賢者になっても遊びたい

ささくれ厨

遊び人の章

遊び人 Lv.1

 ルベリウス・ヴァン・ダイス──。

 ダイス子爵家の三男として生を受けた一歳になったばかりの幼児である。

 ダイス家は多くの魔術師を排出する名家として有名だったのだが──。


「なぜ、我が家に生まれて〝遊び人〟などというクラスが! こんなことありえるか!」


 一才の誕生日。

 ルベリオはクラス鑑定で〝遊び人〟という職分クラスを授かっていることが判明。

 若くして当主の座に継いだアウル・ヴァン・ダイスは我が子のクラスが〝村人〟などと同等かそれ以下でしかない最下級職の〝遊び人〟だと知って落胆し悪態をつく。

 しかし、それでも、この世界では職分クラスを持っている者は多くない。それに、わずか一歳で既に職分クラスの発現が確認できたこと自体が極めて珍しい。

 ここ、アルヴァン帝国の貴族の多くは子の誕生日が来る度にクラス鑑定を行うのだが──。

 職分クラスは遺伝するというのに生まれてきた息子の初めての鑑定の結果が〝遊び人〟。

 代々〝魔術師〟を多く排出してきたダイス家に生まれたというのに最下級職の〝遊び人〟では、偉大な大魔術師の血脈を繋ぐダイス子爵家の当主としてアウルは納得ができない。


「アウル様。たとえ私はベルが〝遊び人〟だったとしても、大切な我が子には代わりありません。どうかお気を確かに──」

「ええい! 何を言うか! 長男のシグナールは八歳で〝魔術師〟、次男のセグールは十歳で〝魔術師〟。長女のアリスはお前と同じ〝僧侶〟だ。次女のイリーナは〝魔術師〟。なのにコイツは! ──ルベリウスはッ!! 何の役にも立たなさそうな〝遊び人〟だぞ? これで狼狽するなというほうが難しいわ!」


 アウルの怒りは全く収まる気配がない。


「ウルリーケ! いっそのことルベリウスをなかったことに──」


 アウルは腰に下げる短刀に手をかけると、ウルリーケと呼ばれた女性はルベリウスを抱きかかえる。


「なりませんッ! ベルは私がお腹を痛めて産んだ大事な息子です。それに、ここでこの子を殺してはダイス家だってただでは済みません。どうかお気を確かにお持ちくださいッ!」


 ウルリーケはルベリウスを抱く腕に力が入り過ぎて、ルベリウスは「んぎぃッ」を呻いた。


「私はたとえ誰であっても我が子に──ベルに手を上げることは許しませんからッ!」

「かまわんッ! 我が家に〝遊び人〟が生まれたことこそ末代までの恥ッ!」

「なりませんッ! 我が家のためなれば、既に国に届け出た子を殺すなど──ダイス家が取り潰しされてもよろしいのですかッ!?」


 ダイス子爵家はアルヴァン帝国に属する貴族である。

 帝国では貴族の子はその出生を届けて貴族籍に登録する必要があり、勝手に子を処分したり殺害することはできない。

 貴族の親殺し、子殺しは最悪、家の取り潰しとされることもある。


「ぐぬぬ───ぅッ……」


 アウルは「わかった」と言って短刀を腰に収めた。

 一旦落ち着いたアウルは考えを巡らせて計画を練る。

 このままルベリウスが育ち、帝都にある学校に通うことになれば、それこそダイス家の恥。

 事故で死んだということになれば良いだろう。

 アウルはルベリウスを殺す計画を立てる。


「良かろう。だが、ルベリウスの面倒を俺は見ない。お前が勝手に育てるが良い」


 そう言い残してアウルはクラス鑑定を行った聖教院の教会の聖堂から出ていった。


 ルベリウスはアウルとアウルの正妻のウルリーケとの間にできた子。

 アウルには五人の子がおり、ウルリーケとの間に三人、公妾のオフィーリアとの間に二人とアルヴァン帝国の貴族としては標準的な家族構成である。

 ウルリーケにとって長女のアリスを産んでから十一年を経て出来たルベリウスはどうしてかとても強い愛着を持たせる子だった。


「帰りましょう。ベル。あんな人のことなんて気にしなくて良いですから。私が一人前の貴族の子として育て上げてみせるわ」


 ウルリーケはルベリウスを抱きかかえて帰ろうとしたが、馬車が既にないことに気がつく。


「馬車はもう行かれたのです?」


 ウルリーケの使用人が取り残されていたので馬車の所在を訊いたら、


「旦那様が先に乗って発たれました」

「──そう」


 一段、声色を下げてウルリーケは落胆した。


「なら、歩いて帰りましょうか」

「奥様。申し訳ございません」

「良いわ。私にも考えというものがありますから」


 このときから、ウルリーケはルベリウスに英才教育を施すことを心に決めた。

 まず〝遊び人〟というクラスの特性を調べ、それに合ったカリキュラムを組む。

 きっと魔法なんかを使うことは出来ないでしょうけど知識だけは詰め込んでおきましょう。

 それと教養や行儀作法はクラスに関係なく磨けるものだから、学問の類は手を抜いてはなりませんね。

 など、そんなことを考えながらウルリーケは秋空の下を歩いてダイス家邸宅に戻った。


 一方その頃──。

 一足先に家に帰ったアウルは事故に見せかけてルベリウスを始末するための旅行を計画する。


 それから、しばらく──。

 ウルリーケの教育は厳しいものだったのかも知れない。

 でも、そうじゃなかったのかも知れない。

 ウルリーケがそう感じたのはダイス領内に住む学者や知識人、技術者を招いてルベリウスの教育を徹底した。

 だと言うのに、ルベリウスの物覚えはとても良く、年齢に見合った教育では物足りなさそうなルベリウスに更に上等な教育を施していく。


「ウルリーケ様。ルベリウス様の物覚えは非常によく、同じ年のころのご兄弟の皆様よりも格段に高いかしこさをお持ちのようです」

「そう。ありがとう。でもね、これじゃあ、まだなの。どんなに今が良くてもここで手を抜いたら何を言われるか分かったものじゃないわ。私の方もベルのためになるように接するから、貴方の方もベルの成長に尽力なさい」

「はっ。かしこまりました」


 そうして、冬が来て年を跨ぎ、雪が溶けて春が来る。

 ウルリーケはルベリウスについて、驚く体験をする。


「私はね。僧侶というクラスで回復魔法を使えるのよ。これでも昔は聖女と呼ばれるほどだったんだから──」


 そう言って詠唱をして回復魔法を発動させると、ルベリウスがこう言った。


「お母たま。これ……これ──」


 ルベリウスは魔法の詠唱に法則性があると言う。

 そこで、詠唱を節にごとに区切って、開始句、魔法の種類、出力総量、出力時間、射程距離、完了句があって、威力を調整することができるんじゃないかと拙い言葉を織り交ぜて言い始めた。


「本当に? じゃ、ベルの言ったとおりに変えてみるわ」


 試しに同じ回復魔法で出力総量を小さく、出力時間も短くしてみると、ルベリウスの言う通りに回復魔法を弱めることに成功。


「凄いじゃない? どうして詠唱に法則があるとわかったの?」

「先生たちが魔法、見せてくれた──」


 ルベリウスは身振り手振りを交えて一歳の言葉でなんとか説明。

 するとウルリーケは驚きを隠せず聞き返してしまう。


「たったそれだけで?」

「ん。でも、僕、魔法できない」

「それは仕方ないわ。でも、凄いじゃない」


 ルベリウスはそんな感じでウルリーケに回復魔法の詠唱文の法則ルールを説いた。


「一歳で魔法の知識をここまで身につけているというのは凄まじいわ。〝遊び人〟というのが本当に惜しくなるくらい──」


 ウルリーケはルベリウスが〝遊び人〟であることを強く嘆く。

 そうして、ルベリウスの教育にウルリーケは全力を注いで、アルヴァン帝国は夏を迎える。

 夏になると貴族は遊説に回ることが多く、ダイス子爵家はこの夏、ウルリーケの実家のあるプリスティア侯爵家領に赴いた。

 帝都の学校に通うシグナールとアリスはアウルが迎えに行ってからプリスティア領に向かい、ウルリーケとルベリウスは別の馬車で直接、プリスティアへと出発。

 馬車が進む街道は安全だったはずなのだが──。

 ウルリーケの馬車は途中で魔物に襲われる。


「奥様! 魔物です! 魔物の群れが現れました!」

「なんですって! 安全な道を選んだのではないのですか?」

「そ……それが……」


 しかし、会話をする余裕はそれほどないようで、応戦している護衛の兵士たちが叫んだ。


「こっちの手が空かない! そっちの魔物を退治しろ!」


 馬車の外からの大声に報告に来た兵士が再び馬車の外に出るためにウルリーケに敬礼を見せる。


「はっ……奥様! 申し訳ございません。魔物の群れの対応に参ります」

「ええ。わかったわ。ご武運を」

「はっ!」


 兵士は馬車を飛び出して魔物の群れと戦う。

 一向に止まない戦闘に、ウルリーケも応戦に出ざるを得ないと考えた。

 ここで回復魔法を使えるのはウルリーケただ一人。

 ウルリーケはルベリウスを抱きかかえて馬車から飛び出した。

 すると目についたのは倒れて血を流す兵士たち。


「回復するわ」


 ウルリーケはルベリウスを抱きかかえたまま詠唱をはじめて兵士たちの回復にあたった」


「奥様! ありがとうございます!」


 倒れていた兵士たちはウルリーケの回復魔法により傷が癒やされ、立ち上がり、再び、魔物の群れに立ち向かう。

 魔物はツノウサギという一本角のウサギ。ツノウサギは群れをなして行動する魔物で仲間を呼びながら兵士たちを蹂躙。

 そして、その攻撃がウルリーケにも及んだ。


「きゃあッ!」


 ウルリーケはよろめいてルベリウスを手放してしまった。

 倒れたウルリーケは気を失い、ルベリウスは転がりまわる。

 すると、ルベリウスの身体がツノウサギの一体にあたりツノウサギが弾き出された。

 ルベリウスに弾き飛ばされたツノウサギが落ちた先には兵士が手放した短刀がキラリと太陽の光を反射している。

 その短刀にツノウサギがヒット。

 当たりどころが悪くツノウサギは絶命した。


「ルベリウス様!」


 転がるルベリウスに気がついたウルリーケの使用人が馬車から飛び出してルベリウスを捕まえて抱きかかえる。

 使用人は馬車に戻るために必死に走っていたら、使用人が転んだ。

 ルベリウスは中空を舞い、別のツノウサギの上に落ちる。

 ツノウサギはルベリウスの下敷きになったのだが打ちどころが悪くツノウサギは即死した。


「ルベリウス様! 申し訳ございません」


 転んでしまった使用人が慌ててルベリウスを回収し、ウルリーケの下に走る。

 この時、ルベリウスの手に兵士が打って当たらなかった矢が握られていた。

 使用人は焦りのあまりルベリウスの手に握られているものに目が行かない。


「ウルリーケ様! ウルリーケ様!」


 使用人は叫び、ウルリーケを担ぎ上げるためにしゃがもうとしたら、ツノウサギが襲いかかってきた。


「ぎしゃーーーーーーーーッ!」


 ツノウサギは吠えたのだが──。

 使用人はツノウサギの咆哮に気がついて(やってしまった──ッ)と思ったが一向にツノウサギに噛まれる気配がない。


「あぶないよ、あぶないよ」


 使用人はルベリウスが声を出していることに気がついて足元を見ると下顎から脳天に向かって矢が突き抜けていて既に絶命。

 ルベリウスが無事なことを知って胸を撫で下ろす思いの使用人はウルリーケを揺すって起こす。


「ウルリーケ様ッ! ウルリーケ様ッ!」

「はっ! あ、ベルは!? ベルは!?」


 ウルリーケが気が付くと自分の腕の中にルベリウスがいないことに気がついて狼狽える。


「奥様! ルベリウス様はこちらにおります」


 使用人はウルリーケにルベリウスを渡した。


「ありがとう。良かった……ベル……」


 ウルリーケは力いっぱいにルベリウスを抱きしめて頬に口におでこにと唇をつける。

 ツノウサギの群れの攻撃は収まったのか、傷ついた兵士たちが馬車に戻ってきた。

 兵士たちが対応しきれなかった三羽のツノウサギが馬車の近くに横たわっている。

 これをルベリウスが倒したことは誰も知らない。


「討ち漏らしがありましたか……。申し訳ございません」

「いいえ。無事だったので大丈夫でしょう……。それよりも皆様、治療いたしましょうか」


 兵士が謝罪をするが魔物の群れとの戦闘でけが人がいたため、ウルリーケは回復魔法で彼らを治療する。

 そのために立ち上がり、馬車の近く……馬のとなりに移動した。

 馬をなだめ休ませる兵士もいるからだ。

 その時、ルベリウスは馬にくっついていた皮の小袋を引っ張って千切り取ると手に持った皮の小袋をポイッと遠くに捨て去った。

 このことに誰も気が付かず、兵士たちはウルリーケの治療を受ける。

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