遊び人 Lv.4

 年が明け、冬真っ只中──。

 雪が積もる馬車道をそりで行く。

 ルベリウスはウルリーケとアウルとともにエステルク公爵家を訪ねに帝都に向かっていた。

 アウルは全く乗り気でなく仏頂面をして終始無言。


(こんな無能のために時間の無駄──)


 そう思って憚らない。

 ウルリーケはアウルの対面でルベリウスを膝の上に乗せたり、膝枕をさせたりして気を紛らわしている。

 機嫌が悪そうなアウルの顔を見ると気が滅入るからだ。

 それなら可愛らしい──見た目が愛くるしく愛おしい息子を眺めていたほうがどれだけ良いか──と。

 アウルの子種で生まれてきたというのに、ルベリウスはウルリーケによく似た女の子みたいに可愛らしい男の子だった。


 ダイス子爵領から帝都までは馬車で七日。

 帝都からウルリーケの実家のあるプリスティア侯爵領まで馬車で五日という距離で、ダイス子爵領からプリスティア侯爵領まででは馬車で十日ほど。

 とはいえ、冬真っ只中で車輪を転がす馬車ではなくキャビンを載せたソリである。

 帝都までおよそ十日ほどかけての旅となった。


 ルベリウスが帝都に来たのはこれが初めて。

 小さいながら地方に領地を持つ子爵家のダイス家。

 かつて、命と引換えに武功を得た前当主に子爵への昇爵と帝都の邸宅として利用できる屋敷を下賜された。

 また、それと同時に家督を継いだアウルが未婚で婚約者がいないことから、論功行賞という名目でアウルとウルリーケが婚約を結んだのだが──それはまた別の話である。

 ルベリウスはアウルとウルリーケとその邸宅に数日の間の滞在を予定。

 なお、帝都にはルベリウスの二人の兄と二人の姉が住んでいる。

 長兄のシグナールは帝国の機関で働いており、国が所有する独身寮に入寮。次いで次男のセグールとアリス、イリーナの二人の姉は帝立第一学校に在籍しており、その敷地内にある寮で生活を営んでいるため、ルベリウスたちが滞在する屋敷には住んでいない。

 帝都の屋敷に差し掛かると門には門番が二人立っているのが見える。

 馬車を門の前に付けるとアウルの執事が馬車の扉を開いて、下車を促す。

 アウルとウルリーケ、ルベリウスが馬車から下りると門番が話しかけてきた。


「お待ちしておりました。アウル様、ウルリーケ様」


 門番は敬礼をして出迎えるのだが、ルベリウスには一瞥すること無く挨拶もしない。

 これはアウルの達しで門番が従ってのこと。

 貴族の間では〝遊び人〟という最下級職は落ちこぼれであり、アウルは出来ることならルベリウスを亡きものとして扱い、それが叶わなければ、ダイス家にいなかったものとして家から追い出したいと考えていた。

 だが、帝国は人材主義な面があり、たとえクラス鑑定でクラスの発現が確認できなかったとしても、学問や武芸で優秀な成績を収められれば帝都で職を与えられるなど、貴族の子弟は進路が用意されている。


「ん。俺は執務室に籠もる。ウルリーケを頼んだ」

「はっ。では奥様をご案内します」


 ウルリーケはルベリウスの手を引いて邸宅の私室に案内される。

 この邸宅にはウルリーケの私室の他、オフィーリアとルベリウス以外の子どもたちの私室が確保されているが、ルベリウスの部屋はない。

 これもアウルの指示に依るものだった。


「ベルは部屋がないということだから、今日も私と一緒ね」


 ウルリーケにとってはダイス領の領城よりもこちらのほうが都合が良いかも知れないと思い始める。

 なぜならここでは愛しい愛息子とベッドも湯浴みも一緒。一時も離れることがない。

 ルベリウスと帝都に来て初めて気がついたこと。

 ダイス領での扱いが酷かったらここでルベリウスと暮らすほうが良いのかも知れない──と、ウルリーケはこの時にそう思い始めた。


「はい。お母様」


 ルベリウスはウルリーケと一緒ということに安堵しつつも、自分だけの時間がなくて、遊び心を満たしたい欲望が募らないか不安を覚える。

 ルベリウスのクラスは〝遊び人〟で五歳の少年。悪戯心は年齢以上のものを持っていた。


 三日後──。

 アウルはウルリーケとルベリウスを伴って帝城に近いエステルク公爵家邸を尋ねる。


「本日、お約束させていただいておりましたアウル・ヴァン・ダイスと申します」

「ん。聞いている。案内いたしましょう」


 エステルク家の門番にアウルが訪問した理由を伝えると門番は邸宅内へと案内に随伴。

 二階まで吹き抜けとなっているエントランスホールに入ると、使用人の女性に引き渡されて客間に連れて行かれた。


「ダイス家の皆様をお連れいたしました」

「ん。通せ」


 客間の扉の前で使用人が声を出し、客人の来訪を知らせると、入室の許可する男性の声が聞こえた。

 この声の持ち主がエステルク家の当主ゼム・ヴァン・エステルク。

 アウルたちが客間に入るとエステルク家の面々が立ち上がって迎えた。


「よく参った。急な縁談の申込みで準備に忙しなかったろう。娘がどうしてもというのでな」


 ゼムは帝国様式の軍服に身を包む壮年の男性だ。

 年齢に見合わない引き締まった身体は武勇に誉れ高いエステルク家を体現していた。


「こちらこそ。本日はこのような機会を賜り、大変、光栄にございます。どうぞ、よろしくお願い申し上げます」

「ん。では、そちらの者の紹介に与ろう」

「はっ。こちらが妻のウルリーケ。そして、こちらが今回縁談の機会を与りましたルベリウスでございます」


 アウルの紹介でウルリーケはカーテシーを披露し、ルベリウスは胸に手を当てて頭を下げた。


「見事な所作だな。よく教育されているのが見てわかる」


 ゼムはルベリウスの見事な挨拶に感嘆。

 続けて、ゼムはこの場にいるエステルク家の面々を紹介。

 ゼムの妻のニム、嫡男のゾマ、ゾマの妻のナミを紹介し、次にゾマとナミの娘──今回の縁談の相手のリリを紹介。

 そして、この話をエステルク家に持ちかけた張本人であるゼムとニムの娘でゾマの妹のティミの紹介と続いた。


「では、座り給え」


 ゼムが着席を促したので、アウルはエステルク家の者たちが全員、椅子に座るのを待ってから椅子に腰を下ろした。

 アウルが座ったことを確認してウルリーケがルベリウスに目配せをして同じタイミングで椅子に座る。


「本当に見事な身のこなしだな。本当に五歳か?」


 この一連の動作を見てゼムはルベリウスの所作を褒める。

 それからしばらく、食事を摂りながら会話が進み、一段落したところで、リリが口を開く。


「お祖父様、お父様。リリ、ルベリウス様と中庭で遊んでも良いですか?」


 リリの言葉にティミも続いた。


「リリがルベリウス様とお遊びになるのでしたら私も中庭に行きます」


 ティミの言葉を聞いてゼムは許しを出す。


「よかろう。ゾマも良いな」

「はい──リリ、気が済むまで遊んでおいで。ティミも頼んだよ」


 ゼムとゾマはリリが遊びに行くことを許す。


「ルベリウス様、行きましょう」


 席を立ったリリがルベリウスの手を取って客間を飛び出した。


「あ、リリ。待って」


 ティミはリリとルベリウスを追いかけることになったが──。

 そんな感じで客間に残された大人たち。

 アウルは特にこの縁談の成功を望んでいないため、ルベリウスが一歳のクラス鑑定で〝遊び人〟であることを打ち明けた。

 だが、ウルリーケは〝遊び人〟だからと教育を怠ることはせずにこれまでを過ごしてきたと伝える。

 ウルリーケにとってこの縁談は上手くまとまらなかったとしても、良い印象で終わってもらいたいと考えていた。


 一方、そのころ──。

 中庭ではリリとルベリウスが一緒に遊んでティミが二人を見守っていた。


「ルベリウス様──って呼びにくい」


 リリは舌が足りないのかたどたどしさがあり、ルベリウスという名前を呼びにくく感じていた。


「僕はお母様にベルと呼ばれてますからベルと呼んでください」

「わかった。じゃあ、ベル、さっきみたいにお歌を歌って」

「はい。リリ様のために歌いましょう」


 ルベリウスはリリの前で歌を歌う。

 中庭に来てから何をして遊ぶかを決めかねていたところ、ルベリウスが最初に歌を口ずさんでいて、リリはルベリウスの歌に聞き入った。

 ティミもルベリウスの歌声に耳を傾けていると気分が落ち着いて、ルベリウスの歌を見守る。

 ルベリウスが歌い終えると、リリはルベリウスに抱き着いて歌を褒めた。


「ベル様、お歌、とても上手! ずっと聞いていたい」


 リリにはルベリウスが輝いて見えた。

 キラキラして上手な歌で、ずっとルベリウスの歌を聞いていたい。そう思わせる魅力がある。

 それはティミにも同じだったが、いつまでも歌を歌い続けるわけにもいかないだろうと思っていたら


「ベル様、追いかけっこしましょう」


 リリはティミとよく中庭で追いかけっこをするので、リリは追いかけっこを提案。


「良いですよ」


 と、ルベリウスが応じたので追いかけっこが始まったわけだけど──。


「ベル様が捕まらない! ティミ、助けて!」


 まるで踊っているかのようにリリの追撃を躱すルベリウス。

 それを見ていたティミはルベリウスに見惚れていた。

 何を五歳の子どもに──と、思っていたところリリが助けを求めてきたので、ティミも遊びに参加。

 いつもと同じ、ティミがリリを追いかけるように、リリがティミを追いかけるように、ティミとリリがルベリウスを追いかける。

 ティミが参加となれば、所詮、大人と子ども──だというのにルベリウスが華麗に踊っているように、ティミとリリをひらひらと避けていく。


(なんて身のこなしなの?)


 ティミが驚いたその時、ルベリウスはティミの胸の谷間に突っ込んで顔を埋めた。

 両手でティミの膨らみを鷲掴み顔を膨らみの間に押し付けながら手のひらを上下左右に繰り返し動かす。

 突拍子もないルベリウスの行動にティミは驚いて尻もちをつき、一瞬、行動不能に陥った。

 それからルベリウスはまた華麗なタップでリリを躱す。


(なんだかとっても心地が良かった)


 破廉恥な悪戯をされたというのにティミはルベリウスを憎からず思うのではなく、どことなく気恥ずかしくて嬉しさを感じさせられていた。

 ルベリウスはこれをいつもウルリーケで試していた。

 ウルリーケの胸は非常に大きくあまり深く顔をうずめると呼吸ができなくなるほど。

 しかし、ティミはそこまでではなく、丁度良い感触であった。


(お母様とはこうも違うだなんて──他の人でもっと試してみたいかも)


 ルベリウスは〝遊び人〟としてその才能を開花させようとしているまさにその瞬間だったのかもしれない。


 それから、小一時間──。

 リリは満足するほど、ルベリウスと遊んだ。

 これまで、同性の友達やティミとしか遊んだことのなかったリリはルベリウスと遊んで非常に満足できた。

 一つ一つの遊びに高揚し、達成感まで感じさせる。

 子どもながらに、ルベリウスとなら結婚しても良いかも知れない──と、リリは感じ始めた。

 だが、そこにティミもいる。


(この子、楽しいッ! もう食べちゃいたいくらいにかわいいし!)


 ティミはルベリウスを甚く気に入った。


(この子が成長したらどうなるんだろう?)


 将来が楽しみだ。

 そしたら、ルベリウスを傍に置いておけば良いんじゃないか。

 ティミの心はルベリウスが占拠し始めていた。


 遊びに満足したリリはティミとルベリウスを連れて客間に戻る。


「どうであった?」


 ゼムはリリに聞いた。


「とっても楽しかったです。ベル様ともっと遊びたい」


 これまで見せたことがない満面の笑顔。

 そんなリリの表情を見てゼムとゾマは驚いた。


「ルベリウス様はとても素晴らしい子でした。あんなに楽しそうに遊ぶリリ様を見たことがありません」


 ティミもルベリウスに満足したとゼムに伝える。

 アウルはこの様子を不愉快なものを見る目で見てしまっていた。

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