遊び人 Lv.20

 ルベリウス・ヴァン・ダイスは十五歳になった。

 第二学校中等部の三年生になったルベリウスは、初等部から中等部でそうだったように、中等部から高等部への進級ではなく、第一学校の進学を選んだ。


「また、引っ越しですねぇ……」

「そうね。今度は家からかなり近くなるけれど、今まで歩いてたのが歩かなくなるから逆に身体が心配になるわ」


 ルベリウスに届いた合格通知を見てターニャとウルリーケは嬉しそうな顔して嘲る。


「ところで、お金は大丈夫なのかしら?」

「もちろん、私と坊ちゃまでめちゃくちゃ稼ぎましたからッ!」


 第一学校高等部に入学をするにも結構な費用がかかる。

 それを心配したウルリーケだが、ターニャが大きな胸の胸元をトンと叩いて勝ち誇る。

 ターニャはまだブロンズカードホルダーだけど冒険者としてそれなりの経験を積んでいた。

 彼女の職分クラスは〝踊り子〟という下級職だが、ルベリウスが〝踊り子〟の特徴を調べてターニャに伝播したところ支援職としての能力が飛躍的に向上。

 ルベリウスとターニャの二人の下級職パーティで長期休暇の度に高額な魔物の狩猟をして荒稼ぎをしていた。

 当面の学費や寮費、生活費の心配はないが、第一学校の高等部は何もかもが高額なため心許なさは仕方ない。

 ルベリウスとターニャは長期休暇を使って稼げば良いと楽観。

 ウルリーケはその楽観が根拠がなく見えて心配なのだが──。


「そこが心配なのよ。本当に無茶だけはしないようにね」


 ウルリーケは二人に釘をさす。

 それからウルリーケは「ああ、そう言えば──」と言葉を繋いで、ルベリウスとターニャに自身の近況を伝える。


「私、ようやっと離縁の交渉が始まったの。それでベルが高等部に入るころにはプリスティアの邸宅に移ることになったわ」


 ウルリーケはアウル・ヴァン・ダイスとの数年に渡って離婚の協議に取り組んでいた。

 ようやっと表に出せる状況になったのはプリスティア侯爵家がウルリーケに協力するようになったからである。

 当面は帝都のプリスティア家邸宅に住み、ルベリウスが高等部を卒業したのちに帰領するそうだ。


「そうですか──では……」

「血の繋がりは消えることはありませんし、万が一のことがあればベルをプリスティアに引き込むつもりよ。それにアリスは既にダイス家から離れて独立しているし、シグナールも正式に嫡男から外されているの。協議が進んだのはそのお蔭でもあるわね」


 ダイス子爵家は嫡男だったシグナール・ヴァン・ダイスが廃嫡されて、次男のセグール・ヴァン・ダイスが正式に嫡男となった。

 それが、ほんの数日前。廃嫡されたシグナールは、帝城での働きによる功績が認められて男爵位を叙爵されたこともシグナールの廃嫡を後押ししたそうだ。

 シグナールは領地を封ぜられたのだが、東南部の過疎地で新たに開拓が必要なところらしい。

 既に開拓団が編成されて領地の開発を始めてるそうだ。

 その話をウルリーケがルベリウスに伝えた。


「そうだったんですね。もしかして、僕が〝遊び人〟だったからお母様にご迷惑をおかけしていたのでしょうか?」


 ルベリウスは自分が遊び人だから父親のアウルからひどい扱いを受けていたと自覚している。

 自分を産んだ母親が〝遊び人〟を産んだからアウルはウルリーケを遠ざけたのではないのかと後ろめたい気持ちを、ウルリーケと再会を果たしてから感じていた。

 そして、今日──。

 ルベリウスはウルリーケから離婚の話を具体的に聞いた。


(僕のせいだ──。僕は遊んでいて良いのか、何か他にすべき事があるような気がする)


 そう思い始めた。

 同時に、ルベリウスが少しだけ荒れ始めたのもこの頃からである。

 そう、彼は曲がりなりにも〝遊び人〟だった。


 第二学校中等部を卒業したルベリウス。

 卒業間際に浮名を流す彼には心残りが一つあった。


「ルベリウスくん、卒業おめでとう」


 ミサ・ヴァン・ティックル。

 彼女は三年間、ルベリウスのいたSクラスの担任を勤めた。

 第二学校最強の〝魔法戦士〟の彼女は一度もルベリウスに勝ったことがない。

 ルベリウスから見るとミサは全く歯が立たず負けに近い引き分けで負け続けた相手として認識していた。


「ありがとうございます。ミサ先生」

「入学したときは私よりもずっと小さかったのに、今では見上げるのよね」

「言われてみたらそうですね。こうして見るとミサ先生って女性としてとても魅力のある方なんですね」


 卒業式典ということでいつものパンツスタイルではなくちょっとした正装に近い姿だった。


「言い過ぎじゃない? 貴方みたいな方な子にそんなこと言われたら、勘違いしちゃって大変なことになる子がいっぱい出来そうよ。気をつけなさいね」

「そうでしょうか? 僕は最下級職ですからそれほどでもないんじゃないでしょうか」

「そう? 周りの女の子たちを見るとそうとは思えないのよね」

「それは僕の周りを気にしてるってことですか?」

「私は先生ですから、最近のルベリウスくんを見てるとどうも──ね……」

「そうだ、ではこうしません? 僕、先生ともう一度、模擬戦をしたいです。このまま負けた気持ちで終わりたくありませんから」

「私、今日はこの格好だからムリよ。──でも、私もルベリウスくんと模擬戦をしたいわね。教師と生徒という肩書無く貴方と戦ってみたいわ」

「では、いつがよろしいでしょう? 僕は寮におりますから、先生の都合に合わせます」

「私は──」


 ルベリウスはミサと模擬戦の約束をして、卒業の最後の挨拶とした。

 女生徒たちの中に消えていくルベリウスを目で追ったミサは彼の背中を見てこう思った。


「あの子、本当にみりょくのある子だったわね。危うかったわ。呑まれちゃいそうだった……」


 模擬戦は約束の通り行って、決着は結局つかなかった。

 しかし、その後、紆余曲折があり、ルベリウスの心残りが解消されると、ミサはルベリウスに対して更に一目置くようになったそうだ。


 引っ越しの日。


「ベルくん、お元気で!」

「ルベリウス様! 合同授業で会いましょう!」

「ベル様、また、遊んでください!」


 女生徒たちがルベリウスが校門から出ていくところを見送った。

 ターニャとウルリーケが傍で、にこやかにその光景を見ている。

 見送りの中にはミサ先生の姿もあった。


「皆さん、今まで本当にありがとうございました。第一学校に行きますが、高等部でも合同授業がありますので、そのときはよろしくお願いします」


 ルベリウスは〝遊び人〟として生まれて、家からは蔑ろにされ、ターニャという従者はいたものの彼女以外に誰もルベリウスに近寄らないという人生を歩んだ。

 だが、第二学校中等部に進学してからというものルベリウスの周りに人が集まるようになり、最後はこれが人生の絶頂期かと見紛うほどにモテた。

 職分──〝遊び人〟として成長を遂げたルベリウス。

 思えば第三学校初等部に入学した時、ルベリウスは自己研鑽に励むと誓って積み重ねたものは非常に多かった。

 ところが中等部ではその成長が鈍くなり、限界を感じ始めている。

 女の子たちに慕われているのは悪くないのだが、ミサという強者との模擬戦では自身の限界を強く感じている。


(僕は遊んでいて良いのか、何か他にすべき事があるような気がする)


 そう自問自答するが、周囲の──最後にはあれだけ立ちはだかったミサ先生もルベリウスに気軽に接するようになった。

 今、ルベリウスの前に出たミサはルベリウスに何かを伝えようと俯いている。

 ルベリウスは校門を出ようとしたが、ミサの様子が気になって振り返る。


「ミサ先生、どうしました?」

「あ、キミに……ルベリウスくんに言っておきたかったんだ」


 ミサはゆっくりと言葉を繋ぐ。


「私は教師をやめようと思う」

「ミサ先生……」

「キミといろいろあったからというわけじゃないの。貴方と出会ってもっと強くなりたいって思ったの。だからもう少し鍛錬に励みたくて、でも、教師を続けていたらそれができないから……」

「そうでしたか……。僕にとってミサ先生はずっとミサ先生です。ミサ先生のことを僕はずっと応援してますから」

「そう言ってもらえると嬉しい。ありがとう。決心が着いたよ」


 ミサはそう言って「また、戦おう」と見送った。


 第一学校は帝都アルヴァーナの東側──貴族街の北側の一角に位置する。

 第二学校とは正反対でゆっくり歩くと一時間ほどの距離。ルベリウスと母親のウルリーケ、従者のターニャは手荷物を持ちながら北へと歩いた。


「じゃあ、ルベリウス、この後はお願いね」


 道すがらウルリーケがルベリウスに言う。


「はい。寮の管理棟で申請をすれば良いんですよね」

「ええ、そう。出発は明後日。私は準備があるから、プリスティアのほうの家に行くわ」

「わかりました」

「ターニャもお願いね」


 ウルリーケは話の終わりにターニャに振ると、ターニャも「かしこまりました」と返した。

 ルベリウスは父親のアウル・ヴァン・ダイスがルベリウスと関わりたがらないため、後見人を祖父のクレフ・ヴァン・プリスティアとするためにプリスティア領に向かう予定となっている。

 この短い旅には姉のアリス・ヴァン・ダイスも同行し、ダルム神殿にも立ち寄ることになっていた。


 この時、ルベリウスは人生の絶頂期かと見紛うほどに〝遊び人〟として最高の日々を送っていたのだが──それが永遠に続くと思っていたのだが──まさかあんなことになるとは。

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