遊び人 Lv.9

「ユーリ母様、いらっしゃい」


 ウルリーケとアリスがイリーナの部屋を尋ねると、イリーナ本人が戸口に出てきて挨拶を交わした。

 チークキスを交わして抱き合い再会を確かめる。

 実母がオフィーリアであるセグールとイリーナはウルリーケをユーリ母様と呼んでいた。

 ユーリはウルリーケの愛称である。


「イリーナも元気そう」

「元気じゃないわ。だって、ベルが来るの楽しみにしてたのに、何でよりによって第三なのよッ!!」


 そう言ってガツンガツンと足で床を叩くイリーナ。


「まぁまぁ、落ち着いて」


 アリスがなだめようとするがこれが逆効果で、


「お父様ったらほんっとうに憎ったらしいッ!!」


 と怒りが増幅する。

 そして、イリーナはセグールと非常に仲が悪い。

 同じ母親から生まれてきたというのにセグールがアウルの機嫌取りにルベリウスに対する処遇に賛同して、ルベリウスへの扱いが酷く、それに対して強く反発していた。

 イリーナもまたアリスと同じくルベリウスが第三に入学したことに対する直談判をしていたのだが──。

 とはいえ、何故かイリーナはシグナールには肯定的な面が見受けられていた。

 アウルの強硬な態度にシグナールは一定の理解は示すもののルベリウスを弾圧することがないからだ。

 オフィーリアだってルベリウスのことを可愛がっていてそれなのにセグールだけはルベリウスに暴力を奮い爪弾きにするなどひどい扱いを繰り返していた。


「まあまあ、それよりも夕食をご一緒しません?」


 ウルリーケがイリーナを宥めると何故かこっちは成功する。

 イリーナはこうして家族で集まって食事をするのが実は好きだった。


「うちから食材を持ってきたから人数分はあるはずよ」


 アリスもウルリーケに続いた。

 アリスとイリーナの使用人は同じ家の双子の姉妹である。

 二人は仲良くキッチンに立って夕食の準備を開始。

 三人はダイニングテーブルに座り食事を待つが、その間、ウルリーケの使用人がお茶を煎れて三人に配ったのだった。


「ところで今日、私のところに可愛い女の子が三人、訪ねてきたのよ」


 お茶を啜りながらイリーナが今日の出来事を口にする。


「可愛い女の子?」

「そう初等部に入学したばかりのエステルク公爵家のリリ様とシンシア殿下、それと二年生のジェシカ殿下が私のところに来たの」

「え、どうして?」

「それが、どうしてベルは第一学校に来なかったの? って聞かれたわ」

「本当に? でも、どうして?」


 イリーナを訪ねてくる女生徒はそれなりにいるけれど、初等部から──それも入学したばかりの子が高等部に訪れるのは珍しい。

 しかもそれが上級貴族と皇族というのだから、イリーナは驚いたが彼女は肝が座っていて恐れおののくことはなく卒なく対応。

 彼女たちはルベリウスを訪ねたかったがルベリウスが第一学校に入学しなかったことを残念がっているのを知った。

 イリーナは事情を詳しく説明することはなかったが、家の都合で──ルベリウスは三男だからという理由でごまかして少女たちに一旦は納得をしてもらうよう説得。

 しかし、それではアリスがよく納得できず、何故、皇族などの高貴な子がルベリウスを──と不思議がる。

 そこで、ウルリーケがリリ・ヴァン・エステルクとの縁談と、帝城でのシンシアとジェシカとの顔合わせをしたことを伝える。


「リリ様──エステルク家はベルと縁談して応じるつもりだったのに皇家の横槍で保留。その後、ベルがシンシア殿下とジェシカ殿下に気に入られてこっちも懇意にしたいとかで取り合いみたいになってしまってるの──って私はそこまでしか知らないけれど」


 ウルリーケが昨年起きた出来事を大まかに伝えると、アリスとイリーナは驚く。


「ベルは片隅に置けないわね」

「本当に! 私のベルだって言ってるのに」


 アリスは女の子にモテるルベリウスを誇らしく思って、イリーナは女の子たちに言い寄られるルベリウスを独占したい。


「イリーナはさ、兄弟で結婚できないって知ってるでしょ?」

「私は半分だけだからセーフだと思ってるよ?」

「そんなわけないでしょ?」

「お姉様は、半分どころじゃないからムリでしょうけど、私は半分セーフなのよ」


 イリーナは腕を組んで勝ち誇る。


「全く、そんなわけがあるはず無いし、オフィーリアが聞いたって怒るでしょうに」


 二人の会話を聞いてウルリーケはイリーナに注意する。


「けど、このままならベルはダイス家から追い出されて勘当されちゃうんでしょう? 私はお姉様みたいに〝僧侶〟じゃないし、ダイス家の〝魔術師〟は私じゃなくても良いわけですし、私が独立してベルの面倒を見るくらいは良いと思いません?」

「それはそうかもしれないけど、それでオフィーリアはどう思うのかしら?」

「お母様は私がベルを溺愛しているのを知ってますし、それに私が独立したってお母様はお母様ですから。私たちの中で一番、自由なのも私ですしね」


 イリーナが自分の欲望を理詰めで納得させようとウルリーケを言い包める。

 帝国では平民は人頭税でしか管理されない。

 そのため、貴族から籍が抜けてしまえばある意味、自由である。

 イリーナはダイス家から放免されることはないだろうが、家から出て自由に生きることはできると確信している。

 実母のオフィーリアが公妾という立場もあるし、他の貴族との縁談を結ばなければ良い。

 事実そうして兄妹婚を成した事例もないわけではない。


「でも、ダメなものはダメ。姉弟でだなんて道徳に反することは絶対ダメッ!」

「お姉様はお硬いなー。もっと楽に生きたら良いと思いますよ? 私と同じでベルのために縁談を断ってるじゃない」

「それを言われちゃうと──って、私は〝僧侶〟ですし、プリスティアで〝僧侶〟のお勉強をしたいって思ってるだけなのに」

「その〝僧侶〟のお勉強って結婚しないための口実じゃない。ダルム神に身も心も捧げますって言うけどダルム神は〝僧侶〟の結婚を禁じてないし、男女の関係だって推してるくらいなのに」


──そうじゃなかったら〝遊び人〟なんて職分クラスは絶対に存在しないでしょう。


 イリーナはそう思っていた。


「けど、それと姉弟でそういうことは違うでしょ?」

「そう。だから私は半分はセーフ! でしょ? 半分を四捨五入したら完全にセーフなんだし」

「や、もう、そんなイチかゼロみたいなこと言って……。イリーナは言い出したらもう聞かないんだから」


 物別れに終わる姉妹のやり取りにウルリーケはニコニコして聞いていた。

 イリーナはベルが生まれてからずっとこうで、言うことが全くブレない。

 それでも大人になればいつか変わるだろうとオフィーリアと二人で楽観していたけど、未だに改善の気配はなかった。

 そんな弟を溺愛して止まない二人なので、やはり──


「私、ベルの入学式を見たかった」

「私も──どうして、第三なのよ」

「その前に第三が平民街で許可が居るっていうのがおかしいのよね」


 アリスとイリーナは弟の小綺麗な格好を見たかったようだ。

 そんな二人にウルリーケも、


「入学式はあっという間に終わったし、私の方もしばらくベルと会えないのよね……」


 貴族街と平民街を行き来するには許可証が必要であるため、平民街の寮に入ったルベリウスに会いに行くには許可がなければならない。

 それはかなり厳密で、ダイス家ではルベリウスに会いに行くのにアウルの許可を必要とした。


「相手がお父様じゃ、ベルに会いに行くって言ったら絶対に許可証を申請してくれないよね」


 アリスがウルリーケの言葉を聞いてため息をつくと、ウルリーケとイリーナも一緒にため息を漏らす。

 どうにかならないものか──三者三様に考えてもルベリウスと接触する方法は見つからなかった。


「お食事ができました」


 使用人たちがダイニングテーブルに夕食を配膳し始めていた。


「ありがとう」


 食卓を囲って三人の談話は暗くなっても途切れることはなかった。


 一方、帝城の奥の宮殿の一室では──。

 皇族の面々が食卓を囲っている。

 皇帝が多忙だからなのか、ここでは日が落ちて暗くなってから食事を摂ることが多い。


「お母様。今日、高等部のイリーナ様を訪ねたのですが──」


 ジェシカが隣に座って食事をしていた実母のローラに、第一学校高等部に居るルベリウスの姉、イリーナを訪ねたことを話した。


「私とリリ・ヴァン・エステルクもご一緒したんです」

「そう。ルベリウスくんが一緒じゃなくて残念だったわね」


 ローラは残念そうに涙ぐむジェシカとシンシアの頭を撫でて慰める。


「しかし、ダイス家にはしてやられたな」


 皇帝のバレット・ヴァン・アルヴァン。


「そうですね。ですが、彼も間違ったやり方ではありませんから咎めるわけにはいきません。上手くヤったものです」


 皇太子のライン・ヴァン・アルヴァンがバレットに次いで発言。


「もしや、以前話してた噂の──」

「そうだ。ルベリウス・ヴァン・ダイス──」


 帝国史において最も多くの魔術師を排出しているダイス家に生まれた〝遊び人〟。

 ダイス家は伝説の魔術師マーリンの末裔とも言われているが定かではない。

 と、ラインの弟のリックが言いかけの言葉に対してバレットが説明を付け足した。


「ダイス子爵家か──ちょうど俺のところで働いてるシグナールがダイスの嫡男だったな。ルベリウスはそのシグナールの末弟か……」


 顎に手を当ててリックは考え込む。


「ん。いくら最下級職であろうとわずか一歳という年齢で職分クラスが発現するわけではないのだから〝遊び人〟だと言っても特別な何かがあるのであろう。そう考え至らないのが王侯貴族でも末に近いもののさがとも言えよう」


 バレットは低い声をガラガラさせながら言葉を紡いだ。


「とは言え、もし、我が子が最下級職だとしたら──そう考えたらダイル家の判断を責めきれないというのも本音です」

「で、あろうな……。ともあれ、後手にはなったがルベリウス・ヴァン・ダイスを要観察児童として第三学校には通達を出している。成績次第では中等部では第二学校に上がるはずだ」


 ラインはアウル・ヴァン・ダイスに一定の理解をしてしていることを発現すると、バレットもその言葉には多少なりとも同調する。

 大人たちの会話をジェシカとシンシアの耳に入り、彼女たちはルベリウスが最下級職だということを知った。


「お母様。ベル様は良くない人なのですか?」


 シンシアは不思議に感じてローラに訊く。


「そうね──良い人とは言い切れないかも知れないわ」

「そうなのですね……では、あまりお話しないようにします」


 シンシアはルベリウスが最下級職の〝遊び人〟だからあまり関わらないほうが良いということをローラから教わった。

 ジェシカはルベリウスが〝遊び人〟だからといって忌避するものではないと考えている。

 昨年、ルベリウスに教わった魔法と魔法の使い方。父親のラインが見繕った魔法の講師の教えよりもずっと簡潔でわかりやすく、いとも簡単に魔法を使うことができた。

 それまで、早くから〝魔術師〟ということがクラス鑑定で分かっていたのにラインや講師の期待通りに魔法を使えなくて、いつも泣きそうになっていたジェシカに光明を齎したのがルベリウスという〝遊び人〟。

 そうした経験から、ジェシカにとってルベリウスはもし本当に最下級職で何の役にも立たない〝遊び人〟だったとしても、ルベリウスから教わった魔法に関するものは大人を凌駕する何かがあるという認識を深めている。

 それに、今日、ルベリウスの姉を訪ねたときの会話である。


「はじめまして。私、ジェシカ・ヴァン・アルヴァンと申します。妹のシンシアとこちらが…………リリ・ヴァン・エステルク。本日はイリーナ・ヴァン・ダイス様にお伺いしたいことがこざいまして、失礼ながらお訪ねさせていただきました」


 最初は自分から名を名乗って聞きたいことがある──そう伝えたところまでは良かった。


「ルベリウス・ヴァン・ダイス様の姉がイリーナ様と聞きまして──その……、ルベリウス様がどちらにいらっしゃるのかお聞きさせていただけないでしょうか?」


 小さなジェシカが女性であれば既に大人と言っても良い背のイリーナに勇気を振り絞って聞いた。


「ベル? なんで?」

「それは──その……」


 イリーナはこの少女たちがルベリウスに懸想して、第一学校に来るものだと思ってたけど来なかったからどこにいるか知りたいのかと察して、こう答えた。


「ルベリウスはここには居ないし私たちも行けないところに行ってしまったの」

「それは、どうしてでしょうか?」

「私たち貴族としてはそれほど高位ではありませんので、お父様が跡継ぎの控えにもならない三男を第一学校に入れるつもりがないからと、他のところに行かされましたよ」


 イリーナは第三学校に入学したと伝えなかったのだ。

 姉弟なら知っていて当然だと言うのに、どうして、教えてくれなかったんだろう。

 ジェシカはそう思ったが、イリーナから見れば子どもの言うことだからそのうち忘れて気にならなくなるだろうと考えて第三学校に入学したことを伝えていない。

 お姫様の一時の気の迷いでルベリウスの人生をめちゃくちゃにしたくないし、あわよくば、ルベリウスの人生を独占したいという本心もある。

 しかし、それが、ジェシカには腑に落ちなくて、胸の内でモヤモヤしたものを抱える羽目になった。


 ジェシカは料理を綺麗な所作で口に運びながら、大人たちの会話を耳にしてモヤモヤがさらに強まっていく。

 結局これが、ルベリウスという男をジェシカの深層に深く残るきっかけになってしまった。

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