遊び人 Lv.5

 エステルク公爵家邸宅での縁談はつつがなく終えてルベリウスたちは帝都の屋敷に戻っていた。

 ダイス領への帰還を早めたいアウルはウルリーケと息子のルベリウスに帰る支度を急がせていて、アウルもまた執務室で帰り支度の真っ只中。

 縁談は「前向きに検討したい」というエステルク家当主のゼムとその嫡男のゾマ──ルベリウスの縁談相手でゾマの娘のリリはルベリウスとずっと一緒に遊べると聞いて嬉しがった──と、そんなこともあり、このまま婚約に至っしまいそうな状況。

 それをアウルは面白く思っていないのだが、支度の最中に執事が書簡を持ってやってきた。


「アウル様、皇帝陛下からの書簡でございます」


 受け取った書簡の封を確認するアウル。それは確かにアルヴァン帝国の皇帝が自ら押印する封印。


「な、なぜッ!」

「存じません」

「ぐぅッ……確認しよう」


 アウルが書簡を確認する。

 内容はこうだった。

 エステルク家との縁談については保留とし、時宜が来てエステルク家に心変わりがなければ認める所存である。

 ついてはこの書簡の日付より五日後に妻子を随伴し登城されよ。

 なお、この書状は受け取った記録は取るため返信は不要。


「なッ! 何故ぇッ!」


 アウルは机を叩いて狼狽する。

 その様子を執事は見ていて何事かと確認。


「どうかなさいましたか?」

「皇帝陛下が俺にウルリーケとゴミを城に連れてこいとのお達しだ」

「それはおめでたいことではないですか!」

「だがッ! ゴミだぞゴミ。ゴミを持っていけと言ってるんだ。しかも、書簡からはエステルク家は縁談に応じたが皇帝が横槍を入れて縁談を許可しなかったんだッ! これが何を意味するかわかるか!?」

「申し訳ございません。私めには皇帝陛下の御心を知る術がございませんので──」

「ぐぬぬぬぬぅーーーーッ!」


 アウルは返信不要とされた書簡の手紙を握りしめる。


「出発は延期すると兵士たちに伝えてくれ、ウルリーケとゴミには俺が伝える」


 アウルはそう言って執務室を出ていった。


 ウルリーケの私室にアウルが来たのはその直後。


「入るぞ」


 の声と同時に返事を聞かずに部屋に入る。

 ちょうどルベリウスが本を読んでいる時だった。


「何かございましたか?」


 アウルの形相に違和感を感じたウルリーケは何の用なのかを聞く。


「五日後に帝城に行く。帰領は延期だ。それだけだ」


 アウルはそれだけを言い捨ててウルリーケの私室を出ていった。

 扉をバタンと大きな音を立てて乱暴に閉めたのだが、それを見たウルリーケは訝しいものを見る表情で閉じた扉に目線を向ける。


「ベルはああならないようにね」


 ウルリーケはモヤモヤとする苛立ちの解消のためにルベリウスを抱きしめて頭をゆっくりと撫でた。


(はあ、癒やされる──)


 なお、夜になるとルベリウスを抱きしめて眠るウルリーケはぐっすりと眠れている。

 ここに来て肌艶が良いのは十分な睡眠時間が取れているのだが、それがルベリウスに依るものだということをウルリーケはまだ知らない。


 それから、五日後──。

 アウルはウルリーケとルベリウスを連れて馬車で帝城に入る。


「本日は、どのようなご用件で?」


 アウルはしわくちゃになった皇帝からの書簡を見せて、


「本日の登城を命じられて参りました」


 と、伝える。


「ダイス子爵か。伺っている。案内のものを呼ぶのでこちらで馬車を停めてお待ち下さい」


 門庭にある停留所に馬車を停めてアウルは帝城からの案内を待った。

 しばらくして女性の使用人がやってきて帝城へ入城。

 ルベリウスは初めて間近で見る帝城の大きさに感動したが、アウルの手前、声を出したり表情を変えることを我慢した。

 そんなルベリウスを見てウルリーケはやるせない気持ちでいる。


(私も初めてこの城を見たときはとても感動して声を漏らしたのに──ルベリウスはアウルの前ではそんなことも許されないなんて……)


 城の中は絢爛豪華。純白の大理石が眩く輝き、足元の真紅のカーペットはふかふかで心地良い。

 案内に連れて行かれたのは謁見の間でもなく、応接間でもない、皇族の居住区に入り、中庭の見える一室に通された。


「これから皇帝陛下が参りますから、しばらくお待ち下さい」


 そう言って案内は部屋から出ていく。

 ダイス家では見ることのない高価な家具と調度品の数々。

 アウルは緊張のあまり冷や汗を垂らしながら直立していたが、ウルリーケは何度か来たことがあるため少し落ち着いた様子を見せている。

 ウルリーケが手を握って隣に立つルベリウスもおとなしく皇帝の到着を待った。


「入るぞ」


 野太い声が室内に響いて扉が開いた。

 その音にアウルがビクッとして身体が跳ねる。

 アウルは皇帝を見たことはあるが、それは遠巻きだけで、ここまで間近にしてみたことはない。


「待たせたな。よく来た」

「はっ。本日はこのようにお呼びいただき誠に光栄にございます」

「ん。良い。本日、ここに呼び出したのは他でもない。貴様の末子、ルベリウスについてである」


 アウルはルベリウスの名を皇帝から出たことを耳にして反射的に地べたに這いつくばり頭を床に擦り付ける。


「ははっ。息子の粗相でしたらこの通り陳謝いたしますので、何卒、ご容赦をくださりますれば……」


 そして、何度も何度も謝罪した。


「そうではない。何もしておらぬのに謝罪が何故必要なのか。ルベリウスは」

「こちらでございます」


 皇帝は大仰にルベリウスを尋ねると、ウルリーケがルベリウスの頭に手をおいて皇帝に見せた。


「ん。ウルリーケ。久しいな。ほう、それが貴様の子か。良い目をしてる」


 皇帝はウルリーケの紹介でルベリウスに目を向けると、ルベリウスに自身の名を名乗る。


「朕はバレット・ヴァン・アルヴァン。このアルヴァン帝国の皇帝である。貴様、名を名乗れ」


 ルベリウスは皇帝の言葉に反応を示し、右手を胸に当てて片膝をつき頭を下げて名を名乗った。


「本日は父の付き添いで参りました。ルベリウス・ヴァン・ダイスと申します。皇帝陛下にお目にかかれて誠に光栄にございます」

「ん。良かろう。では、ウルリーケとルベリウスは朕についてまいれ」


 アウルはこの部屋に置き去りになり、ウルリーケとルベリウスは皇帝に促されて部屋を出る。

 アウルが残るこの部屋には屈強の衛兵が二人。まるで自分が罪人として勾留されている──皇帝直属の騎士の前ではそんな表情を見せるわけにいかないと、心の中で落胆した。


 一方、皇帝に連れ出されたウルリーケとルベリウスは帝城の更に奥。

 皇帝陛下の宮殿の一室に改めて招かれた。

 ここには皇帝の親族が揃っている。


「久し振りだね。ウルリーケ」


 部屋に入って最初に声をかけられたのはウルリーケ。

 かつての婚約者の皇太子ライン・ヴァン・アルヴァンだった。


「お久しぶりでございます。ライン殿下」


 ウルリーケはカーテシーを見せるとラインの妻、ローラ・ヴァン・アルヴァンが立ち上がってウルリーケに挨拶をする。


「お初にお目にかかります。ライン殿下の妻のローラ・ヴァン・アルヴァンと申します」

「ローラ様。はじめまして」


 ローラとウルリーケは頬を互いにつけて挨拶とする。

 ダイス家に嫁ぐ前、ウルリーケはラインの婚約者だった。

 しかし、とある戦でアウルの父アイン・ヴァン・ダイスが敵将を討った瞬間にクレフ・ヴァン・プリスティアの不必要な追撃により死亡。

 これが敵軍自軍の多くの兵士の目に触れており、その責任を取る必要があった。

 そこで、妻がおらず婚約者がいないアウルが当主になることからバレットの命によりウルリーケの婚約を破棄しアウルのもとに嫁ぐ。

 そんな経緯のため、ウルリーケはこの帝城には縁があり、少し慣れたところがあったわけだ。


「さて、今日の主賓はルベリウス・ヴァン・ダイス少年である」


 皇帝のバレットはウルリーケがラインとローラとの会話が落ち着くのを待ってから声を発する。

 ローラはラインの妾のデメテルに預けた一歳になったばかりのダンという男の子を受け取って抱きかかえた。


「キミがベルくんか。キャスリィから話は聞いていたけど、本当に可愛いらしいわね」


 デメテルはウルリーケの実弟の妻、キャスリィ・ヴァン・プリスティアと同じ年で同じ学校の出身。

 親しい間柄でルベリウスのことを何年か前からしつこいほど聞いていた。

 それほどまでにキャスリィにとってルベリウスは可愛い存在だったのだが、それを聞いていたデメテルはルベリウスのことを気にしている。

 そんなときに、ラインの子──娘二人がルベリウスに興味を示した。


「私、ジェシカ・ヴァン・アルヴァン。ルベリウスくん、はじめまして」

「シンシア・ヴァン・アルヴァンです」


 ジェシカと名乗った女の子はルベリウスの一歳年上の女の子。

 キリッとした面持ちで幼いながらもしっかりした印象を与えていた。

 シンシアと名乗った子はルベリウスと同じ年の女の子。

 気恥ずかしく顔を赤くしながらルベリウスに話しかけて、恥ずかしくて名前を名乗ることしかできなかった。


「ルベリウス・ヴァン・ダイスと申します。本日はお目にかかれまして恐悦至極に存じます」


 ルベリウスは先程、皇帝陛下にしてみせたように片膝をついて名乗る。


「それではお顔が見えません。立ってお話しましょう?」


 ジェシカはルベリウスの顔が好みだった。


「お父様、お祖父様。ルベリウス様とお話をしてもよろしいでしょうか?」


 ジェシカはバレットとラインに聞く。


「そのために呼んだのだ。好きに話すと良い」


 バレットの言葉を聞いたジェシカはルベリウスの傍に駆け寄って手を取るとシンシアを誘って大人たちから離れていった。

 それから子どもたちは何やら話し始めているのだが、その声は大人の耳には届かない。


「それにしてもあれが五歳か。子どもの身のこなしではないな。まるで歴戦の戦士のようにも思えるし、行儀に長けた執事のようでもある」

「見ているだけで惚れ惚れしますね。さすがウルリーケの息子なだけはある」


 バレットとラインがジェシカたちと和気あいあいと話してるルベリウスを見て目を細める。


「あれがただの〝遊び人〟だとは全く思えないな」

「全くです。一歳のクラス鑑定で発現したのでしょう? それは特別な何かを持った〝遊び人〟なのかもしれません」

「ん。やはり、彼の成長を見守り、才があるようならジェシカかシンシアの婿に迎えるとしよう」

「ええ、私もそれに異存はありません。しかし、これをエステルクのものが知ったら怒りそうですね」

「全くであるな」


 ウルリーケの目の前で皇帝陛下と皇太子殿下がルベリウスを抱え込もうとしている様子を見て誇らしく思った。

 まさか最下級職の〝遊び人〟が皇族と公爵家の間で取り合いになるとは誰も思わないのだ。

 なお、ルベリウスはダイス領で時々、魔物と戦うことがあった。

 その度に生来の運の良さで魔物を退治してきたわけだが、魔物が現れるのはルベリウスが口笛を吹くからである。

 そうして誰一人として知らないまま、ルベリウスは剣の腕に磨きをかけつつ〝遊び人〟としての経験を重ねていた。

 それがルベリウスの研鑽により高まったみりょくが他者に好印象を抱かせる一因。


 皇帝たちが遠巻きに眺めるジェシカとシンシア、ルベリウスたち。

 〝遊び人〟のルベリウスと話しているうちに気を良くしたジェシカはルベリウスに「魔法のお勉強がわからない」と日頃の悩みをぶつけていた。

 ルベリウスはジェシカに魔法や詠唱のコツを伝えると、ジェシカはこれまで教わったことが何だったのかとばかりにいとも簡単に魔法を使えて、嬉しさのあまり泣いてしまったほど。

 シンシアはそれをキョトンとして見ていたがジェシカが嬉しそうにしているから「お姉様、良かったね」と頭を撫でていた。

 ジェシカが教わったのは詠唱の簡略化。

 体内の魔力を自身で制御し短い単語で補完させることで魔法を発動するというもの。

 ジェシカは嬉しさと感謝で感情が極まり、ルベリウスという〝遊び人〟に並々ならない慕情を抱いた。

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