賢者 Lv.4

「いつも〝遊ぶ〟を使うつもりでお願いしますね」


 というターニャの言葉に、ルベリウスはターニャの前では常に〝遊ぶ〟を意識した。

 そうすることで自然と手が伸び口が立つ。

 ルベリウスにとっては精神的な消耗が激しいスキルだが、ターニャの願いならと聞くことにしたのだ。


 朝、目が覚めると、ターニャは一糸まとわぬ姿でベッドから出る。


(ほんの数日。こういうのがなかっただけで、こうまで違ったんですね)


 そんなことを思いながら軽やかな動作で散らかった下着や衣類を拾って浴室で湯浴みをする。

 久し振りに夜中に目が覚めなかったことを考えるとルベリウスの〝遊び人〟が常時発動する〝遊ぶ〟の効果は絶大だったのだとターニャは実感した。

 〝遊び人〟だったルベリウスには〝舐め回す〟とか〝百裂舐り〟など巫山戯た特技があるが、こういったものは〝賢者〟となった今も使えている。

 ターニャは〝賢者〟になったルベリウスと一度だけ冒険に出たことがある。

 プリスティアから帰ってきて入学式を迎えるまでの間のことだった。

 ルベリウスは〝くちぶえ〟で魔物を呼び、数々の魔法や武芸で次々と倒していく。その様相は凄まじく、〝遊び人〟だったころとは別格。

 そして、ルベリウスの研鑽と冒険の結果、ルベリウスから感じるみりょくは〝遊び人〟だったころに近付いたともターニャは感じていた。

 湯浴みを終えたターニャは朝の支度へと作業に入る。

 その後、ルベリウスを起こして学校に行かせるのだが、ルベリウスは律儀に〝遊ぶ〟を使って、ターニャのお尻を撫でたり胸に顔をうずめるなどしてルベリウスは〝遊び人〟としてターニャと過ごした。


 入学式の翌日のこの日は実力検査である。

 今日は筆記試験のみで学校を終えたのだが、帰ろうとしたところでシンシア・ヴァン・アルヴァンがルベリウスに声をかけた。


「少し、帰るのを待ってくださる?」


 呼び止められたルベリウスは「何か御用で?」と返す。


「あなた、何かございました? 中等部最後の合同授業から随分と雰囲気が変わったわよね?」

「き、気のせいじゃないでしょうか……」


 シンシアの指摘を受けてルベリウスはマズいと、誤魔化すことにした。

 まだ〝遊び人〟と思われていたいとルベリウスは考えていたからだ。


「そう──。そんなことはどうでも良いけれど、今のあなたのほうが私は良いと思うわ」

「そうですか。それは光栄です」

「ともかく、私、あなたが〝遊び人〟だと到底思えなくて気になって確認させていただいたの。それで声をかけさせてもらっただけよ」

「そうでしたか……」


 ルベリウスは以前からシンシアを傲慢で食えない皇女だと思っていたが、違った意味で食えない女だというのは間違いないと確信する。

 〝遊び人〟として生を受けたルベリウスは虐げられて育った過去から人の機微に敏感なところがあるが、シンシアはそれ以上に人間の微細を察知する。

 これは彼女の姉のジェシカも同じだが、これは皇家という特殊な環境で生まれ育ったが故のものだった。


 翌日は武芸と魔法の実力検査。

 武芸は帝国インペリアル騎士ナイトとの模擬戦を行い、魔法は火の玉を発生させる詠唱式を唱えて的に当てる、または、詠唱式を唱えて回復魔法を使うというだけという簡単なもの。


(これはごまかせないな……)


 と、ルベリウスが思う通りで定型化した詠唱式を唱えさせれば魔法が使えるのかが分かってしまうのだ。

 要するに──


(〝賢者〟であることがバレてしまう)


 と、ルベリウスは危惧する。


 まず最初に行ったのは模擬戦だった。

 ルベリウスはSクラスの最後だったので順番が来るまで騎士の戦いを観戦。


「ルベリウスくんはボクの次だったんね」


 アリシア・ヴァン・アルガンドは伯爵家の長女。職分は〝商人〟で下級職の中でも重宝されがちなもの。

 発現した年齢が五歳と低く、貴族の令嬢として教育を受けていく間に、様々な才能が開花したという珍しいボクっ娘。

 彼女の出席番号はルベリウスの一つ前。


「はい。アリシア様でしたっけ?」


 ルベリウスは聞いた。

 見覚えが無いわけではない。合同授業で見たことがあるはずだから。でも、話すことなんてないから名前も知らない。

 入学式の日に自己紹介をしたから名前がやっと分かったという状態である。


「うん。ボクはアリシア・ヴァン・アルガンド。よろしく」


 短い髪の女の子、アリシアは手を差し伸べて握手を求めた。

 ルベリウスはそれに応じて手を差し出し、互いの手を握り合う。


「よろしくおねがいします」


 手を離したらアリシアは身を寄せて隣に座った。


(距離が近いッ!)


 そう思った。

 何故、そう思ったのか。

 〝遊び人〟だったらここで冗談の一つでも言って腰に手を回して尻を撫でようとするところだ。

 やはり〝賢者〟ではそういった気が起きない。

 そこで物は試しと〝遊ぶ〟を意識する。


「アルガンドって確か伯爵家でしたよね?」

「うん。そう。ボクは〝商人〟って職分のおかげで学習効果が高いらしく第一学校のSクラスになれたんだ」


 彼女は職分を存分に生かして計算力の高さや人との距離の図り方など様々な場面で活用しているらしい。そんな有能な彼女が何故、ルベリウスの隣にぴったりくっついているの不思議だ──と、ルベリウスは思う。

 それから少し身の上話が進んでいくとアリシアはルベリウスを面白がるようになった。


「確か、何年か前から頻繁に高価な魔物の肉を冒険者ギルドに納品する〝遊び人〟がいるって有名な話が広まってたんだけど、それがルベリウスくんだったんだね」


 アリシアの口から出てきた言葉にルベリウスは驚いた。

 貴族はそこまで気にしないだろうと思っていたからだ。

 だけど、アリシアはルベリウスを知っていた。

 これは少し見出しておかないと面倒なことになりそうだなと考えたルベリウスは冗談を言って彼女を乗せた。


「はっはっは。ルベリウスくん面白いね。そんなことまであったんだ。それに何だかちょっとさ……」


 そこから先の言葉をアリシアは口に出来ずに止まると、ルベリウスはすかさずアリシアの尻に手を添える。


「ひゃあっ! もうっ! ほんとにしなくても良いじゃないか! 〝遊び人〟ってエッチなんだー」


 アリシアの反応で、ここからは俺のターンだ! と、思ったところで、試験官がアリシアの名を呼んだ。

 アリシアは「はい! 参ります!」と試験官に返事をして、


「ルベリウスくん。楽しかったよ。また遊んでね」


 と、実力検査を受けに行く。

 なお、アリシアは木槍を持って帝国騎士と戦った。


 アリシアの次はルベリウス。

 ルベリウスは今回は木剣と木盾を構えて帝国騎士と向き合った。


「始めっ!」


 号令と同時に剣を交えるはずだったのだが、ルベリウスに向き合う帝国騎士が動かない。

 それどころか、冷や汗をダラダラと垂らし始める。


「どうした? 両者とも、始まっているぞ」


 号令をかけた審判が戦闘を催促。

 すると、帝国騎士が剣を仕舞い盾を下げた。


「参りました」


 審判は騎士の言葉に驚いた。


「どうした? 何か理由が?」

「こんな化け物と戦えませんッ! 失礼しますッ」


 審判が理由を訊いたら騎士は敬礼をして下がっていった。

 困り果てた審判はSクラスの担任のリコ・ヴァン・ショールに模擬戦をお願いすることにした。


「リコさん。すみません。ルベリウスくんの相手してもらえる?」


 審判の先生の声でリコが支度をしてルベリウスと向き合う。


「お手柔らかに頼むね。ルベリウスくん」


 リコは楽しみだと言わんばかりの表情をルベリウスに向けた。


「はじめッ!」


 審判の号令と同時にリコが突進する。

 ルベリウスを薙ぎ払おうと剣を振ったがルベリウスは軽く後退って躱した。

 リコの最初の攻撃だったが軽くダメージを受けていた様子。


(この技は〝パラディン〟か)


 ルベリウスがリコの様子を伺っていたら、彼女は剣を横に振った。

 風の刃がルベリウスを襲う。

 ルベリウスは咄嗟に防御障壁を使ってダメージを軽減。


(痛い……)


 そして、ルベリウスの攻撃。

 ルベリウスの剣戟はリコの盾を弾き飛ばした。


「あなた、本当に〝遊び人〟? 惚れ惚れしちゃう強さね」


 盾を弾き飛ばされたリコは尻もちをついていて、ルベリウスに艶を感じさせる視線を向ける。


「お褒め頂き、ありがとうございます」


 ルベリウスはそう返したが、リコは「盾を飛ばされたらもう、守る術がないじゃない。降参よ、降参」と剣を手放して手を振った。


 この日、模擬戦で勝利を収めたのはルベリウスただ一人。

 武芸の実力検査が終わるとすぐに魔法の実力検査。

 ルベリウスは風の刃──真空波を受けたダメージでじんじんと痛む身体にムチを打って検査会場へと向かった。

 会場に到着するとすぐに二枚の紙を渡される。

 詠唱式を読まされるのだ。

 つまり、この文字を読めば魔法が発動してしまう。


(これはごまかせない……)


 ルベリウスは諦めて、紙に記されたとおりに詠唱式を読み上げて、火の玉を発生させる魔法を唱えた。


(それにしてもこの詠唱式、適当すぎる)


 属性は火、大きさは小、魔力は中、射出速度は遅い。

 この魔力は中という定義、当人の魔力に対して中くらいという意味だった。

 〝賢者〟となったルベリウスだが〝遊び人〟として育ったせいで魔力の基底となる知力が何故か高い。

 小さな火の玉がルベリウスの手のひらに発生すると火の玉はゆっくりと的に向かって飛んでいき、的は爆散した。


「おおおおおッ!」


 試験官がびっくりして尻もちをついてる。

 的を爆散させるほどの威力をこの年代の魔法使いでは持てないというのが一般的だったからである。


「できました。もう良いですか?」


 口が開いたままの試験官にルベリウスが結果を報告。


「んむ。次に行っても良いぞ」


 試験官が姿勢を正してからルベリウスに指示を出した。

 次に行ったとしても〝魔術師〟の魔法が発生したから〝僧侶〟の魔法は発生しない。

 しかし、ルベリウスは次の会場で詠唱式が書かれた用紙を受け取って、それに記された文字を読み上げたら見事に回復魔法が発現した。

 ルベリウスはそのついでに、リコの真空波で受けたダメージを紙に書かれた回復魔法で癒やしている。


 これで実力試験は全て終了。

 ルベリウスは〝遊び人〟だが〝遊び人〟は魔法を使えないというのに、魔法が使えたという記録が残った。

 それも、過去に一人も存在しない〝魔術師〟の魔法と〝僧侶〟の魔法の両方を使った記録である。

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