遊び人 Lv.8
朝──。
ターニャが目を覚ますと自身があられもない姿であることに気がついた。
(あっれ、私、服着てないじゃん)
身体を起こして横を見るとルベリウスの姿。
ルベリウスはちゃんと服を着ているのに自分は着ていない。
そこで昨夜の出来事を思い出す。
食事を終えて歯磨きを一緒にした──までは良かった。
ルベリウスと一緒に食事をしていて、こういうデートが出来たら良いなと思っていたらホロホロと涙を零して、自分がみっともなく感じる。
それをルベリウスがあやしてくれた。
(ベル様、良い子だよね。もっと大人だったら、私、コロッとイッてたわ)
可愛らしくて優しい──ちょっとエッチだけどそれが良い。
しかし、さあ寝ようというときに、何故か、ルベリウスとじゃれ合ってしまった。
どんな経緯でそうなったのか。
ルベリウスの手がターニャの尻を何気なく撫でたその時からだ。
何故か一瞬で疲労が抜けて気分が高揚してしまった。
そしたらあれよあれよと言う間にルベリウスのペースで服をひん剥かれてしまい、キャッキャッキャッキャッと騒いでいるうちにいつの間にか眠っていたらしい。
おかげで寝起きはスッキリしてて身体の調子は最高に良い。
(この良い調子の間にヤることをヤってしまおう)
ターニャは脱ぎ散らかした服や下着を片付けて、新しい下着を身に着け仕事着であるメイド服に着替えた。
今日は帝立第三学校初等部の入学式。
朝食を食べ終えて着替えたルベリウスはターニャの介助で制服に着替えて二人で一緒に寮を出る。
それから、この日のみの通行許可証をアウルの申請で発行してもらったウルリーケが校門前で待っているのでルベリウスとターニャはウルリーケと合流。
「おはようございます。ウルリーケ様」
ターニャは美しくカーテシーを披露してウルリーケに挨拶をする。
「おはよう。ターニャ。ベルは良い子にしてた?」
「はい。とっても良い子でした」
「そう。若い女の子の手厚い介助は、まだ女性を知らないベルにもとっても良いものだったんじゃないかしら?」
ウルリーケはそう言ってニヤリと笑う。
「ウルリーケ様。お戯れはここまでにいたしましょう」
ターニャは逃げた。
「ところで旦那様は?」
「アウルなら来ないわ。第三学校になんて行くつもりはないって憤ってましたもの」
「そうでしたか……お坊ちゃまがお気の毒です……」
「その分、私がたっぷり愛情を注ぐのよ。ねっ」
目を伏せるターニャにルベリウスを抱き寄せてしゃがみ頬にキスをするウルリーケ。
どちらも非常に見目好い女性である。
ウルリーケもターニャも人並み以上に大きな胸を持ちスラリとした体型は通り過ぎゆく大人たちの視線を集めた。
その間に挟まれているルベリウスはお人形さんのような女の子に見紛うほどの可憐さを持つ少年。
ルベリウスはルベリウスでそれなりに目立つ容姿の持ち主だった。
第三学校の入学式は非常に簡素だった。
体育館に集まって話を聞いて終わり。
その後、教室に入ったがそこでも話を聞くだけで解散。
教科書などの配布はなく、手ぶらで帰ることが出来た。
ウルリーケはルベリウスの寮の部屋が気になったので寮に寄ってから帰ることにする。
馬車を待たせているが、念の為、ルベリウスの部屋に寄ってから帰ることを伝えてから寮に入る。
「ここが第三学校の寮なのね。教科書がなかったり式典が短いのは驚いたけど──」
「はい。私は第二学校の出ですが、寮については全く変わりませんね。式典の短さもそれほど変わりませんが私も教科書が無いことには驚きました」
「ということは第三学校って学問や教養、行儀作法などの授業を行わないのね……」
「おそらくそうかと思います」
「まあ、寮については聞きしに勝るといったところかしら。第一学校の寮はもっと部屋が広かったし、設備がもっと整っていたわ」
「それは第二学校の間でも伺っておりました。第一学校は生徒が第二学校の半分程度ですが設備はとてつもなく整っていると──」
「そうなのよね。できればベルは第一学校に行ってほしかったのだけど、もう叶わないものね……」
「ですが、初等部の間、中等部の間に優秀な成績を収めれば第二、第一と入学できる可能性もございますから、きっとルベリウスお坊ちゃまはウルリーケ様のお望みに適ってくれることでしょう」
「そうね。六年も先のことだし期待しすぎるは良くないけれど、ルベリウスの活躍は楽しみにしてるわ」
ウルリーケとターニャの会話にルベリウスは目を向ける。
話の内容を聞き取っていて、もう少し良い教えを得るには初等部の卒業までに好成績を修めなければならないということは理解できた。
アウルから快く思われていない──疎ましがられていることは普段の生活から感じ取っていてそれを必死にかばっていたのがウルリーケだということもルベリウスは分かってる。
(お母様の期待に応えなければ──)
ルベリウスは天から賜った
人知れず〝遊び人〟について調べることもあったし、これからは学校の書物を漁れば、より深く理解できるようになるかもしれないと感じ取っていた。
さらに、ルベリウスは遊び人は遊ぶために知恵を磨くことを怠らないということを知っている。
様々な知識や学問の吸収が早いのは遊ぶためのものなのだと、そう思い始めていた。
故に、学校に通っている間は日頃の研鑽を怠らず、ウルリーケが世話してくれた以上に励もうと、ウルリーケとターニャの会話を聞いて決意する。
「ここは平民街にあるから私は簡単には来られないのよね。だから、ベルのこと、本当によろしくおねがいします」
「ええ。このターニャ・ヴァン・ダンジクは奥様の名に恥じぬよう誠心誠意、ここでの業務に責任を持って取り組ませていただきます。ですのでご安心を!」
「ふふ──元気でよろしいこと」
ウルリーケはターニャとの会話に区切りを付けるとルベリウスの前にしゃがみ込み目線を合わせて話し始めた。
「本当はいつだってベルの傍に居たいけれど、ここは平民街の寮で貴族の私が簡単に出入り出来ない場所なの。ベルのこと心配だけど頑張ってね。私、帝都にずっと居るから、何かあったらターニャに伝えて。こちらもこまめに連絡を取るようにするから」
「はい。お母様」
去年からめっきり会話をする機会が減っていたウルリーケとルベリウス。
こうして向き合って喋るのも最近では珍しい。
だと言うのに、第三学校に入学したせいで、ウルリーケと過ごす時間が貴重なものになってしまった。
ウルリーケは淋しそうな顔をする。
だからルベリウスはウルリーケを悲しませまいと、勉強を頑張らなければならないと誓う。
「僕、頑張るから」
「ええ。楽しみにしてるわ」
ウルリーケはルベリウスを抱き締めた。
この次は夏休みまで会うことがない。
それまで、ルベリウスのことを忘れないようにとウルリーケは何度もキスをして鼻を鳴らし匂いを嗅いだ。
(僕、お母様にもっと楽しくしててほしい)
悲しい顔をするウルリーケにルベリウスは思う。
「じゃあ、私、邸宅に戻るわね。元気にしてるのよ」
「はい。がんばります」
ルベリウスの頭をぽんぽんと撫でて立ち上がり、ウルリーケはターニャを見る。
「ベルのこと、よろしくおねがいします」
ウルリーケはそう言って入り口に待たせていた使用人に声をかけて寮の部屋を出ていった。
残ったルベリウスとターニャは空気の流れを感じるほど静かになった部屋でお互いの顔を見る。
「改めて、よろしくおねがいします。お坊ちゃま」
「よろしくおねがいします」
何故か挨拶をして、二人は大声で笑った。
そして、こうなるとルベリウスの〝遊び人〟が効率的によく働き出す。
ターニャは今日もルベリウスの悪いイタズラの的になってしまっていた。
ルベリウス・ヴァン・ダイスは帝立第三学校初等部の一年生。
クラスはS──第三学校の中で特に優秀な生徒はここに振り分けられる。
試験の結果はそこそこだったはずなのに何故Sクラスだったのか。
それは学年で唯一人、クラス鑑定で
たとえ最下級職と言えど、この年齢で
故に要観察対象としてSクラスに振り分けられている。
ターニャは元気なルベリウスを送り出したばかり。
昨日に引き続き、目を覚ましたら全裸。
昨夜の出来事を思い出して後悔しそうになるが、とても子ども相手に遊んだと思えないほどの充実感。
とくに何かをされたわけではない。
ルベリウスの悪戯で服がいつの間にかなくなっていたのだ。
こういうときのルベリウスは女性の気分を上げるのが非常に上手く巧みで、ターニャも乗り気でルベリウスに応じてしまう。
彼の魅力の高さに依るものなのだがそれも〝遊び人〟であるが故のものだった。
(これはヤバいですね──坊ちゃまが年頃になったら私、どうなるんでしょう)
もし、それで身体を許したとしてもターニャは子爵家の三女。
それもルベリウスと同じで家から疎んじがられており家から出ることになったときにはとても喜ばれたものだった。
それがルベリウスのように父親だけならまだしも、ターニャは両親から疎ましく扱われていて、ダイス家についてウルリーケと面会したときにはその優しさと温かさ──ウルリーケの人柄に惚れ惚れとしたものだ。
今からこんなことを妄想するなんて私は変態かと自虐するものの、ルベリウスの初めての相手になるのは悪くないかもしれないと思いつつあった。
「遊び人──これは侮れませんね。これが私だけならまだしも、どこぞのお高いお貴族様やお姫様みたいな女性に気に入られたらただではすまないような気がします」
ターニャはルベリウスの将来を──昨日、一昨日とルベリウスとの二人きりの生活を思い返して一抹の不安を抱く。
第三学校の寮を出たウルリーケは長女のアリスの寮──第一学校の女子寮を訪ねた。
「あら、お母様」
「アリス、元気そうね」
アリスの専属侍女が出迎えて部屋に入ったウルリーケ。
窓際にはお茶を楽しむアリスの姿が見えていたが、ウルリーケの姿に気がついたアリスが立ち上がってウルリーケの傍に寄り、抱き合って頬を交わし合う。
「はい。おかげさまで。お母様はベルのところに行った帰りです?」
挨拶を終えて身体を離すとアリスがウルリーケに訪ねた。
「そうよ。ベルの寮に行ってきたの」
「ベルは元気だった?」
「そうね。人並みには元気そうに見えたわ。アリスもベルに会いたい?」
「それはもちろん。私、ベルが第一学校に入学するものだと思ってて、とっても楽しみにしてましたのに」
アリスは弟が大好きで生まれたばかりの頃は学校を休んででも会いに行ったくらいだ。
それから休みの度にダイス領に帰省してルベリウスを執拗にかまった。
ルベリウスへの執着心は母親以上かも知れないアリスは、ルベリウスが第一学校に入学しなかったことに憤り父親のアウルに直談判したほど。
それでも「もう決まったことだ」と聞き入れてもらえず、何故願書を第一学校に出さなかったのか今も納得ができずにいる。
そうやって怒るアリスにウルリーケは罪悪感を持っていた。
ウルリーケにとってはアリスもまた大切な娘なのである。
「ごめんなさい。私の力が及ばなくて──」
「お父様のせいでしょう? お母様は頑張ってたじゃない」
「アリスに分かってもらえて、嬉しいけれど私じゃもうどうにもできなくて──」
「第三学校は平民街にあるんだものね。私だっておいそれと行けない場所だもの、本当に難しいわ。お兄様だって協力的じゃないんでしょう?」
「シグナールは立場上〝遊び人〟のルベリウスをかばうわけにはいかないのよ──。きっと心苦しい思いでいるはずだから、そこは分かってあげて」
そうは言うものの、シグナールのルベリウスに対する態度はウルリーケもアリスも納得が行っていない。
ウルリーケにとってはシグナールもまた大事な息子なのだ。
ルベリウスほど溺愛しているわけではないものの心から自慢の息子だと憚らない。
「や、それは納得できない。お母様がお兄様を察していても私は私だから。ところでイリーナとは話した?」
「イリーナとはまだ話してないわ」
イリーナ・ヴァン・ダイス。彼女はアウルの公妾のオフィーリアとの間に生まれた次女。
アリスと同じ寮に入っているためちょくちょく会っているのだが、今日はまだ顔を合わせていない。
そこでアリスはイリーナと会うことを提案。
イリーナもルベリウスに溺愛を注ぐ姉の一人である。
「ならイリーナにも話をしてあげて。イリーナもルベリウスのことですっごく怒ってたから、あの子は本当に暴走したら止まらないから大変なのよ」
「わかったわ」
「それとも今から一緒に行く?」
「三人で話すのも良いわね。そうしましょうか」
「なら、夕方の食事も私とお母様とイリーナで一緒にどうかな?」
「ええ、久し振りにそれも良いわね」
話は纏まり、ウルリーケとアリスはそれぞれの従者を伴ってイリーナの部屋を訪ねた。
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