遊び人 Lv.19

「ルベリウス・ヴァン・ダイス」


 ルベリウスが強い語気の女声で呼び止められたのは二つ目の見学箇所を見てからだった。


「はい……何でしょう」


 ルベリウスがそう答えたまでは良かったのだが、周囲から一気に同級生たちが引いていく。


「ねえ、失礼じゃなくて?」


 第一学校の女生徒の一人がルベリウスの前で腕を組んで立ちはだかる。

 ルベリウスは何がなんだか全く理解が及ばず、第一学校の女子だから目上の人だろうと考えて謝罪することを選んだ。


「は……はあ……そうでしたか。申し訳ございません」

「いや、そうじゃないの。あなた、私を差し置いて他の女生徒と和気藹々とお話されていたじゃない」

「はあ……まあ……そうでしたけど…………」

「や、だから、そうじゃなくてッ! リリと話してどうして私には挨拶の声をかけてくださらないの? 仮にも私の婚約者候補だったのでしょう?」


 女生徒の声が荒ぶって城内に響いた。

 その言葉はとても強くて周囲の注目を浴びてしまう。

 女生徒はシンシア・ヴァン・アルヴァン。

 皇太子の次女である。皇女ということになるのだが──。


「申し訳ございません。先程、リリ様にもお話したのですが、確かに私が五歳ごろにこのような立派な場所で同じ年くらいの少女と遊んだ記憶はあるんです。ですが、記憶はおぼろげですし、五歳ごろと十二歳、十三歳では見た目も全く違いまして、思い出せたとしても確証が持てません」


 言葉を選ぶのが苦しいが、リリのときと同じく正直に伝える。


「それは無責任じゃなくて? 仮にも皇族である私やお姉様ですから、普通ならご存知じゃないほうがおかしいと思いませんの? あなたの都合でお受けできないと断られはしましたが、私たちはそれでもあなたをまだ婚約者候補として名を連ねさせていただいておりますから、そういった自覚をお持ちいただきたく存じます。ここにはお姉様がおりませんからお話はここまでにさせてもらいますけど、今後はこれまでのようなことはないと願っております」


 ルベリウスは彼女が何を言いたいのかわからないまま話を切り上げられて、彼女は取り巻きのところに戻っていった。

 その後、移動中にルベリウスはシグナールに話しかけられた。


「お前、殿下と何を話してたんだ? 婚約者候補なんとかって……」

「それは僕にもわかりません。お兄様こそ、知ってらっしゃるのかと思ってました」

「いや、俺は何も知らないよ。だいたい、お前が五歳って俺はもう働いてたし、働き始めたばかりでいっぱいいっぱいだったしな」


 シグナールも何も知らないとルベリウスが知る。

 しかし、シグナールは彼女を殿下と呼んだ。


「あの、つかぬことをお聞きしますが、先程の女生徒が殿下とはどういうことでしょう?」

「殿下は殿下。シンシア皇女殿下だよ」

「本当ですか?」

「ああ、何ならリック殿下に聞いても良いぞ」


 シグナールはリックを呼んだ。


「どうした」

「うちのベル──ルベリウスがシンシア皇女殿下を知らないと言うので、リック殿下にも確認を取ろうと思ったところでした」

「そうか──」


 リックはルベリウスに事の経緯を話し始めた。

 その中にはシグナールが知らないことも含まれている。


「ベルが最下級職の〝遊び人〟というのは知っていて、第三学校に入れたということも父上から聞いていたんですが──」

「それだけなら俺たちは気にもとめなかったろうが、一歳になる前に職分が発現し、並外れた学習能力を持っていることを把握していたんだ。発現が早かったから様々な面でクラスの練度と共に能力的な成長が早まったのではと考えられている。それで要観察対象として今も常にルベリウスの情報を追っている。彼が冒険者カードを持っていて、それがシルバーだというのも把握している」

「シルバーだって?」


 リックから説明を受けたシグナールだが、ルベリウスがシルバーカードホルダーだと知って驚いた。


「そんなの俺でも絶対にムリなやつ……」

「そう──。シルバーカードは上級職に至る人間が持てる代物だ。だが彼は十一歳でシルバーカードホルダーになった」

「私の父上はそれを知っていて……」

「いや、アウル子爵には何一つ情報を伝えていない。最下級職ということでダイス家から切り離したがっていたから、こちらのほうも情報を遮断させてもらっている」


 自分の話でルベリウスは居た堪れない。

 何も言葉を挟めずに大人の二人の話だけが耳に飛び込んでくる。

 シグナールがため息をついてルベリウスに目線を向けると──


「俺、父上の言葉を信じ切っていてお前のことを見縊っていたよ。済まなかった」


 シグナールはそう言ってルベリウスの頭を撫でた。


「今の彼は魔術師ごときのお前じゃ勝てないだろうな──」


 リックはルベリウスがミサ先生と引き分けたことまで知っていた。

 彼女は〝魔法戦士〟──上級職である。

 ルベリウスは上級職が相手では全く太刀打ちできないと、今も研鑽に励んでいた。


 最後に帝国インペリアル騎士ナイトの訓練所に足を運ぶ。

 ここでは素振りや矢や槍を使った的あてなどの実地訓練を体験できる。

 リックの目的がまさにここだった。

 ルベリウスの現在地をここで知ることができるんじゃないかと考えていたのだ。

 訓練所では第一学校の生徒たちが訓練用具の体験をして、それから第二学校の生徒が木製の武器を受け取って訓練用の人形を打つ。

 ルベリウスは木の槍を受け取った。

 隣の人形を帝国騎士が木の槍で打って模範を見せる。

 同じようにやってみて──ということで、ルベリウスは槍を構え人形を突く。

 ルベリウスの槍は人形を綺麗に打ち、騎士の真似をして何度もの連撃を寸分違わず打ち付けた。

 それを隣で見ていた騎士がルベリウスに話しかける。


「凄いな。キミ、名前は?」

「僕はルベリウス・ヴァン・ダイスです」

「ルベリウスくんか覚えておこう。ぜひ、うちに来てもらいたいものだ」

「ありがとうございます。ですが、僕はまだ未熟なので今度は本当のお誘いをいただけるように頑張ります」

「おお、楽しみにしてるぞ。ルベリウスくん」


 その様子を見ていたリックはルベリウスの姿勢があまりにも美しく、重い槍に振り回されない身体の軸の強さに惚れ惚れした。


「見たかシグナール。あれがお前の弟だぞ」

「あれが〝遊び人〟だとはとても思えませんね。化け物ですよ」


 ルベリウスの知らないところで彼の評価が独り歩きしていく。

 その訓練の様子を皇帝バレット・ヴァン・アルヴァンと皇太子ライン・ヴァン・アルヴァンが上から見下ろしていたことは誰一人として気が付かなかった。


 それから、しばらく──。

 第二学校中等部は夏季休暇に入った。

 ルベリウスは夏季休暇中に自由に平民街に出入りできる通行許可証を申請して入手。

 そして、今日、久し振りに冒険に出る。

 ターニャはいつもどおり、ルベリウスよりも先に目が覚めた。

 今朝も相変わらずの全裸である。

 もうすっかり慣れきってしまったが〝遊び人〟の主人に侍女として仕える彼女はベッドから出て浴室へと向かい、湯浴みをするところから朝が始まる。

 それから朝の支度をしてルベリウスを起こした。


「坊ちゃま。朝ですよ。今日から行かれるんでしょう?」


 ターニャはルベリウスの耳元で囁く。

 珍しく寝起きの良いルベリウスは一度の囁きで、尚且、悪戯してくることなく起き上がってくれた。


(毎日、こうならとっても楽なのに……)


 洗面所に向かったルベリウスを目で追いながらターニャは思う。

 ルベリウスが学校から貰った通行証には期限があるがもう一つ、制限があった。


──必ず二人以上で使用すること。


 つまり従者や護衛が居ないと通行証があっても通り抜けることができない。

 そのため、ターニャの冒険者カードを作成して一緒に狩りを楽しもうということになったのだ。

 また、そのついでということでターニャの帰省をこの長い夏季休暇に織り込んで冒険の旅として帝都を出発する。



 一方、帝城のとある一室では、姉妹が仲良く茶を啜っていた。


「お姉様。今日、第二と帝城見学をしてきたの」

「あら、良いわね。私も去年、来たわ」


 シンシアは一つ年上の姉のジェシカに今日あった出来事を話す。


「第二にベル様がいらっしゃったの」

「まあ、どうでした? やはりお変わりでした?」


 ジェシカはルベリウスを片時も忘れたことがなかった。

 彼女の魔法は全てルベリウスから教わったもので成り立っていて、彼が教えてくれた詠唱式の法則や文法は今だに応用が利くほどで、魔法の授業や試験に役立っている。

 そのルベリウスの記憶は彼が五歳の状態で止まっているのだ。


「とっても綺麗で髪が短くなければ私やお姉様よりもずっと綺麗でいらしたわね」

「そうなの。それは見てみたいわね」


 シンシアの言葉通りにジェシカは瞼の裏に成長したルベリウスを描いていく。

 ベースはもちろんウルリーケ・ヴァン・ダイス。

 小さな頃から彼は母親によく似ていたからだ。

 もしかしたら、私好みの容姿に育ったのかも知れない。ジェシカは瞼裏のルベリウスの想像図に期待を込める。

 それからシンシアの口から出てくる言葉は予想に違わずである。


「でも、私のこと覚えてなかったわ」

「それは仕方ないんじゃなくて? だって、私も六歳のころの出来事や会った人を事細かに思い出せと言われてもムリですもの」

「──ですけど、覚えていてもらいたいじゃないですか」

「シンシアの気持ちは分かるけれど、それは傲慢というものよ」


 ジェシカはシンシアの性格を慮って諭すことにした。

 ジェシカですら六歳の記憶というのは当てにならないと思っている。

 強烈な印象を残した出来事は覚えていても事細かに覚えていられるはずがないのだから──。


「分かってるんです。でも、だって、リリ・ヴァン・エステルクとは楽しそうに話してたんですよ? ベル様、デレデレして話してて見ててイラッとさせられました」


 結局そこに帰結するのか──と、ジェシカはため息をついた。

 シンシアは少し言葉が下手なのか、人と過ごすことが苦手なのか自分の気持ちを素直に言葉にすることができない。

 一言でも「ベル様を待っていた」とか「ベル様に忘れられて淋しい」と気持ちを口に出来ればルベリウスからの言葉を引き出せただろう。

 だけど、シンシアは気持ちを口にする前にルベリウスの都合や環境を顧みずに怒ってしまった。

 そんなシンシアにルベリウスは困り果てていたのではないかと、ジェシカは考える。

 リリ・ヴァン・エステルクにしたってそうだ。彼女がルベリウスがデレデレするように引き出せたのは素直に気持ちを伝えたからなんじゃないだろうか──事実、彼女は自分のことを覚えてるか確認してからルベリウスと会話をしていたのだから、ジェシカの推測は正しい。


「エステルク家のリリ様はとてもお話が上手なのね。シンシアは他人ひとを見習わなきゃダメよ」

「え、私のどこが悪かったって言うんです?」

「だって、今だってそうじゃない。私たちの立場から物を申しては、何も伝わらないわ。最初は私たちの気持ちを伝えなければならないものよ」

「じゃあ、私はベル様にどうしていたら良かったんです?」

「そうね──私のことわかります? 私ならそう聞いたと思うわ」


 そう言ってテーブルのお茶を手にとって上品にお茶を啜るジェシカ。

 彼女も本当は余裕なんてないのだ。

 ただでさえ学年が違うのだから、シンシアと違って顔を見る機会というものがない。

 そんな状況だと言うのにジェシカはシンシアを優しく諭していく。

 彼女たちの反省会はしばらく続いたらしい。

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