遊び人 Lv.12
帝都アルヴァーナの冒険者ギルドに一つの記録が生まれた。
オーク討伐最年少記録である。
わずか十歳の少年が単独でオークを二体討伐。
これまでの記録を五歳ほど更新した。
オークは森の奥地に生息していて街道近くに出てくることはめったにない。
帝都の南に広がる森は東に行けば行くほど森が深くなり、魔物の強度が高くなる。
少年が単独で倒せるような魔物ではないのだ。
それを──二頭のオークを討伐したのがルベリウス・ヴァン・ダイスという少年だった。
オークより討伐難度が高いオークメイジを倒すことは出来なかったが、偶然通りかかった熟練の冒険者がオークメイジを討伐。
本来ならオークの群れは熟練の冒険者が対応するものなのだ。
一日にしてルベリウス・ヴァン・ダイスの名は冒険者の間に知れ渡った。
「今日はありがとうございました。とても助かりました」
「おお! 良い稼ぎになって良かったな。もう無茶するなよ。命あっての物種だからな」
ルベリウスは冒険者ギルド前でダニオたちと別れた。
精算したオークの肉を受け取り、冒険者ギルド近くで購入した台車に肉を乗せて寮に帰る。
帰るときは昼過ぎだったのが、今は太陽が沈んで薄暗くなりつつあった。
寮に戻り、ルベリウスは部屋の扉のドアノッカーを叩く。
すると、ダダダダダという大きな足音がして、扉が豪快な音を立てて開いた。
いつもなら「ただいま戻りました。ルベリウスです」と伝えられる間があるというのに、今日に限ってそんな間すら忘れさせる大きな音だ。
「坊ちゃまッ!」
一日中、一人で部屋にいたターニャは目を真っ赤にしてルベリウスを抱き締める。
「ただいま戻りました……」
「どちらに行ってらしたんですか? もう、心配で心配で……戻ってこなかったらどうしようと考えると気が気じゃなかったですよぉ」
ターニャはルベリウスを抱く力を強める。
ルベリウスが生きているその実感を求めて。
「冒険者カードを貰ったので、冒険者ギルドに行ってきました」
「それは良いんですぅ……でもッ。だから心配だったんですよぉ……ふぇ……えぇぇん……」
「それは、ごめんなさい……」
ターニャはルベリウスを抱きながら頭を撫でる。
「もう良いんです。無事に戻ってきて良かったぁ……」
「わかりましたから、部屋に入りましょう」
ルベリウスの言葉でターニャとルベリウスは寮の部屋に入った。
オークの肉という戦利品を台所に置いて、ロープで引っ張るタイプの台車は畳んで玄関に立てかける。
「坊ちゃま。ちょっと血生臭いので湯浴みをしましょう。いただいたお肉はその間に私が処置しておきますから」
ターニャは湯浴みの準備をしつつ、オークの肉が傷まないように簡単な処理をする。
小一時間ほどして湯浴みの湯ができる頃に肉の下処理が終わる。
ターニャは食べる分だけを台所に残して肉を氷を保存している氷室に仕舞うと服を脱いでルベリウス湯浴みに誘う。
「坊ちゃま。湯浴みの準備ができましたから、湯浴みをしましょう」
ルベリウスは寮に入ってから何もかもがターニャと一緒。
湯浴みも同じで、お互いに一糸まとわぬ姿で身体を拭い髪を洗って部屋着に着替えるというのがいつもの習慣。
そして今日は珍しく悪戯されないのでターニャは気を遣われているのではと考えた。
ターニャは少し淋しさを感じたが、今日のこのテンションではルベリウスに構われても楽しめないだろうと分かっている。
ルベリウスはそういう相手の機微に敏感でターニャの気分が優れない時は何も要求しないし過度に接触を図らない。
もしもルベリウスがもう少し成長した男性だったなら──私は自分を抑えることが出来ないだろうとターニャは確信している。それをルベリウスが分かっているから、ルベリウスはターニャに手を伸ばさない。
それでも、ターニャはルベリウスへの心配で不安だったし、ルベリウスがドアをノックして帰ってきたときには、怒るよりも安堵感が昂ぶって涙腺が決壊したほど。
すっかり怒る気が失せて落ち着いたらルベリウスが大量のオークの肉を持ち帰ってきたことに気が付く。
ターニャは肉を処理している間、ルベリウスは私が喜ぶと思ってこんなに肉を持ってきたのかと、そう思うだけで幸福感に包まれた。
だから湯浴みの最中──ルベリウスの髪の毛を洗っている時に口から自然に発した言葉。
「お肉、ありがとうございます」
「もっと、早くに喜んでもらえると思ってました」
返ってきた言葉に、このクソガキが──とも思ったが、自分も大人気なく取り乱してしまったし大目に見ることにした。
「それにしたっていくら私がお肉が好きだと言ってもあの量は凄すぎじゃないですか? 氷室がいっぱいですよ」
「今日、ちょっとした事件でオークと戦う羽目になって──」
ターニャはルベリウスがオークと戦ったと聞いて驚愕。
普通、オークは一頭を倒すのに中級の冒険者が何人か居ないと難しいという強さ。
それを今日、冒険者として初めて討伐に行った人間が──それも少年が倒せるものではない。
一人でオークを倒せるのは熟練の上級冒険者でないと厳しい。
それをルベリウスは一人で二頭も倒したというのだ。
ターニャは驚いたし、そして、呆れた。
「よく戦う気になりましたね」
「それが逃げ出せなくて、戦うしかないと思ったんです。最終的に他の冒険者が助けてくれて助かったんですけどね」
「もう、無茶は絶対にダメですよ? 冒険に行くなとは言いませんから、せめて、冒険に行く前日までには私に言ってください。わかりました?」
ターニャの言葉はとても重くて、泣かしてしまった責任をルベリウスは感じていた。
「わかりました。今度から前日までにお伝えするようにしますね」
「ん、よろしい」
物分りの良いルベリウスにターニャはひとまず安心。
「でも、今日はお肉ありがとう。オークのお肉って美味しいのよね。楽しみ」
「僕も楽しみなんです。早く上がって一緒に食べましょう」
「そうね。私も早く食べたい。今日、何も食べてないからお腹がペコペコです」
ターニャはルベリウスの髪の毛の石鹸を流して、自身の髪を洗い、それから一緒に湯浴みを終えて湯槽から上がった。
湯浴みを終えて料理も出来た。
ターニャは香ばしい肉の香りに意気揚々とダイニングテーブルに二人分の食事を置く。
「坊ちゃま。出来ましたよ」
弾むようなリズムで言葉を紡ぐターニャ。
「ありがとうございます。こんなに肉が食べられるのは久し振りです」
更に盛られたオークの肉のステーキ。
食欲を唆る匂いにルベリウスとターニャのお腹がぐうっと盛大に鳴った。
「あははは。坊ちゃまも私もペコペコですね。さあ、食べましょう」
「はい。では、いただきます」
二人は揃って皿の上の肉をナイフで切り分けて口に運ぶ。
「んっっまーいッ!」
「んーー、美味しいッ!」
ルベリウスとターニャが同時に舌鼓をうつ。
ルベリウスは美味しさのあまりに目を細め、ターニャは口元を手で隠して目を見開いた。
「こんなに美味しいお肉を食べたのはいつ以来かなぁ……」
ターニャは思わず言葉を漏らす。
お金の面で、それなりに苦労している現状で美味しい肉を買って食べるというのは滅多にない。
ルベリウスはアウルから学費と寮費しか援助されていないから、食費はいつもカツカツ。
それでもターニャが何とかやりくりしている。
ウルリーケから給金を貰い、ルベリウスの食費を受け取っており、自分の食費は基本的に自腹のターニャ。
節約のためにいろんなものを削っているから、今日のこの食事はまさにごちそうである。
「僕はダイス領に住んでた時以来ですね」
素直にルベリウスが言葉を挟むが、ターニャも同じ。
「考えてみたらだいたい同じものを食べてるんでしたね」
ターニャは何故かルベリウスと同じだということに気がついて嬉しいと感じる。
自分と同じ境遇の少年が自分と同じことで喜んでいる。
少年が命をかけて好きな食べ物を持ってきてくれて、自分が調理をして美味しいと言ってもらえる。
今、もしかしたら私は幸せなのかも知れない──ルベリウスが黙々と肉を頬張る姿を見てターニャは微笑ましくルベリウスに目線を向けて目を細めた。
(あー、でもなー。何も言わず書き置きだけ残して行ったのはダメね。許すまじ!)
と、頭の中で思っても、ルベリウスには結局負けてしまうのは彼女の
当の本人もそれは百も承知で、揶揄われて、遊ばれてるうちに嫌な気分も辛い気持ちも、ルベリウスの悪戯で全てが解消してしまう。
ルベリウスの〝遊び人〟という
ターニャはルベリウスと過ごす日常が心を満たしてくれているから幸せなんだと思うようになった。
それからのルベリウスは冒険者として市外へ出ることが増えたが、ターニャと交わした約束通り、事前にどこに行くかを伝えている。
一人で冒険に行くことについては心配をするが、一日で帰って来られる範囲でしか活動しないため、初日のオークのように中級冒険者でも倒すのに苦労する魔物が現れることはなかった。
とは言え、学校の敷地内でくちぶえを吹いて現れる魔物よりは格段に格が上。
強敵ばかりだから最初は苦戦したが経験を重ねるうちに熟れてくると次第に魔物との戦いに余裕ができる。
それと同時にルベリウスが冒険者として稼いで、尚かつ、仕留めた魔物の肉を持ち帰ることで食卓が豊かになっていた。
そうして月日を重ね、ルベリウスは第二学校中等部への進学試験を受けることになる。
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