遊び人 Lv.11

 帝都アルヴァーナ──。

 人口五十万人を超える大都市である。

 帝都に出入りできるのは三つの門──北門、西門、南門である。

 帝城は帝都の東部に位置し中心部には貴族街が背の高い外壁の内側に形成。

 外壁から外、外郭までの間が平民街とされており、冒険者ギルドは南門に近い大通りに存在する。

 なお、第三学校は南門と西門の間、第四学校は北門と西門の間に設置されていた。


 ルベリウスは早朝──日の出前に寮を出た。

 第三学校の敷地を出て少し歩いた大通りにある冒険者ギルドをひとまず目指す。

 冒険者ギルドは南門から入ってすぐの広場にデデンと目立つところに建っている。

 ギルドは夜間でも受付が待機していて、特に早朝には依頼を受けて仕事を始めようと掲示板を眺める子どもから大人までがまばらにいる。

 ルベリウスもその一人。

 薬草の類の植物採取は現物を持ち込み、魔物の討伐は死体か頭などの部位を提出すれば依頼を完遂したとみなされる。

 つまり依頼の受託を受付に申し出る必要がない。

 しかし採取や討伐はその日によって報酬額が異なることがあるので確認のためにギルドに立ち寄る冒険者で早朝の──特に日の出前は掲示板付近はちょっとした人集りができる。


 ルベリウスは冒険者ギルドの掲示板前で悩んでいた。

 何をしたら良いんだろう──と。

 とりあえず報酬の出る討伐対象と採取物の確認はした。

 紙などにメモを取って控えたりしないので他の冒険者と同様に記憶に焼き付ける。

 ルベリウスは討伐をしようと考えていた。

 くちぶえを吹けば無限に魔物や魔獣が現れるからだ。

 朝から昼過ぎまで、無限に遊べると思うとワクワクするし、遊んでお金を稼げることにルベリウスは期待した。


(悩んでも仕方ないか。くちぶえだと何が出てくるかわからないし──)


 南門を出る時、ルベリウスは冒険者カードを提示して出ることができた。

 門を出て街道を南下するとしばらく田園風景が続く。

 駆け足したり早足したりで三時間ほど進むと田園風景に木々が混じってくる。


「流石にこれ以上、進んだら帰りが大変だな」


 外はすっかり明るくて東の山脈から太陽が既に昇っていた。

 街道から木々が茂り始めた森林に侵入する。

 この辺りは駆け出しの冒険者が多く、薬草などの採取に励むルベリウスと同年代の子どもたちが地べたを這いずり回って一心不乱に草を抜いていた。

 それから更に一時間ほど森の奥へと進み、少し開けた場所を見つける。

 森の入口と違って冒険者はまばらで時折、魔物を探す冒険者パーティを見かける程度。


(そんなに時間もないし、ここでやってみるか)


 ルベリウスはくちぶえを吹く。

 すると、どこからどもなく魔物の群れが現れる。

 ルベリウスの目の前に現れたのはラージアントイーターという口先が尖った魔獣とラージクロウという大型の鳥型の魔獣。

 どちらも初見だった。

 ルベリウスは腰に拵える短刀を抜き左手には盾を構えて戦闘態勢に入る。

 ルベリウスが構えるや、ラージアントイーターがルベリウスに突進。

 ターニャに教わったステップを踏み、踊るように攻撃を躱す。

 続けてラージクロウが羽ばたいてルベリウスの頭を目掛けて滑空する。

 ルベリウスは盾でラージクロウをいなすと勢いが余ったラージクロウは地面に打ち付けられて一瞬身動きが鈍くなった。

 その隙をルベリウスは逃さない。

 剣を振りかぶってラージクロウに向かって踏み込みいざ斬りつけようとしたところ、ルベリウスは地面の草に足を滑らせて転んでしまった。

 前のめりに地面に倒れ振りかぶった短刀ナイフの刃がラージクロウのクビにめり込む。

 ちょうどその時、ラージアントイーターがルベリウスを捉えて襲いかかろうとしていたのだが顎下にルベリウスの踵がヒットして仰向けに倒れ気絶する。

 ラージクロウが死んだことを確認したルベリウスは仰向けのラージアントイーターのクビに短刀を突き立ててトドメを刺した。

 冒険者としての初めての戦闘はそれなりの達成感を感じる。

 切り離した頭部の血を抜いて、血が滴らなくなってから移動。胴体は放置である。

 本来なら解体して持ち帰って素材としてギルドに引き取ってもらうのだがルベリウスは解体の知識はあっても持ち帰る手段がないので諦めた。


 それから、更に奥に数十分──。

 ルベリウスはまた開けた場所を見つけたのでそこで次の戦闘をしようと決める。

 ルベリウスは再びくちぶえを吹いた。

 そのくちぶえに誘われて現れた魔物の群れ。

 二頭のオークとオークメイジの三頭だった。


(ヤバいかも知れない……)


 ルベリウスはこれまで見たことの無い強敵に焦りを感じる。

 それでも日々の鍛錬を信じて立ち向かうしか無い。

 おそらく逃げられないだろう──と、そう思ったからだ。

 ルベリウスがまごまごしていると、オークの群れが襲いかかってきた。

 オークは長柄の槍を振り回しルベリウスに向かって素早く踏み込み、ルベリウスを突き刺そうとする。

 二頭のオークが間髪入れずに槍を突き出し、その後ろからオークメイジが風属性の魔法でルベリウスを切り裂こうとした。

 生来の運の良さなのだろう──ルベリウスは槍での攻撃をステップで躱し、偶然にも風の刃を避けている。

 隙を見てオークに刃を当てて、血が流れるのを見ていたのに、次の瞬間には傷がない。

 躱しているだけで精一杯のルベリウス──だと言うのに……。

 オークが槍を突き出してルベリウスを攻撃。

 ルベリウスはそれをステップを踏んで横に華麗にスライドするつもりだった──が、ルベリウスは盛大に転んだ。

 避けた先に火の玉が飛んできたのはご愛嬌であろう。オークメイジの魔法が外れたのはルベリウスにとってラッキーだった。

 転んだルベリウスだが、手には短刀ではなくいくつもの石が握られている。

 転んだ拍子に短刀を手放してしまったのだろう。


「あは……ははははははは……」


 ルベリウスは笑った。

 武器がない状況でルベリウスはなんだか面白ろ可笑しくて耐えられなくなったのだ。

 足元の石を持てるだけ持ってまるでその石で遊ぶようにオークに向かってぶちまけてルベリウスは遊ぶ。

 オークの一体がルベリウスがぶちまけた石が頭部に当たった。その打ちどころが悪くつんのめって倒れて動かなくなった。

 残りはオークとオークメイジが一体ずつ。

 オークメイジは死んでしまったオークに回復魔法をかけたが起きることがなく諦め、すぐに標的をルベリウスに切り替えた。

 再び攻撃魔法の準備に取り掛かる。


「子どもがオークに襲われている!」


 冒険者の声がした。


「何でこんなところにオークが!?」


 という大声とともに熟練らしい冒険者が加勢に入る。


「オークメイジだ! 一体は死んでる」

「おお、だったらオークメイジからだな!」


 冒険者の男たちはものの見事な連携でオークメイジに詰め寄り大きな剣を振り下ろす。

 詠唱途中だったオークメイジは脳天を剣で砕かれて絶命。

 残ったオークはルベリウスが転んだ拍子に巻き込まれて一緒に倒れたがその先にルベリウスが手放した短刀が刃先を立てて落ちていた。

 オークの頭に短刀が刺さり、オークは死んだ。

 こうして、ルベリウスがくちぶえを吹いて現れた魔物の群れはやっつけられた。


「おい、坊主! 大丈夫か? ケガはないか?」


 冒険者の一人がルベリウスに声をかけた。


「はい。大丈夫です。ケガもありません」


 ルベリウスは立ち上がって無事をアピール。

 明らかに格上の魔物と戦って無傷で居る少年に冒険者のパーティは感銘した。

 この冒険者パーティは三人で行動していて森の奥から戻る途中でルベリウスがオークと戦っている場面に遭遇。

 既にオークがオークメイジがそれぞれ一頭だということを考えてもオークメイジはそれなりの練度があっても準備が整っていなければ遅れを取る強さを持っている。


「なら、良かった。早速で悪いけど、魔物の分配だが、俺達がオークメイジを倒したからオークメイジは俺たちが戴こう。異存はないな?」

「あ、はい……」


 ルベリウスは大人の冒険者を見上げて返事を返した。

 返事を聞いた冒険者たちは直様にオークメイジの血抜きを始める。

 ルベリウスはオークの頭に突き刺さった短刀を引き抜いて、何とか頭部を胴体から切り離した。

 それを見ていた冒険者は勿体ないとばかりにルベリウスに声をかける。


「そのオーク、血抜きや解体しないのか?」

「あ、僕、解体の仕方はわかるんですけど、持ち帰るものがなくて……」

「そういうことか、だったら、その一頭の半分を俺たちにくれるなら帝都まで運ぶのを手伝ってやるぞ」

「これ、持ち帰れるんですか?」

「もちろんだ。ギルドに持っていけば報酬になるし、宿屋に持っていけば美味い飯になる」

「それなら、お願いします」

「おお。良いぞ──」


 ルベリウスはオークを持ち帰れると聞いて、冒険者の申し出を受けることにした。

 血抜きのために胴体に短刀の刃を入れようとしたら冒険者の一人がルベリウスの短刀に興味を持ったらしい。

 短刀について訊いてきた。


「そのナイフはホーリーナイフではないですか?」


 丁寧な言葉で青年の冒険者が話しかける。

 彼は他の二人と比べると普通の体型で割と話しやすい雰囲気の持ち主。

 先程まで喋ってた屈強で無骨さを感じさせる冒険者よりも言葉を選びやすかった。


「ホーリーナイフかどうかはわかりませんが、僕の入学祝いで祖父から戴いたものなんです」

「そうですか。そのナイフはとても良いものです。きっとお孫さんの貴方にダルム神の加護があるようにと願って下さったのでしょう。お大事になさると、きっとご祖父母様も喜ばれると思います」


 冒険者の言葉でルベリウスはこのナイフはとんでもないものではないかと思い始めたが、既にこのナイフは何匹もの魔物や魔獣を倒してきたもので、不思議と手入れを疎かにしてても刃こぼれ一つせず、切れ味を保ち続けている。

 そうだったんだ──と、ルベリウスはナイフの刃を眺めつつ、プリスティア侯爵とその夫人に感謝した。

 お祖父様、お祖母様、ありがとうございます──と。


 血抜きをしている間、ルベリウスは冒険者たちと親交を深める。

 冒険者たちは戦士のルード、レンジャーのダニオ、僧侶のウーツの三人で長いこと行動している。

 三人とも平民の出で第四学校の出身だと言っていた。


「お貴族様でも三男とかだと、あーー、確かにいるよなー。ギルドにもそういうやつたくさんいるわ」

「ジャギーとかトキシルとかそうだったよな?」

「ああ、あいつな。あいつ、帝都からどっか行ったけど元気にしてるかな」

「トキシルは南の方に行くって言い残して出ていったのは覚えてるわー」


 ルベリウスが子爵家の三男で第三学校に通って五年生になったから冒険者ギルドに行ってみたという話をしたらこんな流れに。

 オークの解体はダニオがとても丁寧で、ルベリウスはそれを横目で見ながらオークの解体を進めていった。


「ルベリウス、初めての割には上手いじゃないか! オークを倒した腕前と言い将来が有望だな」


 ルードがダニオとルベリウスが解体している作業を見比べて言う。

 ルベリウスはホーリーナイフだと分かった入学祝いの短刀の切れ味の良さのおかげだと思っている。

 それと、解体方法を本から学んでいたこともあって、実際やってみたときに隣に熟練の技を見ながら進めたおかげ自身の知識に自信を深めた。


(お母様がいろいろ本を読ませてくれたのがここで役に立った……)


 心の中でウルリーケに感謝をする。

 ルベリウスがウルリーケに会わなくなってもう五年。

 きっと顔も声も忘れられてるんだろうなとルベリウスはこの境遇に淋しさを感じた。


 オークの肉は一体につき体重が二百kgから三百kgほどとされている。

 そのうち、可食部は六割ほど。

 討伐の証となる頭部と素材として売却できる皮、それと可食部となる肉。

 これらを解体して運び出し、ようやっと街道に出た。


「いやー。毎回思うけどここまでがキツいよなー」

「本当にです。私はお二方ほどのちからがありませんから、本当にキツくて大変です」


 一人で二百キロ以上持つルードが街道に出ると、ダニオが広げた荷車に戦利品の肉などをどさりと置く。

 ウーツも二人に続いて肉を載せる。


「ルベリウスのも頭と肉をこの荷車に載せると良い。何ならお前も乗って良いぞ」


 冗談を交えたのはダニオで、半分冗談ではないが、道が整っている街道に出れば重い荷物も難なく運び込めるのだ。

 行きは一人だったルベリウスだが、帰りは三人の冒険者が増えて四人。

 初めて冒険者として仕事をしたルベリウスは、こういうのも悪くない──と、そう思って空を見上げた。

 太陽は既に南天の中央を通り過ぎて、昼はとうに過ぎている。


(肉をいっぱい持って帰ったら、ターニャは喜んでくれるかな?)


 ターニャは肉が好き。

 ルベリウスはターニャが喜んでくれると信じていた。

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