遊び人 Lv.3

 ルベリウスがわずか一歳でクラスを発現したことは帝国内で大変な話題になった。

 それがたとえ最下級職の〝遊び人〟でも。

 とはいえ貴族にとって子が最下級職というのは問題がある。

 それでも子を殺すことも蔑ろにすることも出来ずルベリウスの父でダイス子爵家の当主、アウルはルベリウスの処遇に困り果てていた。

 ルベリウスが五歳を迎えたある日、一通の書簡が子爵家に届いた。


「アウル様、エステルク公爵からの書簡が届いております」


 執事から受けとった書簡をアウルは早速開ける。


「──何だと!?」

「何かなさいましたか?」


 アウルの大声に執事が反応。


「いや、ゴミに縁談の打診が来たんだ」

「かの者に──ですか?」


 アウルは自身の前でルベリウスの名前を呼ぶことを禁じている。

 そのため、執事であってもルベリウスの名を出さずゴミとも言えないのでかの者と呼称。

 当然、そのことをウルリーケは快く思っていなかった。


「お断りしますか?」

「いや、ムリだ。俺では断れない。来て会ってみてくれと書いてあるから行くしかない」

「左様ですか」

「では、どうなさいます? 縁談に応じますか?」

「縁談に応じる書簡を用意する。俺とウルリーケ、ゴミで向かうことを伝えてくれ」

「かしこまりました。では、書を認めますので押印と封をお願いいたします」

「ん。頼んだ」


 執事が書簡を持って返信の手紙の準備をするために執務室を出ると、アウルは大きなため息をつく。


「なんであんなゴミに公爵様から縁談なんだよ……」


 アウルのルベリウスへの悪態はつきることはなかった。


 秋が過ぎてルベリウスは五歳──。

 ウルリーケが課す英才教育とやらは順調でルベリウスは〝遊び人〟というクラスであることが広まっているにも関わらず、何故か巷界隈では大きな人気を誇るようになっている。

 その原因はルベリウスが一歳のときに出会った叔父であるチャッド・ヴァン・プリスティアの妻となったキャスリィ・ヴァン・プリスティアである。

 ルベリウスがダイス家一家でチャッドの結婚式に参加した時もキャスリィに執拗に絡まれたわけだが、キャスリィがルベリウスを帝都でも広めてしまったため、ルベリウス・ヴァン・ダイスという子どもの噂が独り歩きしてしまったのだ。

 それがエステルク公爵家からの縁談の誘いに至ったのだが、アウルはその縁談の報せを届けるためにウルリーケの私室に赴いた。


「入るぞ」


 扉をノックして、返事を聞かずに入室するアウル。

 ウルリーケの私室ではルベリウスが本を読んでおり、それをウルリーケが観察していた。


「どうぞ──もまだ言っていないのに」

「すまないな。報せを届けにきた」


 アウルは早速、ウルリーケにエステルク公爵家から縁談の申込みがあったことを伝える。


「まあ、素晴らしいわね。きっとお会いするだけで終わるんでしょうけれど、こうして縁談を持ちかけられるだけでも光栄ではなくて?」

「それはそうなんだが──相手が公爵家ともなると断ることもできないのでな」

「そうでしょうね。で、縁談はいつ頃をご希望されていらっしゃるのでしょう?」

「先方は二ヶ月後に希望されている。一ヶ月後には出られるよう準備をしてくれ」

「はい。かしこまりました」

「ん、それだけだ」


 アウルは用件だけを伝えてウルリーケの部屋を出ていった。

 アウルとウルリーケは決して円満なわけではない。

 ルベリウスを宿したときも何年かぶりにアウルと褥を共にしたというほど。

 それもアウルが泥酔したときに公妾のオフィーリアと間違えてのこと。

 そして、その日を最後にウルリーケはアウルと肌を重ねていない。

 それと似たようなのがルベリウスとアウルの関係で、以前はルベリウスを事故に見せかけての殺害を図ったが、何故か仕掛けた匂い袋が見当たらず失敗に終わっている。

 実際は馬に取り付けた匂い袋がツノウサギの群れを呼び寄せ、それらを兵士とルベリウスが撃退し、匂い袋はルベリウスが投げ捨てている。

 そんなわけで、ルベリウスには人知れず魔物を討伐した実績があったりする。それがルベリウスの成長の糧になっていることを誰一人として知らずにいた。


「アウルも行ったし、今日もお稽古しましょうか」


 ウルリーケの私室の二人は、今日もルベリウスの稽古に励む。


 ルベリウスは五歳の男の子。

 毎日のお勉強とお稽古ごとに時間を費やし、今では五歳とは思えない教養を身に着けていた。

 しかし、五歳は五歳。

 集中して取り組む日があれば、集中出来ずに遊んでしまう日も当然ある。

 今日のルベリウスは集中できるルベリウスだった。


「ルベリウス様。今日の剣技はなかなかのものでございました」

「ありがとうございます。ですが、まだまだ──。僕はクラスのせいであまり強くなれそうにもありませんから──」


 そう言って木剣を構え直す。

 ルベリウスは〝遊び人〟である。

 左手にはオークの皮をなめして作った皮の盾を持ち、頭には木の帽子を被る。

 訓練用の服は駆け出しの冒険者が身につける旅人用の軽装だ。

 相手はウルリーケがプリスティアから連れてきた剣士のジャン・ド・ボジャンという青年。

 ジャンがルベリウスに剣技を教える講師として、ここダイス子爵家に赴任していた。


「ならば、参りましょう。ルベリウス様、どうぞッ!」


 ジャンはルベリウスに攻撃するよう促す。


「イきますッ!」


 ルベリウスはジャンに攻撃。


「───ッ!!」


 カンッ! と、音がする。

 ジャンはルベリウスの剣戟を盾で受け流した。

 バランスを崩したルベリウスにジャンは剣を振り下ろす。

 しかし、ルベリウスのかかとがジャンの剣に当たり太刀筋が乱れた。

 ジャンの攻撃はルベリウスにヒットしない。

 ルベリウスはそのまま転び、盾を横に放り出してしまう。

 その盾がジャンの足元を掬った。

 大の大人が盛大に転んで仰向けになると、ルベリウスが立ち上がりジャンの首元に剣先を突き立てる。


「今日は僕の勝ちですね」


 ルベリウスは意図した攻撃なのか、それともただの運の良さでジャンを上回ったのかはわからない。

 それでもこうしてジャンとルベリウスが打ち合うと、だいたい半々の割合でどちらかが勝つように、この数ヶ月は互角の戦いを繰り広げていた。


「ま──まいりました」


 ジャンは潔く負けを認めて立ち上がり、今日の訓練の総評を伝える。


「ルベリウス様はお強い。剣や盾の技こそまだまだですが、こうして模擬戦となると勝負強さが際立ちますね。この勝負強さに甘んじないように明日からも研鑽に励みましょう」

「はいッ! ありがとうございましたッ!」


 ルベリウスは木剣を腰にかけて右手を胸にアルヴァン帝国式の敬礼をした。

 稽古場から離れてウルリーケの下に戻るルベリウスを見送りながらジャンは思う。


(何で俺は、あんな子どもに勝てないんだろう? 遊び人だと聞いていたけど違うのではないだろうか?)


 今、この時点ではジャンだけがルベリウスの驚異的な勝負強さをその肌身に実感している。

 何故か勝てない──それも、五歳の子どもに!!

 ジャンは子どもに負けたことを恥じて訓練に精を出すのだが、ルベリウスへの訓練の後にダイス領兵と模擬戦をいつもしている。

 ダイス領兵に遅れを取ることはこれまで一度もなかった。


 剣のあとは魔法──。

 クラスが〝遊び人〟で魔法を使うための魔力が微々たるものだから訓練しても無駄である。

 だが、ウルリーケは出来ないからと言って学ばせないということはしなかった。

 何せ、ルベリウスはウルリーケに回復魔法の強弱を調整する方法を──詠唱の論理をウルリーケに説いてみせたことがあったのだ。

 それがきっかけでウルリーケはルベリウスへの教育の手を緩めることはしなかった。


「リアナ先生──」

「なんでしょう?」

「ここの詠唱式なんですけど……」


 魔法を教わっているルベリウスはリアナ・ダン・サイリスの作ったテキストを読み詠唱式についての確認をする。


「こういうのって事前に決まってるとか本にそう記されているとかそういう類のものでしょうか?」


 ルベリウスの質問はいつも難易度が高い。

 とても五歳の〝遊び人〟という何の役にも立たないクラスを持つ子どもが聞くことではない。

 それどころかリアナが教えている生徒にこのようなことを聞く人間は大人も含めて一人もいなかった。


「そうね。これは偉大な魔術師マドール・シシリスが詠唱を後世に残すために記した書籍から転載したものになります」

「そうですか……では、これのここを、こう変えてみると、たぶん、少しだけ魔力を抑えながら効率の良い式になると思うんですがどうでしょう?」


 リアナは内心で(この子、本当に天才……絶対に後世に名を残す魔術師になるに違いない──だというのにッ!)と繰り返す。

 これも毎回のやり取りで、詠唱式が階位の高い高度な魔法になったとしても変わらない。

 ルベリウスは瞬時に詠唱式の本質を読み取って式の意味を完璧に答えることができる。

 先生、いらないんじゃないかと思うところがあったが、ウルリーケの手前、ルベリウスを放棄することができずにいた。

 それに、リアナの興味を引いているというのもある。

 いつか、ルベリウスが成長したときにルベリウスが考案した詠唱式を纏めて本にしたいと考えている。

 そのためにこうしてルベリウスの言葉をリアナは書き留めて大事に保管していた。


「ふむふむ……んー、素晴らしいわね。私もそう思います。ルベリウス様の仰るとおり、この詠唱式は魔力の出力を調整するのですが、過剰に取り出して実際の消費量はそれほどでもないのですね」


 リアナはルベリウスの成長を嬉しく思っている。

 彼が二歳になってからずっと教えているのだ。

 出産のため一時、講師を休んでいたものの我が子のように愛おしく感じていた。

 願わくば生まれてきた娘の婿にほしいとさえ思っている。

 それほどまでにアウルのルベリウスへの扱いは酷いものだった。

 リアナは稀に娘のマリアを連れてくるのだが、マリアはルベリウスをとても気に入っている。

 ルベリウスはマリアをよく面倒を見て遊んでくれていたからマリアは完全にルベリウスに好意を持っていた。

 一時間半ほどの講義をして、最後にルベリウスは元気よく、


「ありがとうございました」


 と、笑顔をリアナに向ける。

 そして、リアナは、


(私こそ、今日もありがとうございました)


 と心の中で今日も新たに魔法を学べたことを感謝する。

 これではどちらが講師なのか分かったものじゃないとリアナは感じているものの、リアナでなければわからない魔法も多いのだ。


 リアナの講義が終わると今度はウルリーケ本人の出番。

 彼女は僧侶である。

 ルベリウスにとって最も厳しい講師は実母だったのは言うまでもない。

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