遊び人 Lv.18
ルベリウス・ヴァン・ダイス──。
ミサ・ヴァン・ティックルは教員の控室で彼の資料をパラパラと読んでいた。
一歳で
国の要観察対象。
冒険者ギルドのシルバーカードホルダー。
たかが〝遊び人〟だというのに随分と大袈裟よね……。
ミサはルベリウスの資料を読んだときにそう思った。
控えめに言ってゴミ。
だけど、若干十二歳の冒険者がシルバーカード。
冒険者ギルドでは最年少でオークを単独討伐している。
五人姉弟の末っ子。
長兄はあの憧れの先輩シグナール・ヴァン・ダイス。
ミサは第一学校の出身でシグナールの一学年下だった。
次兄は少し鬱陶しいセグール・ヴァン・ダイス。
たかが子爵家の次男の分際で身分を傘に鼻にかける性格の持ち主でミサの印象は非常に悪い。
長姉のアリスはダルム神を祀る聖教院アルヴァーナ教会に務める司祭。
ミサは何度も教会に足を運んでいて見た目の良い彼女は印象に残っている。何よりも胸の圧力が凄かった。
次姉のイリーナは第一学校高等部を卒業後に次兄同様ダイス領に戻っている。
イリーナの情報は極めて少なく謎に包まれていた。風のうわさでは過度のブラコンという話だったがそれは誰に対してなのかわかっていない。
「資料を読んでも、冒険者ギルドでの実績以外は本当にパッとしませんね……」
ミサは軽く肺に溜めた息を吐いてから、資料を置いて、筆記試験の答案を確認する。
「こちらは見るまでもありませんね……。ですが、第三学校でこれほどまでの学力をどのように身に着けたのでしょうか……」
手にとった答案は見事なまでの結果──全てが満点である。
「これほどまでの成績と実績でしたら第一学校でもやれそうではありますね……」
ルベリウスは自身の
語学、計算、歴史、魔法、行儀作法など、ミサはその日、お尻を撫でてきたスケベなガキとして見そうになっていたが、資料から垣間見える人物像との乖離が大きい。
ミサはルベリウスという生徒に対して謎が深まるばかり。
お尻を撫でられたときも不思議と嫌な気持ちにはならなかった。
緊張で舞い上がったところをルベリウスが助けてくれたという感覚で、ミサはルベリウスに対してとても感謝している。
それが一番、腑に落ちない。
ミサの悩みはとどまるところを知らなかった。
入学式の翌日──。
第二学校中等部の一年生は実力測定という筆記試験を行った。
初等部までの基礎学力を計るためである。
この日はテストで一日を終えて、その翌日は武芸と魔力測定が行われた。
この学年ではまだ職分を発現していない者もいるので魔法ではなく魔力を計測する。
魔力測定においてはゼロでも問題はないのだが、あればあるにこしたことはないというレベルのものだった。
そして、武芸の実力測定である。
一年生の実力測定の測定者はミサ・ヴァン・ティックル。Sクラスの担任の先生だった。
彼女は〝魔法戦士〟という職分の上級クラスの持ち主。練度も高く一年生では太刀打ちができない。
「ん。今のは良かったね。踏み込みがしっかりしてると次の連撃にも移行しやすいから、これからも鍛錬を続けるように」
ミサは寸評を交えて生徒の実力を測った。
ルベリウスは最後に回されたのは彼の実績のせい。
「次、ルベリウスくん」
ミサがルベリウスの名を読んだのでルベリウスは「はっ!」を返事をしてミサの前に立った。
「立ち姿。素晴らしいわ。シルバーカードというのは本当みたいね」
「お褒めに与り光栄です」
「ふふ。じゃあ、ヤりましょう!」
ミサとルベリウスはそれぞれに木剣と木盾を構えてにらみ合う。
「はじめッ!」
他のクラスの先生が審判として号令を発した──のだが、どちらも微動だにしない。
ここまで一度も汗を流していないミサの額から汗が垂れ落ちる。
動いていないのに、汗が出るのだ。
(こっ……怖い………)
そうは思っても生徒の実力を測らなければならない。
ルベリウスが動かないのであれば自分が行くしかない──と、ミサは足に力を入れて踏み込んだ。
先制は先生のミサ。
ミサの攻撃をルベリウスはしっかりと見据える。
(このひと、強いッ!)
正攻法では勝てないとルベリウスは踏んだ。
ルベリウスは〝遊び人〟である。
鼻がムズムズしたルベリウスはくしゃみをした。
「へっくしょーーーーんッ!」
盛大なくしゃみにミサは身体がビクッと震える。
驚きのあまり心臓の鼓動が早まって動きを止めてしまった。
ルベリウスはくしゃみの反動で動きが鈍くなったが、すぐに立て直して、ミサに向かって指をくるくると回し始める。
「私を舐めるなーッ!」
ミサはバカにされてるのかと思って頭に血が上った。
剣を振ったが目が回って上せているミサは正常な攻撃ができず大振りの剣戟はあっさりと交わされる。
(あ、当たらないッ!?)
ミサが大振りの剣でよろめくとルベリウスは地面から小石を拾って投げつけた。
ミサに当たり、ミサはダメージを受ける。
「もうッ! そんなことをしてッ! 怒ったから!」
頭に血が上るミサは詠唱を始める。
ルベリウスはミサの詠唱で何を使うのかすぐに分かった。
ミサの詠唱が終わる前にルベリウスはポケットを漁り、紙を取り出す。
「当たれッ!」
ミサはルベリウスに目掛けて火の玉を放った。
ルベリウスは木の盾を犠牲にして火の玉を受けると、その火で紙を燃やしミサに投げつける。
「お返しです」
「魔法を返した!?」
ミサもルベリウスと同じく盾を犠牲にして火の玉を受けた。
そこで審判の声が戦闘を遮る。
「そこまで! いくらなんでも魔法はやりすぎです。少し冷静になりましょう」
審判を担当した先生の言葉でミサは我を取り戻した。
「はっ……ごめんなさい。ルベリウスくん、ごめんなさい。冷静で居られなかったわ」
「いえいえ、ありがとうございました。とてもためになりました」
ミサはルベリウスに対して苛立ちを覚えながらも剣技の実力測定で魔法を使ってしまったことを謝罪。
ルベリウスはこれまで戦ったことのない上級の職分持ちとの対峙は新鮮だった。
それに勝てなかったと思わされた相手はこれが初めて。それと同時に〝遊び人〟の限界にも気が付くきっかけでもあった。
第二学校に入学してからルベリウスは平民街に行く機会を失っている。
上級職との対戦を経てルベリウスはさらに研鑽に力を入れた。
夏季休暇、冬季休暇、春季休暇という長期休暇になれば休暇期間中の期限付きで通行証を学校が発行してくれるがそれまではまだまだ先。
時間を持て余すルベリウスは第二学校の本を読み漁り、武器を振り日々の鍛錬を重ねていく。
夏季休暇を前に第一学校との合同授業がやってきた。
授業の内容は帝国騎士との戦闘訓練や戦闘理論の講習、帝城内の実習などである。実戦形式の訓練は一切ないという現場で働く武官や文官を見学したり体験するといった内容のものだ。
帝城内の移動は四つのグループに分けられた。
第一学校、第二学校ともに一学年は四クラス。クラス単位で移動する。
ルベリウスはSクラスの一員として第一学校のSクラスの担任の引率で帝城内をまわる。
「ベルくんのお兄さんって帝城で働いてるって聞きました。どちらで働いてるんでしょう?」
同じ班になった女子のニコラ・ヴァン・トーリがルベリウスに話しかける。
ニコラは子爵家のご令嬢。職分は戦士である。
家名というのはなかなか厄介でそれだけで自分の出自や兄弟の居所が分かってしまう。
最初こそ一人ぼっちだったルベリウスだが、剣技の実力測定以降、徐々にルベリウスの周りに人が集まり始め、今ではベルと親しみを込めて呼ばれている。
特に女子からは。
「兄はリック殿下と働いていると聞いてます。仕事は各領地をまわって検収や検地を行ってるそうです」
「へー、じゃあ、お城に居ないこともあるということね?」
「そうですね。ですが今は夏前なので城で働いていると思います」
ルベリウスは質問に答えると今度は反対側に別の女子が来てルベリウスと話をする。
「ベルくん、この前はありがとう。あとで試してみたらベルくんの言うとおりに出来たの。とても助かりました」
彼女はロサリー・ヴァン・ナイル。伯爵家の長女で魔術師の職分持ち。ルベリウスには魔法の使い方を教わっていて今ではルベリウスにベッタリと言うほど付き纏っている。
そうしてガヤガヤと話しながら歩いていたら城内の案内役が現れた。
「こんにちは。今日、この城を案内させてもらうことになったリック・ヴァン・アルヴァンだ。今日はよろしく」
なんと、この国の皇子である。第二皇子ではあるが国の税収を税制を管理する役職を担っている。
今はわりと余裕のある時期らしく案内を買って出たわけだが、皇子の登場に生徒からは喝采が飛ぶ。
リック皇子は更に隣に居る眉目秀麗な男性を紹介する。
「彼が俺の補佐を務めるシグナール・ヴァン・ダイス。あー、確か、そこ、そこ──」
リックはシグナールの名前を出してルベリウスを指差す。
「そこのルベリウスくんのお兄さんだ」
生徒たちの目線がルベリウスに集中した。
しかし、それ以上にやはり皇子とシグナールの組み合わせが女生徒たちを賑わしている。
それほどまでに見た目が整っているのだ。
特に、シグナール・ヴァン・ダイスはウルリーケによく似ていて、第一学校在籍時には傾国の美少年とさえ称された。
後ろの方でミサ先生の目がハートになっていたのをルベリウスは見逃さない。
それから案内が始まって移動を開始する。
すると、ルベリウスに近寄る第一学校の女生徒が一人。
「ベル様、私のこと覚えてます?」
彼女はリリ・ヴァン・エステルク。
かつて、ルベリウスに懸想した少女だった。
だが、ルベリウスは彼女が誰なのか分かっていない。
思い出せないのだ。
可愛らしかったリリは中等部に入学する頃には凛とした少女に育っていて見た目が全く異なっていた。
だから、思い出せますかなんて聞かれても思い出せるはずがないのだ。
「申し訳ございません。覚えてますか? 聞かれるような女の子の記憶は数人いるんですが、当時は五歳とかそういう感じですから、今とは見た目が変わっているでしょうし正直なところ誰とは言えないほどです」
ルベリウスは正直に答えた。
昔、そんな感じで女の子と過ごした記憶があったことを掘り起こせたものの、それが誰だかわからないのだ。
「嗚呼、そう言われたらそうですね。私もリック殿下がベル様だと言わなければわからなかったかも知れませんから──申し訳ございません」
リリは腰を折って謝罪して、改めて名を名乗る。
「私はリリ・ヴァン・エステルクです」
ルベリウスはリリの名前を聞いても彼女のことを思い出すことは出来なかった。
「あれからずっと、ベル様とお遊びしたいと思っておりましたが、今日までベル様にお会いできずで──」
「そうでしたね。本当にだいぶ前でしたし、僕もいろいろありましたから」
「ええ、伺いました。こうしてお会いできましたから、ベル様のお歌をまた聞きたいです」
「公爵家のご令嬢様に、そうまで言っていただけて誠に光栄にございます。私めで宜しければ拙いながら歌を披露させていただきましょう」
「ふふふ。面白いわね。けれど、ここでは難しいでしょうから日を改めてお誘いさせていただきますわ」
「承知いたしました」
「ええ、楽しみにしております」
リリは綺麗な笑顔を作ってルベリウスに会釈をすると、第一学校の級友のところに戻っていった。
ルベリウスがリリの後ろ姿を目で追っていると彼を睨む目と目が合う。
彼女もまた幼かったルベリウスと一緒に過ごした仲の少女だった。
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