遊び人 Lv.7

 ルベリウスのことで全てにおいて先手を打たれたウルリーケはアウルのせいでルベリウスのとの接触がままならない状況に陥っていた。

 しかし、ある一点においてしてやったというところがある。

 数週間前にウルリーケの実家のプリスティア侯爵家に頼んで、ルベリウスの従者を見繕ってもらった。


 ターニャ・ヴァン・ダンジク──。

 十九歳という若い彼女がルベリウスの専属侍女として働きたいと申し出てきた。

 ダンジク子爵家の嫡男の娘で三女というルベリウスによく似た境遇の彼女。

 働き口がないということでダンジク家当主の祖父に頼み込んで仕事を探していたら寄り親のプリスティア侯爵家が孫息子のルベリウス・ヴァン・ダイスの従者を探しているという情報を入手。

 ターニャは祖父に申し出て就職の申込みを行いプリスティア侯爵を通じてダイス子爵領へと赴任する。

 プリスティア侯爵家の計らいということであれば、ルベリウスに従者を付けるつもりがなかったアウルは断る理由が無く、ターニャをルベリウスの従者として受け入れることにした。

 ターニャは〝踊り子〟という職分クラスを持ち主。この〝踊り子〟という職分は非戦闘職とされ、下級職の部類として需要がない。そのため、帝立第二学校を卒業してから就職先に困っていた。

 自分が気持ち良くすっきり働ける職場が良いとターニャ自身が高望みした結果でもあるが──そんな彼女が〝遊び人〟のルベリウスの侍女に就いたのはある意味で運命的とも言えた。

 彼女の〝踊り子〟はルベリウスの〝遊び人〟との相性が非常に良かったのだ。


 帝都への出発を翌日に控えたこの日。

 ルベリウスは最後の鍛錬に励む。

 ジャン・ド・ボジャンはこの日、最後の模擬戦でこっぴどくルベリウスにしてやられた。


「本当に強くなられましたね。個人的に納得が行かないところはありますが、剣筋は超一流のものをお持ちですからこれからも精進を怠らず帝都でも励んでください」

「ジャン様、今まで本当にありがとうございました。ジャン様に教わった剣技をこれからも磨いていきます。また、いつか、お手合わせいただけたらとも思っています」

「その時はお手柔らかに──」


 ジャンとの模擬戦は八割がたルベリウスが勝利を収めるようになっていた。

 ここ数ヵ月で更に剣の腕に磨きをかけたのだが、所詮〝遊び人〟である。真面目に剣を打ってもクラスの特色が存分に反映されるそんな戦いである。

 だから、ジャンは負ける度に納得ができないし、勝ったときも実力で勝てたと思えなくなっていた。

 それから魔法の講師のリアナ・ダン・サイリスが長女のマリア・ダン・サイリスを連れて来て最後の講習をする。

 リアナは大きくなったお腹を擦りながらルベリウスとの魔法理論談義に明け暮れる。

 それをマリアが横で聞いているわけだけど、これがとてもためになった。

 マリアも貴族の娘だから何れ帝都の学校に通うのだ。

 その日のために、マリアはルベリウスを追いかけたい想いに駆られている。

 彼女の懸想はルベリウスが専有していたのだ。


「ルベリウス様には本当に魔法の深淵を覗かせていただいた気分でございます。まさに帝国の魔法史を塗り替えるほどの密度の濃いお付き合いをさせていただきました。帝都でのご活躍に期待しております」


 リアナが深々と頭を下げるのに、娘のマリアはルベリウスにひしっと抱き着いている。


「ベル様、大好き! また遊んで」


 マリアはルベリウスがいなくなるということがまだ良くわかっていなくて、それでも、ルベリウスともっと遊びたいとだだをこねる。


「リアナ様もマリア様もありがとうございました。帝都でも頑張りますので領に戻ってきたらまた遊びましょう」


 リアナはルベリウスの言葉を聞いて感銘のあまり抱き締めた。

 リアナの大きなお腹から足がポコポコと出てルベリウスを蹴っ飛ばす。


「ふふふ。この子、女の子かも知れないわね」


 そんなことでリアナがお腹を擦りながら笑うと「ベル様はマリアのだもん」とマリアがルベリウスの腕に抱き着いた。


 翌日──。


「さあ、参りましょう」


 ルベリウスはウルリーケとターニャと共に馬車で帝都に出発。

 アウルはセグールの卒業と就職のために先に帝都に滞在していた。

 ダイス領から帝都までは七日間の旅となる。

 一行は宿場町を泊まり継いで帝都を目指した。


 帝都に到着すると、アウルはルベリウスを邸宅に踏み入ることを許さず、第三学校の寮に向かうよう命じる。


「着いたか。寮の準備は済ませてある。まっすぐそっちに行くと良い」


 アウルはそう言って貴族街と平民街を隔てる隔壁を通って平民街に出ることを一度だけ許される通行許可証をターニャに持たせた。

 貴族街に着いたばかりだと言うのに、馬車から下りたルベリウスは門の外でターニャと二人。


「一方通行じゃないですかこれ……」


 ターニャはルベリウスが可哀想に思えてきた。


「ここから第三学校のある南門のほうまで遠いんですが歩きましょうか」


 ターニャはそう言って、背の低いルベリウスの手を取って南に向かって歩く。

 それから、二時間弱という時間をかけて第三学校の男子寮に到着。

 寮の管理室で鍵を受け取って部屋に入り、荷物を置いて一休み。


「やっと落ち着けましたね」

「ありがとうございます。僕だけじゃここまで来れませんでした」

「いいえ、これも坊ちゃまのためですから」


 ターニャはよくできる女性で料理や家事一般をそつなくこなす。

 難があるとすればルベリウスとの応対であけすけな点が挙げられるが、ルベリウスはそういったことに疎くそれほど気にしていなかった。


「それにしても第三は初めて来ましたけど、寮は第二と変わらないんですねぇ」


 ターニャは第二学校を昨年の春に卒業している。

 それまでは第二学校の女子寮に住んでいて、卒業して以降は実家に戻っていた。

 良い仕事がなかったから、という理由で仕事につけなかったのだが、嫁ぎ先も見つからないので、祖父を通じて紹介されたルベリウスの侍女の募集に不思議と気が惹かれて応募に至っている。


「坊ちゃま。今日もヤります? 今なら馬車の旅で固くなった身体が良い感じに解れますよ?」

「そういうことならヤりましょうか」


 ターニャのクラスは〝踊り子〟で、踊ることが得意だがこれまでそれを活かす機会がなかった。

 ところがそれをルベリウスに打ち明けたらルベリウスがターニャに教えを請う。それで毎日のようにダンスをしているのだが、これがまた、面白い。

 ルベリウスの身のこなしの良さはさることながら、覚えの早さが爽快で、ターニャはルベリウスと一緒に踊ることが気持ち良くて仕方ないと感じるようになっている。

 そうして日々一時間から一時間半ほど踊りに費やして汗をかき、湯浴みをして汗を流した。

 ルベリウスにターニャという侍女がついて、実母以外の裸を目にして、肌の張りや艶、胸の形など違いを実感すると〝遊び人〟としての気概が働くのか、女性への興味が一段と強まっていく。


「坊ちゃま、ジロジロ見ていやらしいですよぉ」


 と、ターニャは揶揄うが彼女は男性経験は当然ない。

 子どもだからと高を括って気にしていないがルベリウスが男としてターニャが女だと意識する視線は不思議と嫌な感じがしない。


「あ、すみません。ターニャが来るまではお母様やお姉様の裸しか見たことがなかったものだからつい……」

「ふっふっふ。そういうこと言ってると、ウルリーケ様に報告しちゃいますよぉ?」

「それは勘弁してくださいよ。お母様に何を言われるか……」

「ウルリーケ様に言ったら、きっと嫉妬で私がクビになっちゃいそうですけどー」

「そんなことにはならないようにしましょう」

「うんうん。坊ちゃまは話がおわかりのようで助かります! 坊ちゃまはイイ男ですよ」


 湯浴みをしながらそうやって身体を洗い頭を撫でてターニャはルベリウスを可愛がった。

 この第三学校の寮は各部屋に浴室と湯船があり自由に入浴することができた。

 帝国貴族のルールに則るのなら、先にルベリウスの世話をしてルベリウスた寝静まってから使用人が湯浴みをするのだが、今回はターニャが準備も後処理も面倒だから纏めてやりたいと言い出したので、二人一緒に湯浴みを済ませている。

 ルベリウスになら肌を見せても良いと──こういうときだけは女性の意見が勝る。

 入浴を終えて着替えを済ませるとターニャがルベリウスをリビングのテーブルに座らせて──


「じゃあ、これから食事の準備をしちゃいますね」


 と、キッチンで調理を始める。

 今日は入寮初日で何もかもが手探りだからターニャもルベリウスもあちこちを確認しながらの作業。

 ターニャが手際良く調理を済ませてダイニングテーブルに料理を一人分の料理を並べてからリビングで待っているルベリウスを呼んだ。


「坊ちゃま、できました」

「はい。今行きます」


 ダイニングテーブルに一人分の料理が置かれているのを見てルベリウスは聞いた。


「ターニャの分は?」

「私は使用人なので坊ちゃまと一緒にご飯を食べるわけにはいきませんし、同じ料理を食べるのダメなんです」


 ルベリウスはターニャの返答にがっかりする。

 確かにここまでの旅でルベリウスはターニャと一緒に食事をしていない。

 ウルリーケと向かい合って座り、ウルリーケの後ろにターニャが控えて食事をした。

 でも、ここは二人っきりで過ごす寮の一室。

 まだ、何もない空間にルベリウスは淋しく感じた。


「どうして?」


 ルベリウスが聞き返したのは、目の前に人が居て欲しいと──ターニャが居るというのに一人で食事というのは味気ない。

 一緒に風呂に入ったのだから食事だって一緒で良いじゃないかとルベリウスは考えた。


「貴族の間ではこうなんです。使用人はご主人様と一緒に食事をしませんし、同じ料理だって食べないんですよ?」


 ターニャの言葉の通り、キッチンにはターニャが食べる料理の材料が並んでいる。

 薄給だからかルベリウスが食べる料理よりもずっと品数が少なく量も少ない。

 使用人として勤める人間の多くはこういった食生活をする。

 とはいえ、ルベリウスはそんなルールなんて知らないとばかりにターニャと食事を共にしようと食い下がった。


「僕、今まで一人で食事をしたことがありません。一緒に食べてくれませんか?」

「良いんです? 私と同じ料理を食べるということはその分、量が減ったり材料の質が下がったりするかもしれませんよ?」

「僕はそんなこと気にしません。今まで食事を与えられなかったことだってありましたし、ここに来るまでの間だって、ターニャが作ってくれたような立派な料理は出ませんでした。だから一緒に食べましょう」


 ルベリウスは諦めないんだろうと察したターニャは一緒に食事を取ることにする。


「わかりました。では、食事をご一緒させていただきましょう。でも、今日は一人分しか作ってませんから一緒にはムリですよ」

「なら、半分ずつにしましょう」

「半分で足ります? 私が作ろうとしてた料理も一緒にしましょうか?」


 ルベリウスに押し切られるかたちで食事を一緒にすることになったが、ターニャはどことなく嬉しく感じた。

 実家から一人で出て、知り合いが誰一人としていないという淋しさがターニャにもあるし、相手は子どもとは言え、ルベリウスのように熱心に求められたことがない。


「僕、ターニャが何を食べようとしてたのか知りたいので、それも半分ずつにして食べたいです」


 ターニャが作ろうとしていたのは、プリスティア領に住む平民がよく食べる質素な料理。

 調理そのものは簡単なので、ターニャは「わかりました。ちゃちゃっと作ってまいりますね」と、キッチンに戻った。

 材料と下拵えは終わっているから火を通すだけの状態。

 調理は直ぐに終わり、出来上がった料理を皿に載せてダイニングテーブルに持ってきた。

 目をキラキラさせてターニャが運んできた料理を眺めるルベリウス。

 小麦粉を溶いてルベリウスの料理を作る途中で余って捨てるようなものを混ぜたものを平べったく焼いただけである。

 それがとても香ばしくて子どものルベリウスにはツボだった。


「美味しそう……」

「私、こういうの好きなんですよ」


 そうしてようやっと二人分の料理がテーブルに並び、ルベリウスとターニャは一緒に食事を摂り始める。

 ルベリウスとターニャが一緒に食事をするのはこれが初めてでもあった。


(ベル様が大人の男性だったら、私もこんなデートをしてみたかったなぁ)


 二人きりの生活がこれから始まるというのに、ターニャはルベリウスに溶かされそうになっている。

 〝遊び人〟として成長を続けるルベリウスのみりょくは、本人が気が付かないところで、その効力を徐々に強めはじめていた。

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