賢者 Lv.6
昼休み──。
ジェシカ・ヴァン・アルヴァンは女子寮の一室を借り、一人の女性と食事がてらに面会をしていた。
「そちらはどう?」
「はい。とても、良い待遇で使用人としてとても働きやすいのですが……」
「ですが……」
「何と言いましょうか……。とてもエッチでですね……。対応にこm……困ってはいないんですが……いえ、ある意味困っているのかも知れませんが……」
ジェシカより少し背の高い彼女は顔を赤らめて俯くと、ジェシカは少し呆れた顔で彼女を叱責しようとした。
「もっと、正確に報告いただけないかしら。時間は有限なんですから」
「申し訳ありません。伺っていたお話と少し違いまして、やはり彼は〝遊び人〟だと私は思います」
「そう。で、今も変わらず〝遊び人〟だとして何か不自然なところはございませんか?」
「今のところは特に不自然な点は見当たりません。一般的な〝遊び人〟とされる男性よりずっと〝遊び人〟としての練度が高いといったくらいです」
「わかりました。特に変わりはないようね。当面は報告は週に一度で良いわ。報告するような出来事はないでしょうし」
「そうですね。わかりました」
「はい。それにしても、楽しそうですね」
「ええ、最初は少し不安でしたがとても充実しています」
「だったら良かったわ。では、来週の今日、この時間にこの場所に来て頂戴。良いわね」
「はい。かしこまりました」
細身の女性は下がり、女子寮から出る。
ジェシカは自分と自分の使用人だけになったことを確認すると独り言ちる。
「お父様のお話ですとベル様は〝賢者〟に至っているということですが、なかなかしっぽは出ないものね」
ジェシカは使用人に出されたお茶を啜って先の女性から受け取ったメモに目を通す。
そこには事細かに前回の報告の後からの出来事が記載されていた。
「──とてもエッチでって……そういうこと……」
ジェシカはため息をついて〝賢者〟と称されようとしている男の行動に若干の問題を感じつつも、その女性を懐柔した技量には感服を示している。
それが極まった〝遊び人〟なのだろう──と。ジェシカにとっては想像の域でしかないものなのだが。
「週に一度の報告にしたのは少し早まったかしら?」
監視に監視を付けることも考えたがそれでは本末転倒だとジェシカは思い悩む。
ともあれ、もう数週間もすれば夏季休暇。
そこで彼が〝賢者〟だと目星を付けることができればそれで良いとジェシカは結論する。
「彼と魔法を語らいたいだけなのに……」
ジェシカはティーカップのお茶を飲み干すと女子寮から出て校舎に戻った。
時は遡り、ターニャが離れて数週間後。
ルベリウスは半身を削がれた痛みに苛まれながらも、何とか精神を保っていた。
学校から寮に戻ると出迎えてくれるのはターニャの後任となったマルヴィナ・ヴァン・ダッカダル。
ルベリウスの四歳年上の女性でスラリと伸びる細身が特徴的な女性である。
ルベリウスが寮の部屋のドアノッカーを叩くととんとんと小さく可愛らしい足音が近付いてくる。
「ただいま戻りました。ルベリウスです」
ルベリウスは扉の向こうに聞こえるように声を出すと、ゆっくりと開く部屋の扉。
そして、か細い声で可愛らしく出迎える彼女は、
「おかえりなさいませ。ご主人様」
と、両手をへそのあたりに重ねて丁寧に腰を折って頭を下げる。
彼女が開いた扉を押さえているから、ルベリウスはそのまま部屋に入る。
マルヴィナはルベリウスがリビングに向かうことを確認して扉を締めて鍵をかけた。
ルベリウスに追いつくように早足で追いかけて、
「お召し物を替えましょう」
と、マルヴィナは事前に準備をした着替えを着せる。
スラッとしたマルヴィナとルベリウスは同じくらいの背丈である。
サクサクと手際良く着替えさせているというのに、マルヴィナは胸や肩、腕、太ももなどにペタペタと態とらしく触れて衣服を脱がせては着せていく。
「ありがとう」
ルベリウスが着替えを手伝ったマルヴィナを労うと、マルヴィナは「どういたしまして」と制服をかけてシャツを洗濯カゴに置きにいった。
部屋に戻ったルベリウスはベッドに寝転がって学校の図書館から借りた本を読む。
最近、特に読んでいるのは魔術師向けの魔法を詳しく解説する魔導書、僧侶向けの魔法を記す神書と呼ばれる書籍。
(そういえば昔、イリーナ姉様と魔法について話した時に詠唱の省略について面白いことを言ってたな)
魔法の詠唱式は式に魔力を載せることで発動を式に任せるというもの。だから、その式の法則性を掴めば魔法の改造というものは難しくない。
イリーナは式が代行する魔素の操作を自力で行うことで詠唱は必要ないとルベリウスに語ったことがある。
〝賢者〟になるまではどれだけ詠唱式を口にしても魔法が発動しなかったルベリウス。
魔法を使えるようになって詠唱式が補う魔力と魔素の関連性を探ろうと一人でいるときにこっそり回復魔法を唱えてみたりしたことがある。
当然、上手く行かないのだが、それでも、ルベリウスは魔素を感じることと魔力の込め方が魔法を発動させる鍵ではないかと思い始めている。
これまで魔法が発動しなかったのだ。急に魔法が発動するようになれば、身体に影響があれば違和感を感じるし、その違和感を追求しようとするものだ。
ルベリウスはそうやって詠唱を破棄するコツを掴みかけていたのだが、なかなか油断ならないのが新しく来た使用人である。
部屋のは開いたままなので特に何かを隠しているわけではない。
けど、時折、快くない視線を感じるのでルベリウスは警戒していた。
(これがなければ良いんだけど──)
ルベリウスはこの状況を何とかしたい。そして、思いついた。
ターニャがいなくなってからというもの気持ち良く遊べていない。それはターニャのあの性格があってのもの。
マルヴィナはどうだろう?
ルベリウスは考えた。ルベリウスはマルヴィナを理解しようとしていない。
だから積極的に遊ぼうと思えなかった。
ターニャのときはどうだったろう?
思い返してみたら、ルベリウスは単純にターニャで遊び続けて積極的にコミュニケーションを図っているうちに理解を深めて、深い関係を築いてきた。
嫌われても良いから同じことをしてみたら良い。
ルベリウスはマルヴィナが部屋に来る前に〝遊ぶ〟を発動することにした。
「失礼いたします。ご主人様、お茶をお持ちいたしました」
背筋をピンと伸ばす素晴らしい姿勢のマルヴィナが足音を控えめに部屋に入る。
ルベリウスは〝遊ぶ〟を発動してベッドから起き上がった。
「ありがとう」
まだベッドの上のルベリウスはお茶を持ってきてくれたマルヴィナを労うとマルヴィナはテーブル近くにティーソーサーを配置してティーカップを置いた。
「今、お注ぎいたしましょうか?」
マルヴィナは上半身を起こしたルベリウスに聞くとルベリウスは「お願いします」と返してベッドから下りる。
ティーカップにお茶を注ぐマルヴィナを待ってルベリウスはテーブルに向かい、注ぎ終わったティーポットを置いたマルヴィナのお尻をルベリウスは撫でた。
「あぁんっ。いけません。ご主人様。お茶が……」
身体をピクッと震わせて顔を赤らめるマルヴィナ。
ルベリウスはその表情を見てニヤリとした。
「マルヴィナさんも一緒に飲みません?」
手はまだマルヴィナのお尻に触れたまま。
マルヴィナは「よろしいんですか?」と聞いてきたので、ルベリウスは「もちろん」と答える。
いつもご飯は一緒に食べている。けれど、これまではそれだけだった。
「それでは、お言葉に甘えてご相伴に与ります」
とは言ってもティーカップは一人分しかない。
そこでルベリウスはマルヴィナの耳元に顔を近付けて、耳に唇が触れるか触れないかの距離で囁く。
「では、僕がマルヴィナさんのカップをお持ちしますね」
みるみるうちに耳まで赤くなるマルヴィナをルベリウスは面白がる。
お尻を触る手にギュッと力を込めてから、ルベリウスはマルヴィナの背中を押して椅子に座らせた。
ティーカップを取りに行くルベリウス。
マルヴィナのこぶりなお尻は嫌いじゃないと思いながらも、ターニャの大きなお尻が少し脳裏を掠めた。
(きっと、忘れることはないんだろうな)
そう思いながら、今、傍に居るマルヴィナを大事にしていこうと考える。
とはいえ、彼女の一挙手一投足に怪しさを感じるルベリウスは、遊んで手篭めにするところからはじめてみるのも悪くないかも知れないと思いながらマルヴィナのティーソーサーとティーカップを手にとった。
ルベリウスが部屋を離れている間、マルヴィナは本来の仕事を忘れて心臓を高鳴らせていた。
ルベリウスとふたりきりの空間で過ごして数週間。
こういった過度な接触をルベリウスはしてこなかった。
前任のターニャから引き継ぐときにはルベリウスにはそういうところがあるとは聞いていたのに、湯浴みを手伝っても、朝に起こしても、そういったことは全くしてこない。
マルヴィナはとても不安だった。与えられた任務を無事に遂行できるのか。何せこうした潜伏して相手を探るということをしたことがない。
彼女は〝盗賊〟という職分が顕現したことで犯罪奴隷同様の扱いで売られて、何かの縁で買われた先が皇女である。
マルヴィナはジェシカ・ヴァン・アルヴァンの奴隷だった。
マルヴィナは十一歳になったときにジェシカに買われている。それから様々な教育と訓練を受けジェシカのコマとなっていた。
彼女の職分はジェシカにとっては大変優秀で多くの情報収集にマルヴィナは使われている。
ジェシカがマルヴィナをルベリウスのもとに送ったのは、ウルリーケがルベリウスの侍女を探しているという情報を入手したからである。
身分を偽らせて送り込んだのだ。
ところがここで致命的な事態に陥った。
マルヴィナは異性になれていないのである。ルベリウスの言葉巧みな誘いとスキンシップにマルヴィナは動揺。
そして、これからルベリウスがマルヴィナにしようとしていることは奴隷の主人が望まないことである。
主人の意思に反した時、奴隷に激痛が走り、最悪、命を奪う。
誰も望まない結末を生もうとしていた。
「ぐっ、ああああああああーーーッ! ああッ! ああ──ッ!」
マルヴィナは全身が引き裂かれ頭が割れそうな痛みにのたうち回った。
テーブルを倒し熱いお茶がマルヴィナに降りかかる。
火傷を負い赤く腫れ上がってもそれ以上に全身の痛みが強い。
異変に気がついたルベリウスは手に持ったカップを置いて部屋に戻った。
そこには熱湯を浴びて赤く爛れた顔のマルヴィナ。彼女は痛みで苦しんでいる。
「大丈夫? マルヴィナさん! マルヴィナさんッ!」
ルベリウスが駆け寄ってマルヴィナを確認するが、マルヴィナはルベリウスに気がついていなかった。
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