閑話 二
貿易都市アルエラ──アルガンド領の領都で、その昔、アルヴァン帝国では帝都アルヴァーナに次ぐ人口を誇る大都市として繁栄していた。
アルガンド領を治めるのはコマシス・ヴァン・アルガンド伯爵。
コマシスは四人の男と三人の女の父親で妻は正妻一人と二人の公妾を娶っている。
その他にも表に出ない妾を多数侍らせる好色家としても名を馳せた。
帝国が西方への侵略を始める以前のアルエラは多民族が行き交う貿易都市。
一時は人口が二十万人に迫る勢いでアルエラ外壁内に収まりきらないほどの人間や亜人と呼ばれる種族が住んでいた。
しかし、都市の景観が今も変わらないアルエラとは言え、帝国の侵略政策で多くの種族が逃げ果せ、人口は半減。さらには西の外壁の外には多くの難民がテントを張り、小屋を作りスラム街を形成。
そこに一人の平民の少女がスラム街から少し歩いた先──街道の一角で休む通行人相手に〝遊ぶ〟少女がいた。
「レッカちゃん。上手だねー。こいつはたまげた」
「どれどれ、おじさんにも見せてごらん」
「おお、これは奇妙だけど値はつけられそうだ」
レッカと呼ばれた肩に届く長さの真銀の髪を持つ少女である。
物覚えが付いた頃にはこういった木彫りの工芸品をなんとなく作りはじめて、娼婦の母を待つ客を相手に工芸品を買い取ってもらっていた。
次の日の朝──。
木彫りの工芸品を二束三文で引き換えてもらったレッカは、外壁を通って食品店や外食店を回る。
「お、レッカちゃん。今日もいる?」
「ん。おいちゃん。お願いね」
「いつもありがとう。これ、処分するのに結構金がかかるんだよ。ありがたい」
「ウチこそありがと。これだけあったらママも喜ぶよ」
「ん。じゃあ、今度いったときにサービスしてって伝えておいて」
「ん、いーよ」
レッカが受け取ったのは豚やヤギの腸である。
いつもお代を持っていっているが今日はお代を取られなかった。
「ありがとう。おいちゃん」
レッカはご機嫌に踊りながら家に帰った。
家に帰ったレッカは貰った腸を明日には使えるように綺麗に洗浄。形を整えて保管する。
レッカの母は客を取る時にこれを使用する。
「レッカ、行ってきたの?」
レッカが避妊具を作り終えたころに母親のルッキが起きてきた。
「あ、おはよう。ママ。今日はタダだったよ」
「そう。ありがとう」
ルッキは真紅の髪を持つ美麗な女性。
はだけた大きな胸をゆさゆさと揺らして、ボサボサとしてあちこちが跳ねる毛量の多い髪の毛が生える頭をボリボリと掻く。
髪の毛の色こそ遺伝したなかったが、ルッキの毛量の多さは娘にも遺伝。
この美しい娼婦ルッキは十四歳でレッカを産み女手一つで育ててきた。
レッカが生まれる前から娼婦として金を取っていたが、ある時、一人の客に熱を上げるとルッキは男と一緒に親から逃げて、その男と一緒に暮らした。
人里離れた彼の故郷での生活を営んだが彼の親から結婚を許されず、彼とルッキは相談の末に別れを選んでルッキはひとりアルエラのスラム街へと流れ着く。そんな時にレッカがお腹にいることを知った。
ルッキは愛した彼が残してくれた贈り物だと喜んでレッカを産む。
その後、働き口がなくて再び娼婦として客を取る。
それから数年と娼婦を続けていたある時、酷い客に出会った。
どこだかの公爵の息子だとふんぞり返ったお貴族様である。
これまでは避妊具を用意できずに商売をしていたルッキ。
娼婦としての生活を維持できていたのは、良い客に恵まれて、彼らの善意で商売が成り立っていた部分があったからだった。
ところが、その貴族は平民をゴミとしか考えておらず、ルッキを平民だと罵り、殴り、蹴り、そして、無理矢理に犯す。
それが原因でルッキは二人目をお腹に宿したが、その子は産んだ直後に貧しくて育てられないという理由で手をかける。
以降、避妊具を用いて商売を再開。何故か避妊具を使ったほうが好評で良客がつくようになったし、そのお陰で日に何人かの客を取れるようになった。
ルッキが唯一愛した男との娘──レッカは父親によく似ている。
レッカが家の中でだけ毛量の多い真銀の髪を結わえたときだけ目にする尖った耳がルッキには今も眩しい。
まだ幼いその娘が毎日、仕事道具を準備してくれるのだ。
望まぬ子を孕み仕事が出来ず、生活が困窮したあの時から──。
ルッキが目を細めて眺めるレッカは手際良く料理を済ませて食事を用意している。
「もう、できてて、そこに置いてあるよ」
「ん。いつも世話をかけるね」
「ご飯もできたよ」
ルッキは娘が支度を全て終えたことを確認して眠い目を擦りながら食事を取る。
ルッキが食事を摂り始めると、レッカが着替えを始めた。
「今日も行くの?」
「ん。ウチ、肉も魚も食べたいから」
「いつも悪いわね。本当に。よく出来た子に育って嬉しいわ」
「あははは。褒めすぎだよ。ママ。じゃ、行ってくるね」
レッカは白銀色のナイフを手にして家を出てスラム街を駆け抜ける。
西へ南へと走って目指した先はアルエラ市の南西にある海岸。
一時間ほどして到着するとレッカはすぐに〝くちぶえ〟を吹く。
ルッキが子を孕んで客を取れない間、子を産んだ後から客を取れるまでの間、レッカはこうして稼いだ。
ルッキの前に、魔物の群れが現れた。
魔物は海岸線に生息するアーミー・クラブ。
レッカは優雅に踊り、大げさに転び、時に石を投げ、次々とやっつける。
稀に銀色の硬い何かが出てくるが、レッカが石を投げると何故かすぐにやっつけることができた。
そのほかにも貝型のトレジャー・シェルやイカ型のジャイアント・スキッドという魔物も討伐。
レッカは四歳ごろからこんなことを繰り返している。
最初こそ持ち帰るのに苦労したが、今では倒したカニを持ち帰っていろんな店に持ち込んで売り捌く。
冒険者ギルドであればもっと高く売れるのだが、レッカは冒険者に登録できる年齢に達していない。
生活のために値踏みされても良いから持ち込んで買い取ってもらうしかなかった。
そうやって苦しい時期を過ごしたルッキとレッカ。
ルッキが仕事に復帰してからもレッカは狩りを続けていたが、ある日、ルッキは仕事を辞めて領主の妾になると言い出した。
レッカが十二歳になった日のことである。
「──もう若くないっていうのに妾として娶りたいって言う物好きな貴族がいてさー、どうしようかと思ってるんだよ」
ルッキは貴族の誘いを悩んだ。
平民でしかもスラム街の住人だと言うのに赤髪の彼女を娶りたいと申し出た貴族がいた。
スラム街で客を取っている娼婦はルッキだけではない。稼ぎが落ちてきているのも若い娘を好む男の
もう潮時かと思い始めた矢先の誘いにルッキは悩んだ。
「ママが良いなら良いんじゃない? ウチも十二歳になって冒険者ギルドに登録できるから、一人でも大丈夫だよ」
ルッキは娘も一緒に──そう思ったが、レッカはルッキが貴族の家に入るなら自分は不相応だと自立することを選んだ。
これまで一緒に生活してきたパートナーとの別離である。
「ママが貴族の妾として大事にされるなら私はそのほうが安心して冒険者になれるんだよ」
「でも、良いのかい? 私と一緒ならもっと楽な生活ができるんだよ?」
「流石にそれは難しいよ。ママ一人ならまだしも、ウチが一緒に行ったらウチやママ以外にも迷惑をかけることになるからさ。それに会いたかったらいつだって会えるんだし、ウチがママの娘ってことはずっとかわらないよ」
「本当に良いの?」
「ウチはウチでやれるから。ママが悩むくらいの良い誘いを断って後悔されちゃったらウチのせいになっちゃうし、それはイヤ。貴族の妾になれば家から出された後でも充分なお金を貰って暮らせるでしょ」
ルッキは心残りを抱えたまま、領主の妾として引き取られることになり、領城の奥の宮殿に住まいを移した。
ルッキを見送ったレッカは領主と話をして、これならルッキを安心して預けられる──と、その後すぐに帝都に移住。
帝都の西門の外のスラム街に家を借りて冒険者として人生を歩み始めた。
レッカは尖った耳を隠して冒険をする。
正確に言うと、肩より伸びた毛量の多い真銀の髪で尖った耳が隠れているのだが──。
最初はパーティを組んだりもしたが、若くか細い女だからと犯そうとする冒険者から逃げたり、レッカの戦い方が気に入らないと追放されたり、そんなことを繰り返しているうちにソロで冒険をするようになった。
と言っても、レッカは帝都の北東にある河岸や湖岸でトレジャー・シェルという貝型の魔物を〝くちぶえ〟で誘って絶え間なく狩り続ける。
平民のレッカは
冒険者ギルドでも希望すれば教会で鑑定を受けることができるが費用は別途必要。そのため、職分が顕現していても鑑定を行うものは多くない。せいぜい、冒険者としてある程度の収入が安定し始めた頃にギルドの受付を通して鑑定を申し込む程度。申し込んでも貴族街に入らなければ鑑定を受けることができないので諦める冒険者ばかりだった。
そんなわけで、冒険者の多くは職分を持っていないか、たとえ何かしらの職分に目覚めていたとしても自分がクラス持ちだとわからずに一生を終える。
レッカも例外なく、そういった冒険者の一人だった。
とはいえ、レッカの成長は著しい。
ちょうど冒険者ギルド史上初の〝遊び人〟のシルバーカードホルダーの昇格が決まったばかりの頃。
レッカもソロの冒険者として名が売れ始めた。レッカは冒険者らしからぬ露出度の高いフォルムで冒険者ギルドにて多くの貝型の魔物を中心に納品する姿は注目を集める。
加えて、幼く凹凸に乏しいと言うのに妙な色気を放つ彼女に言い寄る猛者は少なくなかった。
冬生まれのレッカが十五歳を迎えたばかりの頃。
レッカはアルガンド領に住んでいた頃にジャイアント・スキッドに巻き付いていた露出度の高い女性向けの服を主装備としていて、武器は投擲やムチ、それと「持っていなさい」とルッキから受け取った白銀色のナイフを腰に下げる。
その日、レッカが家を出て門に近い街道に出ると一台の馬車が通り過ぎようとしたところ、子どもが飛び出して横切ろうとした。
馬が驚いて嘶き、前足を高く上げたところで、レッカは子どもを抱きかかえそのまま転ぶ。
馬が振り下ろした足は間一髪。誰にも当たることはなかった。
馬車が急に止まったから馬を落ち着かせるために御者席から下りてきた女性と、馬車から出てきた一人の少年。
レッカは自分と似た装備の女性に目が点になった。
ゆっさゆさと大きな乳袋を垂らしてレッカの傍に近寄ると、
「大丈夫です? ケガはありません?」
前かがみになって聞いてくる。
左右にぶらりぶらりと揺れるそれはそのものの大きさを言葉以上に語る。
(ママのよりずっと大きい)
女性の胸に見惚れていたら、もうひとり、声変わりも始まって間もない少年が女性の隣に並んだ。
「大丈夫でした? 馬に踏まれたりとかしてません?」
まるで少女のように可憐で美しい少年だった。
だが、レッカは感じる。
(この子って私と同じ?)
何が同じなんだろう──そう感じたことをレッカは疑問に思ったが、馬車に乗る貴族の通行を妨害すると殺されても文句は言えない。
レッカは急いで平伏して頭を地面に擦りながら謝罪した。
「申し訳ございませんでした! 私はかまいませんから、どうかこの子は見逃してあげてください!」
レッカの土下座と叫び声に近い大声だと言うのに涼やかさを漂わせる声色に周囲のスラム民たちが注目する。
これから起きるのは殺戮ショー。
そう思って疑わない聴衆。
だが、少年はそんなことは気にせずにレッカの肩に手を置いて──
「頭を上げてください。この子を救ったのはキミでしょう? なら、誇るべきですよ」
その後ろで胸の大きな女性が「坊ちゃま。申し訳ございませんでした。気が付くのが遅れてもう少しで大事になるところ、この子に助けられたのは私も同様です」と言葉を綴る。
レッカは恐る恐る顔を上げると少年が流し目風に一度後ろの女性を見る。
それで周囲の空気が変わった。
「僕はルベリウス・ヴァン・ダイスと申します。お名前を伺っても宜しいですか?」
ルベリウスのみりょくが周囲を魅了する。
レッカは横で気を失って倒れている小さな少年に流し目を送ってから名乗り返す。
今度は周囲の雰囲気をレッカが持っていった。
彼女のみりょくはルベリウスを凌ぐ──。
「ウチはレッカ。平民ですので家名はありません」
「レッカさん。今日はすみませんでした。何かございましたら、南門の衛兵に僕の名前を出してください。そしたら、こちらで誠心誠意対応させていただきますから」
ルベリウスはそう言って立ち上がると、さり気なくターニャの腰に手を回して、それから、尻を撫でて揉みしだきながら馬車に戻る。
レッカはルベリウスのその一連の動作を見て目を見開くほど心が惹き付けられた。
(なんて無駄のない動き──とっても気になるッ!)
これが後の〝賢者〟ルベリウス・ヴァン・ダイスと、数多の男の注目を集め同性からの妬みで汚名が広まり銀髪クソビッチと呼ばれた〝遊び人〟レッカの出会いである。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます