遊び人 Lv.17

 母親と六年ぶりの再会を果たしたルベリウス。

 我が子を六年ぶりに抱いたウルリーケ。


 あれからルベリウスは週に一度、ターニャを伴ってウルリーケに会いに行った。

 これまでのルベリウスは週に二度、冒険に出ていたのだが、週に一度に減らしている。

 今までの稼ぎから考えたら半値になってしまったが〝遊び人〟のスキルであるくちぶえを使って効率的に討伐を重ねていたルベリウスは銀色のカードホルダーとして標準的な報酬を手にしていた。


 そして、何事もなく第三学校初等部を卒業したルベリウスは早速引っ越しを開始。

 その裏でウルリーケはダイス子爵家と──アウル・ヴァン・ダイスとの離縁を計るための手回しに着手。

 ウルリーケは実家のプリスティア侯爵に頼ろうとしていたが、ここでもルベリウスが〝遊び人〟であることでウルリーケとルベリウスの後見となることに難色を示していた。

 孫としては可愛いが、それとこれとは別──ということらしい。

 ウルリーケはアウルとの離婚が難航し、長期化することを覚悟した。


 第二学校中等部へと進学し、大人へと近付いたルベリウス。

 今日は中等部の入学式で校門でウルリーケを待っていた。


「おはよう。ベル。早いのね」


 第二学校は貴族街の南側に位置する。

 ウルリーケはここまで歩いてきたらしい。

 ルベリウスは右手をウルリーケの腰に回してさわさわと尻を撫で回す。


「お母様、お忙しいところ、ありがとうございます」


 歩いてここまできたことを労うなどしてわざとらしくならないように〝遊び人〟としての技量を発揮。


「ベル、貴方、態とらしいわ。でも、悪くないわね」


 息子のエスコートというのは、どこか擽ったいとウルリーケは感じた。

 手の位置がお尻だということを除けば、それほど悪くない。

 未だ少年と言えるルベリウスだが、職分としての能力はこういったことでも役に立つ。


「ターニャはいらっしゃらないの?」


 ウルリーケはルベリウスの従者の姿が見えないため、彼女の所在を確認。


「ターニャは今日は寮で待っているそうです。ところで、僕が第二に進んだことはお父様に伝わっているんでしょうか?」

「アウルはベルが第二を受験したことも合格したことも知らないの。だから、ベルが貴族街にいることも知らないはずよ」


 ルベリウスと再会を果たすまでのウルリーケも知らなかったのだから、アウルが知るはずもない。

 というのも、ターニャが毎月送付した手紙に第二への受験も合格も認めていたが、アウルの命令によりターニャからの手紙は未開封のまま門番が燃やして処分している。

 それでもターニャへの給金が支払われていたのはプリスティア侯爵家に対する体裁上のものである。

 ウルリーケはルベリウスとの再会後にターニャの手紙を確認しようとしたところ門番が処分していたことを知ったのだ。

 そんなことを思い出していたらルベリウスの学費はどうなのかと気になってウルリーケは訊く。


「それはそうと、お金は大丈夫なのかしら?」

「はい。多少厳しいですが高等部への入学までなら、今の持ち分で賄えそうです」

「でも、もうしばらくの間、平民街へは自由に行けないのよ?」

「それは知ってますけど、不便ですよね」

「不便だと感じるのはベルが冒険者だからよ。お金の面で困ったらいつでも言うのよ」

「はい。わかりました」


 ウルリーケは親として、ルベリウスの世話を焼きたがる。


「ベルはもうクラス──教室は分かっているの?」

「僕はSクラスでした」

「まあ、優秀なのね」

「お母様が僕に勉強の仕方を教えてくれたおかげです」

「ふふふ。そう言ってもらえると私も頑張った甲斐があったわ」


 校舎に向かって歩きながらルベリウスとウルリーケは言葉を交わして──


「私は講堂のほうに行くわね」

「はい。では僕は教室に向かいます」


 と、教室へ向かうルベリウスと入学式典の会場となる講堂に向かうウルリーケは別れた。


 ルベリウスが教室に入ると、教室にいた生徒たちがざわついた。

 理由は分かっている。

 第三学校初等部から第二学校中等部への進学自体がほぼあり得ないことなのに、新参者がSクラスに入ったのだ。

 ルベリウスは自分の席──窓側の一番前の席について気持ちを落ち着かせる。

 なんだかんだで緊張はしているルベリウスだった。

 ルベリウスにとって新鮮に感じたのは女子である。

 クラスの半数が女子というのは第三学校ではあり得なかった。

 第三学校では学年に一人か二人居ればいいくらいで高学年になると女子は学校を辞めて働いたり嫁に行ったりする。

 卒業するときには学年の全員が男子という顔ぶれだった。

 それから比べたら、この第二学校は天と地ほどの違いである。

 目移りするし心が踊る。そんな心境がルベリウスを緊張させていた。


 教室に先生が入ってきた。

 壇上に上がり、生徒を見渡す。

 ミサ・ヴァン・ティックルはティックル侯爵家の四女として生まれて結婚もせずに教師を生業とした。

 初めて受け持つクラスがSクラスという学年で優秀な成績を持った子弟を預かることになり、ミサは落ち着かない。

 だが、それを悟られまいと声を振り絞った。


「はじめまして。私はこのクラスを担任させていただくミサ・ヴァン・ティックルです。皆さん、入学おめでとうございます」


 女性ながらパンツスタイルの正装姿の彼女。

 生徒たちを目の前にして、何とか声を出せた。

 まだ心臓がバクバクと激しく鼓動する。

 ミサは緊張で汗が吹き出しはじめ、それをどうにか誤魔化したくて、壇上から下りて廊下側から窓側へと、生徒一人一人の顔に目を向けながら歩くことにした。


「え──と、今日はこれから講堂で入学式となります。準備が整い次第、教室からいd──」


 ミサは一番窓側の席のルベリウスの前に差し掛かり、少し奥へと進もうとしたところでお尻に違和感を感じた。

 ルベリウスがミサのお尻を撫で回したのだ。


「ひゃんッ!」


 ミサの身体はぴくっと跳ね上がって、可愛らしい悲鳴を上げた。

 ミサの小さな悲鳴が生徒たちの耳にも届き何事かと一瞬ガヤガヤしたが、ミサが咳払いをして場を取り直す。

 ルベリウスがミサのお尻を撫でたのは誰にも気が付かれず、ただ一人、ミサだけがルベリウスにお尻を撫でられたことに勘付いていた。

 だが、不思議なことにこれまでの緊張が嘘のように解れ、ミサは饒舌さを取り戻す。


「ごめんなさい。ちょっと驚くことがありました。話を続けますね──」


 心に余裕ができたミサは改めて生徒一人一人を確認して入学式のための確認事項を説明。

 最後に壇上に戻り、


「そろそろ時間なので、講堂に移動しましょう」


 と、生徒たちに移動を促して口を噤んだ──のだが、ルベリウスが目の前を通り過ぎようとしたところでミサはルベリウスの腕を掴む。


「あの──ありがとうございました。おかげで緊張せずにお話できました」


 ルベリウスと目が合うと、腕を掴んだまま先ずお礼を伝えた。


「どういたしまして……で、良かったんでしょうか?」


 ルベリウスは失礼なことをした自覚は当然ある。が、パンツスタイルの女性というのはなかなか見ないので触った時の感触を知りたいという好奇心と悪戯心が勝った結果の行動。

 ミサのお礼を素直に受け取ってよかったのか迷った。


「お礼については、素直に受け取ってくださって良いけれど、後で個別に指導は必要そうね」

「は、はい。お手柔らかにお願いします」

「ん。結構。では、講堂に行きましょうか」


 ルベリウスとミサは二人きりだったSクラスの教室から出て講堂に向かう。


 入学式典はつつがなく終わる。

 特別何かがあったというわけではなかった。

 ただ、教室に戻る途中にルベリウスはある男子生徒に声をかけられる。


「待て。見ない顔だな。お前が第三学校からの進学者か」


 ルベリウスは声のする方向を見ると自分より少し背が高い男子生徒が怒気を含んだ視線を向けていた。


「はい。僕のことでしょうか」

「そうだ。お前はどこの家の者だ。名を名乗れ」

「ルベリウス・ヴァン・ダイスです」


 ルベリウスが名乗ると少年は踵を返して


「ルベリウスか。覚えておく。この学校に進学したことを後悔させてやるからな!」


 と吐き捨てて離れていく。

 彼と入れ違いでルベリウスをウルリーケが呼び止めた。


「あら、今のはヘイオッタ伯爵かしら? ベルに話しかけてたのは、伯爵のご子息?」


 少年の傍を歩く男性がヘイオッタ伯爵家の者らしいが、ルベリウスには興味がない。

 それはウルリーケも同じで、ウルリーケは今後の予定について確認をする。


「これからベルと教室に行けば良いのよね?」


 ルベリウスはウルリーケとSクラスの教室に移動した。


 教室ではミサが配布物の確認や今後の予定などの説明を保護者がいる場で説明。

 第三学校と違って、ここでは座学のほうが多い。

 そして、第一学校との合同行事や合同授業などもある。

 そういった説明が一通り終わって解散となった。

 ルベリウスがウルリーケと一緒に教室から廊下に出ると隣の教室からルベリウスを睨みつける少年と大人の男性。

 先程のヘイオッタ伯爵である。

 ルベリウスは少年と目が合ったがウルリーケは一瞥もせずに、


「ベル、行くわよ」


 と、一段低い声でルベリウスの手を引いて教室から離れた。



 一方、その頃──。

 ダイス領の領城ではアウル・ヴァン・ダイスが執務室で公務に励んでいた。

 書類を読んで押印するだけの仕事ではあるが──。

 ある程度の書類を処理していたら、執務室の扉を叩く音が響く。


「入って良いぞ」


 アウルの声で入ってきた執事は手に携えた書簡をアウルに差し出した。


「アウル様、書簡が届いております」


 書簡を受け取ったアウルは開封する。

 中から出てきたのは受取人がいないために送り返さたものだった。

 ターニャへの給金を封入してあるだけの手紙だったのだが、印が解かれることなく戻ってきている。


「これはどういうことだ?」


 アウルが執事に問い質しても答えは返らない。


「誰か、第三学校に調査を出せ。ゴミとターニャの所在を確認させろ」

「はっ。承知いたしました」


 執事はアウルの命令に従って領内から使いの者を選定し帝都へ送った。

 その数日後、再び、アウルに書簡が届いたが、第三学校中等部の学費と寮費がまるごと送り返さる。

 ルベリウスが第二学校中等部へと進学したことをアウルが知ったのはそれから一ヶ月後のことだった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る