遊び人 Lv.14

 授業が終わって教室のある校舎から寮に向かったルベリウス。

 今日は珍しく同学年の児童から声をかけられた。


「ルベリウスくん。さっき、ルベリウスくんを訪ねてきたお姉さんに声をかけられたよ」

「お姉さん……?」


 ルベリウスはこの子が言うお姉さんって誰だろうと考えた。

 たぶん、ターニャだな。

 何があったんだろう。


「わかったありがとう」


 ルベリウスは目の前の彼が言うお姉さんが誰なのかわからないまま適当に返事を返して寮に急いだ。

 寮に到着したルベリウス。

 部屋の扉のドアノッカーを叩く。


「ただいま戻りました。ルベリウスです」


 すると、扉の向こうからドタドタと物凄い音がルベリウスの耳に届いた。

 こういうときはなにかある。

 これまでもそうだった。

 ルベリウスは後退ってドアから距離を置き、身構える。

 案の定、扉がけたたましい音をさせて勢いよく開くと玄関から飛び出してきた人影に捕捉された。


「いたっ」


 ルベリウスをキツく抱きしめる胸が大きい女性。

 張りがあるからか彼女の胸に圧迫されてとてもルベリウスは痛がった。


「あああーーーッ!! ベルぅッ! ベルッ! ベルぅ!!」


 抱き締められて身動きが取れないルベリウス。

 顔中が唇で啄まれて、最後に唇が重なる。


「痛いです。アリス姉様」

「だって六年ぶりよ? 大きくなって、それに可愛い顔が更に可愛くなったわ。んーーーーッ!!」


 ルベリウスはアリスを押して離れようとするがアリスはそれを許さない。

 逆にルベリウスを抱きしめて再び唇を重ねた。


「アリス様、坊ちゃま。再会を喜ぶのはよろしいですが部屋に入りましょう」


 アリスがチュッチュチュッチュとルベリウスの顔中にキスをしているところ、ターニャが二人に注意して部屋に入るよう促す。


「ターニャも言ってますし、部屋に入りましょう」

「そうね。部屋に入ってから再会を喜ぶことにしましょう」


 ルベリウスがターニャの言葉に従って部屋に入ることをアリスに勧めると、アリスはそれもそうかと衣服を正して姿勢を戻し、ルベリウスの手を取って部屋に戻った。

 部屋に戻るとルベリウスは見覚えのない女性の姿が目に入る。

 その女性はルベリウスと目が合うとすっと綺麗な姿勢を保ったまま立ち上がって名を名乗った。


「チャミルと申します。アリス様とこの帝都にある聖教院アルヴァーナ教会に所用があって参りました。本日はアリス様の希望でこちらに立ち寄らせていただいてます」


 そういってお腹の中央付近に手を重ねて丁寧に腰を折り、頭を下げる。


「僕はルベリウス・ヴァン・ダイスと申します。ここの初等部六年生です。姉がお世話になってます」


 ルベリウスがチャミルの自己紹介に答えるかたちで名乗ると、隣にいたアリスが、


「チャミルってこう見えて私よりも歳上なの」


 と言う。


「年齢のことは触れないで頂きたかったのですが……」


 チャミルの小さな声だがルベリウスの耳には届いていた。

 チャミルは肩に届かない程度の長さの髪で服装はアリスと同じだが体型が全く異なるもの。

 ルベリウスより若干背が高く、胸はささやかながら膨らんでいるのだろうかと疑われる程度のものだった。

 顔は童顔でパーツの一つ一つははっきりしたアリスとは対象的に見える。

 〝遊び人〟という職分クラスを持つ人間だからなのか、ルベリウスは不意にチャミルへの悪戯心が刺激された。

 しかし、ここには女性が三人もいて内一人は実姉。そんなことをしたら大変なことになりそうだと理性が打ち消す。


 それから夕食の準備を始める頃合いだと動き始めたターニャがアリスとチャミルに、


「それはさておいて、おふたりとも本日はいかがなさいますか? もしこちらにお泊りになられるようでしたら、申請を出しておきますけれど」


 と、宿泊を仕事で来たらしいアリスとチャミルに予定を確認する。


「本日のところは宿を取って泊まる予定で──」


 チャミルが答えようとしたところ、アリスが遮って言葉を挟む。


「申請をしたらここにお世話になれるんです?」

「はい。アリス様は坊ちゃまの親族ですから申請すれば問題ありません」

「なら、お世話になっても良いのかしら?」

「ええ、もちろん」


 アリスはここに泊まれると知って喜んだ。


「チャミル、今日はここに泊まろう。私、ベルと寝るし」

「わかりました。宿泊費が浮けば私たちとしても願ったりですので、お世話になりましょう」


 チャミルは呆れ顔でアリスに言葉を返して、ターニャに感謝を伝える。


「ありがとうございます。ターニャ様。では、本日はお世話になりますので、よろしくおねがいします」

「ええ、どうぞごゆっくりしていってください。私は申請をしてきますから、それから食事の準備をいたしますね」


 ターニャはチャミルとアリスに会釈をしてから部屋を出て管理室に向かいアリスとチャミルの宿泊の申請を提出。

 申請は届けるだけで良いので宿泊については問題なく手続きを済ませて、ターニャは部屋に戻って夕食の準備を始めた。


 制服から部屋着に着替えたルベリウスはアリスに呼ばれてソファーに並んで座る。

 対面の椅子に腰を掛けて綺麗な動作でお茶を啜るチャミルがルベリウスの視界に収まっている。

 ルベリウスはチャミルを見て、この女性は僕の周りにいるタイプとはまた違うものだと関心を寄せた。


「ベルはお母様とは全く会ってないの?」


 アリスは隣に座るルベリウスに訊く。

 ルベリウスもウルリーケも帝都に住まいを移して六年になる。

 その間──ルベリウスが第三学校の入学式がウルリーケと過ごした最後の日だった。

 アリスとは更に遡って冬にダイス領で会ったっきり。

 そんな状態だし、つい数ヶ月前の夏休みはプリスティア領に来たウルリーケとアリスは過ごしてウルリーケはダイス領には帰っていない。

 アリスはウルリーケの様子が心配で、どうにかしてルベリウスをウルリーケにも引き合わせたいと考えている。

 ルベリウスはウルリーケの顔をもうぼんやりとしか思い出せなくなっていた。

 正直、アリスの顔もすっかり変わっていて見違えているし、一瞬、姉だと気が付かなかったほど。

 それほどまでにルベリウスは家族から引き離されている。


「はい。入学式の日から全く会っていません」

「そうよね。私はその前にダイス領に帰った時に少しだけ見たくらいだものね。お父様はベルに本当に酷いことばかりして……」

「でも、僕はこんなだし、仕方ありません。第三学校では僕みたいに三男とか四男で家に置いておけないというような男子が多いんです」

「だからって……」

「仕方がないんです。きっと」


 ルベリウスは自分の職分クラスが〝遊び人〟でなかったら、もっと違ったかも知れないと思うこともあった。

 五年生になって冒険者カードを貰って冒険に出るようになってからダルム神の祝福──クラスがどんなものなのかを知る。

 それからルベリウスは〝遊び人〟と職分クラスを得た冒険者がどんな装備をしてどんなスキルを使ったのかを調べた。

 貴族としては失敗作という烙印を押される〝遊び人〟。それでもルベリウスは生きなければならないから職を極めスキルを身に着けていくことにしている。

 そうやって冒険者カードが銀級シルバーになったのだ。


「そう──」


 アリスはルベリウスが発する希望の無い言葉にため息をついた。

 ルベリウスが冒険者として中級レベルに達していることはまだ知らないアリス。

 アウルがいつまでルベリウスにお金を出し続けるのかがわからないから、中等部はどうするのかが気になった。


「来年は中等部だったよね?」

「はい。第二学校の中等部に入ることになりました」

「え?」


 アリスは驚いた。

 〝遊び人〟なのに中等部? なんてアウルと似たようなことが脳裏に浮かんでかき消した。

 第三から第二に進学することがどれだけ大変なのか──そう思い直してアリスはルベリウスの努力を讃えることにする。


「凄いじゃない。来年から第二ということは住まいも移ることになるのかしら?」

「はい。明日、明後日には第二学校で手続きをするつもりです」

「そう──。なら、明日にしない? 私、明日の朝に教会だから、一緒に行かない?」

「僕は教会には行けませんよ? 手続きの間は学校を休めますが、戻って授業は受けるつもりですから」

「それでも良いの。通行証は持ってるの?」

「はい。第二学校中等部の入学式の日までの期限があるものですが」

「それまでだったら自由に出入りできるってこと?」

「はい。僕と従者一人までなら」

「ああ、なら、ルベリウスはお母様と会うこともできるのね?」

「そういうことになりますね」

「お母様、きっと喜ぶわ。明日、会えなくても私が貴方をお母様に会わせてあげるわ」


 アリスはルベリウスと話しているうちにウルリーケの心情を慮るとルベリウスに会えず耐え忍んでいたものがようやっと報われるんだと思うとしらずしらずに涙ぐむ。

 絶対に私が会わせてやろうとルベリウスの影で握り拳を作った。


 ルベリウスとアリスの話が聞こえていたターニャとチャミル。

 ターニャは明日、手続きに行くと聞いたので、


「明日、私の方で欠席の連絡をしておきますね」


 と、ルベリウスに伝え、続けて、


「夕食が出来ました」


 と、ダイニングテーブルに招く。

 テーブルには三人分の料理しか置かれていなくて、ルベリウスは気を使ったのだと勘付いてターニャに言った。


「一緒に食べよう。いつもそうしてるんだから」


 ルベリウスはアリスとチャミルにも許しを得て最終的には四人分の料理がダイニングテーブルに並ぶ。

 今日の夕食はランページ・バイソンのサーロインステーキ。


「ね、ベルって、お父様からこんな豪華な食べ物を食べるほど、お金を貰ってないんじゃないの?」


 アリスはアウルがどれくらいお金を出しているか知っている。

 だからテーブル上のこのサーロインステーキは平民どころか貴族でもなかなか入手のできない高価なもので、ルベリウスの食卓に並ぶのは不釣り合いだと考えた。


「坊ちゃまは冒険者で、たまにお肉を持ってきてくれるんです。氷室にいっぱいお肉がありますよ?」

「そうだったの。第三から第二に行くくらいだからそれくらいは普通なのかも知れないわね。あとで見せてもらおうかしら?」


 ルベリウスはターニャの肉好きに応えて冒険に出たら肉を狩る。

 肉類を長期間保存するための氷室にはたくさんの肉が仕舞われていて二人で食べきるのが大変な量だったりする。

 その肉のおかげで話が弾み、ターニャはルベリウスが冒険に出るようになったころからの話をアリスに披露。


 食事の後はアリスがルベリウスと湯浴みをしたがって二人で湯槽に入るなど、久し振りの再会をアリスが楽しんだ。

 なおルベリウスの〝遊び人〟の特性はチャミルに存分に実感させるハメに──。

 姉が居るから憚られるのではと思われるが、やはりそこは〝遊び人〟が能力を発揮するのだ。

 アリスの気分を上げつつ、チャミルのお尻を撫で、胸に飛び込み乳を揉む。


「大人の良い気分に浸れて、疲れがスッキリと言えました。今日はぐっすり眠れそうです」


 チャミルはそれまでアリスとルベリウスの再会に水を差すようで居た堪れない気持ちだったが、ルベリウスが四人で遊ぶ雰囲気を作ってくれたおかげで、ここに来て良かったと実感。

 それから、二つしか無いベッドに二手に別れてその日は眠りに就いた。

 ターニャとチャミルが眠ったベッドは六年前からあるのに使われたのはこの日が初めてである。

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