遊び人 Lv.2

 プリスティア侯爵家──。

 ウルリーケはプリスティア侯爵家の長女である。

 プリスティア侯爵家は代々〝僧侶〟を排出する名家で帝国建国時に重要な役割を担ったことで侯爵を叙爵されて現在に至る。

 プリスティア侯爵家がダイス家に長女を嫁がせたのはある戦でクレフが原因でダイス家の前当主が命を失ったためと言われている。


「おかえりなさい。ウルリーケ」

「お父様。お母様。ただいま戻りました」


 ウルリーケとルベリウスが乗る馬車が到着するとウルリーケの父親のクレフ・ヴァン・プリスティアと母親のミレア・ヴァン・ウルリーケが出迎えてウルリーケを抱き締めた。


「この子は?」

「ルベリウス……。一昨年の秋に産んだ子よ」

「可愛らしいわね。あなたによく似てるわ」

「そう? 私の小さい頃なんてわからないけれど……」

「ウルリーケの小さい頃はとてもかわいかったわ。今だってどこに出しても恥ずかしくない容姿でしょう」


 ミレアはルベリウスをウルリーケから受け取って抱き上げてあやし始めると、クレフがウルリーケと言葉を交わす。


「かわりないようで安心したよ。シグナールとアリス──セグールとイリーナは?」

「シグナールとアリスはアウルが帝都に迎えに行ってからこっちに連れてくる予定で、セグールとイリーナはオフィーリアとダイスに残ってるわ」

「そうか。昨年はまだ乳飲み子だからと来なかったから、今年は来ないものだと思ってたんだ」

「そう。ちょっと風向きが変わったみたいでね」


 本来なら来年までは来るつもりがなかったプリスティア領。

 だが、急遽、ルベリウスを連れて来ることになったのはアウルの発案によるもの。

 それに、いつもなら帝都に行ってるシグナールたちがダイス領に帰ってきてから全員で帰省をするはずだった。


「そうか。お前とルベリウスだけで帰ってきたことにも意味があるのだな」

「そうかもしれませんね」


 そうしてウルリーケはルベリウスを連れての帰省となったわけだが、ルベリウスが一歳という年齢でクラスが発現していることと、そのクラスが〝遊び人〟だということを打ち明ける。


「そうか……遊び人か……」


 クレフはウルリーケからルベリウスが〝遊び人〟だと聞かされて目の色を一瞬変えた。

 ウルリーケはクレフの淡々とした態度に(お父様も頼りにならないわね)と心のうちで独り言ちる。

 ルベリウスをあやしているミレアはルベリウスに驚くことばかりで──


「この子、よく見てるわね。それにまだ一歳とは思えないじゃない。うちの子でもこんなに言葉のやり取りなんてできなかったわ」


 ミレアがうちの子というのは主にウルリーケと、ウルリーケの弟で嫡男のチャッド・ヴァン・プリスティアのことである。


「ところでチャッドは?」


 ウルリーケはミレアの言葉で弟が家にいないことに気がついて所在を確認。


「チャッドは神殿よ」

「ああ──」

「昨年、正式に嫡男になって神殿での公務が増えたのよ」


 プリスティア侯爵家は聖教院を直接管轄しているわけではないが、聖教院の本山である神殿の管理者としての業務を担っている。

 その他に、執務室で行う仕事も少なくなく、多忙であるが、それ故の上級貴族という見方もある。

 プリスティア家は代替わりを円滑にするために、嫡男のチャッドに多くの業務を任せるようになっていた。


「あの子も忙しいのね」

「ええ。今年になってようやっとキャスリィが来てくれたっていうのにこうも仕事が忙しいと進むものも進まないわね」


 キャスリィ・ヴァン・ギュヴィア。

 クレフとミレアの長男のチャッド・ヴァン・プリスティアの婚約者である。

 ウルリーケとキャスリィはチャッドが婚約を結んでからの顔見知り。

 いつ結婚するかはこれまで一向に決まる様子がなかったが日程が決まったことを知らされて感慨深くなった。


「チャッド、結婚するんだ」

「そうよ。来年に式を挙げる予定で、今招待状を送っているの。ダイス家にもうすぐ届く頃だったんだけど、先にこっちに来ちゃったものね」

「そう。なら、来年の準備もしないといけないわね」

「ええ。その時は皆様でいらっしゃると良いわ」


 そうして、ウルリーケは帰省を楽しみ、クレフとミレアは初めて見る三人目の孫を表面上は受け入れる。

 やはりここでもルベリウスが〝遊び人〟だということが引っかかりを感じさせた。


(ルベリウスは凄いのよ!)


 ウルリーケがそう言ったって誰も信じない。

 顔は笑っているが心の奥では落胆する。

 しかし、当のルベリウスはミレアに構われて楽しそうに遊んでいた。


 アウルがシグナールとアリスを連れてプリスティアに来たのは、ウルリーケがプリスティアに到着して四日経ってからのことだった。


「お祖父様、お祖母様。お久しぶりです」


 帝都の学校の制服姿のシグナールが挨拶をすると妹のアリスも続く。

 夏生まれのシグナールは十六歳で、春生まれのアリスは十二歳。

 職分クラスが〝僧侶〟のアリスは帝都の学校を卒業したら一旦、プリスティア領の神殿で働くことが決まっている。

 そのため、プリスティア家ではアリスは大変歓迎される。


「ああ……ウルリーケもいたんだな。無事で何よりだ」


 アウルがウルリーケに向かって投げかけた言葉。

 これが存外に不自然に感じたウルリーケは訝しむ表情を見せること無く応対する。


「ええ。もちろん。特に何事も無く到着できましたわ」

「そうか。こっちも無事に到着できて良かったよ。ところでルベリウスは?」


 ルベリウスは家の中でキャスリィと遊んでいる。

 たった数日でルベリウスはキャスリィの気に入られて暇さえあればキャスリィはルベリウスをかまったり連れ回したりしていた。


「ベルならキャスリィと遊んでるわ。あの子、とても受けが良いのよね」


 ウルリーケは誰とでも仲良くするルベリウスを微笑ましく思っていて、何より、人をよく見るその眼差しと、その口から出てくる言葉にいつも感銘。

 とはいえ、アウルはルベリウスのことはどうでも良いとクレフとミレアに挨拶をして客間に引きこもった。


(今回は失敗したか──)


 次なる策はと考えるが、この帰省が最大のチャンスだった。


(あまりやり過ぎて目をつけられては後が怖い)


 アウルは当面、ルベリウスを放置するしか無いという考えに至る。


 その頃、キャスリィ・ヴァン・ギュヴィアは中庭でルベリウスと遊んでいた。

 聖騎士パラディンという上級クラスの彼女はルベリウスが〝遊び人〟というクラスであることを知らずにいたため、この一歳児と楽しく過ごしている。


「ベルくん、いっくよー」


 キャスリィとルベリウスは追いかけっ子をしている。


「キャッキャ」


 ルベリウスは面白がって逃げるわけで──キャスリィが追いつきそうになると、ルベリウスが転んだ。

 すると、小石が飛んでキャスリィのお腹に当たる。


「痛ッ!」


 一瞬、痛みにうずくまると、ルベリウスが見えなくなった。


「ベルくんッ! ベルくん!」


 キャスリィが呼んでもルベリウスは隠れたまま出てこない。


「ベルくん! 出てきてよぉ。遊ぼう」


 キャスリィがいくら呼んでも出てくる気配がない。


「よーし、じゃあ……」


 キャスリィは指笛を鳴らしてルベリウスの興味を引こうとしたが、それでもルベリウスがキャスリィの前に出てくることはなかった。

 ルベリウスは陰ながらキャスリィの指笛を見ていて、それを真似してみることに──。


──ピューー……。


 ルベリウスが鳴らしたのは指笛ではなく口笛。

 指笛では上手く音が出なくて口を尖らせて吹いてみたら音が出たのだ。


 その瞬間──。

 地面から大型のアリが湧き出てくる。

 魔物の気配に気がついたキャスリィは──


「ベルくんッ!」


 ルベリウスの目の前に現れた大型の蟻──鉄大蟻がルベリウスを襲う。

 すると、ルベリウスは足をバタバタして地団駄を踏むと鉄大蟻の攻撃が当たらない。

 その様子をキャスリィは見詰めてしまった。


(何? 何であんな小さな子が魔物の攻撃をいとも簡単にかわしてるの?)


 曲がりなりにも聖騎士であるキャスリィ。

 今は剣も盾もなく、どうやってルベリウスを助けようか考えている──そんな時のことだった。


 再び、鉄大蟻の攻撃。

 ルベリウスは足が躓いて転んでしまった。

 転んで膝を擦りむいてしまい泣いてしまうがぎゅっと握った手にはいくつかの石が握られている。

 立ち上がったルベリウスは石で遊び始めた。

 その様子を見ていたキャスリィはもう見ているだけではダメだと鉄大蟻に体当たりする。

 その時、ルベリウスは手に持っていた石を投げ捨てようとしていたところ、石が手から離れてキャスリィの体当たりで飛んだ鉄大蟻の頭にクリティカルヒットした。

 鉄大蟻の頭は砕けてピクリとも動かなくなる。

 キャスリィは鉄大蟻が死んだことを確認して一安心。


「ベルくん、ダメだよぉ……もう、ダメかと思ったぁ……」


 なぜかキャスリィがポロポロと大粒の涙を流してルベリウスを抱き締め頬に額にとキスをする。


「お姉ちゃん、僕、大丈夫」

「本当に──大丈夫で良かったよぉ……」


 キャスリィは泣いたままルベリウスを抱きかかえてクレフとウルリーケに報告に戻った。


「庭に魔物だと!?」

「何故、こんなところに?」


 キャスリィの話を聞いた者たちはそれぞれに──三者三様に驚いてみせる。

 クレフは使用人や領兵に命じて邸宅敷地内の調査を命じた。


「キャスリィちゃん、大丈夫?」


 キャスリィはずっと泣いていた。

 それを心配するウルリーケがキャスリィを慰める。


「ベルくんに何かあったらと思ったら本当に怖くて……」


 キャスリィは自分が魔物と対峙していたなら全然大丈夫だったと言う。

 自分以外の誰かのそんな場面を経験して、上手くできるのか、助けてあげられるのかとそう考えたら気が気でなくなった。

 だから、鉄大蟻が息絶えたとき、キャスリィは安堵しきって涙腺が崩壊。

 それから涙が止まらない。


「その調子で、チャッドのこともよろしくね」


 ウルリーケはキャスリィの意識をルベリウスから逸らそうとした。


「チャッドとは来年結婚するけど、ベルくんみたいな可愛い子が良いのぉ……」

「ははは。それは問題発言ね。でもベルはあげないわよ?」


 ウルリーケが笑うと、キャスリィも釣られて笑い始める。


「だったらベルくんみたいな可愛い子ども生む方法を教えて下さいよぉ」

「チャッドと相談して決めたら良いよ。時間はたっぷりあるんだし」

「チャッドは仕事の話ばっかりで私と全ッ然、話してくれないんだもん」

「それは、チャッドが悪いわね」


 泣きながら笑うキャスリィはルベリウスを大変、お気に召したらしい。

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