遊び人 Lv.6

 帝都での扱いが不当だと憤慨したアウルはダイス領に帰ってからルベリウスの扱いを見直すことにした。

 まず、ウルリーケから引き離すことに着手するが、領城に居てはそれは難しい。

 領城ではルベリウスに私室を与えている。それもルベリウスだけ遠く離れた塔の一室。ウルリーケの私室からは正反対の場所であるため、ウルリーケとルベリウスが共にする時間が減ることだろうとアウルの画策だった。

 しかし、ウルリーケはルベリウスの教育のためという名目で、ウルリーケ自身がルベリウスの私室で寝泊まりをするようになり、ウルリーケとルベリウスの時間はアウルの予想に反して増えている。

 そんなタイミングで、来年で七歳になるルベリウスを帝都の学校に入学させるための案内書がアウルの下に届いた。

 アルヴァン帝国では貴族の子や優秀な平民の子を帝都に集めて教育を施すための学校を運営している。

 その学校はひとくくりに帝立学校と呼ばれ、身分や成績順に第一から第四までの四つの学校、それとそのそれぞれに初等部、中等部、高等部と年代別に校舎を分けて、それぞれに見合ったカリキュラムが組まれていた。

 ルベリウスの兄や姉たちは皆、初等部の年代から帝立第一学校に入学しており、現在も二人の姉が学校の寮に入寮して通っている。

 帝立学校への入学希望はアウルの一存で決定できる。

 案内書に同封された入学願書に、アウルは第三学校への入学を希望する旨をしたためて、送付元の帝都の役所に返送。

 これでルベリウスを切り離せる──とアウルはしたり顔で入学願書の受託と入学試験の案内と報せを待った。


 それから、しばらく──。

 ルベリウスの入学願書は受託され、帝都から送付された入学試験の日程などの案内をアウルが受け取ると、アウルは誰にも言わずに試験の日を待つ。

 出発の日の早朝。アウルが使用人に命じてウルリーケに悟られぬようにルベリウスを部屋から連れ出させると、アウルはルベリウスを連れて帝都へと赴いた。

 馬車にはアウルとルベリウスの二人。執事などアウルの使用人が同乗しているが、ルベリウスに使用人はいない。

 ルベリウスに金を使うのは無駄にしかならないと考えていたからだ。

 アウルはルベリウスと一言も会話を交えずに帝都への七日間の馬車の旅を進めた。


 一方、その頃──。

 ダイス領では取り残されたウルリーケが憤慨していた。


「あの狸親父ぃッ! ベルをどこにやったのよ!!」


 ウルリーケはルベリウスの部屋や書庫など探し回っても見つからないルベリウスを探し回った。

 アウルの使用人を探したが誰一人としておらず、領城に残ったのはオフィーリアとウルリーケと彼女たちの使用人、それと、領兵たちである。


「アウル様は早朝に発たれました」

「どこに行ったか聞いてるのッ!」

「それが私どもも詳しく聞いておりません。二週間ほどで戻ると告げられて行かれました」


 領兵の回答にウルリーケは帝都に行ったのだと察した。

 往復で二週間というのは帝都くらいしかないからだ。


(私やオフィーリアではアウルの許可がなければ馬車を動かせない。待つしか無いのか……)


 ウルリーケはこの日ほどダイス家に嫁いだことを悔いた日はない。


「ベルぅーー……」


 ウルリーケはルベリウスが心配で、無事を願うと不安に苛まれ、胸が締め付けられる想いが涙を誘い、枕を濡らす。

 半身が引き裂かれるような心痛と、喪失感。


「嗚呼……ベル──。どこに行ったのよぉ……。ベルぅ……」


 ウルリーケはルベリウスの匂いが残る彼の枕を抱きかかえながら泣き続け、流す涙の量に比例して深まる恋しさに震えた。


 入学試験の前日に帝都に到着したアウルとルベリウス。

 ルベリウスは邸宅に私室がないため、客間を与えられた。

 ダイス子爵家の帝都邸宅はそれなりに立派な作りだが客間は至って質素で最低限の家具が置かれているだけ。

 ウルリーケが居なければルベリウスへの扱いはぞんざいで、まともに食事すら与えられない、そんなひもじい時間を少年は過ごしている。

 客間でひっそりと佇むだけだった。


 試験の当日はアウルが試験会場まで随伴する。

 試験を受けるためには後見人が必要で、その後見人は家長である。

 ルベリウスにとっての家長はアウルであった。


 試験会場に入る直前にアウルはルベリウスに言った。


「試験では悪目立ちしないようにな。過度に好成績を修めても不評を買われかねない。本気を出しすぎないように注意しろ」

「はい。かしこまりました。お父様」


 そうして受付を終えてルベリウスを送り出したアウルはルベリウスが見えなくなってから地団駄を踏み──


「何で俺があんなゴミにお父様などと呼ばれなければならないんだッ! 自重しろよゴミがッ! 虫酸が走る──ッ!」


 アウルの悪態はとどまるところを知らない。


 試験は筆記と実技。

 実技は剣と魔法を使うのだが、ルベリウスは魔法については棄権する。

 魔法は使えないものもいるため試験結果には左右されないものの魔法が使えるとこの会場で受ける学校ではなく数ランク上の学校に入学させられることもある。

 アウルが注意したのはまさにそれで筆記でも剣技でもあまりにも突出した成績だと上位の学校に入校願書を書き換えられてしまうのだ。

 ルベリウスが試験を受ける学校は、下級兵士、傭兵、冒険者などが主だった進路となる貴族の子弟が通える中では最低クラスの学校である。

 筆記試験は三分の一程度の正答率であることを確認してルベリウスは答案用紙を提出。

 これでも全体で上位二割程度の成績となった。

 次に剣技──。


「次!」


 試験官を担当する兵士が入学希望者と模擬戦を繰り返す。

 多くの子たちが兵士に負ける。勝者は一人として出ることはない。

 所詮、大人と子どもの差があるのである。

 ルベリウスは剣と盾を構えて試験官の前に立った。


「かかってこいッ!」


 試験官の声を合図にルベリウスは突進する。

 ルベリウスは石に躓いて転んだ。

 試験官は右に避けたが、ルベリウスの手にある木剣が試験官のスネに思いっきりヒット。

 相手は子どもだからとすね当てをつけていない試験官は弁慶の泣き所を打たれて痛みに耐えきれずその場でもんどり打つ。


「い、今のはなしだ。これでは実力が測れん」


 試験官は涙目である。

 痛みに堪えてなんとか立ち上がり、再びルベリウスとの模擬戦を開始。

 試験官が攻撃をすると、ルベリウスは滑って仰向けに転ぶが、その時の姿勢のせいでルベリウスの足が試験官のスネにクリティカルヒット。

 再び弁慶の泣き所を打たれた試験官は痛みに耐えきれずに泣いてしまった。


「試験は一旦中止。ルベリウスくんの実技試験の結果は保留のまま終了とする」


 ルベリウスの試験はこれで終わる。

 なお、試験官が負けたのはこの一戦だけだが、扱いとしては引き分け。

 負けではないが剣技で競ったわけではないため技術点が低く上位に食い込むことはなかった。

 このおかげでルベリウスは最低クラスの当落選上よりも若干上という位置で試験を終了。

 試験結果は後日に届けられるため、アウルは試験会場から戻ってきたルベリウスを拾ってそのままダイス領へ戻ることにする。


 それから、一週間後──。

 アウルとルベリウスは無事にアウル領に帰宅。

 領城に着くと同時にウルリーケが飛び出してルベリウスを抱き締めた。


「おかえりなさい。ベル! ベルが居なくてとっても寂しかったッ!」


 侯爵家のご令嬢らしからぬ振る舞いではあるが、ウルリーケにとってルベリウスはとてもおおきな存在である。


「どうして、何も言ってくれなかったのッ!」


 ウルリーケはアウルに怒鳴る。


「入学試験だったからな。俺とコイツしか会場に入れないからな」

「それだったら私が邸宅で待ってたって良かったじゃない」

「そうは言っても女にはいろいろ準備があるんだろう? 時間がないからコイツと行くしかなかったんだ」


 アウルは適当にごまかして──


「疲れたから休む」


 と、領城に引きこもった。


「酷いことされなかった?」


 ウルリーケは抱き締めるルベリウスに頬ずりをして頭を撫でる。

 顔や唇の至るところにキスをして無事を確かめた。


「お父様とは何も話しませんでした。ですが、学校の試験を受けてきました」

「どんな学校?」


 ウルリーケの質問にルベリウスが答えるとウルリーケは合点がいったと言わんばかりの表情を見せる。


「そう──。アウルはベルをあの学校に入れるつもりで──」


 ウルリーケは察したが、既に試験を終えてしまっていて、もう何も覆すことはできない。


「はあ、先手を打たれちゃったのね……」


 ウルリーケはルベリウスの手を取って自身の私室に連れ込んだ。

 もうルベリウスを離してなんてやるもんか。そんな気持ちでルベリウスとベッドに潜り込む。

 ルベリウスも長い旅の疲れで、眠りに落ちるまでそれほどの時間を必要としなかった。


 それから、数日後──。

 ダイス家には学校への入学許可を知らせる書簡が届いた。

 アウルの予定通り、貴族の子弟が通える最低クラスの──帝立第三学校初等部へ入学が決定。

 アウルは直ぐに入寮希望の届け出を作成して入学金などの費用を含め全ての手続きを進めた。


 一方、帝都では──。

 リリ・ヴァン・エステルクとシンシア・ヴァン・アルヴァンが帝立第一学校初等部への入学試験を受験するために会場に来ていた。

 リリとシンシアは友人同士で仲が良かった。昨年、リリの縁談の凍結を下されるまでは。


「お父様。ベル様がいらっしゃいません」


 リリはルベリウスがこの試験会場にいるのではないかと期待した。

 あれだけの身のこなしと知識の持ち主である。

 貴族の息子なのだから当然、第一学校を目指して受験するだろうとリリの父親のゾマ共々思い込んでいた。

 それは、ライン皇太子とその次女のシンシアも同じで──


「ルベリウスくんは居たかい?」


 と、ラインがシンシアに聞くがシンシアは、


「ベル様を見てません。あれだけ魔法に詳しくて、とても聡明なお方なのにここに居ないことが考えられません」


 と答える。

 シンシアは身近にジェシカという恋敵がいる。

 まだ七歳と六歳の子どもだというのに二人の初恋相手が子爵家の三男なのだ。


「そうか。ここにいないのなら他の学校を受験しているのかも知れないね。調べておくよ」


 ラインは涙を浮かべるシンシアの頭を撫でて試験に集中させる。

 ルベリウスが第三学校の試験を受けて入学手続きと入寮手続きを済ませたことを知ったのはその数週間後。

 その頃にはシンシアもリリも第一学校への入学許可を得ていた。

 ルベリウスと一緒に過ごせないことを嘆いたシンシアとリリだが、それ以上にジェシカは落胆する。

 魔法の何たるかを教えてくれたルベリウスが入学してくることをジェシカは心待ちにしていたからだ。

 第一学校と第三学校はどんな行事であっても関わることは一切ない。

 第一学校と第二学校であれば共同授業などがあって様々な学術を学ぶのだが、第三学校はより実戦的であり、上位の学校とは異なるカリキュラムが組まれている。

 貴族がいない第四学校と実技演習として狩猟体験や魔物の討伐訓練などを行うのだ。

 そして、第三学校の寮は平民街に存在する。

 平民街の住人が貴族街に入るには特別な許可が必要である。そのため、ルベリウスが第三学校の寮に入ってからは、アウルが申請して帝都の役人の許可を得なければ貴族街に入ることは出来ない。

 こういったことはダイス家だけでなく、他の多くの貴族の家でも同様に、妾の子だったり、家督を継げない子はルベリウスと同様に家から遠ざけるために平民街に住まわせるといったことが日常的に行われている。

 そういった帝国貴族の実情を巧妙に利用したアウルによって、ルベリウスはダイス子爵家から切り離された──。


 その後、ラインはアルヴァン帝国の皇帝バレットにルベリウスについて相談。

 ルベリウスが第三学校の入学許可を得たことはすぐにわかり、すでに手続きが進んでいることを把握。


「ルベリウス・ヴァン・ダイスは一歳でクラスを発現させた極めて稀な事例である。よって、第三学校初等部には要観察対象として通達を出す」


 バレットは皇帝として、命を下したのだった。

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