたバンディット・ドッグに投げつけた。
石の礫がバンディット・ドッグにいくつか当たり、バンディット・ドッグの攻撃はマルヴィナに当たらない。
立ち上がって体制を整えたマルヴィナは、再び、突進するバンディット・ドッグの攻撃を躱してホーリーナイフの刃を当てることに成功。
ダメージを与えることはできたがバンディット・ドッグの動きを止めるほどではない。
負った傷は何のその──バンディット・ドッグがマルヴィナを攻撃。
そうして一進一退を繰り返しているうちに、バンディット・ドッグは力尽きた。
疲労と達成感でマルヴィナはその場でへたり込み尻を地面に落とす。
「ああああああ、怖かったですぅーーーー。でも、倒せましたぁ……」
感極まって泣き出したマルヴィナは目を擦りながら涙を流した。
「頑張りましたね」
ルベリウスがマルヴィナに向けて手を差し出すとマルヴィナはルベリウスの手を取り立ち上がる。
それからどちらどもなく抱き合って、マルヴィナは泣いた。
ルベリウスは〝遊ぶ〟を発動して、マルヴィナの腰に手を回し、尻を撫でる。
マルヴィナがバンディット・ドッグとの戦闘で負った傷や疲労がみるみるうちに癒えた。
実はこのルベリウス──〝遊ぶ〟で尻を撫でると傷が回復する仕組みに納得できていない。
回復するのは異性に対してのみで、初等部時代に同性にしたら軽いダメージを受けていた。
〝賢者〟の魔法はよく分かっているし、使うこともできるが、対外的には〝遊び人〟のままであるため、なるべく〝遊び人〟の
「ベルさま、ありがとうございます。傷が治りました」
マルヴィナはルベリウスに尻を撫でられると疲労や傷が回復することに気がついていた。
手を取って立ち上がったのもお尻を撫でてくれるからだと思ったのだ。
なにより、マルヴィナはルベリウスに触れられると安心する。心も身体もルベリウスに守られていると感じていた。
ルベリウスに密着して尻を撫でられて夢見心地の中で落ち着きを取り戻した頃に、魔物の群れが近付いていることにマルヴィナは感知。
「ベルさま。魔物が来ます」
マルヴィナの報告でルベリウスが離れるとマルヴィナは名残惜しくて手を軽く伸ばしてしまう。
ルベリウスは周囲を確認。
ランページ・バイソンの群れが現れた。
二匹のランページ・バイソンはルベリウスの手によってあっさりと倒される。
「これも持ち帰るので血抜きしておきましょうか」
思わぬところで現れたランページ・バイソンのおかげでロンダル台地麓での滞在が少し延びた。
その間、ルベリウスは自身の〝賢者〟としての経験を重ねつつ、マルヴィナの〝盗賊〟の練度を高めるために戦闘を繰り返す。
魔物との戦闘は日が傾きかけるまで、ルベリウスのくちぶえを使って魔物の群れを誘い出してはやっつけた。
翌日、帝都に戻る頃にはマルヴィナはすっかり戦闘に慣れた風で、帝都近隣では魔物と遭遇してもルベリウスが戦闘に参加する必要がないくらい、マルヴィナは魔物との戦闘をこなせるレベルに達していた。
シルバーカードホルダーの新たなパートナー、マルヴィナ。
彼女は〝盗賊〟として冒険者ギルドに登録。
冒険者ギルドではたとえ奴隷だとしても犯罪奴隷でなければ冒険者カードを発給する。
マルヴィナには犯罪奴隷である証がないために、冒険者として登録ができる。
ルベリウスはギルドの受付に事後で申し訳ないと謝罪をして、マルヴィナを冒険者として登録を申請し、問題なく受理されて冒険者の初歩であることをあらわすホワイトカードを受け取った。
その後すぐに成果物──ストロング・ホーンとランページ・バイソンを納品し、バンディット・ドッグを始めとした魔物の頭部を討伐証明として提出。
マルヴィナはその日のうちに冒険者ギルドに登録したばかりで発給されるホワイトカードからブロンズカードに昇格を果たした。
それから無事に納品物と成果物の査定を終えたルベリウスとマルヴィナは報酬をそれぞれ受け取って荷車に持ち帰る肉を運んで寮に戻ろうとしたら、女性の声に呼び止められる。
「ベル。ベルよね?」
声のする方向に振り向いたルベリウス。
そこには久しぶりに見る姉の顔──イリーナ・ヴァン・ダイスの可憐な顔。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ッ! ベル! ベルだ! ベルだぁーーッ!」
イリーナはルベリウスに抱きついて顔中にキスをして、最後に唇を吸う。
いきなりの行動にルベリウスはイリーナは押し退けて──
「イリーナ姉様。お久しぶりです。ですが、ここでこれはやりすぎです」
まだ抱き着こうと必死に抗うイリーナを押しながらの注意。
冒険者ギルドのエントランスホールという公衆の面前である。
「痛いよぉ……ベル。久し振りなんだからちょっとくらいは良いじゃない」
イリーナはルベリウスに顔を押さえられて押し退けられたことが不服で頬を膨らませて拗ねてみせる。
そして、その様子をルベリウスの後ろでマルヴィナが訝しいものを見る表情で見ていた。
「ベルさま。そのお方は?」
「ベル? その女は誰?」
面識がない女二人。
かたやルベリウスを啓愛してやまないマルヴィナ・ヴァン・ダッカダル。
かたやルベリウスへの姉弟愛を過分に拗らせているイリーナ・ヴァン・ダイス。
「と、とりあえず家に帰りたいんですが、イリーナ姉様は貴族街には──」
「問題ないよ。私、通行証を持ってるし」
イリーナはルベリウスに聞かれると思って、ルベリウスの言葉を遮ってウィンスティ男爵家の銘入り通行証を見せた。
ルベリウスはイリーナが手にする通行証を凝視。
「まぁまぁ、行くんだよね? ベルの部屋」
イリーナの言葉で、女性二人は自己紹介をしないまま冒険者ギルドを出て中心街へと向かう。
ルベリウスとマルヴィナは戦利品の肉を荷車に載せて貴族街に入った。
「ところで、その女は?」
イリーナが聞いた。
「歩きながらで恐縮ですが、私はベルさまの従者でマルヴィナ・ヴァン・ダッカダルと申します」
「そう。私、半分だけベルの姉のイリーナ・ヴァン・ウィンスティ」
その女よばわりを嫌ったマルヴィナは自ら名乗ると、イリーナも名を名乗る。
イリーナの家名がダイスからウィンスティに変わっていることにルベリウスが驚いた。
「イリーナ姉様。家名を改められたんですか?」
思わずルベリウスが聞くと、イリーナは「よくぞ聞いてくれたッ!」と薄い胸を張って家名が変わった経緯を説明。
「なるほど……。お父様はどちらのお母様からも──オフィーリア母様からも離縁を申し込まれてしまったんですね」
「そうッ! 良い気味よ。ベルを蔑ろにするからだッ! だから、お母様の面倒をベルが見てくれたら私も家族になれるんだよ? どう? お母様ともども、私を引き取りません?」
イリーナは最後まで言い切るとルベリウスに抱きつく。
家に入れるということは妻として、または、公妾として娶るという意味だろう。
イリーナとルベリウスは腹違いとはいえ姉弟であるため、帝国の法で結婚は許されない。
であれば、実母でないオフィーリア──ということになるが年が離れすぎていて現実的ではない。
つまりルベリウスには到底ムリな話。しかしそれはイリーナも当然、承知のこと。ただし、ルベリウスは完全に独立した暁には、妾などではなくルベリウスの生家で共に生活した縁で後見人としてオフィーリアとイリーナを引き取っても良いのかもしれない──と、この時考えた。
オフィーリアには実の子のように可愛がってもらっていたというルベリウスなりの感謝の証である。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます