遊び人 Lv.10

 クラス鑑定の結果が〝遊び人〟だと言っても決して弱いわけではない。それに〝遊び人〟だからいつも遊んでばかりではない。

 むしろ、遊ぶための努力をルベリウスは怠ること無く日々の研鑽を重ね、第三学校へと入学した。

 第三学校ではオーバースペックな教養を身に着けてしまっているところはあったが──。


 ルベリウス・ヴァン・ダイスが天から賜った職分クラスは〝遊び人〟である。

 故に身近に人──異性が居ればその特性を存分に発揮するはずなのだが──。


「そこまで──ッ!」


 一年生の間で行われる模擬戦。

 今日はクラス対抗の勝ち抜き戦を行っている。

 先生の声でルベリウスは木剣を収めた。


「勝者・ルベリウスッ!」


 相手が弱すぎて遊ぶ空気にもならないのだ。

 入学してから数週間。

 授業は簡単な読み書きと計算、それと実習が中心でそのほとんどが武芸の嗜みを教わるだけ。

 幼少期から敷地内でこっそりくちぶえを吹いて呼び出した魔物と戦って遊んできたルベリウスにはこの模擬戦は退屈だった。

 楽しめる要素がなければ、それはそれで〝遊び〟が発生しない。

 遊びが発生しない理由はそれだけではない。

 第三学校、第四学校は圧倒的に女子が居ないのだ。

 貴族の家に生まれた女の子は早ければ十歳、十一歳で嫁いでしまうから、そうなる前に行儀作法を学ぶために家に留まるか嫁ぎ先に事前に出て行ってしまうし、平民も結婚は早いが女の子のほうが早く仕事に就いてしまうので、学校に通う必要性が全く無い。

 それがルベリウスの〝遊び人〟としてのパワーを大きく半減させる大きな原因となっていた。

 とはいえ、それでは飽きるので、無理矢理にでも遊んでみよう。そんな意気込みでルベリウスは授業に取り組んでいる。


「次ッ!」


 先生が大きな声で勝者となったルベリウスの次の対戦相手を呼ぶ。

 ルベリウスの正面に出てきたAクラスの男子児童が出てきて剣と盾を構える。


「はじめッ!」


 男子児童がルベリウスに飛びかかる。

 ルベリウスは相手の攻撃をよく見てから交わすと、相手はズザーっと前のめりに転んでしまった。


「いったーッ!」


 児童は痛みのあまり泣いてしまう。

 それでも立ち上がって剣を構えてきた。

 ルベリウスは盾を投げ捨てて、剣をくるくる回して踊り始める。


「くっそーッ! バカにしてッ! なめんな!」


 児童が再び足を踏み込んで剣を振りかぶる。

 ひらりと交わし剣は空振った。


「何で当たんないんだッ!」


 男児はビュンビュンと風斬り音をさせて剣を雑に振る。

 それでもルベリウスは軽やかに踊って剣を躱す。

 そんな様子を見て先生がルベリウスに注意を与える。


「真面目にやれ! ルベリウスッ!」


 男児が剣を乱暴に振るのを止めず何度もルベリウスに剣を振るうがルベリウスには一向に当たらない。

 先生に怒られたルベリウスは相手が剣を振り切って動きを止めたところで児童の喉元に木剣を突き立てた。


「そこまでッ!」


 ルベリウスの圧勝である。

 しかし、ルベリウスの勝利は悪印象を与えることがあり、クラスでは孤立しがちになっていた。

 負けた児童はルベリウスがふざけて踊ってズルをしたと思い「バーカバーカバーカ」と罵って下がっていく。

 そんな彼だって実は男爵家などの貴族の家の出だったりする。

 日頃からの研鑽を怠るから冷静に物事を見られないんだとルベリウスは心の中で言葉を流す。


「お前は強いのはわかるが真面目にやれ。次からはただでは済まないからな」


 またも先生に怒られたルベリウス。

 ただでは済まないというのはどういうことだろう。

 ルベリウスはそのただでは済まないというその意味が知りたくなった。

 とは言え、ルベリウスはウルリーケのために中等部になるときには第二学院に上がれるように頑張ると目標を立てたから、ここで先生の不評を買って成績が落ちるのは是が非でも避けたい。

 ルベリウスは疼く遊び心を我慢して学校生活に挑む。


 寮に戻ればターニャが部屋でルベリウスを待っている。

 アウルの許しが出ないので貴族街から平民街へ出ることができないウルリーケにターニャはルベリウスが居ない日中にルベリウスの様子を報告しているが、そのため、ウルリーケは入学の日から一度たりとも第三学校の校門を潜ったことはなかった。


「ただいま戻りました。ルベリウスです」


 部屋のドアノッカーを叩いて帰宅を報せると、玄関の扉が開いてターニャがルベリウスを出迎える。

 部屋で雑務を熟しながら出迎えるのだが扉を開ける前にルベリウスの姿を確認をする。

 ルベリウスの姿を見るとターニャは毎日、胸を撫で下ろす勢いで安堵するのだが、その度に、何故こんな安心感に浸れるんだろうと不思議な気持ちになった。

 笑顔を作り、ドアを開けてターニャはルベリウスを迎え入れる。


「坊ちゃま。おかえりなさい。今日の学校はおいかがでした?」

「今日もいつもとかわらないよ。実習して簡単な勉強をして終わり。ただそれだけ……」


 ルベリウスは学校から帰って笑顔を見せてはいるが、学校を楽しめていないというのがひしひしと感じ取れる。

 ターニャはルベリウスを心配するが、ルベリウスはそれほど弱い子どもではなかった。

 ルベリウスと部屋に戻り、ターニャは着替えを手伝う。


「お召し物をお替えいたしますね」

「はい。では、お願いします」


 いつもそうやってルベリウスの着替えを手伝い、抜いだ制服を拾ってハンガーにかけにいこうとルベリウスに背を向けると、ルベリウスは必ずターニャの尻を撫でてつかもうとする。


「やんっ。坊ちゃま。そのお手々は悪い子ですね。めってしちゃいますよ?」

「あはは。ターニャのお尻、大きくて触り心地が良いね」


 ターニャは何気にこのやり取りを気に入っている。

 顔では怒ったように見せているが悪戯なルベリウスが年齢相応に見えて愛おしくもあった。


「失礼なお坊ちゃまですね。私はそんなに太ってませんよ?」

「女性のお尻は大きなほうが良いって、大人の男性はみんなそう思ってるみたいですよ」

「そうですかぁ?」


 ターニャは制服をハンガーにかけてから自分のお尻を持ち上げて肉付きを確かめる。

 不思議なことに、ルベリウスにお尻を撫でられると身体の疲れが一気に飛ぶ。


「本当にそうなら良いんですけどねぇ」


 お尻を触られて悪い気がしないのはルベリウスが子どもだからということと、その後に疲れが癒えるからである。

 時に、夕食の準備をして火傷をしたり指を切ったりすることもあったが、気がついたら火傷の跡が消えていたり傷が綺麗にふさがっていたなんてことがあった。


(この子は一体、何者なんだろう?)


 ターニャは一緒に生活をしているうちにルベリウスの特異性を実感する。

 その違和感をウルリーケに伝えなければならないと言うのに、お尻を触られたとか、おっぱいを揉まれたということをウルリーケに報告するわけにはいかないので、このことはターニャの胸の内に留めている。

 雇い主に言えない秘密がどんどん積み重なっていくことに罪悪感は増していくが、それ以上にターニャはルベリウスとの生活を楽しんでいた。


 それから──。

 第三学校初等部での学校生活はすこぶる順調。

 友達が出来ない──という一点以外に於いては。

 夏休み、冬休み、春休みといった節々の長期休暇ではダイス領に帰ることが許されず、帝都の邸宅にも戻っていない。

 長期休暇中はずっと寮の部屋に引きこもり、退屈のあまり敷地内で運動をしたり、ターニャに頼んで本を持ってきてもらったりして暇な時間をやり過ごした。

 当然、ウルリーケとも会うことが出来ず、ウルリーケはルベリウスの成長を傍で見られないことに不満が募っている。

 それはアリスやイリーナと言ったルベリウスの姉たちも同じなのだが、ターニャを通じて細やかなところまで近況を報せてもらっているというところで何とか耐えていた。

 それと第三学校では異変が発生。

 土日や長期休暇のたびに敷地内に魔物の死骸が落ちているという事件が頻発。

 犯人はルベリウスなのだが、死体しか無く、魔物の存在が確認できないということで誰かの悪戯だと結論して放置。犯人が割れることはなかった。


 初等部の五年生になったルベリウス。

 ここまで順調にSクラスを守り続け、成績も常に最上位。特に武芸一般に於いては〝遊び人〟のスキルを交えれば先生を軽く凌駕するほどまで腕を上げていた。


「皆さん、進級おめでとうございます。今年からこのクラスの担任をするイド・ブレイです。よろしくおねがいします」


 イドというシュッとした中年男性が児童に自己紹介をする。


「さて、皆さんは五年生になったわけですが、この第三学校では五年生になると冒険者ギルドへの登録を行います。今日、すでにギルドの方が見えていますので、必要事項を記入すれば、明日、冒険者カードが届きます。それから───」


 新学年の説明は入学式よりも長い。

 第三学校、第四学校では初等部の五年生になると冒険者ギルドへの登録を行う。

 冒険者ギルドは十二歳から登録できるのだが、学校に通う児童は特例で五年生になった時点で冒険者としての登録を行い、帝都の外に出て植物採集や魔物退治などの実習を実施する。

 ルベリウスは心が踊った。

 冒険者カードを入手すれば帝都から出て魔物と戦ってお金を稼げるのだ。

 その日、逸る気持ちを抑えながらルベリウスは冒険者ギルドへの登録書類に必要事項の記入をしていった。


 翌日──。

 冒険者カードが手元に届いた。

 この冒険者カード。帝都などの市町村への出入りで使える身分証明書にもなり、これがあれば町を自由に出入りできる。

 自由に移動できないのは貴族街だけということになるわけだ。これは貴族街のある他の町も同じ。それでもルベリウスは自由を手にしたのだと心の中で大きく喜んだ。

 その週末。ルベリウスは早速、外へと出ていくことにする。

 その日、いつもなら、ターニャのほうが早く目覚め、慌てて下着をつけて仕事着を着るのだが──。


「あれ、坊ちゃま居ない?」


 相変わらず裸のターニャ。

 一緒に寮に入ってからというもの月のものがある時以外は服を着て寝たことがない。

 ルベリウスが悪戯してターニャの服をあれよあれよと剥ぎ取ってしまうからだ。

 もうルベリウスの前ではそういった恥じらいを忘れて慣れきっているのだが、いつもなら温かくて落ち着く環境が一気に冷え切った環境に──。


「坊ちゃま! どこですか?」


 キョロキョロと見渡して焦るターニャ。

 急いで下着つけて服を着る。

 するとベッドの──ルベリウスが寝ていたところに置き手紙があるのを見つけた。


──冒険してきます。夕方には帰ります。


 ターニャは思い出した。

 そう言えば昨日、冒険者カードを貰ったって燥いでたよな──あのクソガキ……。

 ターニャはルベリウスの手紙をくしゃっと握り潰しプルプルと震える。


「ウルリーケ様に報告してやるッ!」


 とは言うものの、ウルリーケと会うのは翌々日の予定。

 それまでは待つしか無いのだ。


(まあ、坊ちゃまらしいと言えば、坊ちゃまらしい……)


 帰ってきたらしこたま怒って美味しいご飯でも作ってあげてお出迎えしよう。

 ターニャはため息をついてから今日の仕事に取り掛かった。

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