遊び人 Lv.13

 第三学校から第二学校へと進学するための昇格試験の受験資格をルベリウスは満たした。

 それをイド・ブレイという先生から知らされたのは初等部六年生への進級が決まったときである。


(こんな巫山戯た戦闘しか出来ない奴がなんで受験資格を満たしてるのか)


 イド先生はルベリウスを快く思っていない。

 しかし、学問ではここまで一度たりとも主席を譲っていないし、巫山戯た戦い方に見えても負け知らずと来ている。

 加えて五年次で発給した冒険者カードでルベリウスは単独で多くの功績を残していて実績だけなら既に中級冒険者と言えるほど。

 かつて、そこまでの成績を収めた児童が第三学校にいただろうか? 第三学校の歴史を鑑みればそれは〝否〟である。

 イドがルベリウスの成績をつけたなら確実にルベリウスを落第させている。

 それほどまでにイドはルベリウスを妬み憎み蔑んだ。なのに、ルベリウスに関しては帝国が監視対象としている。

 そのため彼の成績については例えイドが思うままにつけたとしても、彼の実績や筆記試験の答案という証拠が残るため下手なことはできずにいた。


 ルベリウス・ヴァン・ダイスは第三学校初等部に入学してからというもの友達というものが居ない。

 故に教室では常に孤立していた。それでもこれまで、無遅刻無欠席を通している。

 成績は極めて優秀。

 模擬戦では教師や外部講師を含めても未だ無敗。

 そして、冒険者カードはつい先日にブロンズからシルバーに切り替えられた。

 ルベリウスは週末の度に冒険に赴いて近場の平地で魔物を討伐する。

 最近はランページ・バイソンという牛型の魔物を狩って生計を立てていた。

 余裕が出てから装備を整えて今では腰に拵えるホーリーナイフを予備にして主武器としてアイアンアックスを背中に背負っている。

 腰より長い裾のひらりとしたローブを身に着け頭には相変わらず木で出来た兜をかぶる。

 斧の扱いも上達しソロの冒険者として、そこそこの活躍を続けていた。


 そして初等部六年生になって初めてのクラス対抗の模擬戦。


「ルベリウスくんは、良い。そこで見学してろ」


 イドはルベリウスに指示をする。

 ルベリウスは同学年が相手では戦いにならない。

 それで実技はほぼ免除されている。

 その間、ルベリウスは何をしてるのかと言えば、素振りである。

 剣を振り、斧を振り、槍を振る。矢を番え弓を引くこともあれば、的に向かって投擲を試すこともあった。

 なお、弓については絶望的なまでの才能の無さで、


「あいつにもできないことってあるんだな」


 という評価がついた。

 苦手なことが広まると馬鹿にされるのではなく、その他が際立つ。

 そうして周囲からの評価が上がってルベリウスは盤石の地位を築いていった。

 だが、それでも、友達がいないルベリウスである。


 そうして、ルベリウスは第三学校での生活を送った。

 ルベリウスが十二歳になったばかりの秋。第二学校中等部の試験結果が届けられた。

 ルベリウスはいつもの通り、寮の部屋のドアノッカーを叩き、


「ただいま戻りました。ルベリウスです」


 と名乗ると、扉の向こうからドタドタを激しい足音がして凄い勢いで扉が開かれる。


「坊ちゃま! 試験結果ですッ!」


 ターニャはおかえりなさいも言わずに第二学校から届いた書簡をルベリウスに見せた。


「今日だったんだね」

「そうです。ささ、中に入って、早く中身を確認しましょう」


 せわしなく部屋に入り、ルベリウスとターニャはソファーに並んで座って書簡の封を解く。

 ゆっくりと開いて中から通知書を取り出した。


──合格


 シンプルに二文字だけ。

 そう書かれていた。

 それから同封の手紙を読んで手続きの方法や制服などの準備などを記された資料があり、説明を受けるために指定日に第二学校へ来校するよう記載されている。

 そこに第二学校中等部入学までという期限付きだが、貴族街への通行許可証まで同封されていた。

 これまで足を踏み入れることができなかった貴族街に行けるようになる。


「坊ちゃま、ついに、ウルリーケ様とお会いできますね」


 ルベリウスが実母のウルリーケと会ったのは五年以上前まで遡る。

 ルベリウスの様子は逐次、手紙に認めて送ってはいたが、月に一度、ダイス家から届く給金の入った書簡に手紙などのものはなくて、ターニャの手紙がウルリーケに届いているのかさえ不確かだった。

 また、第二学校への合格通知がルベリウスのもとに届いたが、ルベリウスの実家には発送されていないため、ルベリウスの父親のアウル・ヴァン・ダイスも、その妻のウルリーケも知るところではない。



 ウルリーケ・ヴァン・ダイスはルベリウスが第三学校初等部に入学して以降、帝都のダイス家邸宅に滞在している。

 ルベリウスが第三学校に在籍して寮に住んでおり、彼の従者として雇ったターニャについても心配だった。

 実家の両親の伝手でターニャを雇い入れた責任をウルリーケが感じているためである。

 ターニャはウルリーケにこまめに連絡をしてルベリウスの近況を報せてくれるはずだった。

 しかし、ターニャの祖父が他界し、ターニャの実家のダンジク男爵家が代替わりすると状況は一変。

 ターニャの父親が当主の座に就くと直ぐにターニャが持つ貴族街への通行許可証を取り消した。

 ダンジク男爵家が家を出てダイス家の従者として働く娘はもうダンジク家の管理下に置くべきではないという判断からであった。

 それから、ウルリーケへの定期報告が難しくなったターニャは手紙という形で貴族街と平民街を隔てる門の衛兵に依頼し、ウルリーケに報告するようになる。

 だが、それも数ヶ月で連絡が途絶えてしまっている。

 そのタイミングでウルリーケが自ら支払っていたターニャの給金をアウルが建て替えるようになった。

 それからというもの、ウルリーケはルベリウスが生きているのか、どんな生活をしているのか、全くわからない毎日を過ごしている。

 ダイス子爵家の邸宅は貴族街の北側にある。第三学校のある南側には貴族街の南にある通用門を通る必要があった。

 そして、通用門は通行証がなければ通れない。

 ウルリーケはそれでも、ルベリウスの様子を少しでも知りたくて、毎日のように南の通用門に出向き夕方まで帰らない、そんな日々を続けていた。

 雨であっても、雪が降っても、ウルリーケは邸宅から南通用門まで一時間かけて歩いて、街路沿いにあり南通用門が見える茶店で時間を過ごし、一時間かけて邸宅に帰る。

 そんなウルリーケを娘たちは心配していた。

 長女のアリスはルベリウスが第三学校に入学した翌年にウルリーケの実家のあるプリスティア領に旅立った。

 アリスの職分クラスは〝僧侶〟。プリスティア家の血を継いでいる彼女は修行と称してアウルから薦められた縁談を断ってダルム神殿に勤めている。

 次女のイリーナはアウルの公妾オフィーリアの実子でウルリーケとは血の繋がりはない。それでもイリーナはウルリーケをユーリ母様と慕って、ルベリウスを溺愛し過ぎていた。そんな彼女もウルリーケの身体を気遣ってときにはウルリーケに付き合って南通用門が見える茶店でウルリーケと過ごしたことがある。

 イリーナはルベリウスが四年生になるころに第一学校高等部を卒業しダイス領に戻されていた。なお、アウルからの縁談の薦めがしつこすぎて辟易しており、早いうちに家を出てルベリウスのもとに行きたいという気持ちが日に日に増している。


 今日もウルリーケは南通用門の見える茶店に足を運ぶ。

 茶店の扉はガラス張りである。

 西の海岸線で採れる珪砂を熱して作られたガラス板を張り合わせたものだ。

 帝都の貴族街に立ち並ぶ多くの店舗に使われていて見栄えが良い。

 ウルリーケはガラスに映り込む自分の姿を見ると、


(私も随分と老けてしまったわね……)


 と、ため息を着く。

 扉を開けて店に入り、


「ごきげんよう」


 と、声をかけると店員が


「いらっしゃいませ」


 と、ウルリーケを迎える。

 ウルリーケは毎日、同じ席に座る。

 注文を取らないのに、ウルリーケの前にティーポットと空のティーカップが置かれて、


「いつものでございます」


 と、置いていった。


「ありがとう」


 ウルリーケは声をかけてから、ウルリーケはティーポットからカップにお茶を注ぐ。

 使用人を伴わずに一人で茶店に来ているため、こういったことも含めてウルリーケは全て自分で作業をする。

 それから茶を何度か継ぎ足しながら夕方まで通用門を眺めるのがウルリーケの日課。

 この日もウルリーケは夕方まで一人で茶店で過ごして色を付けた代金を置いてから邸宅に戻った。


 その日──。

 実家のあるダイス子爵領に戻らずにダルム神殿で働くアリス・ヴァン・ダイスは帝都アルヴァーナの南門に到着。


「ねえ、チャミル」

「なんでしょう?」


 南門の通行許可を得てからアリスはチャミルを呼び止めた。


「行きたいところがあるんだけど良いかしら?」

「行きたいところ──ですか? 場所にも寄りますけど問題ないでしょう」

「場所は第三学校。私の弟が居るの。少し顔を見ておきたくて」

「そういうことでしたら、良いでしょう」

「ありがとう。第三学校はこの近くだったわね」


 アリスは目の前に冒険者ギルドを眺めながら左に進路を変更。

 チャミルという少し年上の同僚の女性を伴って第三学校を目指した。

 第三学校の校門に着くと目の前に子どもが何人か歩いているのを見たアリスは、ルベリウスがどこの寮に入っているのか尋ねる。


「ごめんなさい。私、アリス・ヴァン・ダイスと申します。この学校にルベリウス・ヴァン・ダイスがいるはずなのですが、寮の部屋はどちらかわかりますか?」


 実は何気に有名なルベリウス。

 それもそうで美麗なメイドを連れて二人で住んでるドスケベ野郎として児童の間では名が通っている。

 有る事無い事言いふらされた結果ではあるが、孤高のルベリウスの耳にそれは入ることがない。

 ルベリウスの部屋の場所が有名なのも全てターニャ・ヴァン・ダンジクという美女のせい。

 ルベリウスと同年代の児童は皆、ルベリウスの部屋の場所を知っている。


「ルベリウスくんの部屋はあの建物の三階にあります」


 男児は建物を指差ししてアリスに場所を伝えた。


「ありがとう。助かりました」


 男児はアリスの美しさに見惚れて口が空いたまま。

 隣にいたチャミルもこれがまた可愛らしい見た目。


(どうしてルベリウスくんだけ、あんなに綺麗なひとばかりなんだろう)


 アリスにルベリウスの部屋を教えた男児は羨ましがった。

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